恋愛相談:The shop seemed to be full of all manner of curious things.
So she set to work, and very soon finished off the cake.
何だかんだで、七月に入っちゃって、もうすぐ私の誕生日だ。
十七歳。
早いもんだなー、なんて思う。
でも、誕生日終わったら、一週間もしないうちにテストだ。
テストが終わったら夏休み。
塾とか行った方が良いのかな。
そもそも、何になりたいのかと言われたら、よく分からないし。
中学校卒業するギリギリまで、「お嫁さんになりたい」で通してきたし。
現実感がないにも程があるよね。
…志望高校も、あんな決め方しちゃってさ。馬鹿だな。
ああ、また。
フィルターかけて現実を見ちゃってるんだよね。
大分フィルター薄くなってきたな、とか思ってたんだけど、まだまだみたい。
今日は日直だった。
一緒に日直するはずだった湯田ちゃんは、夏風邪引いて休んでたから、結局、一人で日直をやることになった。
うちのクラスは、繰り上げて日直をやる習慣がないから、代わりに誰かが一緒にやってくれる、ってことはない。
まぁ、死ぬほど忙しいってこともないし。風邪引いちゃうのも分かるし。
七月に入ってかなり暑くなったけど、今は、冷房のお陰で寒いくらいだもん。
冷暖房完備っていうのが、うちの学校の売りだから。
制服にしても何にしても、ホント、私立って生徒集めに苦労してるんだろうな、と思う。
ただし、生徒が温度設定出来ないことになってるから、寒かったら、夏服の上から学校指定のセーター着用が許可されてて、校則もなんだか意味分かんなくなってきてる。
冷房がイマイチ効かない時も、操作元の職員室だけはキンキンに冷えてて、何で設備管理費まで月謝で取られてるのに、この不公平が成り立つのかが分からない。
こうして、夏が近づくほどに季節感を失っていく現実。
教室の中と外の、この温度差。
体には良くなさそうな現実だね。
こういう微温湯で、私はフィルターを厚くしていってるのかな。
結局あれから半月くらい、慧の家に行ってなかった。
昔は里歌さんが、お誕生日ケーキとか焼いてくれたりしたもんだけど。
今年の誕生日は、それはないかも。
だから、私の誕生日を、カラオケでオールして向かえよう、という瑠珠の提案に飛び付いた。…こういう時に、瑠珠のお姉さんの学生証使ってるの、内緒。
誕生日は土曜日だから、金曜日の夜から行けば、一晩遊んだ後だって、まだ土日がある。
「この前の歌い直しね」と言って、瑠珠は笑った。
「うん。テスト前だし、遊びおさめ」
私も笑った。
何だか、最近、瑠珠は機嫌が良い。
日直の仕事は、瑞月と日出が手伝ってくれたから、思ったより早く終わった。
別に用事も無かったし、二人には先に帰ってもらって、生物の課題をやってから帰ることにした。
こういうのって、気分だよね。誰もいない教室でやるのも、結構はかどるし。
文系選択なんだけど、生物は、ちょっと得意。
今、授業でやってる範囲は『遺伝と変異』。
血液型とか伴性遺伝の遺伝の仕方って結構解くの面白いんだ。
DNAの塩基も、組み合わせ覚えたら面白いし。
“ART GRAPHIC”って言葉の、それぞれの単語の最初と最後のアルファベットに当て嵌めて覚えて、AとTが対、GとCが対、って覚えると、たまに、面白いぐらい塩基配列が分かる。
DNAがRNAになった時は、TのところをUにすれば…。
「茉莉花…」
生物の課題を解くスピードが相当のってきたところで、いきなり背後からか細い声に名前を呼ばれて、私は驚いて、消しゴムを落とした。
「―――あ、日出。帰ったんじゃなかったの?」
私は、消しゴムを拾いながら、俯いてる相手の顔を覗き込んだ。
窓からの日光の照り返しで、ますます白い、その顔の、潤んだ瞳からは、今にも涙が落ちそうだった。
「どうしたの?」
「―――――どうしよう茉莉花」
急に、しゃっくり上げて泣き出す日出を、取り敢えず近くの椅子に座らせた。
しばらく、そのまま放っておいて、落ち着くまで泣かせた。
どうにか落ち着いて、話し始めた日出の言葉に、私は度肝を抜かれた。
「私、フルハタさんが好きなの」
「えー!?いつの間に、そんなことに?!」
要するに一目惚れらしい。
ああ、そういう話か。
そういうの、時間は関係ないって本当なんだ。
経験したことはないから、あんまり信じてなかった。
「だってだって、凄く頭良さそうで、背高いし。あんまり喋らないけど、タクシー代出してくれたりとか、優しいし。でも、どうしても、合コンの日は連絡先聞けなくて。何か、凄く会いたくて。フルハタさんならどこに行くかな、一緒に行くならどこかな、何て考えながら、何となく、学校帰り、街をぶらぶら歩いてたの」
…重症みたいだなー。
聞いてるだけで耳が痒くなりそうだけど、何とか堪えて聞いた。
頭が良さそうっていうのは分かるけど。
背が高いって言ったって、日出からしたら、ヒトミちゃんだって高いと思うし、優しいっていうより、タカラにとっては、それってマナーの範囲かもしれないし。いや、優しいは優しいんだろうけど。
基準の良くわからない、近視眼的な賛辞が、私の『タカラ』像と微妙にズレてて、ちょっと気持ち悪い。
――――フィルター発動?
