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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第四章
18/93

失恋:The Mook Love Story.

 though(それ) of() course(勿論) I(私が) should(一番) LIKE(なり) to(たい) be() a() Queen(女王), best().

 夕方、俺は歴史(つねふみ)さんと散歩に出掛けることにした。


 散歩となると、歴史(つねふみ)さんは嬉しがって、縄を解くまで待てない様子で、狂喜乱舞し始める。

 それが逆に、縄を解き(にく)くしていて、散歩に行く時間が遅くなるというのに。


 それでも、その様子はひどく微笑ましい。尻尾の動きがプロペラのようだ。


 ビニール袋とスコップを持って出ると、こちらに走ってくる二つの人影があった。


 歴史(つねふみ)さんの歩みが止まり、一瞬、怯えた様子を見せた。


 そして、そのうちの一人に、撫でてもらおうとして、また、小躍りを始めた。


「お、絆。…大町さん?」


 微妙な組み合わせだ。

 何で、ここに二人がいるのか。


 うう、()()


 絆が、見たことも無いような顔をしている。


 全部の負の感情がごちゃ混ぜになったような、凄まじい顔だ。


 大町さんの(ほう)は、嘆願するような目で、こちらを見ていた。

 ()()


 歴史(つねふみ)さんの動きが止まった。

 絆に構ってもらえないということを察知したらしい。


 合計六つの、黒丸い、潤んだ目が、俺を見ている。


 ―――――この状況は、なんだ?


 しばらくしたら、絆が走って、自分の家の中に入ってしまった。


「あ、おい、絆?!」


 追い掛けたが、間に合わなかった。


 歴史(つねふみ)さんは、散歩が続行されたと勘違いして、俺と一緒に走った上に、速度を上げだした。


 結局、日富家の前を通り過ぎてしまう。


「お、おい、待て待て!歴史(つねふみ)さん!」


 ヒヅル嬢は、その場に立ち尽くして、俺を見ていた。




 …んー。



 いいや、このまま散歩に行ってしまえ。関わるのも面倒だし。

 ()()し。


 俺も速度を上げた。


 歴史(つねふみ)さんは、更に速度を上げた。

 歴史(つねふみ)さんだけが、物凄く嬉しそうにみえた。






 散歩から帰って、絆に会いに行ってみた。


 我が家より広い、立派な家。


 そもそも、何代か前に近畿方面から来て事業を起こし、土地を買いあさって地主になった一族の分家らしく、元々、土地持ちなのだ。

 絆の家が経営している駅前のコンビニも、親戚の持ち物の駅前の物件を遊ばせておくのも、ということで、テナントとして入れたのが始まりで、業種としてはフランチャイズでも、経営は完全に身内経営である。

 地主で駅前の物件を持っていると、身内を使ってコンビニを経営しがちらしいが、あまり商売を広げ過ぎず、駐車場経営や身内経営で留めるのが、派手には儲からなくても、長い期間、土地を管理運用出来る秘訣なのかもしれない。


 俺は管理運用するほど土地も持っていないが、一人っ子なので、今住んでいる、比較的駅近の戸建てを相続するかも、と考えると、参考程度には覚えておこう、と思う次第である。


 しかし、家の立派さから考えると、庭の管理は結構甘い。

 生垣の近くで、あちこち葉を枯らしたノウセンカズラが、夕焼けとよく馴染む色の花だけを綺麗に咲かせながら、どこか、だらしない感じで、ぶら下がっている。


 うちの家は、母親の合理主義が原因で、人工芝で庭を埋め尽くして、木の一本も植えていないから、その点、管理は楽であるが、隙が無い、と言うか、あれほど住人の性格が出ている庭も珍しいと思う。


 門から入って、ブリティッシュガーデンにしようとして失敗したような感じの庭を通り越し、チャイムを押す。


 そう言えば、俺の方から日富家に出向くのは久々だった。




「あら、高良君、来てくれたの?」


 玄関に入ると、何処かで嗅いだ、花の香りがした。


 出迎えてくれた、いっそ縁起が良さそうなくらいの、ふくよかで色白の中年女性が、クリッとした黒い目を細めて、にこっ、と笑った。


 所々(ところどころ)、金茶色のメッシュの入っている短い髪に、何本か白髪が見えた。


 絆のお母さんだった。

 珍しく家にいるようだ。


「上がってって。もう、何だか知らないけど、絆、部屋から出てこないのよね。寝てる風でもないし。何かあったの?あんまり拗ねたりする子じゃないんだけど」


「…お邪魔します」


 あの様子だと、何かあり過ぎるぐらいの事態が、あの二人の間にあったのではなかろうか。


 聞くのも怖いな、とは思いながらも、真直ぐ、二階へと続く階段の方へ進んだ。




「おい、絆」


 ドアをノックした。


「どうした?絆」


 返事は無かった。


「絆?」


「―――――ごめん、眠いんだ。帰って、高良」


 明らかに涙声だった。


「…分かった」




 絆が会ってくれなかった。


 こんなのは初めてだった。


 鍵のついているような部屋ではないけど、無理に入る気にはなれなかった。


 階段を下りていくと、リビングに通じるドアから、絆のお母さんが出てきた。



「どうだった?」


「あー、…眠いそうです」


「あらー。ね、高良君。お茶飲んでいきなさいよ」




「いただきます」


「はい、どうぞー」


 日富家が経営するコンビニの商品と思しき、ロールケーキが、かなり厚めに切り分けられて、紅茶と一緒に出された。


 …こ、この半分くらいの厚さでいいんですけど。


「遠慮しないで食べてねー。絆の分は残してあるから」


 そう言えば、絆は甘党だった。


 それにしても。

 女の人にケーキを勧められる。

 このシチュエーション。


 あのケーキ屋での一件が、軽いトラウマになっているのだろうか。

 怖いことが待ち受けているような、微妙な気分になった。




 あの店、絆だったらそんなに浮かなかったんじゃないだろうか、などと思いながら、一口食べる。

 こうして見ると、何故か絆のお母さんが、ヒヅル嬢に似て見えた。


 まさか。体格が違い過ぎる。


 いや、色白加減と、目の感じのせいか?




