妖怪:Apparition's Evidence.
※今回、構造上、二つの視点で書きます。
明日は瑠珠とカラオケだ。明後日は誕生日。結構楽しみ。
それでも、洗濯用洗剤が切れるときは切れる。
まぁ、仕方がないか。私が十七年前の明後日に生まれたってだけの話だから、私にとって、どう特別な日だろうと、そういう所帯染みた支障は出てくるよね。
こういう現実とのギャップも大事だよね。誕生日ぐらいで舞い上がってるって思われるのも、癪ではあるし、受け止めて、ちょっとでもフィルターを薄くしてかなきゃ。
面倒臭いけど、洗剤を買いに出ないと洗濯は出来ない。
通販に頼る程、店も遠くないし。
夏って、すぐ乾くから、気軽に洗濯干せちゃうけど、その分、洗剤の減りは早いってわけね。
結構適当な格好だったけど、そのまま買い物に出た。
Tシャツとジーンズに、ミュール。
後になってから、紫外線対策とスーパーの冷房避けに、上着でも持ってくれば良かったかな、とか思った。
ついでに、ボディーソープの詰め替え用を買った。
特売の風呂場用洗剤に、ちょっと迷ったけど、あんまり重くなるのも嫌だったから、買わずに店を出た。
それにしても、結構暑い。
夕方だっていうのに、相当明るいし。
公園の近くまで来たところで、自動販売機の『冷た~い』の文字が目に入った。
ちょっと休んでいこうかな。
汗ばんだ首筋に、手を当てた。
髪の毛が、ちょっと張り付いてる。
髪、結べばよかったかな。
『冷た~い』スポーツドリンクを一本買って、公園の入り口から見える、東屋の下のベンチを目指した。
――――――――――
『もくせい公園』?
『木星』?いや、『木犀』だろうか。
入り口付近に、金木犀の木が、生垣のようになって生えていた。
咲いたら相当香るだろう。
この辺りまで来るのは初めてだった。
相当歩いた。
歴史さんが、舌を出して、ハァハァと息をしながら、体温調節をしている。
水道で、水を飲ませてやろう。
そう思って、公園の中に入った。
歴史さんに水を飲ませてから、自分も、持参したスポーツドリンクを飲んだ。
温い。
随分日が長くなったもので、夕方だというのに、まだ明るい。
学校から帰ってすぐ着替えて出て、一時間以上は歩いたはずなのだが。
あれから、絆のお母さんの言ったように、翌日には、絆は、いつもの絆に戻っていた。
吹っ切れたような笑いは、見ていてちょっと辛いものがあったが。
でも、何だかよく分からないが、すっきりしなかった。
結局、何だったんだろう。大町ヒヅル…。
何だか、散々俺の周りを掻き回してくれたような気がする。
今頃になって、腹が立つような、変な感じがした。
俺がふられたわけでもないのだが。
更に翌日になっても気分がすっきりしなかったので、思い切って、散歩と称して、遠くまで歩くことにした。
頭が煮詰まったら、体を動かす。
運動不足も思考の敵。
そういう考え方は、母親似だと、自分でも思う。
それにしても、思ったより歩いてきてしまった。
ちょっと疲れを癒そうかと、東屋の下のベンチに腰掛けた。
住宅街の中の公園らしく、小さい子が何人か走り回っていた。
元気だなぁ。
日除けには、なかなか良い。
日陰と、そこを通り抜ける風には、それなりの清涼感があった。
東屋から、花盛りの木々が見える。
濃い緑の葉の上で、小さな白い花が沢山、星のように咲いている。
何の花だろう。見たことはある気がする。
歴史さんは、俺の足元で寝そべっていた。
疲れたらしい。
背中の毛皮を撫でると、満足そうに、シューっと音を出して息を吐いた。
日暮れまで涼んでいこうか。
心の中で歴史さんに語り掛け、蚊に刺されないように祈った。
――――――――――
それにしても、やってくれるよね、妖怪・恋乙女。
一昨日の電話の後から、日出は学校を休んでる。
まぁ、ショックだったんだろうけど。それって、自主的四連休じゃない?
