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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第五章
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慰め:I see you're admiring my little toys.


 ’I(えっと、) mean(そうじゃなくて), what(何でも) IS(ない) an() un()-birthday(プレゼント) present(って何)?'

 

 'A present(そりゃ) given(君が) when(生まれ) it isn't(なかった) your(日の) birthday(プレゼントに), of course(決まってるじゃん).'


 その日の帰りは、何となく優将についていった。


 何かを、沢山無くしたような気分で、何かに八つ当りしたくて、でも出来なくて、泣きたいような、苛々(いらいら)してるような、一人になりたくないような気がした。


 携帯を見たら、瑞月から、用事が出来たから先に帰る、みたいなメッセージが来てたけど、返事を打つ気になれなかった。




 優将は、ただ黙って、ちょっとした路地裏に入っていった。


 しばらく行ったところに、おんちゃんがいた。


 おんちゃんは、優将の知り合いだ。

 優将が中学の時、パチンコ屋で知り合った男の人で、時々一緒にいて、優将が補導されないように見てくれてるらしい。


 おんちゃんは、いつも同じ作業服で、醤油で煮染めたように、真っ黒に日焼けしてて、古い、赤い帽子を被ってる。

 七十代は過ぎてると思うんだけど、白髪が混じった髪の毛は、多いけど、たまにフケがついてる。

 歯は、ところどころ欠けていて、ヤニで真っ黄色だ。


 蒲鉾工場を経営してたけど、今は息子さんに譲って、隠居なんだって。


 会ったら、いつも、その歯を剥き出しにして、二カッと笑って、パチンコの景品の、余ったお菓子や、小さい玩具(おもちゃ)なんかをくれる。


 おんちゃんは、意外にも、いつも最新式の携帯を持ってて、それで優将と連絡を取り合ってるらしい。

 おんちゃんは、優将と仲良しなのだ。


「おんちゃん久しぶり」


「優ー将ー。お()ぇ、最近顔出さんなー、どした?新台いっぱい出たんよ。水着のオネェチャンが出てくるやつの新しいのとか」


「ホント?」


「ホントホント、漫画のもありますがな。子供は、そういうの好きだろ」


 子供がやっちゃいけないのがパチンコなんだから、矛盾した物言いではあるけど、おんちゃんは、そう言いながら、また、ニカッと笑った。


「ああ、この前千円だけやったけどね。おんちゃん、茉莉花つれてきた」


「おー、茉莉花ちゃん。あんたも久しぶり。元気してたん?まー、ちょっと見ないうちにお姉さんになったなぁ」


「有難うございます」


 おんちゃんは、若い頃苦労して、いろんな場所で働いてたから、方言が混ざりまくったんだって、前言ってたけど、優将、おんちゃんの言葉が移ったんじゃないかなって、思う時がある。

 仲がいいんだと思う。


「まぁー、茉莉花ちゃん来るんだったら、おんちゃん、お菓子もっと持ってくんだったわ。ほれ。ほれ。これもほぃ、ほれ」


「うわぁ」


 作業服のポケットから、ザクザクお菓子が出てきて、私と優将の手は、チョコやらキャンディやらクッキーやらビスケットやらで、いっぱいになった。


「いただきます」


「はぁい。おんちゃん、お菓子食べられんから。どんどん食べんね」


「おんちゃん、それは?」


 優将が、個別包装された煎餅をあけながら、おんちゃんの方に(あご)をしゃくった。


 『シャボン玉セット』だ。


 黄色い蓋のついた、ショッキングピンクの小さなプラスチック瓶二つに、蛍光グリーンの、太いストロー数本、小さい白いボール、それを吹いて遊ぶアシカの形の玩具(おもちゃ)と、その先の、玉入れの(かご)のような、黄色い、ボールをキャッチする部分。


「懐かしーい」


 びっくりした。これも景品?


