カレー:There's certainly too much Curry roux in that Curry!
「高良、カレー、貰ってくれる…?」
「…どうした、絆…」
塾の夏期講習お試し期間も終わったので、両親が仕事に行ってから、翻訳作業に没頭していた俺は、半ベソの幼なじみがチャイムを鳴らすまで、昼食を取るのも忘れていた次第だが。
…でっけー鍋。
「八月になっても課題、手付かずだったのが、親にバレて。キレられて、夕飯作れって言われて、カレー作ったんだけど。…シャバシャバになっちゃって。ルーを足し、ルーを足し、していったら、こんな量に…」
「…もう、片栗粉でとろみをつけて、カレーうどんの汁くらいの粘度にすれば良かったのに…。風味付けに麺つゆ入れて、うどん突っ込めば?」
御両親経営のコンビニで、この前見掛けましたが、市販のチャツネなど加えれば、更に風味が良くなると思われますので…。
駅が近いと、海外の方が多いせいか、品揃えが謎のコンビニが増えますよね。
「俺に、そんな知恵があると思う?」
無かったから、この量になったんだろうけど…。
「…水溶き片栗粉を入れる時は、一回、コンロの火を止めるんだぞ…?」
「待って、シャバシャバに対する工夫の段階は終わっちゃったの。完成しちゃったカレーを、消費するのを手伝って」
何か『完成しちゃったカレー』って言い方が、もう。
「…今度は、ルーを入れる前に御一報くださいね。携帯も持ちましたから…」
「…そんな、敬語になっちゃうくらい多い?この量。半分持ってきたんだけど…」
多い。
あと、これで半分なんだ、と思って、ちょっと引いてる。
「…カレールーの箱の裏に書いてある作り方、見ながら作ったか?ちゃんと」
「…高良は見ないで作るから…」
「いや、うちのカレーはね、疑似キーマカレーだから…。シャバシャバになりようがないんだよ…」
小さい頃、ピーマンが食べられなかった俺のために、母親が考案したカレーで、ピーマンと玉葱のみじん切りと挽肉を、胡麻油と塩胡椒で炒めて、ピーマンの青臭さをごまかすためにカツオ出汁を入れて、火を止めたらルーを入れて、オレンジジュースかリンゴジュースで伸ばす、という、実は水を使ってないカレーなもので。
年齢が上がるにつれて、ルーだけ、甘口から中辛に変わったが、基本、その作り方が踏襲されているので、結構、もったりした、キーマカレーっぽい何か、が、我が家のカレーだ。
因みに、父に作らせると、そこに、市販のルーではなく、カレー粉とニンニクとケチャップ味付けになって、ジュース等を使わないので、見た目が、より、キーマカレーっぽくなる。
オムレツにも使うが、基本、父の料理はケチャップが多用されがちだ。
ケチャップ自体が好きなのかも、と、疑っている。
父のカレーも旨いが、辛めなので、辛さの中和のために、多めの野菜サラダが添えられる。
父は、レタスかサニーレタスか包菜に、御飯と、その辛いルーを包んで食べるのが好きだ。
本当は辛めが好きなのだろうが、小さい頃の俺に、一応合わせてくれていたんだろうな、と、カレーに関しては思う。
…ま、嫌いな食べ物なんてなさそうだし、単に甘口も平気なんだろうが。
「ううーん、えっと。昼、まだだから、食べるよ、一回、味見で。そんで、貰うから、カレー。有難う」
「ありがとう!…じゃ、課題やるね…」
「うん…」
そんなに怒られたのか?
「頑張れよ…」
「うん…。帰るね、高良のを写したら承知しない、って言われたし…」
「そりゃそうだろ…」
「しばらく来ないかもー」
「…そんなにやってなかったのか?今、八月だけど…」
「もう終わってる人は黙っててー」
「…何で、課題を終わらせた方が、そういう言い方されるんだろうな…?」
えー、絆作のカレーですが。
…カレー味ですね。
中辛かな。
本当に変哲がない。
優秀ですよね、日本のカレールーって。
箱書きの通りに作れば、ちゃんとしたカレーが出来るから。
旨いは旨い。
…多いけど。
あと、箱書きの通りには作ってないけど。
夕飯用に取り分けても、まだ多い。
今日は絆から貰ったカレーだと、両親に連絡して、タッパーに四人前くらいずつ移したが、三つになってしまった。
え、ルー、一箱十皿分だとして?
