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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第六章
26/93

報告:Well, I hardly know

 その日は、久々に絆が、うちにきた。


 ちょうど携帯電話を買ったばかりだったから、連絡先を交換した。


 会いに行った(ほう)が早いような距離に住んでるから、変な感じがした。


 何とも蒸し暑い、七月下旬の午後。


 俺は、塾の帰りで、夏の制服姿のまま、リビングにいる絆に麦茶を出した。

 つけたばかりのクーラーの効かなさが、切ない。

 温度差のある空気が、モーターで撹拌(かくはん)されているような感じだ。




 二人で夕飯を食べた後、絆と一緒に、歴史(つねふみ)さんの散歩に行った。


 絆は、(たま)には遠くまで散歩に行きたいと言った。


 絆が走ると、歴史(つねふみ)さんも走る。

 仕方が無いから俺も走ると、歴史(つねふみ)さんは、もっと走る。


 結局、全員全力疾走のままで、絆の家が経営するコンビニに着いた。

 遠くに行く前に、絆の方が、ちょっとへばってしまったから、それが休憩になった。


 絆が、歴史(つねふみ)さんに、コンビニでビーフジャーキーを買ってくれると言うので、俺は、ついでにアイス代を絆に渡して、入り口のところで、歴史(つねふみ)さんと待っていた。


 冬毛が全部生え変わって、何だか歴史(つねふみ)さんは細身になった。

 この前まで、抜けきらなかった部分を、目に付いたときに取っていたのだが、そろそろそんな必要も無くなっていた。


 それにしても、あんなに抜けるのか、というくらい抜ける。

 羊毛だったらセーターでも作れそうなぐらいだ。

 あの毛で作ったセーターなんか着たくはないが、面白いように抜けるので、テスト期間中は、気分転換に歴史(つねふみ)さんのブラッシングに精を出したりしていた。




 座っている歴史(つねふみ)さんの、茶色い頭と黒い背中を見ながらボーっとしていると、目の前に、ヌッと人影が現れた。


「あ、やっぱり高良」


「おお、水戸か」


「久しぶりー」


 水戸の銀縁眼鏡に、コンビニの照明が反射して、ちょっと光った。


 水戸が歴史(つねふみ)さんに気付いた。

 歴史(つねふみ)さんは、水戸が近づいた分だけ後ろに下がった。

 更に水戸が近づくと、尻尾を足の間に入れて、俺の後ろに隠れた。


「あらら、嫌われちゃった?」


「いや、ちょっと臆病なんだ。慣れるとそうでもないんだけど」


 それも、どうも、背の高い人が怖いらしい。父と俺は横並びの身長なのだが、それが歴史(つねふみ)さんの許せる身長のギリギリのラインであるらしく、俺以上の身長になると、いきなり怖がって、警戒を始める。

 水戸は、歴史(つねふみ)さんの前にしゃがんで、目線を低くすることを試みたが、それでも駄目なようだった。


「コンビニに用事か?」


 しゃがんだままの姿勢の水戸の横顔を見ると、ふと、水戸の目が普段より少し小さいように感じた。

 しかし、俺に声をかけられてこちらを向き直った水戸の目は、いつもの通りの大きさに見えた。

 ああ、遠視用のレンズなのか。

 そう言えば、時々眼鏡を外しているが、遠くの人の顔の判別はつくようだった。


「うん。家がT町で。駅近いから、このコンビニ」


「あ、最寄駅同じなのか。うち、H町なんだよ」


「お、ホント?これから、また新しい展示場所に、会場設営に行くんだけど、設営の時、補強に使うガムテープがないってメッセージが入ったから、買ってから行かなきゃ。あの辺コンビニ無いし」


 やれやれ、という感じで、水戸は笑った。


「また展示があるのか」


「そう。比較的新しいギャラリーホール。去年くらいに出来たらしくて。でも、建物は新しいくせに、余った土地に建てたのか、周りに店が少なくてさー。ファミレスあるのにコンビニ無いって、どういうこと?みたいな」


「そうか。頑張るなぁ」


「まぁ、今年までだろうからね、こんなに展示とかして回れるのって。来年の今頃は、こうは行かないだろうから」


「そうか…」


 来年の話をしても、笑うのは鬼だけだ。

 来年の四月になったら、嫌でも『受験生』の肩書きが追いかけてきて、何を楽しむのも満足に出来なくなる気がする。


「しかも、八時にギャラリーホールが閉まってからじゃないと、会場設営の作業に入れないんだよね。それで、こんな時間から向かう破目(はめ)になって。その分、焦って行かなくてもいいんだけど」


