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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第五章
23/93

確認:It's only the Red King snoring.

 テストが返ってきて二日目に、テストの順位が発表された。


 俺の学校は、成績の全体順が廊下に貼り出されて、クラス順と教科別順が、プリントで配布される形式で発表される。

 帰りのホームルームが終わった後、皆、プリントと廊下の紙の順位を見比べながら、わいわい言っている。


 まぁまぁの順位。全体で五番目。ちょっと上がったか。クラスでは一番だった。


 うーん、こう来ると、日本史でやったド忘れやら漢字間違いやら、数学でやったケアレスミスやらが逆に悔やまれる感じだ。

 まぁいいか。訂正帳はもう出したし。


 訂正帳というのは、テストでやった問題の間違いを訂正して、勉強し直してノートにまとめ、提出するというもので、これを続けると力がつく、というのが、学校側の方針なのだった。


 成績を上げ過ぎても、志望校の偏差値を上げろとか言われるから、面倒なんだよな…。

 動物が好きなのであって、その辺りをゴチャゴチャ考えるのは別に好きじゃない。学習の興味を削ぐのは、教育方針としては如何(いかが)なものか、というところである。


 学校の評価が上がるので、進学しなくてもいいから、偏差値の高い私立も受けて実績にしてくれとか頼まれた先輩もいたと聞く。


 私立学校の経営難を目の当たりにすると、しんどい。


 協力してやろう、と思うよりも、反発して、文系転向でもしてやろうか、と思うから、真面目な学生だとは言われるが、それは成績だけのことであって、自分の性質としては、真面目ではあっても、『素直な学生』ではないのだろう、と思っている。




 周りは大体いつも通りだった。


 絆も、今回は、本人的には、まぁまぁの結果だったらしい。


 水戸は、当然のように、英語で百点を取っていた。他の教科も悪くない。

 毎回百点って、実は凄くないか?と思っている。

 国語で毎回百点を取る感覚に近いのだと思うと、単に『英語が出来る』以外の能力値の高さを感じるので、『帰国子女だから』という理由だけでは、毎回英語のテストの点数が百点、という事実の理由説明にはならない気がしている。

 一つ年上とは言え、途中編入なのに、海外からの転入で、進学校で、勉強に遅れが無いのは、本当に凄い。


 そして、また優将が、教科別の順位で数学の上位に食い込んでいた。物理も、点数的には俺と、そう変わらない。…いつ勉強してるんだろうなぁ。一生懸命勉強するイメージが全く湧かないから、本当に不思議だ。やっぱり、高知能というか、数学的なセンスが凄いのだろうか。


 お?「中澤慧」。三十番ぐらい順位が下がってるじゃないか。

 どうした?


 そう言えば、最近ちょっと変だったような気もする。


 ふと気になって、教室に戻って慧を探して見てみると、…一人で頬杖をついて、笑っていた。

 優将は、少し距離を置いて、その状態を、無表情で見守っていた。


 …おお?どうしたんだ本当に。大丈夫か?


