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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第八章
42/93

カレー:There's certainly too much Curry roux in that Curry!

「高良、カレー、貰ってくれる…?」


「…どうした、絆…」


 塾の夏期講習お試し期間も終わったので、両親が仕事に行ってから、翻訳(ほんやく)作業に没頭していた俺は、半ベソの幼なじみがチャイムを鳴らすまで、昼食を取るのも忘れていた次第だが。


 …でっけー鍋。


「八月になっても課題、手付かずだったのが、親にバレて。キレられて、夕飯作れって言われて、カレー作ったんだけど。…シャバシャバになっちゃって。ルーを足し、ルーを足し、していったら、こんな量に…」


「…もう、片栗粉でとろみをつけて、カレーうどんの汁くらいの粘度にすれば良かったのに…。風味付けに麺つゆ入れて、うどん突っ込めば?」


 御両親経営のコンビニで、この前見掛けましたが、市販のチャツネなど加えれば、更に風味が良くなると思われますので…。

 駅が近いと、海外の(かた)が多いせいか、品揃えが謎のコンビニが増えますよね。


「俺に、そんな知恵があると思う?」


 無かったから、この量になったんだろうけど…。


「…水溶き片栗粉を入れる時は、一回、コンロの火を止めるんだぞ…?」


「待って、シャバシャバに対する工夫の段階は終わっちゃったの。完成しちゃったカレーを、消費するのを手伝って」


 何か『完成()()()()()カレー』って言い(かた)が、もう。


「…今度は、ルーを入れる前に御一報(ごいっぽう)くださいね。携帯も持ちましたから…」


「…そんな、敬語になっちゃうくらい多い?この量。半分持ってきたんだけど…」


 多い。


 あと、これで半分なんだ、と思って、ちょっと引いてる。


「…カレールーの箱の裏に書いてある作り(かた)、見ながら作ったか?ちゃんと」


「…高良は見ないで作るから…」


「いや、うちのカレーはね、疑似(ぎじ)キーマカレーだから…。シャバシャバになりようがないんだよ…」


 小さい頃、ピーマンが食べられなかった俺のために、母親が考案したカレーで、ピーマンと玉葱のみじん切りと挽肉(ひきにく)を、胡麻油と塩胡椒で炒めて、ピーマンの青臭さをごまかすためにカツオ出汁を入れて、火を止めたらルーを入れて、オレンジジュースかリンゴジュースで伸ばす、という、実は水を使ってないカレーなもので。


 年齢が上がるにつれて、ルーだけ、甘口(あまくち)から中辛(ちゅうから)に変わったが、基本、その作り方が踏襲(とうしゅう)されているので、結構、もったりした、キーマカレーっぽい何か、が、我が家のカレーだ。


 因みに、父に作らせると、そこに、市販のルーではなく、カレー粉とニンニクとケチャップ味付けになって、ジュース等を使わないので、見た目が、より、キーマカレーっぽくなる。


 オムレツにも使うが、基本、父の料理はケチャップが多用されがちだ。

 ケチャップ自体が好きなのかも、と、(うたが)っている。


 父のカレーも(うま)いが、(から)めなので、(から)さの中和のために、多めの野菜サラダが添えられる。


 父は、レタスかサニーレタスか包菜(サンチュ)に、御飯と、その(から)いルーを包んで食べるのが好きだ。


 本当は(から)めが好きなのだろうが、小さい頃の俺に、一応合わせてくれていたんだろうな、と、カレーに関しては思う。

 …ま、嫌いな食べ物なんてなさそうだし、単に甘口も平気なんだろうが。


「ううーん、えっと。昼、まだだから、食べるよ、一回、味見で。そんで、貰うから、カレー。有難う」


「ありがとう!…じゃ、課題やるね…」


「うん…」


 そんなに怒られたのか?


