料理:Spice in the tea.
…一部始終を見てしまった。
優将の家の前で、珍しく、髪をポニーテールにした、昨日とは別の、白いトップスに、ジーンズ姿で、例の、優将が死守した白いサンダルを履いた茉莉花が泣いている。
…彼氏が貴女の友達と抱き合ってましたよ、とか、幼なじみに直接言う奴、本当に、知り合いにいるんだなー…。
…ちょっと、慧との友達付き合い、考えたくなった。
カラオケの一件も加味して。
あ、又従兄弟同士だった。
…まさかの血縁なんだよな…。
遠いけど。
「…よっぽどのアホでなきゃ、正義感振りかざした、ただの馬鹿、だっけ。どっちだと思う?」
俺の問いに、優将は、無表情で、「…両方かなー」と言って、自分の家に向かった。
茉莉花が、俺達に気付いて、涙を拭った。
…うーん、よく分からんが。
…今日、一人で夕飯を食べさせなかったのは、英断、って気がしてきた。
あと、別に、ポニーテールでデートだったんだなー、とかは、思ってない。
夏ですからね。暑いので。
ポニーテールのことくらい、ありますから。
…チャイを!作ってくれるとか!思わなかったな!
え…。チャイ!?…あ、カレーだから…?
…えええ。
あの短時間で、キャロットラペと、半熟卵が用意されている!
あと、今日の、茉莉花の夕飯予定だったという、茄子の肉味噌炒めも。
そして、ちゃんと、三合分くらいの、炊いたご飯も用意されていて。
そして、チャイのためのスパイスパウダー持参でいらしている。
…例のミルクパンで、ポニーテールの幼なじみが、チャイを!作ってくださってますよ!
優将さん!
…こんな、甲斐甲斐しいことが、ありますか…?
えーと、優将さんは無表情で、うちの幼なじみが作ったカレーを鍋に入れて、隣のコンロで、並んで、温めておられますね?
タッパーを返してくださる御つもりの御様子で、大変有難いと思っておる次第です。
偶然なんですが、今日、優将さんのファッションがモノトーンなので、ちょとペアルック感がありますねー。
…新婚のご家庭の白昼夢、とかではないですよね、これ?
何を見せられているんだ、俺は。
…はい、俺は、…御飯をよそいますね。
おお、カレー皿が、高そうな、黒の長方形の陶製。
これまたオシャレですねー…。
…え、彼氏には、これ…やってらっしゃらないんですか?茉莉花さん。
つまり、これは、白昼夢の種類でいくと…。彼氏より厚遇されている幼なじみの白昼夢でしょうか。
自分でも、白昼夢の種類って何だろう、と思っておりますが。
…人間の関係性なんて、俺が口を出すことではないんですが。
…なんか、これ、流石に…。
…御気付きの点は、ございませんか?茉莉花さん…。
…うめーな、キャロットラペ!
何だこりゃ。
砕いたアーモンドが掛かってますけども。
ナッツの風味が、レーズンと黒胡椒と合って、こんなに御味が良くなるんですね!知らんかった。
でも多分、俺、自分の家でやる時は、ナッツをトッピングするところまでは、面倒臭くてやらないと思います!
凄いな茉莉花さん。
「優将、レーズン入りの、好きだもんね」
…あー、優将さん用。
何かホント、居た堪れないな…。
で、また、そんな、無表情で食べるんだ。
…でも、絶対、半熟卵、嬉しいんですよね?優将さん。
さっき、聞きもしないのに、教えてくれましたからね。
「…ヒトミちゃんちのカレー、…美味しいけど、具が少ないね…?」
あー、それはね!ルーを入れ過ぎなければならない理由があったんですよ!茉莉花さん。
決して、彼の御家庭が、具を少なくせねばならぬ程、困窮しているわけではございません。寧ろ、駅前に土地を持つ地主の一族の子と言って良い。
あと、この茄子の肉味噌炒め、カレーに、めっちゃ合う!もう、これをカレーに入れれば夏野菜のカレーになったんじゃないかな、って思うくらい旨い。
…具が少なくても、これで逆に良かったんじゃないか、ってね。
変に、料理慣れしてない絆が、『アレンジ』するより…。
いや、さっき、昼に食べた時より、本当に旨い。
…付け合わせの力か…。
将又。
いや…。
一緒に、笑顔で、御飯のお代わりを勧めてくれてる人が食べてるからでは、ないんだと思う。
…そういうのではないんだと思う。
チャイも合う。
…脂っこいものの後に飲むと、こんなにスッキリするんだなー。
あと、こんなオシャレな陶製の、三つ揃ったマグカップ、どこにあったの?…この前は気付きませんで、はい。
「チャイにナツメグ入れなかった。優将、嫌がるから」
茉莉花が、そう言って、クスッと笑った。
「…あの…。ナツメグが嫌いなんじゃなくて…」
珍しく、優将が言い淀んだ。
茉莉花は、不思議そうな顔をした。
「そっか、ハンバーグにナツメグ入れても食べるもんね」
…ハンバーグも作ってもらってたかー。
そろそろ驚きがなくなってきたなー。
「…去年、一回、シナモンとナツメグ、間違ってコーヒーに入れただろ?…あれから、ちょっと、トラウマで…。ナツメグ、紅茶には合うんだけど…コーヒーには全然合わんくて…」
「え、やだ、ごめん!嘘!言ってよ!えー、残しても良かったのに」
…残しても良かったのに!本当に。
優将さーん…。
「ジャリジャリで…。多分、シナモンパウダーより、ナツメグの方が、粒子がデカいんだと思う。そんで、コーヒーの苦みとナツメグの香りが合わさって、ハンバーグの焦げたとこの肉汁の味がした…。ナツメグ、ミルクティーとかに入ってる分には、旨いのに…」
優将さん、それ、全部、黙って飲んだんですか…?
