美術館:The Celestial Beauties Quadrille.
美術館に現地集合の約束だったけど、私と優将と慧は、揃って家を出るようにして出発した。
結局、いろいろ重なって、美術館に行けることになったのは、夏休みの初日の午後からだった。
さすがに慧も私服だった。
優将も、露出の少なめな、展示観覧向けの格好だった。
良かった。時々、夏になると、びっくりするくらい、良く言えば『開放的な』格好のことがあるから…。
瑞月も来た。おお、ノースリーブのワンピース。可愛いなぁ。
複雑な気持ちになったので、慧の表情は伺わないことにした。
いや、ってかさー、女の子誘うのに、私抜きで、一人で誘えないとか、マジでダサいんだけど。
駄目駄目。不毛なことはもう考えないの。こうやって、会わせるって決めてるんだから。一回、全部忘れて、絵を見よう。
一応引き立て役に徹しようと思ってさ、白Tシャツにジーンズ、スニーカーですよ、こっちは。無難と、何の変哲も無さを結集させた、白だけど、黒子スタイルですよ。
改めて自己紹介させ直して、さぁ、開始。
何となく、前に見た水戸さんの絵を思い出した。
ああ、あの絵、もう一度くらい見たかったかも。
黄色と青と緑。
泣きたくなるような青。
私と水戸さんを会わせる為の合コンだったのに、こんな展開になるなんて。
分からないもんだなぁ。
慧なんか、あの時の合コンの、そもそもの目的を完全に忘れてるだろうし。
しかも、瑞月には、水戸さんの話なんか出来ないし。
でも、あの人、他に、どんな絵を描くんだろう。
そんなことを考えて、気を紛らせながら美術館の中に入ると、入り口付近の、他と区切られた展示スペースの入り口の前に、細長い看板があるのが見えた。
『絵画同好会 グループ展 観覧無料』
へぇー。無料か。
「入ろうか」と、皆に提案しかけた途端、私の目は、そのスペースの奥の方で、年配の男の人と、絵に向かって談笑してる、背の高い人影を捉えた。
えーーーーーーーー?!
あれ、水戸さんじゃない?!
今日は眼鏡かけてないみたいだけど、間違いない。
マズいって!この二人だけは、会わせるわけにはいかない!
バッと振り返ると、優将と目が合った。
優将は、瞬時に私の目と看板を交互に見てから、入り口から見える人影を見て、何かを察したみたいだった。
「あ、無料だって。入ってみる?」
穏やかな声で、瑞月が、そう提案した。
だっ、駄目!
「帰りに寄らない?イベント展示の方が人の流れもあると思うし、順路的には、先に印象派展をじっくり見て、常設展示を見てから入り口に戻ってから見に来る方がキレイだと思うよ」
私が焦ってると、優将が、スラスラとフォローの言葉を入れた。
心なしか、言葉遣いも良いような…。
そう言ってから優将は、さりげなく、瑞月の前に立った。
優将の背の高さで隠れて、瑞月の視界には、水戸さんは入らなくなったはずだ。
上手いなぁ。
人の流れって言っても、午後から来てるわけだし、第一、ここの美術館が混むなんて、そうそうないと思うんだけど。
そういう風に『順路』とかいう単語を入れながら、具体的に、これから進む予定のコースを言うと、結構合理的に聞こえる。
適当に見て回ってもいいかな、ぐらいの考えの時に、こう言われると、なんとなく目標が出来ると言うか、案外それで決定しちゃうもんだよね。
「ああ、そうなんだ、それなら帰りがいいかも」
瑞月は、優将の提案に納得したみたいだった。
有難う優将!
