操作:He wants for to know your history, he do.
優将は、作業再開しながら、「まあね」と言った。
「親父も、悪気が無さそうだから、怖いんだよな。…住民票は、親父は、もう長野市でさ。この家、戸主がババァなんだけど。親父は…俺が、ほぼ一人暮らし、ってことにも気付いてないかも知れないし。…俺に興味が持ててない可能性すらあるからな…。悪気ない人間のが、やべーかもって思うことある。ババァは一応、学校関係のことはやってくれる気あるみたいだし、住民票ここだから、役所からの書類とか、いろいろ取りに来るけど。親父の方は、何年会ってないんだか、もう忘れたわ」
「…慧って、こういうの、知ってるのか?」
プリントアウトを終えた紙を束ねる作業をしながらの俺の問いに、優将は、作業を続けながら「うーん」と言った。
「よく分からん。自分の興味あることしか気にしない奴だから。悪い奴じゃないけど。気にしない奴だから、俺等みたいなのとでも普通に一緒にいるんだと思うけど。定期的に近所の子等が家で夕飯喰ってても、疑問にも思ってなさそうなのは、助かるけどな。よく分からんし、俺から彼女できた、とかも、一回も言ったことねぇ」
「あ、そうなんだ」
…友達付き合いとしては、あんまり深くない…?
「…何つーんだろうね?思い込むと、自分の世界に引きこもっちまうというか。思い込みが激しい所がある、というか。…ちょっと、例えば、茉莉花がやってくれた親切とかも、あんまり…有難味が分かってない感じがする、というか。…悪い奴じゃないんだけど、自分以外の人間が、どういう気持ちか、っていうのに、そんなに、こう、敏感じゃない、っつーのかな」
…あー、合コンの件なんて、完全に、そうだよな。
結局、茉莉花に謝ったのかどうかすら分からんし。
あいつ、自分の何が悪かったのかも、実は、よく分かってない感じがしたんだよな。
「ま、いーんだよ。慧の真似してりゃ、怒られねーもん。頭いいガッコ入って。帰宅部だけど、成績ソコソコで。親も呼び出されねーの。楽だろ」
…そういう、優等生の原型としての友人の使い方って…。
ただ、成功はしてる。見た目ばっかりは、慧は優等生タイプだ。…実際は、見た目ばっかり、っぽいけど。
こう、優将さんってさ、見た目が良過ぎて誤解され易いけど。…実際は、慧と逆なんじゃないか、って、思い始めてる自分がいる。
「まー、でも、茉莉花は、慧と結婚したかったみたいなんだよ」
俺は、驚いて、紙の束を取り落としてしまった。
「…な…、いくらなんでも、それはなくないか?慧にもそんな気、あると思えないし」
水戸以上にイメージが湧かないんだが。
「…まー、ぶっちゃけ、見た目一軍女子が、幼なじみでもなきゃ、普通相手にするか?って風の男子には見えるだろうけど。茉莉花は一時期、その気だったと思う。…ふわふわしてはいたけど」
「…何でまた」
優将は、紙を拾うのを手伝ってくれながら、「『家』だよ」と言った。
「慧の家に子になるには、どうしたらいいのかな、って、こいつなりに考えたんだろ。流石に、もう諦めたみたいだけど」
ああ、『家に入れてほしがる子ども』か。
あの時、茉莉花、確か、『…それは『妖怪』だろうね。私みたい』って…。
途方もない気分になる。
そういうやり方でしか、あの子が、平穏の得方を考え付かなかったんだとしたら。
あの子を『妖怪』にしてしまったのは、周りの大人だ。
「で、慧を諦めたかと思ったら。三か国語話せる、帰国子女の彼氏を作った、っていうね」
「…水戸って、三か国語いけるんだっけ…。日本語と英語と?ああ、フランスにもいたんだっけ?」
「そそ、あ、なんか、パリに姉ちゃんが嫁いでて。そこに転がり込んで、パリの学校行こうかな、っつってたよ」
「…何だそりゃ、すげーな」
俺は姉ちゃんすらいないが、普通、パリに身内が嫁いでないだろ。
「やー、俺も、初彼で帰国子女のハイスぺ連れて来るとは思わんかったわ。すげーわ、あいつ。舐めてたわけじゃないけど、斜め上だったね。親も石油関係の仕事だっつーし」
外科医の息子が何か言ってるな。…親のスペックを恋愛に持ち込んでも始まらんだろう。親と付き合うんでもあるまいに。
「その…水戸と、あの子が付き合ってるって、いつ知ったんだ」
「…俺の目の前で、水戸が、『付き合おっか』って」
嘘だろ。
「え…。慧と結婚するの諦めた頃、お前の目の前で、水戸が?」
「そーそー」
…そんな、熾烈な椅子取りゲームみたいな恋愛あるか?