表現だけ聞いてると、『失敗して焦がしたハンバーグの肉汁を集めたやつ』ですよね!
幼なじみが淹れてくれた物を残さない心意気、最早、武士では…?
茉莉花は、真っ赤になって「ごめん」と言った。
「あ、そうだ。思い出した。この前、ハンバーグ、優将が全部食べちゃったから、お弁当に入れられなかったんだった…。もっと作れば良かったなー」
…何だろうね、お弁当も、優将さんに作ってあげてた説が、濃厚になってきちゃったなー。
すっごい、居た堪れない。
三人で皿を片付けながら、茉莉花が、俺を見て、少し驚いた顔をした。
「…どうしたの?」
「ごめん。高良が、着物着てるように見えちゃった、一瞬。変なの、ネイビーのTシャツなのにね」
…俺、…自分の鏡に映った姿のこと。
この子に言ってない。
…こっちこそ、ごめん。
…霊障じゃないといいな。
…親切に、一緒に手伝ってくれるって言ったのに、そういう巻き込み方は、不本意だから。
「あ、そうだ。ちょっと読んだけど、高良の言ってた意味、分かった気がする」
「…あの本に関して?」
「そう。日記みたいなのに、途中から…告発文みたい?に…なるよね?まだ、ザックリなんだけど」
「…うん。凄いね。…俺も、そう思う。…だから、違和感があるのかな、書き方に…」
あと、ちょっと分かったことがある。
『サトさん』という女性の存在である。
『お倉坊主』について発言した女性だ。
双体道祖神が理解出来ない、そして、妹、という女の子に似ている、と言ってくれた、とあり、そして、自分の郷里の道祖神は、丸い石だと言う。
この、『サトさん』さんは、山梨辺りの出身と考えていいのではないか、と思う。
嫁入りで来たのか、奉公に来たのか、分からないが、O地区ほどの場所ともなると、生半可な理由で山梨から奉公に来た、とは考え難い。
そう、O地区は松本市が近いのだ。
松本市に奉公に行った方が、多少なりとも都会、という気がするのである。
だから恐らく、嫁に来た、と考えると、あの文章の書かれた時期が、少し分かる。
嫁取りの範囲が広がった時期。
大体、行政区画が決まる前は、川を隔てたら別の集落、山を隔てたら別の集落、というような感覚で居住地が分かれており、川の渡り難さ、山の急峻さなどのせいで、隣り合っていても、なかなか、嫁の遣り取りをする関係にならない場合がある。
山梨。
現在の行政区画で考えると、長野の隣の県だが、地理で考えると、O地区と山梨は、近くないのだ。
そうなると、嫁取りの範囲が広がった時期。
…明治以降、ということになるだろう。
また、単なる直感だが、座敷童の振袖の染料も、江戸期の物よりは発色が鮮明に思える。
そうなると、化学染料の使用が疑われるのだ。
日本政府が、明治初期に、化学技術発展のため、舎密局という役所を設置したが、化学染料の導入のため、フランスのリヨンに、そこの役人を派遣したのが、明治五年。
O地区の女児が振袖に利用できるほどの化学染料の普及を考えても、やはり、…明治以降。
文章としては、それほど古いものではない。
「高良?」
「あ、ごめん、ボーッとしてた」
…『恋愛より楽しいことがある人間』らしいよ、俺。
…そうなんだろうな。
今、ポニーテールなんて、見てもなかったからな…。
…そうなんだろうな、って、何か、今、確信した。
自分のこと。