時間ずらして、水戸さんがいなさそうな時に入れば良いよね。
どう考えたって、今は駄目なんだし、入らないっていうのも変だし。
でも優将、咄嗟の判断で、よく、ここまで出来るなー。
この四人の行動の順番は、この時点で、さりげなく優将に操作されたことになる。
幼なじみの口の上手さに、多少、相手の普段の行動を想像して不安になったけど、私は、優将に対して、軽く、尊敬の念を抱いた。
印象派展は、ごったがえしてはいないまでも、それなりに盛況だった。
印象派の有名どころの画家の絵が、少ないながらも何点か入ってるらしい。
「あら、ホント、先に来て良かったね」
瑞月が、そう、嬉しそうに言った。
あはは…、良かった。本当に。
印象派の、絵の具の踊るようなタッチに興味を覚えて、近寄ったり離れたりしながら絵を堪能してると、不意に、軽く背中を指で突付かれた。
優将だった。
優将は、順路とは逆の方向を指差した。
瑞月が、今私達がいるより三枚ぐらい後の絵の前にいた。
どうも、私達よりも、じっくり作品を見てるみたい。
その、少し距離を置いた後ろで、慧がモジモジと立っていた。
…うーん、絵は見てないね?慧。
「常設展に入った辺りぐらいで、ちょっと二人っきりにさせてみん?人も相当少なくなるだろ。俺も、それとなく慧に言ってみるし」
優将が、小さな声で、そう言った。
おお。成る程。策士。
「分かった」
優将は意外にも、本当に、慧と瑞月を会わせるのを手伝ってくれてる。
それから優将は、すっ、と移動して、慧の背後に立ち、私にしたように背中を突付き、何かを囁いた。
その瞬間、慧の顔が、遠目でも分かるくらいに紅潮した。
優将は、慧の肩をポンポンと軽く叩き、そのまま自分の方に引き寄せて、耳元で何かを囁いた。
慧は、決意したような顔をして、頷いた。
「ゴッホまであるなんて!ちょっと得した気分!」
常設展示に移動する途中で、軽く興奮しながら、瑞月は、家のピアノの置いてある部屋に飾ってある、ピアノを弾く二人の女の子の絵の複製画の話を始めた。
慧は、何だか動きが変になりながらも、辛うじて一緒に歩いてきている。
ちょっとちょっと、しっかりしてよ?慧。
「あ、ルノアールの絵の?」
「そうそう!」
優将が、意外にも会話をリードしてた。
優将の口から画家の名前が出るとは思わなかった。助かるけど。
そうこうしてるうちに、優将と瑞月は、二人で、浮世絵が印象派に与えた影響、みたいな話を始めて、私は、どこから会話に入って良いか分からなかった。
優将は、瑞月と慧を、とても自然に、交互にチラチラ見ながら、会話が、ちょうどいい具合で切れるところで、常設展示の前に来るように歩を進めた。
こうして私達は、常設展示に入るための手続きをして、流れるように展示場の中へ入っていくことになった。
…優将…凄い。
常設展示は、ほぼ貸し切り状態で、何だか全体的に絵も額も古惚けていた。
それなのに、展示の様子を見た瞬間に、自分の心拍数が、少し上がるのが分かった。
…ああ、こっちの方が好きだ。
充分に照明もあるはずなのに、何故か、絵が掛けられているところは、薄暗くて、静謐な感じがした。何枚もの絵が、ひっそり、そこで呼吸してるような気がした。
瑞月が偶に来るのも、分かった気がした。
薄い、薄い茶色の膜の下で、パステルカラーが眠ってるような絵。
うっすら黒ずんできた木の額。
照明用のライトが作る、絵の効果とは別の陰影。
時間と秘密を抱えた空間みたいに思える。
近寄って絵を見ようとしたら、また優将に背中を突付かれた。
おっと、忘れてた。
「苧干原さん、俺、喉乾いたから、何か買って飲んでくる。ちょっと出たところのベンチで飲んでから、また戻ってくるから」
…やっぱり優将、言葉遣いが、普段より、ちょっと良い。
瑞月に合わせてる…?
