表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第七章
34/93

好奇心:It was all very well to say ' Drink me.'

 解読のための本のコピーと、資料まで入手出来てしまった。


 これからどうしようかな、と思いながらも、俺は、駅の方向に向かった。




 赤T(アカティー)は、皆で一緒に御昼御飯を食べよう、と言ってくれたのだが、赤T(アカティー)の店選びのセンスは、繁華街に大学があると思えないくらい微妙なので、丁重に御断りしてしまった。


 中学のころ連れて行ってくれたインドカレーの店は唯一よかったが、いつだったかもう忘れたが、一緒に行った韓国料理屋がテキトー過ぎて、御冷(おひや)と焼酎のロックを間違えて持って来られて、大騒ぎになったのである。

 あれで()りた。


 全くの別件だが、台風で停電した際、赤T(アカティー)達は、そのまま店で刺身を食って、全員食中毒になったという噂もある。

 多分、生鮮食品を保管していた冷蔵庫の電源が、停電で切れたのだろう。


 いろいろ聞いた結果、店の失態は赤T(アカティー)のせいじゃないんだが、赤T(アカティー)のテキトーさが店のセレクトに影響してしまうらしい、というのが、若輩者(じゃくはいもの)の俺にも分かるようになってしまったのだ。


 尚、俺と赤T(アカティー)と食事する時は、絶対父が一緒なのだが、赤T(アカティー)は、大学教授が一緒でも、店選びのスタンスのテキトーさを崩さない。


 ()しかしたら『いい店』の基準が安さなのかもしれない。


 ただ、自分で払ってないし、大体は学生の分も父が払ってしまうので、いくらだったのかは知らない。

 でも、あの韓国料理屋は高くないと思っている。

 高かったとしたら、サービスに問題があると思う。


 赤T(アカティー)の名誉のために言うと、毎回、旨いことは旨い。


 父も、諸々(もろもろ)のことを気にしていないから、毎回赤T(アカティー)チョイスの店に、息子を一緒に連れて行くのだろうとも思う。


 いつだったか、赤T(アカティー)が連れて行ってくれた家族経営の中華料理店は、店の主人御手製らしい搾菜(ザーサイ)が銀色の調理用バットごと卓上に置かれていて、その搾菜(ザーサイ)は、胡麻油でビッシャビシャだったが、旨かった。


 ただ、本当に、見たことないくらいビッシャビシャの搾菜(ザーサイ)だった。


 御飯が進んで、本当に旨かったのだが、この時の記憶は、何かが可変(おか)しいのだ。


 何故なら、中華料理のイメージとは、普通、搾菜(ザーサイ)のみでホカホカの白米を掻き込む、というものではないはずなのに、搾菜(ザーサイ)以外の料理の記憶が無いからだ。


 多分…改竄(かいざん)された記憶と見ていい。

 今よりも幼かった頃の俺に、何かがあったのだと思う。

 焼酎のロック以上に。


 そんなこんなで、やっぱり、今日は、なんとなく、赤T(アカティー)とランチを一緒に食べなくて正解だったような気がしている。




 駅までの下り坂の途中で、偶然、人混みを抜けたので、俺は、何となく、『小松茉莉花』に電話を掛けた。


 何となく、『一人になったな』と思ったからである。


 ふと、思い出したから、掛けた。


 何て言おう。


 資料揃ったよ、とか。

 手伝ってくれる?とか。


 …自分の顔と、知らない着物の男に顔が鏡で重なって見えて、…怖かった、とか?


「え」


「あ」


 目の前に、携帯電話を耳に当てた、白いシンプルなカットソーと、凄く綺麗なレースとリボンが使われたサーモンピンクのプリーツスカートを穿()いて、白いサンダルを履いた、長い黒髪の女の子がいた。足の爪に、淡いピンク色のマニキュアが塗られているのが見える。




 嘘だろ。




 電話を掛けた相手が、俺の電話を取りながら、目の前に立ってる。


「え、高良?」と言って、茉莉花は、電話を切りながら、俺に近寄ってきた。


 俺も、電話を切りながら、「うん」と言った。


 会えると思ってなかった。


「…連絡くれた、ってことは、怖くなったんだね。一緒に、本、見よっか?」


 ピンクの造花のついた、涼しげな(かご)バッグを持って、気づかわしげに、「怖かったね」と言ってくれる人物の、美しい瞳を見て。


 俺は不覚にも、ちょっと泣いた。




「ここじゃアレだから、御昼、一緒に食べない?そこ、坂、上がって、裏道に入ったところの御店。近いんだけど。そこで話そ?」


「…うん」


 泣いたのが流石(さすが)に恥ずかしかったので、俺は素直に、その言葉に従った。


 …待て。彼氏持ちと繁華街で昼飯喰っていいのか?