月曜日には出てきなさいよね。
自業自得ではあるんだし。
回想の中で、日出の涙声が耳に纏わりついてくる。
「どうしよう…茉莉花ぁ」
「ど、どうしたの日出?」
慌てて電話を取ったら、結構心拍数が上がってた。
「…やっぱり、日富君、ふっちゃった」
「へぇ?!」
つい数時間前に、それについての悩み事相談受けたはずなんだけど。一体どういう展開の仕方?
要約すると、やっぱり、どうしても堪えきれなくて、あの後タカラの家の近くまで行ったらしい。
―――暴走。
すると、そこで、ヒトミちゃんに見付かったらしい。
そこで、告白されて、『私、実はフルハタさんが好きなの』とかなんとか言ってふったらしい。
―――一番マズいふり方じゃない?
相手方の友情にしこりを残す上に、相手を利用してた事実を突き付けるようなもんじゃないの?
そこに、何だか、犬を連れたタカラが現れて、雰囲気最悪になったらしい。
走り去るヒトミちゃん。
犬の暴走で散歩を続行するタカラ。
途方に暮れて、ヒトミちゃんちの前で立ち尽くしていたら、ヒトミちゃんのお母さんらしき人が来たので―――結局、走ってその場を逃げてしまったらしい。
どうしよう、って言われてもねぇ。
こればっかりは、どうにも。
「私、諦める」
「え?何を?」
「やっぱり無理かも、フルハタさん。こんなに他の人を傷付けてまで頑張るのも、良くないよね」
「…んー、そっかぁ…」
その台詞に自己陶酔の臭いを感じるのは私だけ?
いや、ヒトミちゃんを利用してた時点で、傷付ける結果は目に見えてたじゃない?
これだけ周りを掻き回しておいて、自己完結か。
ホント、やってくれるよね。
「ごめんね。ごめんね、茉莉花」
いや、今更、しかも私に謝られても…。
でも、そんなの言ったら、話も長くなりそうだし。
腹が立つというよりは、何か呆れたし。
私が正論振り翳して怒る義理も無いし。
結局、こういうのって話聞いてほしいだけなんだよね。
「いやいやー、まぁ、そういうこともあるよ」
ホント、あるから困るんだけどね。
そんなこんなで、ほどほどに慰めて電話を切った。
やってくれるよねー。妖怪・恋乙女。
思い出しても、もうなんだか微妙な気持ちになりながら、東屋に到着した。
大体さ、そりゃ、あの合コンがきっかけでカップル出来たらいいな、とか思ってたけどさ。
何で、ここまで拗れるの?!
あ、あれ?先客有り。犬連れか。ん?
――――――――――
ぼんやりと、そのまま座っていると、入り口の方から、颯爽と、こちらに向かってくる人影が見えた。
“Dolly Jasmine”?…じゃなかった、茉莉花嬢?
「え?何してるの?こんなとこで」
「あ、いや、―――犬の散歩」
思い掛けない人物に会ってしまった。
次の瞬間。
市松人形のような、紅い着物を着た、小さな、黒い髪の女の子が、目の端に見えた。
顔は、…茉莉花に似ていた。
女の子?初めて見るな。
しかし、その子は、俺が『認識した』と思った刹那、フッと茉莉花と姿が重なって、見えなくなった。
――――――――――
犬の散歩用のリードを持って、東屋の日陰に座っている、どこかで見たような人影は、タカラだった。
うわ、まさか、ここで渦中の人物に会うとは。
こういうことってあるんだ。
「え?家この辺?」
「…いや、違う」
タカラは、歯切れ悪そうに、ここから、電車の駅だと一駅だけど、歩いたら結構な距離のある地域の名前を言った。
さ、散歩ってそんなにハードなの?
動物って、いつか何か飼ってみたいけど、私が飼うなら、あんまり散歩が要いらないような生き物にした方がいいかも…。
それにしても、妙に愛嬌のある顔した犬。
可愛い。
名前は「ツネフミさん」というらしい。
雄?