そう、常設展示の、ドアのない、壁一枚隔てた出口のところには、休憩用のベンチと、自動販売機がある。そこで飲み物を買って、飲んでから帰ってくることは、充分可能だ。
「あ、そう?」
実に滑らかな優将の口調に、ゆっくりと瑞月は振り返った。
「それとも、四人分買っておこうか?出口で待ってるけど」
「え?」
「じっくり絵見ててよ。喉乾いたら、こっちに来て飲めばいいし、飲んだらまた、見に戻れば?」
「そう?じゃ、あったら烏龍茶、お願いしようかな」
そう言って、朗らかに、瑞月は微笑んだ。
「慧は?」
「う…あ、俺は…いいや」
相変わらず動きが硬い。ほら!慧、しっかり!
「茉莉花は?」
優将の視線が、サッと私に移った。
「あ、私も優将と一緒に行く」
ジュースは、カップの物しか売ってなかった。あんまり飲みたい気分じゃないけど、まぁいいや、と思いながら、私は、自動販売機に、お金を入れた。
「んー、ありゃ、ふられるわ」
出し抜けに、優将がそう言った。
「えっ?」
びっくりして、カルピスのボタンを押しちゃった。間違った。瑞月と同じの、烏龍茶押そうとしてたのに。カルピスも好きだけど。
「苧干原さん、俺等を値踏みしてた」
「へぇっ?」
紙カップに氷とジュースが入る音がした。
「多分さ、前一緒に合コンした幼なじみと美術館に行くのに誘うって時点で、薄々、俺か慧に会わせようとしてるのには勘付いてるだろ、あの人だって」
ああ、それは私も、そう思った。
でも、それでも来てくれたんだから、もう瑞月が慧を、どうするかは、瑞月本人に任せるしかない。
「…うん。でも、来てくれたし…」
「それは、茉莉花の顔を潰さないようにしようと思ったか、俺か慧の、どっちかに興味があったか、ぐらいのとこだろ?」
「…ん、まぁ」
「そんで、さっき、急に小難しい話しだしたろ。ルノアールがどうのこうの、ゴッホと浮世絵がどうのこうの」
「うん。全然会話に入れなかった」
「多分、あの辺りで、わざと、そういう話を始めたんだわ」
「…どういうこと?」
「小難しい話をして、引くようだったら、お呼びじゃないんだろ。それか、俺等が大して気に入らないから、わざと引かせようとしてんだわ」
「はっ…。はぁ?」
「俺と話しながら、ちょっと顔が引きつったもんな。『ちっ』って感じで。印象派の話につてこれるとは思ってなかったんだろ」
う、嘘、瑞月が?
「そんでまぁ、あんまり話さないで、もじもじしてる奴がいる。こりゃ、こっちのお膳立てしてやろうと、幼なじみ二人で仕組んでるんだな、と、察された、と」
「うっ…」
本当のことだけど、『仕組んでる』って言葉は刺さった。
「大体、苧干原さんがオーケーしたところで、慧とキョウツウノワダイがない。多分、ふるよ。こういうのって、趣味の合う合わないから始まったりもするのに」
「共通の話題?」
「ありゃ駄目だ。予習期間があったってのに、印象派について調べても来んし。話を振っても続かない。一緒に展示見てるのに、絵も見てない。一体、何で間をもたせるん?」
「…予習?」
「そう。急に場所が決まったんならいざ知らず、相手を印象派展に誘ったら来てくれた、ってんだったら、相手も、それか、もしくは、そこに一緒に行くこと自体に、多少は興味を持ってるってことじゃ?嫌味にならない程度に、相手に合わせて薀蓄たれたり、会話のネタにストックしたり、色々必要だろ。第一、もう付き合ってて、デート場所がどこでもいいっていう仲じゃないんだし、相手の見てる絵を一緒に見たりして、ちょっとでも話題探さんと」
…あんた、いつも、そういうことしてんの?
