慰め:I see you're admiring my little toys.
’I mean, what IS an un-birthday present?'
'A present given when it isn't your birthday, of course.'
その日の帰りは、何となく優将についていった。
何かを、沢山無くしたような気分で、何かに八つ当りしたくて、でも出来なくて、泣きたいような、苛々してるような、一人になりたくないような気がした。
携帯を見たら、瑞月から、用事が出来たから先に帰る、みたいなメッセージが来てたけど、返事を打つ気になれなかった。
優将は、ただ黙って、ちょっとした路地裏に入っていった。
しばらく行ったところに、おんちゃんがいた。
おんちゃんは、優将の知り合いだ。
優将が中学の時、パチンコ屋で知り合った男の人で、時々一緒にいて、優将が補導されないように見てくれてるらしい。
おんちゃんは、いつも同じ作業服で、醤油で煮染めたように、真っ黒に日焼けしてて、古い、赤い帽子を被ってる。
七十代は過ぎてると思うんだけど、白髪が混じった髪の毛は、多いけど、たまにフケがついてる。
歯は、ところどころ欠けていて、ヤニで真っ黄色だ。
蒲鉾工場を経営してたけど、今は息子さんに譲って、隠居なんだって。
会ったら、いつも、その歯を剥き出しにして、二カッと笑って、パチンコの景品の、余ったお菓子や、小さい玩具なんかをくれる。
おんちゃんは、意外にも、いつも最新式の携帯を持ってて、それで優将と連絡を取り合ってるらしい。
おんちゃんは、優将と仲良しなのだ。
「おんちゃん久しぶり」
「優ー将ー。お前ぇ、最近顔出さんなー、どした?新台いっぱい出たんよ。水着のオネェチャンが出てくるやつの新しいのとか」
「ホント?」
「ホントホント、漫画のもありますがな。子供は、そういうの好きだろ」
子供がやっちゃいけないのがパチンコなんだから、矛盾した物言いではあるけど、おんちゃんは、そう言いながら、また、ニカッと笑った。
「ああ、この前千円だけやったけどね。おんちゃん、茉莉花つれてきた」
「おー、茉莉花ちゃん。あんたも久しぶり。元気してたん?まー、ちょっと見ないうちにお姉さんになったなぁ」
「有難うございます」
おんちゃんは、若い頃苦労して、いろんな場所で働いてたから、方言が混ざりまくったんだって、前言ってたけど、優将、おんちゃんの言葉が移ったんじゃないかなって、思う時がある。
仲がいいんだと思う。
「まぁー、茉莉花ちゃん来るんだったら、おんちゃん、お菓子もっと持ってくんだったわ。ほれ。ほれ。これもほぃ、ほれ」
「うわぁ」
作業服のポケットから、ザクザクお菓子が出てきて、私と優将の手は、チョコやらキャンディやらクッキーやらビスケットやらで、いっぱいになった。
「いただきます」
「はぁい。おんちゃん、お菓子食べられんから。どんどん食べんね」
「おんちゃん、それは?」
優将が、個別包装された煎餅をあけながら、おんちゃんの方に顎をしゃくった。
『シャボン玉セット』だ。
黄色い蓋のついた、ショッキングピンクの小さなプラスチック瓶二つに、蛍光グリーンの、太いストロー数本、小さい白いボール、それを吹いて遊ぶアシカの形の玩具と、その先の、玉入れの籠のような、黄色い、ボールをキャッチする部分。
「懐かしーい」
びっくりした。これも景品?
「あ?そうそう、シャボン玉。何ね、遊ぶん?これで」
「いいの?」
「いいよいいよ。いいの、て。たかだか、景品ですがな。高いもんでなし、遠慮せんでいいよ。でもこりゃ、もっとちっちゃい子にやろうと思って取ってきたもんで。何なん、優将も要るんだったん?そしたらおんちゃん、二個取ってきたのによ」
そう言いながら、シャボン玉セットを、ずずいっと優将の方に差し出した。
「おんちゃん有難う」
さっきの、お菓子を受け取った時と、言い方が一緒だった。
思わず笑ってしまう。
優将は、お菓子を鞄に入れて、バリバリとシャボン玉セットのパッケージを開け始めた。
ここでシャボン玉やっちゃうの?
おんちゃんは、私達を思いっきり子供扱いするから、いつも優将は自然に、小さい時に戻っちゃう。
無表情じゃなかった頃の。
私も、ニカッと笑いかけられて、どっさりお菓子を渡されると、何だか、いつも笑ってしまう。
優将は、私に、シャボン液の入ったプラスチック瓶と、ストローを渡してきた。
独特の洗剤臭。
先にシャボン液をつけたストローを、ゆっくりと吹くと、わりと大きなシャボン玉が二つ出てきて、生物で習った動物細胞のくびれみたいな、不恰好な雪だるまっぽい形になった。
横で、優将が、勢い良く、小さいシャボン玉を沢山吹き出してて、後ろの方では、おんちゃんが、アシカの形の玩具で、ボールを吹いて浮かべては籠でキャッチするのを繰り返して遊んでる。
吹く息に強弱をつけて、延々シャボン玉を作っていくうちに、いつの間にか、それに夢中になって、優将とシャボン玉を吹き付け合ったり、お互いが作ったシャボン玉を割り合ったりして遊んだ。
割れたシャボン玉の洗剤飛沫が手や顔にかかるけど、全然気にならなかった。
三人でケラケラ笑いながら、シャボン液がなくなるまで遊ぶと、かなり暗くなってきた。
おんちゃんと優将が、十三回転千円で二万だの、イベント台の絨毯がどうのこうの、二箱出しては入れ出しては入れしてだの、と、私にとっては呪文のような話をし終えるまで待って、私達は、おんちゃんと別れた。
家の門の前まで来ると、優将が、ピタリと止まって、こっちを見た。
「付き合うの?」
付き合うの?
それは、私が自分に聞きたいことだった。
私は、水戸さんと付き合うの?
「…そうみたい」
そうみたい。
私は、水戸さんと付き合うみたい。
あんな難儀な状況なのに、何で了解してしまったのかは、本当に分からないけど。
…駄目なのかな?
何だか、そのことについて深く考えるのが、嫌だった。
瑞月が嫌がると思うけど…水戸さんと付き合うのって…駄目なのかな。
水戸さんが、どうして『付き合おう』って言ったのかも分かんないし。
自分でも、本当に、よく分かんない。
こういうのって、駄目なことなのかな。
もし、駄目なんだったとしたら。
それは、やっぱり私が馬鹿なんだ。
馬鹿で、駄目で、現実が見えないからだ。
誰のせいでもなくて、私が馬鹿だからだ。
「そうか」
そう言って、優将は、自分の家の方に向かって歩いていった。
「頑張れよ」
それだけ言って、静かに家の中に入っていった。
有難う。
何だか知らないけど、今日の行動は、優将なりの慰めだったんだろうと思う。
その夜は、何でかまた、ちょっと泣いた。
A very merry unbirthday
To me
To who?
To me!
Oh, you!
A very merry unbirthday
To you
Who, me?
Yes, you!
Oh, me!
Let’s all congratulate us with another cup of tea
A very merry unbirthday