…何箱使ったんだ?ルー…。
カレーを食べ終えてから、翻訳作業を再開した。
しかし、作業に没頭し過ぎて、ラップと歯磨き粉を買うのを頼まれていたのを忘れていたのを、母親からのメッセージで思い出した俺は、駅前の薬局に行くことにした。
もう暗い。
米は炊いたので、夕飯はカレーでいいだろうし、ちょっと休憩だ。
…過集中の傾向はなかったつもりだったんだが。
ボンヤリする。
歴史さんも、ついでに連れて行くことにした。
散歩も、夕飯の支度も済ませておけば、あとは、風呂くらいだな。
集中し過ぎには気を付けよう。
…眼精疲労気味かも。
「え?」
「おー…」
「あ」
…駅前で、薬局の帰りに、水戸と優将に会うとはねぇ…。
そうだよ、うち、T町だけど、水戸は、同じ駅は最寄りの、H町らしいもんな。
だから、この前、コンビニで会ったんだった。
気不味い。水戸も、普段より、やたら瞬きが多い。
水戸の顔に、「瑞月があれからどうしたか」という疑問が書いてあるのが見える気すらする。
こっちも、「瑞月に腹を殴られてたが、あれからどうした」とは聞き難かったので、優将の方に先に声を掛けた。
「優将、どうした?」
「や、今カノんちが、この駅なのよ。美術学校分校の裏。家まで送った帰りだわ」
「あー、昔、美術短大だったところか」
もう暗いからな。
家まで送ったのは偉いと思う。
暗くなるまで、何してたんだ、とかは聞かない。
「…そっか、だから、この前、コーヒー飲む時会ったのか」
…彼女に『今』って付けると、『前』があったんだなーって思うから、『彼女』で良くないですか?
水戸は、「え」と言った。
「うちも、美術学校の裏。今、茉莉花ちゃん、駅まで送ってった帰り」
…彼女に『茉莉花ちゃん』って固有名詞があると、それはそれで、聞くのが、しんどいことが判明したので、『今カノ』の方がいいかも分かんないですね!
…あと、貴方達、デートの場所がニアピンなんですね!
頭痛くなってきた!
水戸が近寄ると、歴史さんは、ションボリして、尻尾を丸めて、俺の後ろに隠れてしまった。
水戸は「あららー」と言って、困ったように笑った。
…全然、水戸に懐かんなー。
気不味い。
…えっと。
茉莉花さんの彼氏と、茉莉花さんの幼なじみと、…えーと、茉莉花さんの共同作業者が揃い踏みしてしまった。
…俺、他人だな。
…帰ろうかな。
…あ。
「二人共、カレー、いる…?」
水戸と優将が、声を揃えて、「え?」と言った。
水戸が、これから薬局でゴミ袋を買うと言うので、俺は、カレーの入ったタッパーを、駅まで、家から持ってくることを約束した。
優将は、歴史さんのリードを持って、家までついて来てくれる、と言った。
「…高良、顔色悪くない?」
頭痛い。
「いや、ちょっと疲れて…。水戸って、80uくらいあるかもなーって」
「…その謎の単位を使い始めたってことは、休憩した方がいいな?…80って…。もうちょっとあんじゃね?」
まぁね、優将さんを100uとすると…。85…?