でも、これで、優将がある程度、瑞月と話が通じた理由が分かった。そして、慧のボロが出る前に、慧と瑞月を二人っきりにする方に行動を移したわけだ。
…策士。
「後は…慧が、いきなり告らんといいけどなー、と。勢い余って。苧干原さん、ガード堅そうだし、もうちょっとは親しくなってから告らんと、最悪、キモがられそうじゃ?『今度また展示行かない?』くらいの感じに話を進められればいいけど…。…慧が絵に興味無いの、バレバレだとは思うから、『また美術館行こう』は、苦しい誘い文句だけども」
「そういうの、慧にも教えてあげた?」
「いや、人に言われてするもんじゃないじゃん、こういうのは。勢い余っちゃう、とかは、事故みたいなもんだし。大体、慧のあの性格じゃ、ジシュテキニ勉強しようとしたんじゃない限り、ちょっと齧って、かっこつけたぐらいじゃ、すぐメッキ剥がれるから。こっちでガチャガチャ世話焼いて、変な感じになるよりは、慧の持ち味と運に頼った方が、まだキレイだわ」
うーん、凄い理論。
まぁ、言おうとしていることは分かった。
それに、これだけお膳立てしてやれば、本当に後は慧次第だしね。
まだ、ちょっと複雑な気分は残るけど。
スラスラ喋った後の、喉の渇きを癒すみたいに、優将は紙コップから飲み物を飲んだ。
私は、買ったくせに、自販機からカルピスを取り出すのを忘れてた。
取り出そうとすると、優将が出してくれた。
そして、私のカップを、自分のジュースのカップを持ってる手の方に器用に移して、二つのカップの底だけを、手の平と指で掴む形にして持った。
羨ましいくらい、でかい手だ。
そして、空いた方の手で、お金を自動販売機に入れて、瑞月に頼まれた烏龍茶を買った。
―――うん、これはモテるわ。
ホント、そういう目で見たことなかったけど。
そうだ、モテるんだったわ、うん。
ちょっと普段何やってるのか聞きたくなったけど、この見事な策と観察眼。
見習うべきところも多そう…。
私が、自分のジュースを受け取ろうとした、ちょうどその時、常設展示の出口から、半べその慧が、走って出てきた。
…嫌な予感。
「ど、ご、ごめん、俺、先に帰る!」
私達に、そう言うなり、慧は、ダッシュで去っていった。
「う、うわー…」
「うーん。ほぼ予想通り。慧が走って帰るのは計算外だったけど。気まずい雰囲気で出てきたところを、ジュースで間をもたせて、どうにかフォローして、帰るところまで繋げようと思ってたんだけどな」
優将は、「告ったんかなー」と言って、軽く肩を竦めた。
…そこまで想定してジュースを買ったの?
凄い…。あんた、凄いよ、優将。
「さて、どうするかねぇ、苧干原さん」
ひょこっ、と首だけ出して、出口から常設展示の方を覗く優将に倣って、私も、瑞月の様子を伺ってみることにした。
瑞月は、展示の空間のほぼ真ん中に、俯いて立ってる。その姿が、何だか怒りに震えてるように見えて、私は怖くなった。
すぐに入っていって声をかけた方がいいのかな。
ちょっと迷ってると、私は、そこに、とんでもないものを見てしまった。
向こうの入り口から入ってくる、背の高い人影。
ああ、待って!あなただけは今来ちゃいけないの!
胃と心臓が、キュッと絞られたような、嫌な緊張。
水戸さんは、驚愕の表情で、ピタリと足を止めた。
ふと、瑞月も、そちらを振り返った。
いきなり、走って逃げ出そうとした瑞月の腕を掴んで、水戸さんは叫んだ。
「待ってくれ!ジャ…瑞月!」
「離して!」
腕を掴まれたまま、瑞月は、凄い目で水戸さんを睨んだ。
「避けないでくれ!話を聞いてくれよ!」
「何よ!何も話すようなこと、ないじゃない!」
「ミサさん、亡くなったんだろ!」
急に、瑞月は動きを止めた。
「話を聞いてくれ!話してくれよ!逃げられたら、俺だって先に進めないんだ!」
「…何を先に進むことがあるっていうのよ。もう終わったことよ。あんたが一生苦しもうが、知ったこっちゃないわよ」
低い声で、瑞月が、そう吐き捨てた。
「何が終わったんだよ!じゃあ、どうして、お前、茉莉花ちゃんと一緒にいるんだよ!」
…え?私?