「そうか、大変だな」


 そんな話をしていると、絆が戻ってきた。


「お待たせー。あ、水戸っち」


「久しぶり、絆」


 笑いながら、絆は、俺にアイスを、歴史(つねふみ)さんにビーフジャーキーを渡した。

 歴史(つねふみ)さんは、絆がビーフジャーキーの袋を開けるのが待ちきれなくて、また変な動きを始めた。


「じゃ、またね」


「うん、じゃーね」


 水戸がガムテープを買うのを待って、コンビニから出てくるところまで見届けることにした。

 何となく、水戸を置いてその場を離れるのが躊躇(ためら)われたのだ。


「あ、そうだ」


 駅の方に向かいながら、水戸は思い出したようにそう言った。


「俺、茉莉花ちゃんと付き合うことになったんだ」


 ポカンと口を開けてしまった俺と絆に、水戸は手を振った。


 …行っちゃったよ。




「…水戸っち、茉莉花ちゃんと付き合うんだねぇー…」


「…そう言ってたなぁ」


「うわぁー、イメージわかなーい。まぁ、可愛いって言ってた気がするし、お似合いっちゃお似合いだけど、どうやってそんなことになったんだろ。あ、…そもそも、あの合コンが、二人を会わせるためだったっけ?」


「そうだなぁ…。元々は、慧が言い出したんだっけ…」


 残された俺達は、家に戻りながら、そんな話をしていた。


 うん。確かに。

 イメージが湧かない。


 いや、水戸が茉莉花を意識していたのは何となく知ってたが。

 合コンでも、(たい)して進展があったようにも思えなかったし。


 そして、俺は、何と無く『茉莉花』を思い出そうとしていた。


 漆黒の髪。白い肌。“Dolly Jasmine”


 …いや、はっきりと思い出したのは、何故か外見ではなかった。


 何故か、俺のイメージの中で、茉莉花は、不思議と、優将の影のような形をとった。


 そして、それはやはり、第一印象から動いていないものなのだった。



 変な感じがした。


 俺の中で、二人が『座敷童』という観念の形を取っている。




「え?なぁに?高良、ショック?もしかして、茉莉花ちゃんのこと…」


 絆が、からかうように、そう言った。


「んー?…んー。そうだった方が、すっきりするかも…」


「…なにそれ?」


 絆は、怪訝そうな声を出した。


 そう言われても、一体俺の中で何が噛み合わないのかが分からないまま、俺達は家に着いた。




 あ、しまった。


 携帯買ったからって、友達の彼女と連絡先って、交換して良いもんなのか?


 あと、水戸とも、連絡先交換するの、忘れてた。


 しかし最早、あの和綴じの本は、一人で開くのが、完全に怖いものになってしまっていた。

 父親にも、本の話題を出したくない程度には、俺は、あの本の存在が怖くなってしまっている。


 情けない話だが、『怖いから』茉莉花と一緒に解読したい、というところまできていて、その他の時間は、本のことなんかスッパリ忘れて、夏期講習の勉強とか、学校の課題とかをしていたいくらいなのである。


 『怖いから』一緒に何かをしてほしい、と他人に思えるというのは、俺にしては、他人に甘えることが出来ている気がする。


 まぁ、御蔭様で、何故か、勉強の方が逃避になってしまっているから、(はかど)るのなんの。

 成績が上がりそうだなぁ。

 …いや、何でこうなった。

 そりゃ、成績を上げたいから塾に行くわけだが、そうじゃないだろう。


 …夏休み前に携帯買って、サッサと茉莉花と連作先交換すりゃ良かった。


 彼氏に了承を取ろうにも。

 水戸に何て言うんだ。

 霊障?が、治まる可能性があるから、解読したい本があるんだけど、一人じゃ怖いから、二万五千円出して、御前の彼女に解読を手伝わせようと思ってるんで、彼女と連絡先交換したい、って?


 …まさか、本当のことを言った方が友達を失くしそうな日が来ようとはなぁ。


 俺が彼氏だったら、嘘ついて自分の彼女を口説こうと思ってるのかな、としか思わないし、それならまだ良い(ほう)で、単純に『ヤバい奴』と思うな。女の子を口説くにしても、切っ掛けが『霊障』の奴は、相当ヤバいだろ。


 あ。『いる』。


 着物の女の子の、美しい目が、俺の目を捉える。

 盛夏に振袖。

 やはり、人外のものなのだろう。


 絆には、やはり見えないらしい。


 なぁ、どうして、俺の前に出てくるんだ。


 絆が、うちのリビングでアイスを食べている間、俺は珍しく、女の子の目を、じっと見詰め返していた。


 その顔は、やはり、綺麗で。

 愛らしいと思った。


 何かしてほしいことがあるなら、(むし)ろ、もう喋ってほしいもんなんだが。


 そのうち、男の子も出てくる。


 俺は、妙なことに気付いてしまった。




 着物姿の男の子と女の子は、お互いのことが、見えていない。




「あれ、高良、アイス食べないの?」


「あ、そうだ、アイス買ったんだった。…俺、明日食べる」


「そっか。あ、麦茶、お代わりもらっちゃうね」


「分かった」


 気付けばまた、着物姿の子供二人は、消えていた。






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