「頑張れよ…」


「うん…。帰るね、高良のを写したら承知しない、って言われたし…」


「そりゃそうだろ…」


「しばらく来ないかもー」


「…そんなにやってなかったのか?今、八月だけど…」


「もう終わってる人は黙っててー」


「…何で、課題を終わらせた(ほう)が、そういう言い(かた)されるんだろうな…?」




 えー、絆作のカレーですが。


 …カレー味ですね。


 中辛(ちゅうから)かな。

 本当に変哲(へんてつ)がない。


 優秀ですよね、日本のカレールーって。

 箱書きの通りに作れば、ちゃんとしたカレーが出来るから。

 旨いは旨い。

 …多いけど。

 あと、箱書きの通りには作ってないけど。




 夕飯用に取り分けても、まだ多い。


 今日は絆から貰ったカレーだと、両親に連絡して、タッパーに四人前くらいずつ移したが、三つになってしまった。


 え、ルー、一箱十皿分だとして?

 …何箱使ったんだ?ルー…。




 カレーを食べ終えてから、翻訳(ほんやく)作業を再開した。


 しかし、作業に没頭し過ぎて、ラップと歯磨き粉を買うのを頼まれていたのを忘れていたのを、母親からのメッセージで思い出した俺は、駅前の薬局に行くことにした。


 もう暗い。


 米は炊いたので、夕飯はカレーでいいだろうし、ちょっと休憩だ。


 …過集中の傾向はなかったつもりだったんだが。


 ボンヤリする。


 歴史(つねふみ)さんも、ついでに連れて行くことにした。


 散歩も、夕飯の支度も済ませておけば、あとは、風呂くらいだな。

 集中し過ぎには気を付けよう。

 …眼精(がんせい)疲労(ひろう)気味かも。




「え?」


「おー…」


「あ」


 …駅前で、薬局の帰りに、水戸と優将に会うとはねぇ…。


 そうだよ、うち、T町だけど、水戸は、同じ駅は最寄りの、H町らしいもんな。

 だから、この前、コンビニで会ったんだった。


 気不味い。水戸も、普段より、やたら(まばた)きが多い。

 水戸の顔に、「瑞月があれからどうしたか」という疑問が書いてあるのが見える気すらする。


 こっちも、「瑞月に腹を殴られてたが、あれからどうした」とは聞き(にく)かったので、優将の(ほう)に先に声を掛けた。


「優将、どうした?」


「や、(イマ)カノんちが、この駅なのよ。美術学校分校の裏。家まで送った帰りだわ」


「あー、昔、美術短大だったところか」


 もう暗いからな。

 家まで送ったのは偉いと思う。

 暗くなるまで、何してたんだ、とかは聞かない。


「…そっか、だから、この前、コーヒー飲む時会ったのか」


 …彼女に『今』って付けると、『前』があったんだなーって思うから、『彼女』で良くないですか?


 水戸は、「え」と言った。


「うちも、美術学校の裏。今、茉莉花ちゃん、駅まで送ってった帰り」


 …彼女に『茉莉花ちゃん』って固有名詞があると、それはそれで、聞くのが、しんどいことが判明したので、『(イマ)カノ』の(ほう)がいいかも分かんないですね!


 …あと、貴方(あなた)(たち)、デートの場所がニアピンなんですね!


 頭痛くなってきた!




 水戸が近寄ると、歴史(つねふみ)さんは、ションボリして、尻尾を丸めて、俺の後ろに隠れてしまった。


 水戸は「あららー」と言って、困ったように笑った。


 …全然、水戸に(なつ)かんなー。

 気不味い。


 …えっと。


 茉莉花さんの彼氏と、茉莉花さんの幼なじみと、…えーと、茉莉花さんの共同作業者が(そろ)()みしてしまった。


 …俺、他人だな。

 …帰ろうかな。


 …あ。


「二人共、カレー、いる…?」


 水戸と優将が、声を揃えて、「え?」と言った。




 水戸が、これから薬局でゴミ袋を買うと言うので、俺は、カレーの入ったタッパーを、駅まで、家から持ってくることを約束した。


 優将は、歴史さんのリードを持って、家までついて来てくれる、と言った。


「…高良、顔色悪くない?」


 頭痛い。


「いや、ちょっと疲れて…。水戸って、80(ユーマ)くらいあるかもなーって」


「…その謎の単位を使い始めたってことは、休憩した方がいいな?…80って…。もうちょっとあんじゃね?」


 まぁね、優将さんを100(ユーマ)とすると…。85…?