「似てるからだろ!?あの子が!」
「うるさいわね!」
「そうだろ!そっくりじゃないかミサさんに!」
「離しなさいよ!黙れぇ!」
「認めろよ!だから近付いたんだ!」
「だったらなんだっていうのよ!」
瑞月の形相は凄まじかった。
いつものあの、大人びた、知的な瑞月の顔じゃなかった。
私は、壁から動けなかった。
壁と同化したような、硬直した体。冷や汗が出てきた。
優将は、紙コップを手に持ったまま、いつもの無表情で、私と、あっちを交互に見ていた。
「あの子はミサさんじゃないんだ!」
「アンタには関係ないでしょ!私はね、私は茉莉花と一緒にいたいの!他の誰よりも!」
沈黙。
水戸さんが、腕の力を緩めたらしく、瑞月は、その手を振り払った。
「何言ってるか分かってんのかよ!」
瑞月は、そう言う水戸さんを、ギロリと睨んだ。
「何とでも言いなさいよ。でも友達よ。今のままよ、ずっと。これでいいの。もう『お姉ちゃん』が傍からいなくなるのは嫌なの!」
「お前、そんなの、好きなんかじゃないだろ!死んだ人間追っかけてるだけじゃないか!」
パシーッ!っと、平手打ちの音が響いた。
瑞月が水戸さんの頬を張った。
体を震わせて、青ざめた顔をして。
「あんただって同じ穴のムジナでしょ!…あんたのせいでお姉ちゃんは死んだようなもんじゃない!」
そう叫んで、瑞月はこっちに走ってきた。
そしてそのまま、私と優将に気付きもせずに、一目散に走っていった。
「瑞月!」
追い掛けてきた水戸さんは、私達に気付いて立ち止まった。
「あ…」
な、何、これ。
どういうこと?
どう…反応したらいいの?
今の会話は何?
『ミサさん』って…誰?
三人で立ち尽くしてると、腕に黄色い腕章を付けた、ちょっと小太りのおじさんが来た。
「君達、困るよ!静かにしなさい!」
…この学芸員。常設展示で人が少ないからって油断してたな?今頃来て、何さ!揉める前に止めなさいよ!それとも、ボランティアの監視員か何か?
「すみません」と水戸さんが軽く謝ると、「全くもう!」と、ぶつくさ言いながら、おじさんは立ち去った。
あんたは関係ないから、簡単に、この場を去れるでしょうけどね。
…この空気、どうすりゃいいのよ、おじさん。
「まぁ、飲めば」
最初に口を開いたのは優将で、見たら、かなり氷の溶けてきた烏龍茶とカルピスの二つの紙コップを、まだ、器用に左手に持っていて、それを、こちらに差し出してきた。
私と水戸さんが紙コップを受け取ると、優将は、ほとんど氷ばっかりになった、自分の分のジュースを飲んだ。
取り敢えず、三人でソファーに座って、ジュースを飲んだ。
カルピスは大分薄くなってたけど、味なんて、どうでも良かった。
慧が瑞月を…瑞月が…私を、ってこと…?
いや、え、待って、どう解釈したら良いの?
眩暈がしそう。
何を聞いたの?今。
優将が紙コップを捨てに立つと、ようやく、水戸さんが口を開いた。
「…ねぇ、付き合わない?」
魔がさしたとしか思えない。
私が、さっきの話を聞いていたの、知ってるかな。
そうでなくたって、瑞月と揉めてるのを私に見られたのくらいは分かってるはずなのに、なんで、今、そんなことが言えるんだろう。
頭が、痺れたようにその疑問を繰り返しているのに、私の目は、水戸さんの顔に釘付けだった。
自嘲したような表情のその顔の、綺麗な鼻筋、瞳。
瞳。
頭の中を、慧や瑞月の映像が駆け抜けた。
次の瞬間、私は「いいよ」と言っていた。
…魔がさしたとしか思えない。
ううん、自分で考えたことじゃないみたい。
『水戸さん』が、私に、そうしてほしいこと、みたいな。
もう、自分が、分からない。