優将さんに自覚がないにしてもですよ。
長いこと、別の幼なじみと結婚する気でいた子が、やっとそれを諦めました、と。
それが、自分の目の前で、長身イケメンの三か国語話せる、絵の上手い男に、幼なじみ、掻っ攫われたって?
そりゃー、俺から見たら、振り返ったら彼氏が出来てた感じのスピード感になりますよ。
…いや、自覚あったら地獄かもな…。
え…その後、彼女を作りました、と。
…うーん、何も言えん。
「…止めなかったのか」
「んー?…一応、聞いたのよ、俺も。『付き合うの』って」
「うん、それで?」
「『そうみたい』、って」
「いや、そんな、ふわっ、とした回答を…。あと三回くらい止めても良かったんじゃ…。だって、…まぁ、ハイスぺ?だか知らんが、彼女いるのに、その彼女の友達と、公衆の面前で抱き合うような感じの奴だぞ?…そっちの方が、好きなのかも分からんし、と。…あの子には言えないじゃないか、自分の彼氏が、学校で、そんなことしてた、なんて。…まさか、誰も言わないよな、あの子に」
「んー、お前の彼氏、他の女と抱き合ってたよ、ってか。…そんな御節介言うタイプの奴、あの場にいたかなー?まぁ…。帰国子女同士、広義の挨拶ってことで…忘れよう。日本に馴染んでなくて、距離感バグってるだけじゃね?知らん知らん」
水戸も、距離感バグってるとか、優将さんに言われたくはないと思うけど…。
「挨拶…。ちょっと、えーと。アメリカナイズされ過ぎでは?」
「んー。アメリカ、っつーか。単に、性的同意を取らない奴、って考えると、アメリカの文化のせいには出来ないんじゃないか、とは思うんだが。ま、本人から恋愛相談受けたから親身になって考えてる、みたいな状況でもない限り、わざわざ、心配する振りして、『お前の彼氏、他の女と抱き合ってたよ』とか言う奴、よっぽどのアホでなきゃ、正義感振りかざした、ただの馬鹿だろ。当人同士の問題だ、っつーのに。流石に、あの場には居ないだろ」
…優将さんって、性的同意を取るタイプなんですか?
…いや、今は水戸の話だ。
「水戸も、この子のことじゃなくて、瑞月って子が好きなんだったら、付き合ってたって仕方なくないか?」
優将は、作業を進めながらも、「それがねぇ」と言った。
「ま、水戸に好きな子がいる、としましょうや。そんで、何か、気を惹きたいんだか知らんが、その、好きな子の女友達に、付き合おう、って言ったら、…断られんかったわけですよ。分かる?断られなかった、んですよ」
「…あー…」
付き合ってくれちゃいましたもんね。
その瞬間から『彼女』ですよね。
「で、まぁ、なんか、困ってる、とか言ったら、助けてくれるような性格でね。ああいう見た目で」
…“Dolly Jasmine”ですか。
告白してみたら、断られなかったんですか。
…そうですか。
「そうか…」
「そう。断るのが下手で、お人好しで。…お願い、聞いてもらえちゃうわけよ、その子に」
「…待ってくれ。今までの話で、大丈夫な情報、一個もないんだが?」
「そうだよ?十八の男に、『お願いを聞いてくれる』、ああいう感じの年下の彼女が出来ちゃったのよ。水戸の側も、恋愛感情ゼロかね?」
「…えっと。しかも、瑞月って子に抱き付く程度には、性的同意を取らないタイプってことか?」
「んー、日本人の感覚的にはね。キスが挨拶の国、とかだったら、どうだか知らんけど」
「キ…」
血の気が引き過ぎて、頭が痛くなってきた。
「…止めよ?…ちょっと。大丈夫じゃない情報しかないから…」
「馬に蹴られるよ、高良。女の子側の気持ちになって考えてみろって」
「え…?」
そりゃ、幼稚園とか小学校の時には『お友達の気持ちを考えましょう』とか言われたかもだが。ちょっと、頭が痛くて、今は無理ですね。
「そんな難しい話じゃないって。ちょっと年上の、絵の上手い、帰国子女の、背の高いイケメンに『付き合おう』って言われたわけよ。断る?」
「…うーん…。でもさぁ…」
理屈では分かるんだけども、現状、誰も幸せに見えないんだよ、俺には。
「何か…。ちょうどよかったかも、と思って、俺も。そろそろ高校生だから、距離取らなきゃ、って思ってたし」
「…仲良いのに、距離取らなきゃいけない理由、あるか?喧嘩とかしたわけじゃないんだろ?」