「ね、あの子、ふられたんじゃなぁい?」


「えっ?」


 俺は、思わず、手にしていたフォークを取り落としそうになった。


「さっき、帰ってきた時にね、常緑(じょうりょく)の制服着た女の子が、家の前に立ってたのよ。心配そうに、うちの二階の窓辺りを見上げてね。ちっちゃくて、ちょっと可愛い子だったわぁ。私に気づいたら、走って帰っちゃったんだけど」


「…へー」


「どうしたのかな?とか思ってたんだけど、何か様子おかしいしねぇ。大方(おおかた)、その子に、ふられでもしたんじゃないかと思うのよね」


 …そうなのかも。あの雰囲気は、そういうことだったのかもしれない。


「高良君なら、何か知ってるかと思ったんだけど。高良君とも会わないんじゃ、重症ねぇ」


「…はぁ」


 どうにも、複雑なことになっているらしい。


 心言(みこと)も大町さんと付き合いたいようなことを言っていたが、彼女、結構もてるんだな。


 俺には時々、歴史(つねふみ)さんに見えるのだが、それは、可愛いということなのかもしれない。


 俺は、外見というより、彼女の言動について、そこまでの高評価はしかねているので、『一番可愛い』かどうかは置いておくとして。


 美醜なんて総体的な評価なのだから、首長族の中にいれば全員、首の短い不細工になるのだろうし、絆や心言(みこと)にとって可愛く思えれば、彼女が、あの中で『一番可愛い』にもなり得るのだし。


 それにしても、いつの間に、そんなことになっていたやら。




「まぁ、お腹空いたら出てくるわよね」


 …そうだといいですが。


「この前も、うちの子、高良君に、ご飯作ってもらったんだって?いつも有難うねー」


「いやいや」


「ホント、うちの子も、高良君くらいしっかりしてくれるといいんだけど。あの子もね、高良君が羨ましいんだと思うのよ。背は高いし、成績は良いし、面倒見は良いし、って。いつも高良君の話が出るもの」


 一瞬、視界がキュッと狭まるような、不思議な感覚に襲われた。


 …絆、そんな風に?


「…いや。違うんです」


「え?」


「羨ましいのは、本当は俺なのかもしれないです」


 俺は、会話するのが、あんまり上手くない。


 どちらかというと感情表現に乏しいらしい。


 アドリブが下手だと言ってもいい。


 感情を、それほど出さないせいで、良い風にも悪い風にも誤解されやすい。


 絆みたいに、人とすぐ打ち解けたり、場を盛り上げたりすることも、他人を頼って、素直に甘えたりすることも、上手く出来ない。


 俺は、少しも、しっかりしてない、と、自分では思っている。

 出来ない事の(ほう)が、本当は多い、と。


 だから、絆が持っている雰囲気や、開けっ広げな感情に救われることが、よくある。


 その絆が、今日は部屋にも入れてくれないくらい、元気をなくしている。


 実は、その事実に少なからずショックを受けている自分に気付いた。


「仲良いのね。あの子、明日には笑ってると思うから。これからも、仲良くしてやって」


 黙ってしまった俺に、絆のお母さんは微笑んだ。




「御馳走様でした」


「いいえー、また来てね」


 帰り際、リビングの棚に、見慣れない、スポイトが蓋についたような形の、小さなボトルを数個発見した。


「?これは?」


「ああ、アロマエッセンスよ。最近ちょっと凝ってるの。カモミールの香りとかね」


「へぇ…」


 “LAVENDER”や“ROSEMARY”と書かれたラベルのボトルの中に、“JASMINE”のラベルがあるのが目に入った。


 ジャスミンか。

 …ああ、あの花の香り。

 ()()()、自分の名前の香りを付けてるのかな。


「見てもいいですか?」


「あら、興味があるの?どうぞどうぞ」


 何となく、ジャスミンだけ見るのが変な気もして、隣のボトルも取った。


 裏側に、効能等が書かれている。


 何だ?“EUCALYPTUS”って。ユーカリ?プテス?ああ、『ユーカリ』か。葉からエッセンスを抽出したものらしい。


『ユーカリ…比較的清涼感がある香り。意識を明晰にし、集中力を促す。強い消毒効果、抗炎症効果、殺菌効果、風邪予防、花粉症治療に利用される。※刺激強。高血圧、かんしゃく症使用中止。』


 ユーカリってやっぱり、あの、オーストラリアとかにある、あれか?


 なかなか興味深い。


 ジャスミンのボトルの裏側も見てみた。ボトルからは、やはり、覚えのある香りが、仄かにした。


『ジャスミン…エキゾチックで魅惑的な香り。甘く優しく、きわめて官能的な気分にさせる。古くから、インドやアラビアなどで知られており、人々から好まれてきた。不安、自信喪失、抗うつ症状、男性生殖器不調、生理痛、催淫作用適応。※妊娠中は使用禁止。』


 …何故か、不思議と納得のいく効能だった。


 俺は、二つのボトルを、元の位置に戻した。


 知っている女の子の顔が、こういう時に浮かぶのは、何だか不思議だ。


 人形(にんぎょう)()みた顔の、黒髪の。




 あ。


 『いる』。


 男の子の顔が、俺を見上げていて、目が合った。


 何か言いたいのだろうか。


 …早く、崩し字の本を解読した(ほう)が良いらしい。






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