「さん」も名前に入ってるのかな。
「あはは、何かこの犬、ヒトミちゃんに似てるね」
近寄って、私も東屋の影の中に入った。
私を見上げているツネフミさんの目が、何だかキョトンとしていて、疎らの長さの毛が、中途半端にボサボサしているのに、妙に可愛い。
ヒトミちゃんを思い出す。
…嗚呼、気の毒に。
そう言えば、一番最初って、本屋で『偶然』会った日出とタカラが、一緒に『ハレルヤ』に行ったところから始まったんだったな。
聞いてみようかな。
「…ね、そう言えば、日出と『ハレルヤ』行ったって、ホント?」
――――――――――
「あはは、何かこの犬、ヒトミちゃんに似てるね」
そう言われればそうか。
普通飼い主に似るとか聞くのにな。
俺は、ヒヅル嬢にも似てると思うけど。
ああ、そうして見ると、同系統の目をしてるような気もする。
…嗚呼、それにしても、ヒヅル嬢か。
憂鬱な名前を思い出してしまった。
「…ね、そう言えば、ヒヅルと『ハレルヤ』行ったって、ホント?」
――――――――――
「――あのケーキ屋の?」
タカラに、物凄い渋い顔をされてしまった。
「あ、うん。美味しいけど、内装が凄い所」
「…行ったには行った」
おおー、ほぼ想像通りの反応。
迷惑そーう。
やっぱり、タカラは喜んでは行ってないな、こりゃ。日出が、あの暴走状態でケーキ屋に連行したんだ。
――――――――――
女の人目線でも、あの内装は凄いのか。
それを聞いたら、ちょっとホッとした。
あの内装に関しては、茉莉花と俺の感覚は、それ程かけ離れてはいないようだ。
「そっか。大丈夫だった?結構、あのお店、キツかったんじゃない?」
…よくぞ言ってくれた。ああ、キツかったとも!
「…花柄の布と白い壁の中で、制服の俺が一人だけ浮いてたよ。書店で会ったら、急に鞄引っ張って走り出して。ケーキ屋に行く事になって。雨は降るし。何か大町さん、ケーキ残して先に帰ったし。それで、合計四つケーキを食べた」
たどたどしく、順序もバラバラだったが、思わず愚痴を言ってしまった。
やはり、あの件は、俺にとって、結構なストレスだったらしい。
茉莉花は、憐憫の情をあらわにした目で俺を見た。
やってきた茉莉花と俺を交互に見ながら、珍しく御利巧に座っていた歴史さんは、茉莉花を敵ではないと判断したらしく、再び俺の足元で寝そべった。
茉莉花は立ったままだった。
俺だけベンチに座っているのも悪いが、この位置に歴史さんがいたら、微妙に動けない。
席を譲るのも何と無く憚られて、俺は、結局そのまま座っていた。
――――――――――
う、うわー…やっぱり。
タカラは、何だか青ざめた顔をしてる。
気の毒…。ほぼ予想通りの回答だった。
「…んー、四つかぁ。いくら美味しくても四つは厳しいね」
「…厳しかった」
何て言い様もないよね。もう、ご愁傷様とか言うのも悪いし。
「あ、でも、あそこって、女性同伴じゃないと駄目だよね?まぁ、店側も、追い出しはしないだろうけど。残ったケーキどうやって食べたの?お持ち帰り?」
「―――あ!お持ち帰りって手があったか!」
俯き加減だったタカラの首が、弾かれたみたいに上に向いた。
いやいや、だって、無理してその場で全部食べることないじゃない。
本当に、そこには思い至らなかったらしく、タカラは、ガックリと肩を落とした。
いやいや、気持ちは分かるけど。
誰でも、そういうことあるよ。
もう、何か痛々しいな。
「え?店で一人で食べたの?」
「…いや、何だか偶然、伊原さんが店に来てて。そこで、同席して、俺が食べ終わるまで待っててくれた」
…伊原さん…て…。
えーーーー?!瑠珠が?!あの瑠珠が?!
どんな気紛れ起こして『目の前にいる男が食べるのを待っててやる』なんて行為を!
…いや、あの瑠珠がそこまでするって…やっぱり、瑠珠もタカラのことを…?うわー、日出の勘、大当たりだったってこと?