「慧?」


「うん」


「どうした?何か嬉しいのか?」


「うん」


「そ、そうか。良かったな」


「うん。えへへへ」


 俺が、慧と、そんな、会話ともつかない会話をしていると、後ろの(ほう)で声がした。


「おし、じゃあ、俺帰るね」


 声がした(ほう)を振り返ると、水戸が、早々に帰り支度を済ませて立っていた。


「おー、早いな」


「これから画塾。あと、明日からまた、違う展示に出展するんだ。今日、画塾の後、その会場設営の手伝いに行かないといけなくて」


「へぇ。そうなのか」


 風の噂では、語学を生かして、海外の美術系の学校を受けるとか何とか聞いた。


 教員達は英語を生かした職に就かせたがっているらしいが、何せ、成績が良いので、絵をやめさせることも出来ないでいる、との話である。

 英語毎回百点、という能力を、どう指導して、将来に生かしてやればいいのか、大人も持て余しているのかもしれない。

 教員の誰より、水戸の語学力が高いのは明白であるからして、将来に対するアドバイスが上手くいかないのも、無理からぬこと、という気もする。

 水戸の人生なんだから、最終的には放っておいてやるしかないのだろうが。


 何にせよ、こいつも絆も、最近ちょっと元気になったし、良かったな。


 ミヅキ、って、恐い子のことは、少し気になるけど…。


 あれは結局、何だったんだろう。




 もう少しで、夏休みが始まる。

 学習塾のお試し夏期講習も申し込んだし、良いことばっかりでもないが、名前の響きだけで、何だか柄にもなく嬉しくなるのが夏休みだ。




 帰る水戸の(ほう)を見ると、窓から強い光線が入ってきているのが見えた。

 ああ、今日も良い天気だ。

 湿気が不快指数を上げる、日本の夏らしい気候。


 それにしても、この気候の中、お前だけ表情が春っていうのは、どうなんだ?慧。


「慧はどうしたんだ?」


 慧に再び話し掛けるのが躊躇(ためら)われて、俺は、一呼吸置いて優将に尋ねた。


「…いや…嬉しいらしい」


 相変わらずの無表情で、優将は、そう答えた。


「…そうか」


 まぁ、慧も、嬉しいなら、それに越したことはないか。

 これだけ暑かったら、自然と、思考に持続性や一貫性が無くなるものなのかもしれないし。


 俺も、帰り支度を始めることにした。




 そうだ。塾に行くなら、携帯持てって言われてたんだった。




 結局、テスト勉強やら何やらで、和綴じの本も、それについて父親に質問することも、携帯購入の話をすることも、先延ばしにしてしまっていた。

 …茉莉花にも連絡を取っていない。


 そう言えば。O地区のこと、あんまり、茉莉花と話さなかったな。

 …皆も、O地区と、何か関係あるのかな。




「そう言えば二人共、夏休み、親の実家に帰省したりするか?」


 俺の質問に、優将も慧も、首を振った。


「そっか、うちの母親の実家のある地域は、八月の第一日曜日に、墓掃除をする風習があるんだよ。だから、八月の旧暦の御盆に帰省しないで、御盆前に帰って、そっちの墓掃除だけして、戻ってこようかと思ってさ。塾の夏期講習もあるし」


「…高良のお母さんの実家って、どの辺なん?」


 優将が、ボソリと尋ねてきた。


「うちの父親の実家の方でも、それ、聞いたことあって。八月の最初の日曜日に、墓掃除すんだぞ、って。うちは、長野県のA市なんだけど」


 慧が「うちも」と言った。


 優将が、「え?」と言った。


「知らなかった?」と、慧は言った。


「茉莉花んちも、優将んとこも、お父さんが偶然、A市の、旧M村出身だから仲良かったんだよ?うち、父親が、N地区でさ。母親も、A市出身なんだよ、偶然だけど」


 俺は思わず「N地区?」と聞き返した。


「うちは、父親がA市出身で、母親が、…O地区出身なんだけど」


 慧は、目を丸くして、「隣の地区じゃん」と言った。


「O地区にも遠縁がいたと思うなー、もう、付き合いはないけど」


 優将は、小声で、「うちの父親はS地区出身」と言った。


「S地区って…。JR大糸線から、H駅で降りる?…O地区と、めちゃくちゃ近いじゃないか…。俺、あそこの公園で遊んだこと、あるぞ?」


「うん、確か、O地区に親戚もいたと思う…。最後に帰省したのが、いつだったか、って感じだから、あんまり覚えてないけど。八月の盆時期は外して帰省してたんよ、混むから、って。それだけは覚えてて。死んだ祖父(じぃ)ちゃんが、八月の最初の日曜日に、墓掃除をして、盆に備えるとか何とか言ってたんだよな」


 何だこりゃ。


「ああ、確かに、あの辺、中澤姓も柴野姓も多いけど…。慧のお母さんもA市か…」


「そう、旧姓、那須野。偶然だねー」


 那須野姓も多い。


 …偶然なんだよな?




