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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第八章
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喧嘩:Who cares for you?

 やっぱり、高良、優しい。


 一人じゃない夕飯になって、凄く嬉しい。


 カレーだから、半熟卵作っちゃった。

 あと、優将の好きな、レーズン入りのキャロットラペ。


 そろそろ、駅から着くかな。持って行こう。




 家を出たら、門の前に、見覚えのある人が立っているのに気が付いた。


 …慧?


「慧、久しぶり」


「…うん。お帰り」


「…慧?」


 何か様子が変だ。


 慧、痩せた?


 ちょっと日焼けしてるみたいだけど、顔色が悪いような気もする。


「…ね、水戸っちと付き合ってんの?」


 ―――いつ知ったんだろ、そんなの。高良みたいに、水戸さんから、直接聞いたのかな。


 改めて慧にそう聞かれると、少し動揺してしまった。


「え…うん」


「…水戸っち、苧干原(おぼしばら)さんと抱き合ってたよ」


「…え?」


「登校日の日に、うちの高校の校門の前で」


 …やっぱり。


 あの時、瑞月は、水戸さんに会いに、紫苑高校まで行ったんだ。


 そして、多分、私と水戸さんのことを、問い詰めた。


 それが、どういう経緯で抱き合うことになったのかは知らないけど。


 聞いてみれば、不思議と納得がいく気がした。




「…そうなんだ」


「―――そうなんだ、って。いいの?」


「何が?」


「彼氏が、他の人と抱き合ってても」


 …うわ。


 今日の慧、(かん)(さわ)る。


 何?

 それを、わざわざ言いに来たわけ?


「…何で、あの二人が抱き合うの?何で、茉莉花は平気なの?」


 ―――結局そこが言いたいんだね。


 あの鈍い慧が。

 嫉妬に駆られて。


 私を巻き込みに来る日が来るなんて。


「ね、慧。私が平気かどうかなんて、どうして慧に分かるの?」


「えっ…」


 慧は、ハッとした顔をして、黙った。


「それを聞いたら、私がどう思うかとか、考えなかった?私が、それ聞かされて、嬉しいと思う?どうして、わざわざ、夜中に、そんなの、言いに来たの?」


「…茉莉花」


 慧は、驚いた顔をした。


 そうだろうね。

 私、こんな強い言い(かた)、慧に、したことなかったもんね。


 慧は、いつも何も分かってない。


「大体、私と水戸さんの問題じゃない?慧、水戸さんと私が付き合ったら良いと思って、あの合コン計画してくれたんだったよね?でも、付き合った後は、二人の問題だよ。私も、慧が瑞月と会いたいって言うから、手伝ったよね。でも、瑞月と慧は付き合ってるわけじゃないでしょ?私は水戸さんや瑞月に怒ってもいいかもしれないけど、慧は、水戸さんや瑞月のすることに口を出す権利は無いじゃん。慧は、関係ないんだよ」


 そうだよ。

 皆、関係ないんだよ。


 優将と玲那(れな)のことも、瑠珠(ルージュ)日出(ひづる)のことも。


 そりゃ、好きな人と自分が、全然関係ないのって、悲しいと思うよ。


 でも、関係ないんだよ。


 当事者同士じゃなかったら、友達だろうと親だろうと、もう部外者なんだよ。


「知る権利も、知らないでいる権利も、持ってるのは私なんだよ。変な風に口出してこないで。それは、私を心配して言ってくれてるんじゃないよ、慧」


「…茉莉花」


「謝って、慧。慧、我儘(わがまま)だよ。怒るなら、慧、一人で怒りなよ。私を巻き込んで、一緒に怒ってもらおうと思っても駄目だよ。慧、水戸さんに嫉妬して、私を使ってアクション起こしたいだけだよ。悪いけど、そういうの、『無し』だな。そりゃ、ふられちゃうよね、って思う」