私は、努めて動揺を隠して、探りを入れてみた。
「そうなんだー。…あ、最近、瑠珠に会った?」
「ああ、そう言えば、なんだか最近よく会うな。駅まで一緒になったりする」
…んー?あの瑠珠が、『駅まで一緒に』かぁ。
誤報じゃなかったか。
いやぁ、凄いね日出。
軽くストーキングしてただけはあるね。
そりゃ私でも、何かある、と思うわ。
取り敢えず、ベンチの上に荷物を置いて、ペットボトルを開けて、グビグビ飲んだ。一気に半分くらい飲めた。こりゃ、意識してないだけで、結構喉乾いてたんだわ。
しかし、思い込まれたもんだねタカラさん。何でまたそんなに、ってぐらいだね。
んー、まぁ、正直、良い顔だとは思うけど、そんなに入れ込まなくてもねぇ。そりゃ、いるけどね、インテリに弱い女ってさ。分からないでもないし。
それにしてもまぁ。大変だったねぇ。
何と無く、一昨日の瑠珠との電話が思い返された。
『私ね、暴力を振るわなくて、借金しなくて、保証人にならない人がいいな』
お。そういうこと?
あー、何かね。ちょっと分かった。
タカラって、女の子の『誠実な人と結婚して平和な家庭を築きたい』みたいなお嫁さん幻想を刺激するのかもしれない。
それって、女の子の打算の最上級形なんだよね。
斯く言う私も持ってる願望だもん。
私の場合、それを、ちょっと変形させた感じで、慧に向けてたわけなんだけど。
んー。分かった分かった。
そういう目で見たこと無かったから分からなかったけど、こうしてみると、如何にもタカラって、浮気しなさそうで、堅実な職業に就きそうで、安定した生活を保障してくれそうだもんね。
おまけに、顔も、こうだし。
人中が短いし、鼻も、しっかりしてるって言うか。
眼鏡取ったら、相当良いんじゃないかな。
これは、夢を見るなって方が難しいかも。
瑠珠みたいに、波乱万丈の環境で過ごしてきた子とかには、言い方悪いけど鴨葱だわ。
これで、逆に、優将が今回、思ったより人気無かった理由も分かった。
あれだね、遊ぶには良さそうだけど、『一緒にいても未来が見えない』って判断されたのかも。見た目で。
…あー、幼なじみのことも、そういう目で見たこと無かったから、分からなかった。
うわー、痛い。もしそうなんだったら、私も、全然人のこと、言えないもん。私ときたら、大昔から、それだけの為に頑張ってきたようなところがあるから…。
やっぱり、一方的にそういう風に思い込まれるのって、大変なんだ。
鏡で自分の姿を見てるような気持ちになって、私は、大きな溜め息をついて、髪を掻き揚げた。
さっきまでは別に気に留めてなかった、公園内で遊ぶ子供達の声が、ふと気になった。
ああ、楽しそうだな。
でも、君達も、十年するかしないかのうちに、こんな、しょーもない話で、真剣に悩むようになるのかもしれないんだよ。
――――――――――
何となく会話が無くなった。
茉莉花は、気の毒そうな顔をしたまま、頬にかかる髪を、ペットボトルを持っていない方の手で梳いて掻き上げた。
頭から肩に従う体の線に沿って、するりと黒髪が落ちた。
茉莉花の、白いTシャツとジーンズの組み合わせの服装が、妙に爽やかに見えた。
俺と、そんなに違う格好はしていないはずなのに、全然違って見えた。
「まぁ、そんなこんなで、ケーキ屋の件は、結局何だか、よく分からなかったんだけどな」
歴史さんが欠伸した。
カパーっと開けた、縁が黒い口を閉じると、牙が軽く合わさるような、ピチッという音がした。
本当に、何でこんなに、ややこしいことが重なるんだろう。
――――――――――
あー、自分のそういうのは鈍いんだ、タカラって。
相手の、品の良さそうな顔の眉が、ふにゃりと八の字になった。
いや、まぁ、恋の修羅場が、そこにあったとしたらね?日夜もう銃撃戦とかあって、普通に広場に地雷とか埋めてあったりするような感じの場所でね?でも、その戦闘地域にタカラもいた、みたいな感じなんだよ。
…まぁ、分かんないなら、その方が良いよ。
結っ構ー凄かったもん、あれ。
友達の恋心を代弁してやるほど、私も厚かましくは無いし。
本人が言わないって決めてるものを、私が穿り返したって、ややこしいことになるだけだし。