 …あ、彼氏の(ほう)は、学校で瑞月と抱き合ってましたねぇ。

 それは流石(さすが)に、茉莉花には言えないが。


 …人間関係が煮詰まって、佃煮(つくだに)みたいになってきたな。


 どうするか。


 …いやでも。…見た目はデートに(ほか)ならないんだよなぁ。


 …ああ、道端で話し込むより目立たないか?

 暑いし…。


 抱き合うよりはセーフかもしれんが、もう、俺にはアウトとセーフの判断がつかん。




 何だか、慧が企画した合コンのせいで、妙なことになり続けている。


 ただ、…あの合コンがなかったら、恐らく、この子と、ここまで話せるようになって、本の解読を手伝ってもらえることにはならず、誰にも相談できずに、和綴じの本と恐怖を抱え込んでいたのではないか、と思う。




「ここ。ホットサンド、平気?食べられる?」


「ああ、うん」


 案内されたのは、父の勤務先の近くの裏路地にある、アメリカンダイナー風だが、外観よりは多少狭い、カウンターと、いくつかの丸いテーブルがあるだけの、シンプルな店だった。

 店員も、カウンターの中の店主しかいない。

 大学生風の人間が数人いるが、混んでもいない。


 …入り(やす)い。


 茉莉花は笑顔で、「ね」と言った。


「立ち食いのホットサンド屋なんだよ。珍しいでしょ。ここだったら、嫌になったら、ホットサンドと飲み物持って、すぐ出ていいし。涼しいから、ずっといてもいいし。立ってると、疲れちゃうかもだけど。そしたら、駅に向かって歩いて、帰りながら話そ?」




 あ。




 俺が『ハレルヤ』にいるが嫌だったのを知ってるから、出入りがし(やす)い、気楽な店を選んでくれたんだ。


 何故か心拍数が上がった。

 暑いのに、坂を上ったからかもしれない。

 あと、赤T(アカティー)とは比べ物にならないほど店選びのセンスが卓越(たくえつ)してて、何かもう、言葉にならない感動がある。


「…助かる。お勧めは?それを食べるから」


 もう、一見(いちげん)の店でメニューを選ぶ気力が残ってない。


「…えっとね」


 そう言うと、茉莉花は、少し頬を染めた。


「ツナとチーズと、トマトのやつと…」


「…うん?」


「アボカドジュース」


「え?」


「私は好きなんだけど…。瑠珠(ルージュ)も優将も、一緒に飲んでくんなくて」


 茉莉花は、恥ずかしそうに、そう言うと、頬を染めたまま笑った。


「コーラとかにしよっか?」


「いや。…二言(にごん)はない。お勧めを食べると言ったからには、食べる。わざわざ、相手にお勧めを聞いておいて、これじゃなかった、などとは言わない。それなら、俺が自分で選ぶべきなんだから。わざわざ相手に聞いておいて、好みを否定することはしない」


 茉莉花は気の毒そうに「真面目だね」と言った。

 母親にも、昨日、そんな顔で、似たようなこと言われたな。


 …いや。

 だって、そんな風に言われたらさ。

 誰も一緒に飲んでくれないお勧めのジュースとやらを…実は不味かった、とか、騙されてもいいから、小遣いからいくらか捻出(ねんしゅつ)して、一緒に飲んでやろうかと。


 思っちゃうじゃないか。


 ただ、そんな気分で言ったと思われるくらいなら、クソ真面目だと思われた方がいいから、是非とも、融通(ゆうずう)の利かない気の毒な人だと思っていてほしい。


 おかしいな。

 赤T(アカティー)に、御冷(おひや)と焼酎のロックを間違われる店に連れて行かれた時は、こんなこと、思わなかったのに。

 …まぁ、思うわけもないか。

 ()っっっ(くり)したぞ、ありゃあ。

 本当に、違う意味で忘れられないからな。

 逆に搾菜(ザーサイ)の店の記憶が曖昧なことが、今更、本気で気になってきたくらいにな。




「じゃ、頼んじゃお。安いんだ、ここ。あ、メニュー、貼ってあるでしょ、あれ」


「…ホントだ」


 そう、観光地値段でも、繁華街値段でもない。

 飲み物とのセットと考えると、相当良心的な値段だった。


 絶妙。


「多分ね、学生さん狙いだと思うんだ。場所的な話で。その代わり、この場所、お店の入れ替わりが激しいんだけど。居抜きでね。前はカレー屋さんだったんだ。その時も、トッピング無しのココナッツカレー、ミニサラダ付きで、一皿六百円とかだったよ」


「おー、繁華街にしては。…安くて旨い、的な」


「そうそう。大学近いし、学生さん向けなんだろうね。裏道なんだけど、こういう感じの御店ばっかり入るの。カレー屋さんの時は椅子もあったんだけど。ね、ここ、ちょっと穴場?とか思ってて」


「いいな」


 やはり店選びのセンスがいい。

 気遣いも光る。


 いや、赤T(アカティー)、茉莉花よりも、この辺にいる時間が長いのに、どうして店選びのセンスが磨かれないんだ?