「そうか…。じゃあ、80(ユーマ)から100(ユーマ)近似値(きんじち)を取るか…」


「…自分で作った美形度の単位に、平方根(へいほうこん)使おうとしてんの…?美形度の近似値(きんじち)って、マジで何?ね、休憩しよ?高良」


 ヤバい。

 UMA(ユーマ)さんに心配されてる。

 ヤバいってことは分かるんだけど、頭が働かない。


「ごめん、頭働かない…」


「…平方根(へいほうこん)を出してくるくらいフル回転に見えるけど…。逆回転してんのかな?…よし、分かった。全然意味分からんけど、n=10でnの二乗が100、n=9で、nの二乗が81、…だから、(ルート)9…でいいか?これで解決な?…何の話だ…。合ってるのかすら分らん…」


「そんなに話に乗ってくれると思わなかったな…。そこまで考えてなかった。…よし、水戸は81(ユーマ)だな…ありがとう」


「御礼言ってて、ガチでヤバい。こんなテキトーな計算したのに…。何が、よし、なん?…休憩しよ?高良。普段の、しっかりした感じじゃ、全然ないから」


「…もうちょっとで、家に着くから、そこで」




 庭の犬小屋の前で、優将は、気づかわしげに、俺の顔を見た。


「…俺、何か、手伝う?高良。この子、どうしたらいい?」


「えっと…。リードを繋いで。水と…餌も、あげてもらっていいか?水は、そこの水道で。(えさ)は、あそこの、玄関収納に、定位置が…」


「…分かった。…大丈夫?」


「ちょっと、荷物置いて、頭痛薬、飲むわ…。カレーも取ってくる」


 手を洗って、トイレも行こう。


「あ」


 洗面所の鏡の中の俺は、やはり、着物姿の青年だった。


 …今かよ…。


 一人でなくて、良かった。

 取り敢えず、薬を飲んだら、優将のいる所まで戻ろう…。




 カレーの入ったタッパーを入れた紙袋二つを持ってくれた優将は、こちらを気にしながら、駅までの道を、一緒に歩いてくれた。


「サンキュー、優将。頭痛いの、治ってきた。あと、ちょっと脱水気味だったかも…」


翻訳(ほんやく)作業、(こん)()め過ぎじゃね?…あと、眼鏡、外用と部屋用、分けてる?」


「…え?」


「慧のとーちゃんが近眼なんだけど、部屋用の、近くを見る用の眼鏡は、外用より弱い度数のにしないと、眼精疲労になり(やす)くなるって言ってたけど。だから、運転用と読書とかする時用の眼鏡、分けてんだってさ」


 あ、…父の従弟ー。血縁でした、その(かた)

 近眼か、…遺伝とは言わないまでも、そう聞くと、親近感あるなー。


「…あー。これ、眼精(がんせい)疲労(ひろう)…?」


「すぐ買わなくても、古い、ちょっと、度数弱くなった眼鏡とか、応急措置で、手元を見る用に使えば?」


「そうかも。…本当に有難う。昨日(さくじつ)より、一方(ひとかた)ならぬお心遣いをいただきましたことに感謝しております…」


 部屋用眼鏡の購入も視野に入れていこうかと存じます…。


「…水分も取ろっか。睡眠も取ろ?ビジネス構文の御礼状みたいなこと言ってるよ?高良」


 ヤバい。

 UMA(ユーマ)さんに、凄く丁寧に心配されてる。

 ヤバいってことは分かるんだけど、…頭が働かない。


「あ、高良。こっちこっち、…え、顔色悪いね」


「あ、81(ユーマ)だ…」


 いや、やっぱ85(ユーマ)かな…?