「あ?そうそう、シャボン玉。(なん)ね、遊ぶん?これで」


「いいの?」


「いいよいいよ。いいの、て。たかだか、景品ですがな。高いもんでなし、遠慮せんでいいよ。でもこりゃ、もっとちっちゃい子にやろうと思って取ってきたもんで。(なん)なん、優将も()るんだったん?そしたらおんちゃん、二個取ってきたのによ」


 そう言いながら、シャボン玉セットを、ずずいっと優将の方に差し出した。


「おんちゃん有難う」


 さっきの、お菓子を受け取った時と、()(かた)が一緒だった。

 思わず笑ってしまう。


 優将は、お菓子を鞄に入れて、バリバリとシャボン玉セットのパッケージを開け始めた。


 ここでシャボン玉やっちゃうの?


 おんちゃんは、私達を思いっきり子供扱いするから、いつも優将は自然に、小さい時に戻っちゃう。


 無表情じゃなかった頃の。


 私も、ニカッと笑いかけられて、どっさりお菓子を渡されると、何だか、いつも笑ってしまう。


 優将は、私に、シャボン液の入ったプラスチック瓶と、ストローを渡してきた。




 独特の洗剤臭。


 先にシャボン液をつけたストローを、ゆっくりと吹くと、わりと大きなシャボン玉が二つ出てきて、生物で習った動物細胞のくびれみたいな、不恰好な雪だるまっぽい形になった。


 横で、優将が、勢い良く、小さいシャボン玉を沢山吹き出してて、後ろの方では、おんちゃんが、アシカの形の玩具で、ボールを吹いて浮かべては籠でキャッチするのを繰り返して遊んでる。


 吹く息に強弱をつけて、延々シャボン玉を作っていくうちに、いつの間にか、それに夢中になって、優将とシャボン玉を吹き付け合ったり、お互いが作ったシャボン玉を割り合ったりして遊んだ。


 割れたシャボン玉の洗剤飛沫(せんざいしぶき)が手や顔にかかるけど、全然気にならなかった。


 三人でケラケラ笑いながら、シャボン液がなくなるまで遊ぶと、かなり暗くなってきた。


 おんちゃんと優将が、十三回転千円で二万だの、イベント台の絨毯(じゅうたん)がどうのこうの、二箱出しては入れ出しては入れしてだの、と、私にとっては呪文のような話をし終えるまで待って、私達は、おんちゃんと別れた。




 家の門の前まで来ると、優将が、ピタリと止まって、こっちを見た。


「付き合うの?」




 付き合うの?




 それは、私が自分に聞きたいことだった。


 私は、水戸さんと付き合うの?


「…そうみたい」


 そうみたい。


 私は、水戸さんと付き合うみたい。


 あんな難儀(なんぎ)な状況なのに、何で了解してしまったのかは、本当に分からないけど。


 …駄目なのかな?


 何だか、そのことについて深く考えるのが、嫌だった。


 瑞月が嫌がると思うけど…水戸さんと付き合うのって…駄目なのかな。

 水戸さんが、どうして『付き合おう』って言ったのかも分かんないし。

 自分でも、本当に、よく分かんない。


 こういうのって、駄目なことなのかな。


 もし、駄目なんだったとしたら。

 それは、やっぱり私が馬鹿なんだ。


 馬鹿で、駄目で、現実が見えないからだ。

 誰のせいでもなくて、私が馬鹿だからだ。


「そうか」


 そう言って、優将は、自分の家の方に向かって歩いていった。


「頑張れよ」


 それだけ言って、静かに家の中に入っていった。


 有難う。


 何だか知らないけど、今日の行動は、優将なりの慰めだったんだろうと思う。


 その夜は、何でかまた、ちょっと泣いた。






 A very(すんごい) merry(楽しい) unbirthday(生まれなかった日)

 To() me()

 To() who()?

 To() me()!

 Oh(そう), you(君に)!

 A very(すんごい) merry(楽しい) unbirthday(いつもの日)

 To() you()

 Who(え、誰?), me(私?)?

 Yes(そう), you()!

 Oh(え、), me()!

 Let’s(さぁ) all(皆で) congratu(お茶を)late(お替り) us(して) with(お祝い) another(しよう) cup(じゃ) of(ない) tea()

 A very(すんごい) merry(楽しい) un(僕らが)birthday(生まれなかった日)

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