そりゃ、この子のことを言えるような立場じゃないんだけど、他人のを客観的に見ると結構キツいなー。
「そしたら、駅の近くの本屋で偶然会っちゃって。参考書とか、問題集のコーナー!もう、ビックリ!」
…いや、行きそうな場所を想定した上でウロウロ歩いてたんなら、偶然っていうより、そこそこ確信犯的なんじゃないの?
だって、紫苑高校の生徒が学校帰りに行きそうな本屋って、その辺だと思うよ、私だって。
しかも、いかにも参考書コーナーとかいそうじゃない?タカラって。
遭遇率は結構上がるよね?
それは、ビックリするところかな?
いや、違うかな?会いたいな、と思ってたところに、会えたことが重要なのかな?
考えれば考える程、後付で運命的にされそうなその出会いに、我慢して突っ込みは入れなかった。
「そ、それでね、凄く嬉しくなっちゃって、一緒に『ハレルヤ』に行きませんかって、誘ったの」
「え?…『ハレルヤ』に誘ったの?」
え?あのケーキ屋に誘ったの?
――――男子を、いきなり誘うには、かなりハードルの高い内装じゃない?
引かれちゃったりしないといいけど…。
だって、男性は女性同伴じゃなきゃ入れない、思いっきり女性向けの店じゃん。可愛過ぎて、一人じゃ、あそこ入りたくない人もいるんじゃないかと思うんだよね。
「うん。だってね、絶対、彼氏と一緒に行ってみたいお店だったの。甘いもの好きだって言うし。本屋からも近いし」
いや!ストップ!ストップ!
まだ彼氏じゃないって!しかも、別に、そんなに本屋から近くないよ『ハレルヤ』!結構裏路地行ったところにあるし!
私の突っ込みは間に合わなかった。
日出は、夢の中にいるような顔をしてる。
「それでね、行ったら雨が降り出してきちゃって。雷とかも鳴ってて」
本当に、誘われたからって、タカラがケーキ屋とか行くのかな?
何となく、イメージ合わないんだけど。
頭の中で、迷惑そうに眉根を寄せたタカラの顔が浮かんだ。
うん、そうそう、こういうイメージ。
少なくとも、喜んで『ハレルヤ』に行ったとは思えない。
何故か、日出の話を聞きながらも、「一緒に行った」というよりは「連行した」んじゃないか、という疑いが消えなかった。
「それでね、私、告白したの。『私と付き合ってください』って」
「えーーーーーーー!?」
いきなりぃ?!「それでね」って、前の会話と、あんまり繋がってないし!
しかも、『ハレルヤ』でケーキ食べながら?
…どうなの?それ。女の子的にはなかなか良い演出なのかもしれないけど、無理矢理ケーキ屋に連行されて告白って、結構押し売りじゃない?
私、大して面識の無い人に、それやられたら、引きそう。
「そ、それで?」
「それでね、そこで、すっごいタイミング良く雷が鳴っちゃって。聞こえなかったみたいで。で、恥ずかしくなっちゃって。だけど、やっぱり、それからも連絡ぐらい取りたくて、連絡先交換しないかって聞いたら、『携帯持ってない』って」
いや?確か、合コンの席で「携帯持ってない」って普通に言ってたよ?紫苑高校、うちと同じで、校則で禁止されてるから、買っても良いけど、必要性をそこまで感じない上に、見付かったら面倒だから、って。私が知ってるくらいだもん。
いや、…その辺りからもう、話聞いてなかったのかな?
「もう、恥ずかしくて、そのまま私、走って帰っちゃったの」
はー?!自分で誘っておいて、女性同伴じゃなきゃいられないお店に置き去りにしたの?それは、ちょっと酷いんじゃない?
もう、さっきから、私の知ってる日出と話をしている気がしなかった。
日出の姿だけど、全くの別人と話してるような気がする。
日出は話を続けた。
「それでね、日富君とは連絡先交換してたから、色々聞こうと思って。そしたら、幼なじみで、家も近いっていうからね、帰りとか一緒に日富君とこまで行ったりとかしてて」
「え?」
…つまり、ヒトミちゃんを利用して、タカラの通学路と家の場所を押さえたってこと?
