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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第八章
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料理:Spice in the tea.

 …一部始終を見てしまった。


 優将の家の前で、珍しく、髪をポニーテールにした、昨日とは別の、白いトップスに、ジーンズ姿で、例の、優将が死守した白いサンダルを()いた茉莉花が泣いている。


 …彼氏が貴女(あなた)の友達と抱き合ってましたよ、とか、幼なじみに直接言う奴、本当に、知り合いにいるんだなー…。


 …ちょっと、慧との友達付き合い、考えたくなった。

 カラオケの一件も加味して。


 あ、又従兄弟(はとこ)同士だった。

 …まさかの血縁なんだよな…。

 遠いけど。


「…よっぽどのアホでなきゃ、正義感振りかざした、ただの馬鹿、だっけ。どっちだと思う?」


 俺の問いに、優将は、無表情で、「…両方かなー」と言って、自分の家に向かった。


 茉莉花が、俺達に気付いて、涙を拭った。


 …うーん、よく分からんが。


 …今日、一人で夕飯を食べさせなかったのは、英断、って気がしてきた。


 あと、別に、ポニーテールでデートだったんだなー、とかは、思ってない。

 夏ですからね。暑いので。

 ポニーテールのことくらい、ありますから。




 …チャイを!作ってくれるとか!思わなかったな!


 え…。チャイ!?…あ、カレーだから…?


 …えええ。


 あの短時間で、キャロットラペと、半熟卵が用意されている!

 あと、今日の、茉莉花の夕飯予定だったという、茄子の肉味噌炒めも。

 そして、ちゃんと、三合分くらいの、炊いたご飯も用意されていて。

 そして、チャイのためのスパイスパウダー持参でいらしている。


 …例のミルクパンで、ポニーテールの幼なじみが、チャイを!作ってくださってますよ!


 優将さん!


 …こんな、甲斐甲斐しいことが、ありますか…?


 えーと、優将さんは無表情で、うちの幼なじみが作ったカレーを鍋に入れて、隣のコンロで、並んで、温めておられますね?

 タッパーを返してくださる御つもりの御様子(ごようす)で、大変有難いと思っておる次第です。


 偶然なんですが、今日、優将さんのファッションがモノトーンなので、ちょとペアルック感がありますねー。




 …新婚のご家庭の白昼夢、とかではないですよね、これ?

 何を見せられているんだ、俺は。




 …はい、俺は、…御飯をよそいますね。

 おお、カレー皿が、高そうな、黒の長方形の陶製。

 これまたオシャレですねー…。


 …え、彼氏には、これ…やってらっしゃらないんですか?茉莉花さん。


 つまり、これは、白昼夢の種類でいくと…。()()()()()()()()()()()()()()()の白昼夢でしょうか。


 自分でも、白昼夢の種類って何だろう、と思っておりますが。


 …人間の関係性なんて、俺が口を出すことではないんですが。

 …なんか、これ、流石(さすが)に…。


 …御気付(おきづ)きの点は、ございませんか?茉莉花さん…。




 …うめーな、キャロットラペ!

 何だこりゃ。

 砕いたアーモンドが掛かってますけども。

 ナッツの風味が、レーズンと黒胡椒と合って、こんなに御味(おあじ)が良くなるんですね!知らんかった。


 でも多分、俺、自分の家でやる時は、ナッツをトッピングするところまでは、面倒臭くてやらないと思います!


 凄いな茉莉花さん。


「優将、レーズン入りの、好きだもんね」


 …あー、優将さん用。


 何かホント、()(たま)れないな…。


 で、また、そんな、無表情で食べるんだ。

 …でも、絶対、半熟卵、嬉しいんですよね?優将さん。


 さっき、聞きもしないのに、教えてくれましたからね。


「…ヒトミちゃんちのカレー、…美味しいけど、具が少ないね…?」


 あー、それはね!ルーを入れ過ぎなければならない理由があったんですよ!茉莉花さん。


 決して、彼の御家庭が、具を少なくせねばならぬ程、困窮(こんきゅう)しているわけではございません。(むし)ろ、駅前に土地を持つ地主の一族の子と言って良い。


 あと、この茄子の肉味噌炒め、カレーに、めっちゃ合う!もう、これをカレーに入れれば夏野菜のカレーになったんじゃないかな、って思うくらい旨い。


 …具が少なくても、これで逆に良かったんじゃないか、ってね。


 変に、料理慣れしてない絆が、『アレンジ』するより…。


 いや、さっき、昼に食べた時より、本当に旨い。


 …付け合わせの(ちから)か…。


 (はた)(また)