「そうか…。じゃあ、80uから100uの近似値を取るか…」
「…自分で作った美形度の単位に、平方根使おうとしてんの…?美形度の近似値って、マジで何?ね、休憩しよ?高良」
ヤバい。
UMAさんに心配されてる。
ヤバいってことは分かるんだけど、頭が働かない。
「ごめん、頭働かない…」
「…平方根を出してくるくらいフル回転に見えるけど…。逆回転してんのかな?…よし、分かった。全然意味分からんけど、n=10でnの二乗が100、n=9で、nの二乗が81、…だから、√9…でいいか?これで解決な?…何の話だ…。合ってるのかすら分らん…」
「そんなに話に乗ってくれると思わなかったな…。そこまで考えてなかった。…よし、水戸は81uだな…ありがとう」
「御礼言ってて、ガチでヤバい。こんなテキトーな計算したのに…。何が、よし、なん?…休憩しよ?高良。普段の、しっかりした感じじゃ、全然ないから」
「…もうちょっとで、家に着くから、そこで」
庭の犬小屋の前で、優将は、気づかわしげに、俺の顔を見た。
「…俺、何か、手伝う?高良。この子、どうしたらいい?」
「えっと…。リードを繋いで。水と…餌も、あげてもらっていいか?水は、そこの水道で。餌は、あそこの、玄関収納に、定位置が…」
「…分かった。…大丈夫?」
「ちょっと、荷物置いて、頭痛薬、飲むわ…。カレーも取ってくる」
手を洗って、トイレも行こう。
「あ」
洗面所の鏡の中の俺は、やはり、着物姿の青年だった。
…今かよ…。
一人でなくて、良かった。
取り敢えず、薬を飲んだら、優将のいる所まで戻ろう…。
カレーの入ったタッパーを入れた紙袋二つを持ってくれた優将は、こちらを気にしながら、駅までの道を、一緒に歩いてくれた。
「サンキュー、優将。頭痛いの、治ってきた。あと、ちょっと脱水気味だったかも…」
「翻訳作業、根、詰め過ぎじゃね?…あと、眼鏡、外用と部屋用、分けてる?」
「…え?」
「慧のとーちゃんが近眼なんだけど、部屋用の、近くを見る用の眼鏡は、外用より弱い度数のにしないと、眼精疲労になり易くなるって言ってたけど。だから、運転用と読書とかする時用の眼鏡、分けてんだってさ」
あ、…父の従弟ー。血縁でした、その方。
近眼か、…遺伝とは言わないまでも、そう聞くと、親近感あるなー。
「…あー。これ、眼精疲労…?」
「すぐ買わなくても、古い、ちょっと、度数弱くなった眼鏡とか、応急措置で、手元を見る用に使えば?」
「そうかも。…本当に有難う。昨日より、一方ならぬお心遣いをいただきましたことに感謝しております…」
部屋用眼鏡の購入も視野に入れていこうかと存じます…。
「…水分も取ろっか。睡眠も取ろ?ビジネス構文の御礼状みたいなこと言ってるよ?高良」
ヤバい。
UMAさんに、凄く丁寧に心配されてる。
ヤバいってことは分かるんだけど、…頭が働かない。
「あ、高良。こっちこっち、…え、顔色悪いね」
「あ、81uだ…」
いや、やっぱ85uかな…?
「は?EUR?」
発音、良い…。
「ごめん、水戸っち。…この人、具合悪いんだと思う。通貨の話はしてないと思うわ…」
水戸は、俺と優将に、冷えたスポーツドリンクをくれた。
「薬局で安かったから、カレーの御礼にと思ったんだけど…。今、飲んで?暑いし、二人共…」
「サンキュ…ほら、高良、飲も?」
「ありがとう…」
ああ、『彼氏』と『幼なじみ』が、俺を気遣うことで、息ピッタリで、何か、仲いい感じに。
情けないけど。
…本当に不味い。
…俺、資料に夢中になると、日常生活で、ヤバい感じの人になるかもしれん。
絆がくれたカレーの量には引いたけど、貰わなかったら、今日、昼も食べなかったし、夕飯作れなかったかもしれんぞ。
…ええ、『恋愛より楽しいことがある人間』かもしれませんねー。
…嘘だろ、ヤバい。
…母さん似だと思ってたのに。
…俺って、やっぱり、研究室棟の妖怪の息子だったのかな…。
あんな…。
まさか父親が、空気が読めないとかじゃなくて、『なんで空気なんか読まなきゃいけないの』って、敢えて空気読まない感じの、もう一段階上の社会的ヤバさを持ってたなんて…。
その大学教授と似てるなんて…。
とは言え、母親も研究者だから、どっちに似ても…って気はしてきたけど…。
いかん。
俺も…『妖怪』になってしまう。
「またカラオケ行こ、高良、元気になったら。ね?」
…気遣って言ってくれてんだろうけど。
お前、あの合コンの後で、よく、そんなこと言えんなー、ジントニック飲んだ人。
そりゃ、そちらは十八でしょうけど、飲酒可能ではないでしょうに。
…いや、水戸に気を遣われるくらい、今、ヤバいのかも、俺。
「…カラオケ」
「そうそう、高良、歌上手いじゃん」
水戸の言葉に、「高良は聖歌隊だったんだっけ」と優将が言った。
「え、聖歌隊?意外過ぎるんだけど…」