それって…。
「そしたらね、最近、瑠珠が、駅の近くで、学校帰りのフルハタさんに会ってるみたいなの!」
「は?」
瑠珠が、どうしたって?
いや、駅だったら、たまたま会うってこともあるんじゃない?家の方向が一緒かもしれないしさ。
大体、その言い方だったら、前提として、瑠珠がタカラに気がなきゃいけないし。
「どうしよう!フルハタさん、瑠珠が好みだったら!私、絶対敵わない!」
日出は、そう言って、いきなり、ぶわっと泣き出した。
「え、いや、それは、いや!ストップ!そこはさ、好みとは限らないから。落ち着いて」
「だって、だって…」
いやいや、ちょっと待ってよ?それって、最近、日出が、タカラの学校帰りをつけてるって話じゃない?そこに問題は無いの?
「だって最近、毎日よ!あの瑠珠が、興味もないのに、そんなことする?!」
…やっぱり、毎日つけてるんだ。それってストー…。
「何か最近、日富君には告白されそうだし。もう!どうしたらいいのよー」
「はぁ?!」
どうしたらいいの、じゃなくて、それは、あんたが、ヒトミちゃんを利用したからでしょ?
一緒に帰ったり、家の辺りまで行ったりしたんでしょ?
それは、相手だって、自分に気があるって思うもんなんじゃない?
…気の毒なヒトミちゃん。
日出…あんた、最低だよ、それ。
しかし、さめざめと泣く日出には、正論は通じそうになかった。
いや、もう、ここ最近ずっと、日出には、冷静な判断力なんてものはなかったんだ。
恋が彼女を変えてしまった。
私が持ってるのより、何層も厚いフィルターが、日出の世界を包んでしまってて、私の声は届かない。
――――出たな、妖怪・恋乙女。
思ったより凄まじいもんなんだな、こういう変貌ぶりって。
でも、そんなもんなのかもしれない。
好きになったら、わけが分からなくなるものなのかもしれない。勝手に変なアプリがインストールされた様な感じで。
そりゃ、ストーカーのする行動を正当化したりはしないけど、ここまで思い込むものなのかもしれない。
それなら、私は。
―――――多分、恋をしてない。
そんな私に、恋をして妖怪になった友達に、言うべきことなんか、なんにも残ってない。
日出が落ち着くのを待って、私は、帰り支度を始めた。
「ね、取り敢えず、帰ろうよ」
ゆっくりと、日出は、顔を上げた。
濡れた頬に、髪の毛が何本かくっついていた。
何処となく窶れて、泣き腫らした顔は、お世辞にも綺麗じゃなかった。
…「女の子は、恋をしたら美しくなる」とか、「女の子は涙を流しただけ綺麗になる」とか、嘘っぱちだよね。
でも、私の言葉に、ゆっくり頷いた、その顔は、『女』の顔だった。
家に帰って、生物の課題の続きをやってたら、瑠珠から電話がかかってきた。
「ね、ごめん。茉莉花、生物の課題やった?」
「うん。今やってる」
「あー。プリントに書いちゃった?」
「いや?答えはノートの方に書いてるけど」
「ホント?明日プリント、コピーさせてくんない?」
「いいよー」
「サンキュー。プリントなくしてさぁ。もう、最悪ー。明日提出じゃなくて良かったー」
瑠珠は、いつも通りの瑠珠だった。
瑠珠がタカラをねぇ?…ピンとこないな。元彼も、どっちかというと優将とかのタイプに近かったし。
「ね、全然話変わるけど、瑠珠ってさ、どういう人が好み?」
「ホントに変わったね?急に、どうしたの?」
「ん?いや、そう言えば、この前の合コン、誰とも連絡先交換しなかったみたいだし。好みの人いなかったのかな、って。ちょっと思っただけ」
「あー、ねー」
瑠珠の声は、余りにもどうでも良さそうだった。
我ながら、変なこと聞いちゃった。日出、やっぱり思い過ごしだよ。
「私ね、暴力を振るわなくて、借金しなくて、保証人にならない人がいいな」
「…そう」
それ、好みっていうか…結婚相手の条件?
でもまぁ、それだけのことを思うぐらいの環境で今まで瑠珠が生きてきたっていう、いい証拠のような気もした。
電話を切ってから、生物の課題の続きをすることにした。
もう、何かキリ悪いし、今日終わらせちゃおう
AとTが対、GとCが対。TがUに変わる。縺れて縮れて絡まり合って、DNAが…。
結局、集中出来なくなってしまった。
ぐったりした気持ちになっていると、急に着信があった。
え?―――日出?
(旧約聖書 続編 シラ書[集会の書]13.25―26 人の顔つき)
心の状態で、人の顔つきは変わる。
うれしい顔にもなれば、悲しい顔にもなる。
晴れやかな顔は、良い心の表れである。
それにしても、格言作りは骨が折れる。