正直、距離感は可変しいが。その状態が自然で、今まで暮らして来たんだろうに。
優将は、少し困った顔をした。
今日は本当に、無表情が、簡単に崩れる。
「一緒にいると…操作しちゃうから」
「…どういうことだ?」
「…行動を先読みし過ぎて、俺の、取ってほしい行動を取らせちゃうことがあるんだよ、茉莉花に」
「…烏滸がましい。人間に、他人が思い通りに動かせるもんかい」
茉莉花が水戸と付き合ってるのが、いい証拠だ。
御前に自覚が無いにしろ、御前が他人を自在に操れてたら、こんな結果なもんかよ。
優将は、俺の方を見ずに、言った。
「そりゃ、確かに、思い通りになんないことばっかりだよ。…でも、ある程度は、一緒にいると…。分かるか?『お願いを聞いてもらえる』んだよ。…毎回反省して。距離取ろう、って。その度に彼女作ってみても、…続かねぇしなぁ、毎回」
…え。
「えっと。同い年の?…こういう感じの幼なじみが?…断るのが下手で、お人好しで。…お願いを聞いてくれる、って…。…怖っ」
うーわ、怖っ。
心臓、バクバクいってきた。
その…性的同意が。
簡単に取れちゃったらと思うと。
めちゃくちゃ怖い。
「…その。あの子は、もうちょっと、自分を大事にした方がいいんじゃないか?」
「…誰かの役に立たなくても、その場所にいていい、っていうのが、分からないんだと思う。何かの役に立ってないと、自分のこと、必要とされてる、って、思えないのかも。でも、そうやってくと、都合の良い人間になっちゃうから…。そうはなってほしくなくて、それくらいだったら、慧と結婚してくれた方がいい、って、思ってたんだけど」
「…思ってたんだけど?」
「高校生くらいになって…。ああ、ハイスぺに告られるくらいには、…茉莉花も大人になったんだよな、って思って。…あいつが決めることだし。…茉莉花が、誰といたいかは、別だから…」
…あの、優将さーん。
それ、目の前で、茉莉花さんが水戸との交際了承したの、思いっ切り引き摺ってるじゃないですかぁ。
え、しかも、何?茉莉花さんと距離を取ろうとして彼女作ってた、って?
いや、ちょっとちょっと。それでいいのかよ。
「でも、…もっと、あの子は、自分を大事にしないと。献身しなくちゃ、そこにいちゃいけないって思い込んで、過度な役割を引き受けて、献身し過ぎて、…結果、相手を、献身させ過ぎた加害者にして。それを誰かに救ってもらって、ってパターンじゃ、そこから抜け出せないだろう」
優将は「いいんだ」と言った。
「直さなきゃいけない悪い所なんて、あいつにはないんだから。優しくて、お人好しで。…いい所、いっぱいあるんだから。…でも、今は、あいつは、水戸を選んだんだから。きつくても、自分で選んだんだから。…今は、あいつは『水戸の彼女』なんだよ」
…茉莉花の存在を全肯定して、見守る立場にいることを決めたのか。
…なんか、俺が考えてるより、本当に愛情深いというか…。
これで自覚がないなんて…。
「ま、ハイスぺと付き合うのも経験値よ。いろんな男見たらいいんじゃないの」
…危うく感動しかかったのに、ぶち壊して来るなぁ。動悸は治まったから助かったけど。
「…その経験値は、ためると、なんかのレベルが上がるのか?」
「知らんけど、人生経験とか、なんとか。ま、目の届く範囲で何かやらかす分にはいいよ」
…そして、言い分が保護者。
…これで、自覚ない方が不味い気がしてきた。
こういう言動をさぁ、彼女とかの前でも、無意識でしてたら、揉めると思うぞ。自覚が無かったら、隠せもしないじゃないですか。
「…優将。若しかしてだけど。彼女と、あんまり長く続かない?」
「…あー、最長一ヶ月だわ。最短三日」
…茉莉花が、優将の『彼女と長続きしない原因』になってる説も提唱したくなってきた。
あれ、いつの間に?
「え、優将、凄っ。もう、ほぼ作業終わりじゃん、まだ夕方前だろ」
「…えー、私、寝ちゃった?」
ソファーの方で、茉莉花の声がした。
起き上がって、ボンヤリした茉莉花が、コーヒーテーブルの上にホットミルクを見付けて、少し頬を染めた。
「え、これ」
優将が、すかさず、俺を指差した。
え、ちょっと、やめて。
「高良が作ってくれたの…?」
そんなわけなくない?