「は?EUR(ユーロ)?」


 発音、良い…。


「ごめん、水戸っち。…この人、具合悪いんだと思う。通貨の話はしてないと思うわ…」


 水戸は、俺と優将に、冷えたスポーツドリンクをくれた。


「薬局で安かったから、カレーの御礼にと思ったんだけど…。今、飲んで?暑いし、二人共…」


「サンキュ…ほら、高良、飲も?」


「ありがとう…」


 ああ、『彼氏』と『幼なじみ』が、俺を気遣うことで、息ピッタリで、何か、仲いい感じに。


 情けないけど。


 …本当に不味い。

 …俺、資料に夢中になると、日常生活で、ヤバい感じの人になるかもしれん。


 絆がくれたカレーの量には引いたけど、貰わなかったら、今日、昼も食べなかったし、夕飯作れなかったかもしれんぞ。




 …ええ、『恋愛より楽しいことがある人間』かもしれませんねー。




 …嘘だろ、ヤバい。

 …母さん似だと思ってたのに。


 …俺って、やっぱり、研究室棟の妖怪の息子だったのかな…。


 あんな…。

 まさか父親が、空気が読めないとかじゃなくて、『なんで空気なんか読まなきゃいけないの』って、敢えて空気読まない感じの、もう一段階上の社会的ヤバさを持ってたなんて…。

 その大学教授と似てるなんて…。


 とは言え、母親も研究者だから、どっちに似ても…って気はしてきたけど…。


 いかん。


 俺も…『妖怪』になってしまう。




「またカラオケ行こ、高良、元気になったら。ね?」


 …気遣って言ってくれてんだろうけど。

 お前、あの合コンの後で、よく、そんなこと言えんなー、ジントニック飲んだ人。


 そりゃ、そちらは十八でしょうけど、飲酒可能ではないでしょうに。


 …いや、水戸に気を遣われるくらい、今、ヤバいのかも、俺。


「…カラオケ」


「そうそう、高良、歌上手いじゃん」


 水戸の言葉に、「高良は聖歌隊だったんだっけ」と優将が言った。


「え、聖歌隊(choir)?意外過ぎるんだけど…」


「あー…中学の時、声変わり前の二年間だけな」


 先輩に騙されて、人手が足りないパートの手伝いで入ったら、入会させられていたのだ。

 当日礼拝歌唱参加者名簿が、実は入会名簿だった、というオチである。


 水戸は明るく、「へー」と言った。


「音楽続けなかったの?」


「楽譜読めなくて、耳コピで二年間ごまかしてたからなー。楽器とか全然やったことないし、向いてなかった」


 元々、騙されて入ったから…。


「え…。二年間、耳コピで乗り切れたん…?…スゲー上手かったけど?」


 水戸と優将が、顔を見合わせた。


「いやいや、聞いたのを、そのまま覚えられるだけで…」


 水戸と優将が「そのまま…?」と、困惑気味に言った。


「うん、耳コピ。スキャットとか、ジャズアレンジとかが出来るわけじゃないから。聞いたまま。…何か、あんまり興味持てなくて、結局読めなかったんだよな、楽譜」


 水戸が「スキャット?」と言って、尚も、困惑した顔をした。

 優将も、「アレンジ?」と言って、眉根を寄せた。


「ホント、変声途中で、ボーイソプラノで起用だったのに、キツくなってきて。どんどんパート変わるし。パート変わる途中とか、内緒で三度下げて、ハモって、声が出ないところを誤魔化したり、他のパートの、声が出る部分を勝手に歌ったりしてたんだよ。でも、バレなかったけど。だから、あんまり真面目にやってなかったし…」


