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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第六章
27/93

彼氏:You'd better not do that again!

 結局、付き合うとかいっても。

 取り敢えずデートなんだろうか?


 でも、一緒に行きたいような場所も思い付かないし、結局、あれから一週間ちょっとしてから、また別口の、水戸さんの絵が展示してあるグループ個展のようなものに行くことになった。

 しかも、現地集合で。


 色気も相手への希望も特に無い、何とも不毛なデートだけど、デートだというからには、…それは、取り敢えずデートなんだろう。




 グループ個展といっても、なかなかの規模だった。


 結構新しいビルの、一階と二階を貸切で使って、十五人くらいで、色んな作品を展示してるとかで、場所は、すぐ分かった。


 入場料は無料。

 受付で名前を一応書いて、どこぞの開店祝いででも見掛けるような、大きな花束が沢山飾られている入り口を通過した。


 展示している人の中には、絵を趣味でやってる、わりと社会的地位のある年齢の人が多いみたいだった。その人たちへの花束なんだろう。


 その中に、『水戸大空様』という花束が三つくらいあった。

 おお。人気者?




 入ってすぐ、その絵が分かった。


 前に見た絵と比べると、比較的小さな作品ではあったけど、あの人、いつの間にこういうのを描くんだろう、と思った。


 また、何とも言えない青だ、と思った。


 なんてことない、空と山の絵だった。それなのに。


 どう思っていいのか分からない青だ。優しいような、悲しいような。


 晴れ渡った空なのに、どこかくすんで見えた。


 黄ばんだようにも、灰色がかったようにも見えて、所々に浮かぶ雲が、中途半端に陽光を吸い込んでいるようで、何だか、いつの時間帯の空なのかも分からなかった。


 焦燥感。違和感。


 この、綺麗な風景画のどこに、私をこんな気持ちにさせる要素があるんだろう。


 絵の中の、山の(みどり)の微妙な明暗を見つめていると、何だか、何をしに、こんな所にまで来たのか分からなくなった。


 タイトル『名前』。

 ああ、「大空(たかひろ)」か。


 でも、大空(おおぞら)というには、あまりにも爽やかではないし、キャンバスの大きさのせいか、スケールも小さい。奥行のある空間を表現するテクニックが、逆に息苦しさを与えている気がして、(つら)い。


 要するに、これは『自画像』でしょ。…『心象風景』より(たち)が悪いよ。


 実物とかのスケッチを元にしたというより、頭の中のイメージか、写真を見ながら黙々と描いたんじゃないかな。

 夜中、一人でさ。


 実際、その姿は簡単に想像出来た。


 (つら)いなー…。(つら)いよ、この青。




 しかめっ面をしてるのなんか、私だけだった。

 見ていく人見ていく人、「まぁ、上手ねー」なんて言う。


 上手いけどさ。マズイんじゃない?…私、この人マズイと思う。


 こんな絵描かせてちゃ、マズイと思う。危ないよ。


 そうは思ったものの、具体的に私が何か、それについて働き掛けるかどうかっていうのは、また別の話だ。


 私は―――多分何も出来ないだろう。いつもと一緒だ。


 あ、そうだ。

 高良、あれから、どうしたかな。

 連絡来ないけど。

 高良が怖くないなら、別に、あの状態のまんまでも、良いのかなぁ。




「ああ、もう来てたの」


 気付くと、後ろに水戸さんがいた。


 …びっくりしたー。


 瞬きしながら、軽く会釈した。


「まぁ、こっちおいでよ」


「あ、どうも」




 絵を見ながら座れる所で待っていると、お茶を持った水戸さんが来た。


 こうして見ると、普通の人なんだけどね。

 この人は私のこと、どう思ってんだろうなぁ。


 よく考えてみたらさ、自分が、誰かに好きになってもらえるとか、全然想像できないってことに、気付いちゃったんだよね。


 自分なんかのこと、誰が、好きになってくれるのかな、って。 


 だから、水戸さんだろうと、瑞月だろうと、どんな思いを私に寄せてくれていたんだとしても、よく分かんないし。

 今まで、真剣に、彼氏を作ろうとか、考えてなかったんだ、って、分かっちゃった。


 なんか、そういうのすっ飛ばして、『慧のお嫁さん』になろうとしてたんだな、って気付いちゃって。


 それじゃ、やっぱり、慧も、私のこと、好きにならないだろうし。


 やっぱり、何で、私に水戸さんが「付き合おう」って言ったのかも、分かんない。


 複雑な気持ちで、お茶を受け取った。


 さっきから、上っ面だけの展示の感想やら、来てくれたお礼やらを、普通に水戸さんと話してるのに、絵から受けた違和感のせいで、そっちは(たい)して自分の頭に入ってこなかった。