俺、他所の家のキッチン、勝手に使わないし。
えー、優将さん。他人の手柄を取る、とかでなくて善行を擦り付けるっていう、珍しいタイプの嘘つくの、やめて。
しかし、茉莉花は「有難う」と言って、嬉しそうにホットミルクを飲み始めた。
え、俺が作ったことになっちゃうの?そのホットミルク。俺は、パントリーから蜂蜜出しただけなんですけど。
「…まだ暖かい」
ああ、分かった。
高価で大き目のマグカップだから、ホットミルクが冷めにくいんだな?
怖くなってきた、気遣いのレベルの高さが。
「わ、凄い紙の束。もしかして、結構作業進んだ?」
優将がまた、すかさず、俺を指差した。
え、ちょっと、やめて。
「…へー、高良、機械強いんだねぇ」
堪りかねた俺が「ちょっと」と言うと、優将が「いいじゃん」と小声で言った。
「後から本当にすりゃ良いじゃん。これから役に立つ技能だし、使い方も、ほぼ覚えただろ?」
それはそうなんですが。
いえ、有難いんですがね。
そうやって、嘘つく理由もないのに、手柄を他人に押し付けるから、幼なじみの人に、いろいろと気付いてもらえない、謎の人になっちゃってんじゃないですかね?
…お前、慧とかにもこれ、やってないか?
勝手に評価の下駄履かされても、手に負えない場合もあるんだからな。
…そうなると、ちょっと、慧の、あの、スペックと不相応な自信を持っているかのような言動の説明がつく気がしてきた。優将の功績を擦り付けられることで、知らないところで、何もしてないのに評価を得られたり、優しいと思われたりして、得をしていたとしたら。
…座敷童がいるだけで栄えている家の主みたいに。
本当は、座敷童の御蔭で裕福なのに、自分の商才の御蔭だと勘違いしている人間の様に。
そう、「自分は凄い」というメンタリティだから、美人の幼なじみを使って合コンをセッティングしてみたり、アプローチしてみたり、出来るんだとしたら…?
実際は『ぶっちゃけ、見た目一軍女子が、幼なじみでもなきゃ、普通相手にするか?って風の男子には見える』のに、そんなメンタリティで勘違いしているんだとしたら?
だから、謝罪も御礼も言わない?迷惑掛けても、当たり前?いつもしてくれてるから、当然?
そっか、『見た目一軍女子』の幼なじみは、自分と結婚して『家』に入りたいから、優しくしてくれて?『美形』の幼なじみは、自分の格を、わざわざ下げて、功績を擦り付けてくれて、『優等生』って持ち上げてくれて。
二人共、何もしなくても、遊びに来てくれるんだ、わざわざ。
それで勘違いしちゃったなら、完全に、幼なじみ二人の功罪だけど。
その幼なじみが、御前の『家』から離れちまったら、どうすんだ。
御前の『家』に入りたかっただけなんだから。
家の栄枯衰勢の起因として語られるからには、『座敷童』に去られた家ってのは、傾くんだぞ。
御前が自分の力だと勘違いしているものが削がれた時、同じメンタリティで振舞えるのか?
あんな、合コン相手校人気ナンバーワンの女子高の子達とカラオケ、なんて、御前の力だけじゃ実行できないのに、あんな振る舞いをして、謝罪も御礼も無し…。
あ。
…やっぱり、優将と茉莉花って、…『座敷童』なんじゃ。
ゾクリ、とした。
俺が、そんなことを考えているうちに、ミルクを飲み終わった茉莉花が、伸びをした。
あ、いかん。
ベージュの毛布が捲れて、サーモンピンクのスカートから、膝下の長い、スラリとした白い脚がのぞいている。
「制服、皺になるから、掛けて来れば?ついでに、楽な格好に着替えて来いよ。ババァがピザ持ってきたから、三人で喰お」
優将が、実に自然に、そう言った、
茉莉花は「あ、そっか、制服」と言って、あっさり、優将の言ったとおりに動いた。
「着替えて、戻ってくるね。何か、御茶とかも持ってくる」
少し皺のついた服を撫でて、身繕いしながら、茉莉花は、スタスタと自宅に向かった。
優将が、「な?」と言った。
うん。…見ちゃった。
操作するところ。
幼なじみの脚を俺に見られたくないから、茉莉花に、買い物の時に着替えた制服が、まだこの家にあることに気付かせて、皺になる、という不利益を伝えて、更に『楽な格好になれば』という利益も伝えて、易々と、着替えさせてから再訪させることに成功した。
…分かるよ。
『高良に御前の脚を見られたくないから、そのスカートを着替えてくれ』って言えないのは。
…でも、『俺に茉莉花の脚を見られたくない』って時点で、何かに気付いて自覚を持ってほしい。
…いや、無理か。
自覚したところで、やっぱり、家族か、彼氏でもなかったら、口出しできないことってあるもんな…。
上手く行かないな。