 O地区に関係がある人間が、何故か、周辺に集められてる、なんてことは、有り得ないわけで。




「そう言えば、慧のこの学校の志望動機って、お母さんが信者さんだからだっけ?」


 中学校受験の時点で、自分には、『家から近い』以外の同機はなかったから、珍しいなと思って記憶していたのだが。


 慧は、心持ち、声を潜めて、「それがさ」と言った。


「母方の祖母が、木曽路の出身で、そこからA市に嫁入りしてんだけど」


 木曽路で、信徒って、…まさか。


「O村…M寺のある?」


「そう、O村のN。…知ってるんだ、高良」


「…でも、宗派が違うよな?ここ、プロテスタントの学校だぞ?…まぁ、そういう話だと、宗派がカトリックなのかどうかも、もはや分からん部分もあるが」


「あー、その辺は、いろいろあったみたいなんだけど。…えーっと、つまり、何かの時点で、見つかって、()()()らしいんだ。江戸末くらいかな?それで、マリア観音かなんかを持ち出して、伝手(つて)で、どっかの村に隠してもらったらしいんだけど、罪悪感があったみたいでさ、一家で」


「その…()()()ことに対して?」


「…そうみたい。それで、偶然、明治の頃、A市にメソジスト派の教会が出来て。それを聞き付けて、禁教じゃなくなった頃に、信徒になったらしいんだよ、一家で。移住はしなかったけど、頑張って、月一でもいいから、って、日曜礼拝に通ったとか何とか。松本城の近くにも、カトリック系の教会が先に、その頃にはあったらしいんだけど。松本市の近くは偶然知り合いがいたとかで、あんまり見つかりたくなくて、出入りし(づら)かったみたいなんだよね。それで、宗派違いだけど、メソジスト派の教会の(ほう)に」


「木曽からだと…まだしも松本市の方が近くないか?」


 慧は「だからでしょ」と言った。


()()()()()()()から避けたんだと思う。禁教じゃなくなったからって、()()()家だとは知れてたんだと思うし。またか、としか思われないでしょ、いくら信心がどうとか主張しても。戦時中も苦労したらしいよ」


「はぁー…」


「信心深いのも、何か、俺からすると、ちょっと不思議な感じなんだよね。乳児洗礼しちゃったから、皆の家に仏壇があるとか、神社やお寺に初詣に行って御神籤(おみくじ)引くのと、そんなに感覚が違わなくて。そういうのの一個、って感じなんだよなー。有難いもの、っていうより、あるのが当たり前っていうか。茉莉花のが、うちの母親の勧めで、昔は日曜礼拝に付き合ってくれてたり、常緑(じょうりょく)受けたり、まだ真面目かも。受洗してないのに」


「…え?あの子、常緑の志望動機、慧のお母さんの勧めなのか?」


「そうだよー、この辺でプロテスタント系の女子高って、珍しいじゃん。男子校のが少ないけど。…もうちょっと偏差値高いとこも、受かったと思うんだけどなー。常緑(じょうりょく)受ける、ってなったら、あんまり他に目をやってなかったっていうか」


 待て。


 O地区に関係がある人間が、何故か、この周辺に集まってるだけじゃなく。


 それが、そんなに多くもない、プロテスタント系の高校に集まってるってことか?


「優将の志望動機も、うちの母親の勧めだよねー」


「…ま、そんなとこ」


 あ、まただ。


 『いる』。


 優将そっくりの、男の子が。


 正直、今日は怖かったので、それを見ない振りをして、そそくさと帰った。 


 その男の子の存在が、と言うより、()()()()()()()()()()()()()()()()ような感覚が怖い。


 男の子が、俺の後について来てるかどうかは、確認する勇気がなくて、後ろを振り返らなかった。


 和綴じの本も、何だか、開くのが怖くなってしまって。


 その日は、さっさと風呂に入って、寝た。






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