顔の横を擦れ擦れに銃弾が通ったって、気付かないなら、本人にとってそれは無かったことと一緒なんだし。
でもまぁ、通じるかわからないけど、遠回しにでも生活上の注意はしてあげましょう。
あなた、ソフトにだけど、ストーキングされてましたよ。
いや、友達の名誉の為に、そこは言わないけど。
「…ね、妖怪・恋乙女って知ってる?」
――――――――――
「いや。新種の妖怪か?」
父親の職業上、妖怪と言う存在に親しんでいる方の高校生だとは、自分でも思うが、『妖怪+恋+乙女= 』という、聞いたこともないその結合語は、逆に興味引かれる名前だった。
「そうねー、発見されたのが最近ってだけで、太古の昔からいたんじゃないかと思うんだけど」
そもそも架空の物に対して、発見も何もないとは思うが、名前を聞いても全体図が浮かんでこないところがまた、興味をそそられた。
「へー…どんな妖怪?」
純粋に、民俗学的にも興味がある。
「性質としては猪に似てる。猪突猛進ってやつ。思い込んだら、ターボエンジンでも搭載されてるんじゃないかって速度で突っ走って、壁にぶつかるまで曲がれないの。曲がったとしても、大抵は、ぶつかった後に直角に曲がるもんだから、基本的に目的地と違う方向に進んじゃってるんだけど、ぶつかった痛みに混乱しちゃって、軌道修正なんか出来ないの。そこに、冷静な判断力なんて残ってないのに、なけなしの思考力で、考え得る限り最良の手段でかかっていこうとするから、打算と淡い期待にまみれた行動が、傍から見てて痛々しいくらいなんだけど、基本的に自分が中心だから、周りを巻き込むの。でもその時は自分を正当化する自分なりの理論で心を守っちゃってて、悪いと思っても裏目に出る行動をしちゃうの」
よくは分からないが…聞くだに恐ろしい妖怪だ。
――――――――――
「…何だか物凄いな」
「でしょ?怖いよー」
でもね、タカラ、もう、遭遇しちゃったんだよ。
大分涼しくはなってきたけど、東屋の中の日陰が濃くて、まだそれだけ日光が強いのかと思ったら、何だか、東屋の下のベンチの更に下に入っているツネフミさんが、一番賢いんじゃないかと思えてきた。
暑いねぇ、ツネフミさん、毛皮着てるもんねぇ。
――――――――――
「どんな外見?予想図とかあるのか?」
我ながら馬鹿な質問かと思ったが、茉莉花は言い難そうに頬を掻いた。
「…んー。見たことあると思うんだけど」
――――――――――
「…悪いけど、妖怪の類を見たことはないな」
うん、そんな幻想的なもんじゃないよ。
「―――女の子はね、恋をすると、妖怪になるの」
――――――――――
我が耳の違いか?
「…恋をすると綺麗になるとかいうのは?」
「迷信の類じゃない?」
妖怪の方が迷信の類だと思うのだが。
つまりは、妖怪・恋乙女というのは、恋をしている乙女の状態を形容しているのか。
――――――――――
「…何だか物凄いな」
「でしょ?怖いよー」
だから、タカラ、見たことあるっていうより、被害に遭ったことがあるんだってば。
「気を付けたほうがいいよ」
気を付け様もないんだけどね。
まだ明るいけど、子供の声がしない。
夕方になったらしい。
私は、残りのスポーツドリンクを飲み干した。
「じゃあ私、そろそろ帰ろうかな」
「おお」
振り返ると、茉莉が、沢山の花を咲かせてた。
ああ、もう夏なんだ。
最近の学校の冷房とかで、季節感は変になってたけど。
そうだ、私の誕生日だもんね。
夏だ。
「綺麗な花だね」
「…ああ、名札があるな。あれ、素馨っていうのか」
「うん。そう。あれ、ジャスミンの一種。茉莉。今頃咲くの。ほら、木犀公園でしょ、ここ。素馨って、木犀科ジャスミン属なの。私の名前の花」
タカラは、私の言葉を聞いて、「へぇ」と、感心したような声を出した。
そういうのも、里歌さんから教わったんだった。
白い花が、急に記憶の扉を叩いた。
里歌さんの顔を思い出して、何と無く、今日発覚した、フィルターの原因の核のようなものが、胸の中で、切なく疼いた。
私のは、恋っていうより、幸せになりたいっていう打算にまみれた―――依存なんだ。
何だ、―――私だって、妖怪じゃないか。