「あー…中学の時、声変わり前の二年間だけな」
先輩に騙されて、人手が足りないパートの手伝いで入ったら、入会させられていたのだ。
当日礼拝歌唱参加者名簿が、実は入会名簿だった、というオチである。
水戸は明るく、「へー」と言った。
「音楽続けなかったの?」
「楽譜読めなくて、耳コピで二年間ごまかしてたからなー。楽器とか全然やったことないし、向いてなかった」
元々、騙されて入ったから…。
「え…。二年間、耳コピで乗り切れたん…?…スゲー上手かったけど?」
水戸と優将が、顔を見合わせた。
「いやいや、聞いたのを、そのまま覚えられるだけで…」
水戸と優将が「そのまま…?」と、困惑気味に言った。
「うん、耳コピ。スキャットとか、ジャズアレンジとかが出来るわけじゃないから。聞いたまま。…何か、あんまり興味持てなくて、結局読めなかったんだよな、楽譜」
水戸が「スキャット?」と言って、尚も、困惑した顔をした。
優将も、「アレンジ?」と言って、眉根を寄せた。
「ホント、変声途中で、ボーイソプラノで起用だったのに、キツくなってきて。どんどんパート変わるし。パート変わる途中とか、内緒で三度下げて、ハモって、声が出ないところを誤魔化したり、他のパートの、声が出る部分を勝手に歌ったりしてたんだよ。でも、バレなかったけど。だから、あんまり真面目にやってなかったし…」
水戸が、更に困惑したように「楽譜読めなかったんだよね?」と言った。
「ハモる部分を、自分で作ってたってこと…?」
優将も、「三度下げる…?」と、不思議そうに言った。
「えっと…楽譜読めないから…勘で、メインの音から三度下げる。えっと…。三半音、音を低くする時と、二全音低くする時があるんだけど…。感覚で…」
短いものを、メインの音のものと、三度下げたものを鼻歌で歌うと、水戸と優将が、ギョッとした顔をした。
水戸が、「え、これ、ハモれるな…」と言って、目を瞬かせた。
優将が、「…ちゃんとやれば良かったのに、音楽」と言った。
「いや、そんなに、好きじゃないから、音楽。人前で歌うのも、別に…。出来るからやったけど」
「…出来たのは、何でなん?人前で歌う方がハードル高くない?俺は合唱、嫌だよ?」
「何でと言われても…」
水戸が、「試しに」と言って、さっき俺がやったハミングをやった。
「あ、それだと、メインの音から半音低いな」
あと、スタッカート入った感じに聞こえる、その歌い方だと。
原曲には入ってない。
水戸と優将が、顔を見合わせた後、黙って、俺の顔を見た。
…なんで、今日一番、『妖怪』を見るような目をされたんだろう。
頭痛薬が効いたのか、スポーツドリンクが効いたのか、頭痛は治ったけど…。
「絆のカレーか。…何か、不思議な感じだけど、食べよ。ありがと、高良。一人暮らしだし、助かった」
「ま、彼女さんとかのよりは、気遣いのない料理だとは思うけど。フツーに旨いよ」
あんな、丁寧に、ドリップで、シナモンコーヒーとか淹れてくれる彼女さんほど、キッチンに立つのに慣れた感じの奴の仕事ではないですが。
日本の企業の努力の御蔭で、カレー味に仕上がってますよ。
「え?」
「え?…その…。甲斐甲斐しく、御茶とか淹れてくれそうなタイプの彼女さんでは」
見てましたよ、無花果まで、丁寧に剥いてくれましてねぇ。
どこぞの新妻の白昼夢を見たかと思うくらい。
…いや、付き合い掛けた相手が全員、インドア派になった、って話、何か、分かりそうになっちゃって、ホント、危なかったもんな、本音言うと。
何ていうか「やってあげたのに」みたいな感じが、一切ないんだよな、茉莉花さんって。
こちらに対して「自分がやりたいから」やってくれてる、って感じがして。凄く自然に持て成してくれる、というか。
…ああ、翻訳のバイトを助けてくれようとした時も、そうだったか。最初は無償で言い出してくれたんだった。
そこが、凄く、いいところだな、と思うんだけれども。…凄く丁寧に扱われてるのに、油断したら駄目にされそう、みたいな、常習性のある危うさ、というか。…ホント、ヤバい、茉莉花さん。
慧じゃないが、「自分は、こう扱われるのに相応しいんじゃなかろうか」と、自己肯定感まで上がっちゃうんじゃないかって。
あんなに、痒い所に手が届くような扱いを受け続けてたら、そりゃ、外より『家』が楽しくなるだろうよ、って。『一緒に引き籠ってたい』、って、あの美形に言わせるってのも、何か、分かっちゃうんだよな。
あの子のいるところに、二人だけでいれば、誰にも傷付けられなくて。
丁寧に扱ってもらえて。
『家』から、出られなくなる。
しかし、水戸は、意外にも、首を振って笑った。
「えー、ないない、別に」
「そうなのか?…弁当とか…」
そういや、誰かにお弁当作っちゃう、とか言ってたし。
料理は、確実にやってる感じだったし。
優将さんに対して、物凄く、甲斐甲斐しかったですが?