「…俺っ。そんな…」


「じゃあ、何でこんなこと、言いに来たの?謝って。慧、何も分かってないよ。…はっきり言うけど。…こんなに分かってない奴だと、思ってなかった」


「…茉莉花。――ごめん」




 慧の、見開かれた瞳が伏せられて、私は我に返った。


 私、この目が大好きだったのに。

 慧が鈍いのだって知ってた。

 今に始まったことじゃないし、こんなこと言ったって、相手は変わらないのに。


「――――あっ、…私もごめん。言い過ぎた」




 私が謝る間に、慧は、走って、自分の家の中に入っていった。


 ああ、羨ましいな。

 『私の慧』。

 ―――逃げ込める『家』があるんだ。


 家出だってさ、出る家があるから出来るんじゃない。

 私がやったら単なる失踪だよ、きっと。


 ―――でも、そうだね。


 平気、とまではいかないけど、確かに、あの二人が抱き合ってたのなんのって聞いても、そんなにショックじゃなかった。


 (むし)ろ、本当は、あの二人は、そうあるべきなんじゃないかな、なんて思う。


 瑞月が水戸さんを許した(ほう)が、きっと皆、楽だ。

 瑞月が水戸さんを許せない事情は、結局、正確なことは知らないから、分からないけど。


 でも、抱き合ってたのが本当だとしても、その後どうしたのかな?二人は。


 何か、優将と高良で、うちの高校まで瑞月を送ってきてはいたけど。


 ――――きちんとした解決は、しなかったんじゃないかな。


 それでなきゃ、あんな絵、描かないと思う。


 …推測に、過ぎないけど。




「茉莉花ちゃん」


 里歌さんだった。


「久しぶりね。長く会ってなかったじゃない?最後に会ったのって、お誕生日の時じゃないの?もう八月よね」


「そうですね」


 里歌さんは、何だか今日は(やつ)れていて、少し老けて見えた。


「皆、彼氏や彼女が出来たら、あんまり来てくれなくなっちゃうのね。何か寂しいわー」


「えっ?」


「彼氏、いるんでしょ?そういうのは、分かっちゃうの」


 里歌さんは、ケラケラと笑った。


 うわ、何か恥ずかしい…。


「…そ、その、彼氏っていうか」


「照れない照れない。それより、慧、何かしたの?喧嘩なんて、珍しいじゃない?」


 うわ。


 …やっぱり聞こえてたんだ。

 まぁ、玄関先であれだけ言ってたら、聞こえて当たり前か。


「…いや、私も悪いんです。言い過ぎてしまって」


「そう?最近何だか変なのあの子。いや、違うわね。もう、ずっと可変(おか)しいの」


 里歌さんは、悲しそうにそう言った。


「成績もドンドン下がるし。何考えてるんだか、分からなくなっちゃった。まぁでも、そんなもんかもね。高校生にもなって、親に言えないことの一つや二つ、無い(ほう)可変(おか)しいわよね。―――あの子、好きな人がいるの?」


「え…どうでしょう」


 …美人だけど、惚れたら結構(むずか)しそうな性格の、一つ年上の帰国子女にふられたみたいです、とは言えないもんなー…。


 里歌さんは、首を振りながら、寂しげに微笑んだ。


「ホント、茉莉花ちゃんと結婚してくれたら、なーんて言ってたのにね」


「え」




 そんな風に、思ってくれてたんだ。


 迷惑とは思わずに。


 もし冗談で言われたのでも、前だったら、多分、一番聞きたい言葉だった。




 柔らかい髪を掻き上げながら、里歌さんは「あーあ」と言った。


「時代って、こうして動いていくのかしら?寂しいわね」


 そうかも。


 慧が私を好きになってくれたら。

 私も、『普通』に、慧のこと好きだったら、私は、里歌さんの『家』に入れて。


 今まで通り、いつまでも過ごせたのかも。


 里歌さん、私も、寂しいです。


 本当に、寂しいです。



 『私の慧』。ねぇ、私、『慧』になりたかった。本当になりたかった。

 『私の慧』っていう響きに、泣きそうになるくらいに。


 慧に生まれてたらね、もっと要領良く生きてやる、なんて思ってたの。


 でも、中身が私じゃ、どの道、そんなの無理だったね。


 それは『慧』じゃない。


 分かってたつもりだったけど。


 『私』は、『私』でいることが嫌でも、『私』以外の人間には、なれないんだよね。


 どんなに、(うらや)ましくても。




「じゃ、茉莉花ちゃん、また、ご飯食べに来てね」


「はい」


 中澤家の玄関のドアが(しま)ったら、涙が出てきた。


 ああ、最近、涙腺緩(るいせんゆる)いんだ。


 困るなぁ。


 困るよ。


 ここで泣くんじゃないんだよ。


 あの『家』に入れなかったことに泣くんじゃ駄目なんだよ。


 これじゃ『普通』じゃないんだよ。


 瑞月に嫉妬して、水戸さんのことで泣くくらいじゃないと駄目なんだよ。




 …『マドンナ・リリー』、か。


 里歌さん。


 私は、ただ、自分が一人になりたくないから、友達が嫌がるのが分かってたのに、水戸さんと付き合いました。


 私は、多分恋をしていないのに、人から聞かれたら、きっと、水戸さんのことを好きだと偽ります。


 私は、親に食べさせてもらっていて、それを感謝してるのに、本当は親が嫌いです。


 私は、水戸さんの存在に頼っている部分もあるのに、水戸さんを支えることや、そこまで彼に踏み込むことを躊躇(ためら)います。


 私は卑怯です。


 誰か、私を許しますか?


 朝のお祈りなんて、やらされてる感満載で、好きでも嫌いでもないんだけど、今は、誰かに聞きたい。私を許せるのか、聞きたい。


 自分のことが、許せないから。


 こんなに泣くのに、私は、どうして、人を求めるんだろう。






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