 いや…。

 一緒に、笑顔で、御飯のお代わりを勧めてくれてる人が食べてるからでは、ないんだと思う。


 …そういうのではないんだと思う。




 チャイも合う。

 …脂っこいものの後に飲むと、こんなにスッキリするんだなー。

 あと、こんなオシャレな陶製の、三つ揃ったマグカップ、どこにあったの?…この前は気付きませんで、はい。


「チャイにナツメグ入れなかった。優将、嫌がるから」


 茉莉花が、そう言って、クスッと笑った。


「…あの…。ナツメグが嫌いなんじゃなくて…」


 珍しく、優将が言い(よど)んだ。


 茉莉花は、不思議そうな顔をした。


「そっか、ハンバーグにナツメグ入れても食べるもんね」


 …ハンバーグも作ってもらってたかー。

 そろそろ驚きがなくなってきたなー。


「…去年、一回、シナモンとナツメグ、間違ってコーヒーに入れただろ?…あれから、ちょっと、トラウマで…。ナツメグ、紅茶には合うんだけど…コーヒーには全然合わんくて…」


「え、やだ、ごめん!嘘!言ってよ!えー、残しても良かったのに」


 …残しても良かったのに!本当に。


 優将さーん…。


「ジャリジャリで…。多分、シナモンパウダーより、ナツメグの方が、粒子がデカいんだと思う。そんで、コーヒーの苦みとナツメグの香りが合わさって、ハンバーグの焦げたとこの肉汁の味がした…。ナツメグ、ミルクティーとかに入ってる分には、旨いのに…」


 優将さん、それ、全部、黙って飲んだんですか…?

 表現だけ聞いてると、『失敗して焦がしたハンバーグの肉汁を集めたやつ』ですよね!

 幼なじみが()れてくれた物を残さない心意気、最早、武士では…?


 茉莉花は、真っ赤になって「ごめん」と言った。


「あ、そうだ。思い出した。この前、ハンバーグ、優将が全部食べちゃったから、お弁当に入れられなかったんだった…。もっと作れば良かったなー」


 …何だろうね、お弁当も、優将さんに作ってあげてた説が、濃厚になってきちゃったなー。


 すっごい、()(たま)れない。




 三人で皿を片付けながら、茉莉花が、俺を見て、少し驚いた顔をした。


「…どうしたの?」


「ごめん。高良が、着物着てるように見えちゃった、一瞬。変なの、ネイビーのTシャツなのにね」


 …俺、…自分の鏡に映った姿のこと。


 この子に言ってない。


 …こっちこそ、ごめん。


 …霊障じゃないといいな。


 …親切に、一緒に手伝ってくれるって言ったのに、そういう巻き込み(かた)は、不本意だから。




「あ、そうだ。ちょっと読んだけど、高良の言ってた意味、分かった気がする」


「…あの本に関して?」


「そう。日記みたいなのに、途中から…告発文(こくはつぶん)みたい?に…なるよね?まだ、ザックリなんだけど」


「…うん。凄いね。…俺も、そう思う。…だから、違和感があるのかな、書き(かた)に…」




 あと、ちょっと分かったことがある。


 『サトさん』という女性の存在である。


 『お倉坊主』について発言した女性だ。


 双体(そうたい)道祖神(どうそじん)が理解出来ない、そして、妹、という女の子(をみなご)に似ている、と言ってくれた、とあり、そして、自分の郷里の道祖神は、丸い石だと言う。




 この、『サトさん』さんは、山梨辺りの出身と考えていいのではないか、と思う。




 嫁入りで来たのか、奉公に来たのか、分からないが、O地区ほどの場所ともなると、生半可な理由で山梨から奉公に来た、とは考え(にく)い。


 そう、O地区は松本市が近いのだ。

 松本市に奉公に行った(ほう)が、多少なりとも都会、という気がするのである。


 だから恐らく、嫁に来た、と考えると、あの文章の書かれた時期が、少し分かる。


 嫁取りの範囲が広がった時期。


 大体、行政区画が決まる前は、川を(へだ)てたら別の集落、山を(へだ)てたら別の集落、というような感覚で居住地が分かれており、川の渡り(にく)さ、山の急峻(きゅうしゅん)さなどのせいで、隣り合っていても、なかなか、嫁の遣り取りをする関係にならない場合がある。


 山梨。


 現在の行政区画で考えると、長野の隣の県だが、地理で考えると、O地区と山梨は、近くないのだ。


 そうなると、嫁取りの範囲が広がった時期。


 …明治以降、ということになるだろう。


 また、単なる直感だが、座敷童の振袖の染料も、江戸期の物よりは発色が鮮明に思える。


 そうなると、化学染料の使用が(うたが)われるのだ。


 日本政府が、明治初期に、化学技術発展のため、舎密局せいみきょくという役所を設置したが、化学染料の導入のため、フランスのリヨンに、そこの役人を派遣したのが、明治五年。


 O地区の女児が振袖に利用できるほどの化学染料の普及を考えても、やはり、…明治以降。


 文章としては、それほど古いものではない。




「高良?」


「あ、ごめん、ボーッとしてた」


 …『恋愛より楽しいことがある人間』らしいよ、俺。


 …そうなんだろうな。


 今、ポニーテールなんて、見てもなかったからな…。


 …そうなんだろうな、って、何か、今、確信した。


 自分のこと。






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