彼氏にやらないってこと、あるんですか?
「んー?いや、なんか…。そういうのを求めたこともないけど…。御茶も…。俺が、ペットボトルの飲み物は出してるけど。うちに来て、キッチンに立つ、とか、何か作ってくれるような感じの付き合いはしてないな…」
…おや?
「あー、そうなんだ…」
…なんか、要らんことを聞きましたかね…。
水戸は、再び、少し気不味そうに、「またね」と言って、去っていった。
絆のカレーと、俺の介抱で、登校日の一件が、何となく有耶無耶になったのが、ちょっと後ろめたいんだろう。公衆の面前で瑞月と抱き合ってたことを、水戸がどう思ってるにしても、彼女の話も、敢えてそんなに、深くはしたくないだろうし。
…俺も優将さんも、自分から、突っ込んで話を聞くタイプじゃないし…。
優将さんに、茉莉花さんと水戸の話を聞かせるってのも、何か、ねぇ…。
俺も聞きたいわけじゃなし…。
水戸は水戸で、いろいろ抱えてるんだろうが、このまま、夏休みを挟んで、もっと有耶無耶になって、新学期になったら、体育祭の準備とか始まって。
何か、深い話もしないまま、受験生になって、卒業して、疎遠になる、みたいなクラスメイトなのかもな、と、漠然と思った。
水戸と別れてから、ふと携帯を見ると、両親が遅くなるという旨のメッセージが入っていた。
「えー、先に食べといて、って?帰り、二十二時過ぎ?…俺が携帯持ってから、ギリギリの連絡、増えてないか?」
「…あー、じゃ、これ、うちで一緒に喰わん?パック飯で良けりゃ。タッパー、返したいし」
「あー…。ま、それもいっか。じゃ、二日連続で御邪魔します…」
「あ」
「え?」
「…仲間外れ、は、いかんのだった…。しまった。ごめん、高良。…茉莉花にも、カレー喰うか、聞いてくれない?」
「…仲間外れってことは、なくない?」
「何年か前、俺と慧だけでファミレス行った時、泣いたんだった…」
「…流石に、高校生になってまでは、泣かないんじゃないか?」
優将さんが、茉莉花さんの共通の友達と、茉莉花さん抜きで夕飯食べて、何か、仲間外れに、ってこと、もう、思うような年ではないのでは…?
優将は、珍しく、言い難そうに、「あの」と言った。
「水戸と喰ってくると思ってたのにさ…。これじゃ、あいつ、一人じゃん、夕飯。俺も一人ならともかく、高良いるなら、…仲間外れ、してしまう」
…ああ、まぁ、そういう話なら…。
いや、可変しくない?それ。
優将さんだって、好きに、茉莉花さんの共通の友達と夕飯食べて、よくない?
あと、今気付いたけど、優将さんも、彼女と夕飯食べて来なかったってことですね…。
…んー。俺と茉莉花さんの接触を減らすために、ビジネス向けの、無料業務用連絡アプリを導入してくれたんですよね?優将さん。
そこを曲げても、やることなんですか、それは…。
茉莉花さんが、夕飯を、一人で食べることって、そんなに…問題なんですか?
…ま、問題っちゃ、問題なんだろうけど、いろんな意味で…。
「…優将んちなんだから、優将が決めて、あの子に連絡すれば?」
「…業務用アプリで、声掛けてやってくれん?」
「カレー喰うかって?!業務用アプリで?!」
俺、どんどん、ただのヤバい奴になってないか?
あと、優将さんが連絡したら済む話では?
だが、優将は、黙っている。
…うーん。昨日より、一方ならぬお心遣いをいただておりまして、今日なんて、犬の餌やりまでやってもらっちゃったからな。
俺は、結局、その場で、カレーの旨を、グループ内トークで、業務連絡した。
何だこりゃ。
優将の自宅に向かう電車の中で、優将は、無表情で「茉莉花のカレー、じゃがいもと牛肉、ゴロゴロのやつ。半熟卵のってる」と言った。
それは美味そう。
…聞いてもないのに教えてくれて、有難う。
「お、そうか。絆のは豚コマだよ」
カレーって、一番、御家庭の違いが出そうですよね。
…あれ。やっぱり…。
茉莉花さんって、優将にしか、料理、作ってない…?