 出てきたアボカドジュースは。


 冷たくて…旨かった。


「あー、レモン果汁で、青臭さを消してあるんだな?旨い…」


「…ね、美味しいよね?」


 頬を再び染めて、茉莉花が、照れ臭そうに笑った。


「飲んだら美味しいと思うのになぁ。…誰も飲んでくれないんだもん。野菜の色だから、って」


 あ、いかん。


 『誰も一緒に飲んでくれないお勧めのジュース』を一緒に飲んでしまったと思ったら。


 味が分からなくなってきた。


 何だこりゃ。


「あ、ホットサンドも来たよ、高良」


「あ、食べる食べる」


 助かった。


「お腹空いた?まだ御昼食べてなかったんだね」


「うん」


 赤T(アカティー)の御誘いを断ってしまったもので。


 あ、断ってなかったら、今頃、赤T(アカティー)と父さんと、赤T(アカティー)のセンスで選んだ店で、父さんの(おご)りでランチか…。


 何故だろう、身銭(みぜに)を切っても、ホットサンドでよかったと思ってしまうのは。




「学校帰りに、そのまま電車で来ちゃったんだ。で、気に入った服上下とサンダルと(かご)バック買って、そのまま、御店でタグ切ってもらって、着ちゃった。だから、ロッカーに制服と靴、入れてるの。後で取りにいっていい?」


勿論(もちろん)


「高良も、こっちに来てたんだ、偶然だったね」


「本当だな」


 ロマンチストだったら、運命を感じてたところだ。

 危ない。

 比較的リアリストで良かった。

 霊障で悩んでおいて、リアリストも何もないとは思うが。




 俺は、これまでの経緯を、掻い摘んで茉莉花に説明した。


「…瑞月が、慧のお父さん経由で…」


「そうらしいんだよ」


「知らなかったけど…。私も含めて、皆、親とかが、あの辺の出身なんだね」


 茉莉花は、言い(にく)そうに続けた。


「思い出したんだけど。…おばあちゃんがね」


「O地区の?」


「うん、もう亡くなったんだけど、幼稚園の時聞いたんだった。あのね、蔵の前に、男の子と女の子が抱き合ってる像が立ってる場所があって。その像が変だったから、覚えてたんだ」


「え」


 …それって、まさか。


「なんで、って聞いたら、御供養(ごくよう)なのよ、って。姉弟(きょうだい)心中(しんじゅう)した子達がいたのよ、って。だから、子どもが触ったらけない、って言ってて。引っ張られる?とか…そんだけなんだけど。なんか、気になって。ほら、男の子と女の子じゃん、見えるの」




 心中(しんじゅう)




 俺は、「ちょっと待って」と言って、研究室から貰って来た、郷土資料のコピーの束を捲った。


「それ、こういうのじゃないか?この写真のやつ」


「…あ、これ、こういうやつだ。…でも、蔵の前じゃないね、この写真」


「これは…双体道祖神(そうたいどうそじん)


「え?」


「道の神様だな。…読むぞ?『O地区は平地で、集落は比較的まとまっている。集落周辺に田圃(たんぼ)がある』…平地だから耕作地が作り(やす)い、ってことかな。えっと、『集落の北側に神社が位置し、集落の東に、不動尊(ふどうそん)がある。そして、行政単位の東部、西部、中部に、各一体ずつ、双体道祖神(そうたいどうそじん)が祀られている』。そう、普通、道端にあるんだ。四辻(よつつじ)とか」


「…つまり、これは道の神様で、O地区には三体しかないはずで。蔵の前にあるのは、変なんだ。記憶違いかな」


「いや、()じゃないか?()()()()()()。『姉弟で心中(しんじゅう)した()達』って。()()()()()()()()()()()()よ?…何かあるんじゃないか?」


 茉莉花は目を見開いた。


「高良が見えてるのも…男の子と女の子…」


 俺は、…ゾワリとした。


 怖くなった。


 が。


 不思議と。


 資料と実地を照らし合わせたい気分に、なっていた。


 危険を察知して起こる恐怖心を、好奇心の波が、一瞬越えたのを分かった。




 …良い旅を(Bon voyage)、だって?冗談じゃないぞ、クソ親父。




 だが、今日、手元に揃ってしまった。


 読む対象も資料も、一緒に読んでくれる相手も。


 …何より、父親の笑顔と、()()()()()()()文化財、という言葉。




 ()()()()()()()文化財の、第一発見者。




 いや、()らぬ(たぬき)(かわ)(ざん)(よう)


 俺はロマンチストじゃない。


 手堅くいけって、母さんも言ってたじゃないか。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