 水戸が、更に困惑したように「楽譜読めなかったんだよね?」と言った。


「ハモる部分を、自分で作ってたってこと…?」


 優将も、「三度下げる…?」と、不思議そうに言った。


「えっと…楽譜読めないから…勘で、メインの音から三度下げる。えっと…。三半音、音を低くする時と、二全音低くする時があるんだけど…。感覚で…」


 短いものを、メインの音のものと、三度下げたものを鼻歌で歌うと、水戸と優将が、ギョッとした顔をした。


 水戸が、「え、これ、ハモれるな…」と言って、目を(しばた)かせた。

 優将が、「…ちゃんとやれば良かったのに、音楽」と言った。


「いや、そんなに、好きじゃないから、音楽。人前で歌うのも、別に…。出来るからやったけど」


「…出来たのは、何でなん?人前で歌う(ほう)がハードル高くない?俺は合唱、嫌だよ?」


「何でと言われても…」


 水戸が、「試しに」と言って、さっき俺がやったハミングをやった。


「あ、それだと、メインの音から半音低いな」


 あと、スタッカート入った感じに聞こえる、その歌い(かた)だと。

 原曲には入ってない。


 水戸と優将が、顔を見合わせた後、黙って、俺の顔を見た。


 …なんで、今日一番、『妖怪』を見るような目をされたんだろう。


 頭痛薬が効いたのか、スポーツドリンクが効いたのか、頭痛は治ったけど…。




「絆のカレーか。…何か、不思議な感じだけど、食べよ。ありがと、高良。一人暮らしだし、助かった」


「ま、彼女さんとかのよりは、気遣(きづか)いのない料理だとは思うけど。フツーに旨いよ」


 あんな、丁寧に、ドリップで、シナモンコーヒーとか()れてくれる彼女さんほど、キッチンに立つのに慣れた感じの奴の仕事ではないですが。

 日本の企業の努力の御蔭で、カレー味に仕上がってますよ。


「え?」


「え?…その…。甲斐甲斐しく、御茶とか()れてくれそうなタイプの彼女さんでは」


 見てましたよ、無花果(いちじく)まで、丁寧に()いてくれましてねぇ。

 どこぞの新妻(にいづま)の白昼夢を見たかと思うくらい。


 …いや、付き合い掛けた相手が全員、インドア派になった、って話、何か、分かりそうになっちゃって、ホント、危なかったもんな、本音言うと。


 何ていうか「やってあげたのに」みたいな感じが、一切(いっさい)ないんだよな、茉莉花さんって。

 こちらに対して「自分がやりたいから」やってくれてる、って感じがして。凄く自然に持て成してくれる、というか。

 

 …ああ、翻訳(ほんやく)のバイトを助けてくれようとした時も、そうだったか。最初は無償(むしょう)で言い出してくれたんだった。


 そこが、凄く、いいところだな、と思うんだけれども。…凄く丁寧に扱われてるのに、油断したら駄目にされそう、みたいな、常習性のある危うさ、というか。…ホント、ヤバい、茉莉花さん。


 慧じゃないが、「自分は、こう扱われるのに相応(ふさわ)しいんじゃなかろうか」と、自己肯定感まで上がっちゃうんじゃないかって。


 あんなに、(かゆ)い所に手が届くような扱いを受け続けてたら、そりゃ、外より『家』が楽しくなるだろうよ、って。『一緒に引き(こも)ってたい』、って、あの美形に言わせるってのも、何か、分かっちゃうんだよな。


 あの子のいるところに、二人だけでいれば、誰にも傷付けられなくて。

 丁寧に扱ってもらえて。


 『家』から、出られなくなる。




 しかし、水戸は、意外にも、首を振って笑った。


「えー、ないない、別に」


「そうなのか?…弁当とか…」


 そういや、誰かにお弁当作っちゃう、とか言ってたし。

 料理は、確実にやってる感じだったし。


 優将さんに対して、物凄く、甲斐甲斐しかったですが?


 彼氏にやらないってこと、あるんですか?


「んー?いや、なんか…。そういうのを求めたこともないけど…。御茶も…。俺が、ペットボトルの飲み物は出してるけど。うちに来て、キッチンに立つ、とか、何か作ってくれるような感じの付き合いはしてないな…」


 …おや?