 多分、『水戸さん』が、『上っ面だけの展示の感想』を受け取ってない。




「あ、あのっ。紫苑学院の、水戸大空(みとたかひろ)さんですよねっ」


 いきなり、四、五人の女の子が、こっちにやってきた。


 女の私が焦るくらい短い、グレーのマイクロミニにしたプリーツスカートに、グレーの襟の白のセーラー服。全員同じスカート丈で、真っ黒い髪にストレートパーマをかけてる。

 この制服は、樟葉(しょうよう)高校か。

 確か、美術科がある学校だ。


「あ、はい」


 マイクロミニストパー集団は、水戸さんの返事に、キャー、と黄色い声をあげた。


「あ、あのっ。一緒に写真撮ってください」


 お、モテるねー。


 私は傍観しながら、お茶を飲み続けた。猫舌には、ちょっと適さない温度だった。冷たいお茶買ってくれば良かったかな。


 あれ。

 優将の渡してくれる飲み物って、…こういう感じに、なったことない。

 いっつも、ちょうどいいんだ。

 あったか~い、にしても、つめた~い、にしても。


 なんでだろう。


 …いや、やっぱ(みじか)!スカート。気になってきた。

 箱襞(はこひだ)のプリーツスカートを、上に折り曲げてミニ丈にすると、プリーツが変になると思う。

 脚は綺麗だと思ってるよ!

 でも、そのスカートのプリーツは、もうちょっと、こう…。

 いっそ、20㎝くらい切って、縫って、丈を詰めた方が綺麗だと思うんだよねー。


 そう言えば、スカート丈と髪型と靴下位置ってさー、流行りより、いつも一緒にいる友達に合わせた感じになることが多いよね。マイクロミニストパーで集団になれるってことはさ、この子達、協調性があるのよ。


 あー、そっか、女子トイレに連れ立っていけるタイプの人達?


 …私が、なれないタイプの人達。




 そんなことを考えていたら、水戸さんが、私の方を見た。


「ね、写真だって」


「は?」


 うん、そうだってね。聞いてた。


「撮ってもいいの?」


 …?そら、百枚でも二百枚でも撮ったら良いじゃないですかね。


「どうぞ?」


 何ならカメラマンになりましょうか?


「あ、じゃあ、許可が出たから」


 そう言って、水戸さんは立ち上がった。


 あっちの方から、「えー?」「何あれー?」「彼女?」とかいう声が聞こえてきた。


 あ、そうか。


 『彼女』だった、私。


 自分の立場を忘れてた自分に焦った。


 いやいや、でもね?そんな、羨ましがられるような立ち位置にはいないよ?そっちが想像してるみたいな、素敵な話は無いよ?


 焦る私にはお構いなしに、写真撮影は進んだ。


 芸能人じゃあるまいしさー。せめて、水戸さんの描いた絵をバックに取りゃいいのに。


 あ、でもこの人、顔から好きになられたら、なかなか絵の良さを見てもらえないのかもしれないな。

 本音言うと、顎のラインがマジで絶品。

 私も、顔は非常に好みです。

 あとなんだっけ、ジョージア州だったっけ?何だっけ、帰国子女で英語が話せる、みたいな情報が乗っかると、もう、トッピングでラーメンの(めん)が見えない(てき)な。

 トッピングだけで御馳走様、(てき)な。

 (めん)辿(たど)()けないというか。


 確かに、ちょっと見ただけじゃ、こんな繊細な絵、描きそうにないけど。


 …あ、『繊細』?かな。


 手放しに『上手』とかで割り切るのも、何か違う絵だと思うんだよな。


 だってさ、絵を見て泣くことなんて、そんなに沢山は無いじゃない?

 でも、私は、この人の絵を見て泣いた。


 こういう感覚って、何なんだろう。


 いつもと逆だ。初めてだ。


 いつもの、フィルターを通して見てることを頭のどこかで感じているみたいな、ぼやけた感覚でなくて、直接見てるのに、くっきりとした実像の下に、見えない何かが潜んでる気がする、不思議な気分。


 なんだろ、これ。


 ぼんやりと、そんなことを考えていると、水戸さんが戻ってきた。


「お待たせ」


 いきなり、右の頬にキスされた。


 何処かで、マイクロミニストパー集団のものと(おぼ)しき悲鳴が上がった。


 ――――そう来たか。


 ああ、何か、今の瞬間に、決定的に『彼女』にされてしまったような気がした。


 要らぬところばかりアメリカンナイズされおって。


 …油断した。


 思わず睨みそうになって思い留まって、どうにか笑った。

 いやいや、付き合ってるんだから。普通普通。


 私の、その様子に勘付いたのか、水戸さんは、笑いを堪えるような顔をしてから、言った。


「―――ご飯食べに行く?」


 …行ってやろうじゃないの。受けて立つわよ。


 ああ!面倒臭いわね!付き合うのって!






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