「あー、そうなんだ…」


 …なんか、()らんことを聞きましたかね…。


 水戸は、再び、少し気不味そうに、「またね」と言って、去っていった。


 絆のカレーと、俺の介抱(かいほう)で、登校日の一件が、何となく有耶無耶(うやむや)になったのが、ちょっと後ろめたいんだろう。公衆の面前で瑞月と抱き合ってたことを、水戸がどう思ってるにしても、彼女の話も、敢えてそんなに、深くはしたくないだろうし。


 …俺も優将さんも、自分から、突っ込んで話を聞くタイプじゃないし…。


 優将さんに、茉莉花さんと水戸の話を聞かせるってのも、何か、ねぇ…。

 俺も聞きたいわけじゃなし…。


 水戸は水戸で、いろいろ抱えてるんだろうが、このまま、夏休みを挟んで、もっと有耶無耶(うやむや)になって、新学期になったら、体育祭の準備とか始まって。


 何か、深い話もしないまま、受験生になって、卒業して、疎遠(そえん)になる、みたいなクラスメイトなのかもな、と、漠然(ばくぜん)と思った。




 水戸と別れてから、ふと携帯を見ると、両親が遅くなるという(むね)のメッセージが入っていた。


「えー、先に食べといて、って?帰り、二十二時過ぎ?…俺が携帯持ってから、ギリギリの連絡、増えてないか?」


「…あー、じゃ、これ、うちで一緒に喰わん?パック飯で良けりゃ。タッパー、返したいし」


「あー…。ま、それもいっか。じゃ、二日連続で御邪魔します…」


「あ」


「え?」


「…仲間外れ、は、いかんのだった…。しまった。ごめん、高良。…茉莉花にも、カレー喰うか、聞いてくれない?」


「…仲間外れってことは、なくない?」


「何年か前、俺と慧だけでファミレス行った時、泣いたんだった…」


「…流石(さすが)に、高校生になってまでは、泣かないんじゃないか?」


 優将さんが、茉莉花さんの共通の友達と、茉莉花さん抜きで夕飯食べて、何か、仲間外れに、ってこと、もう、思うような年ではないのでは…?


 優将は、珍しく、言い(にく)そうに、「あの」と言った。


「水戸と喰ってくると思ってたのにさ…。これじゃ、あいつ、一人じゃん、夕飯。俺も一人ならともかく、高良いるなら、…仲間外れ、してしまう」


 …ああ、まぁ、そういう話なら…。


 いや、可変(おか)しくない?それ。


 優将さんだって、好きに、茉莉花さんの共通の友達と夕飯食べて、よくない?


 あと、今気付いたけど、優将さんも、彼女と夕飯食べて来なかったってことですね…。


 …んー。俺と茉莉花さんの接触を減らすために、ビジネス向けの、無料業務用連絡アプリを導入してくれたんですよね?優将さん。


 そこを曲げても、やることなんですか、それは…。


 茉莉花さんが、夕飯を、一人で食べることって、そんなに…問題なんですか?


 …ま、問題っちゃ、問題なんだろうけど、いろんな意味で…。




「…優将んちなんだから、優将が決めて、あの子に連絡すれば?」


「…業務用アプリで、声掛けてやってくれん?」


「カレー喰うかって?!業務用アプリで?!」


 俺、どんどん、ただのヤバい奴になってないか?

 あと、優将さんが連絡したら済む話では?


 だが、優将は、黙っている。


 …うーん。昨日(さくじつ)より、一方(ひとかた)ならぬお心遣いをいただておりまして、今日なんて、犬の(えさ)やりまでやってもらっちゃったからな。


 俺は、結局、その場で、カレーの(むね)を、グループ内トークで、業務連絡した。


 何だこりゃ。




 優将の自宅に向かう電車の中で、優将は、無表情で「茉莉花のカレー、じゃがいもと牛肉、ゴロゴロのやつ。半熟卵のってる」と言った。


 それは美味(うま)そう。


 …聞いてもないのに教えてくれて、有難う。


「お、そうか。絆のは豚コマだよ」


 カレーって、一番、御家庭の違いが出そうですよね。


 …あれ。やっぱり…。


 茉莉花さんって、優将にしか、料理、作ってない…?









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