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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第三章
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失敗:Oh, PLEASE mind what you're doing!

※高校生の飲酒表現が有ります。苦手な方は御注意ください。

 何で俺が追い掛けるんだ?


 ちょうど入り口付近にいたからか?


 いつもだ。いつも。


 ちょうど家にいるから、歴史(つねふみ)さんの世話係は俺。

 ちょうど時間が合うから、食事を作るのは俺。

 ちょうど宿題をやってきてたから、人がノートを借りにくるのも俺。

 …宿命か?


 …くそ!足速いなオボシバラミヅキ!

 苧干原(おぼしばら)、だっけ?名字。


 …あれ?苧干原(おぼしばら)って…。




 くそ、何だってんだ。


 昨夜は、変なもの見るし。

 一瞬だけだったけど、寝付きが悪くて、もう。




 追い付いた。


苧干原(おぼしばら)ミヅキ!」


 勢いで名前を呼び捨てにしながら、腕を掴んで引き留めると、物凄い形相で睨まれた。


「…さん」


 俺は慌てて敬称を付け、腕を放した。


 恐い。


 さっきまでの柔和(にゅうわ)な仕草を何処へやったのか。


 これだけ走っても一筋も乱れていない、両サイドだけ取って綺麗に結っている髪だけが、知的な雰囲気を(かろ)うじて留めていて、そのギャップが、また一層恐ろしかった。


「ミヅキ!」


 茉莉花が追い付いてきた。

 こちらは、艶やかな髪を、分け目が変わるくらい乱していた。


 気の毒なくらい必死だ。

 気付けば、店から50mは来ている。


 立ち止まって、どうにか呼吸と髪を整えながら、茉莉花は、「…どうしちゃったの?」と言った。


 苧干原(おぼしばら)ミヅキは、俺に向けた表情とは打って変わって、どこか甘えたような、泣きそうな表情になった。


「…ごめん…ごめんね、茉莉花。私、あいつとだけは一緒にいたくないの」


「…あいつって、水戸さん?」


 水戸?何でまた?


「…そう。…水戸(みと)大空(たかひろ)よ」


 俺には話が全く見えないのだが、それは茉莉花も同じらしい。


「…ミヅキ?」


「ごめんね、茉莉花。これ、一応私の分。足りなかったら後で徴収して」


 そう言って、苧干原(おぼしばら)ミヅキは、財布から二千円出すと、茉莉花に差し出した。


 茉莉花が受け取りかねていると、苧干原(おぼしばら)ミヅキは、俺の方に、その二枚の札を押し付けた。


 何で俺?!


 しかし、受け取るしかなかった。


 そして、苧干原(おぼしばら)ミヅキは、またもや走ってどこかへ行ってしまった。




 もう、俺にも茉莉花にも、追い掛ける気力は無かった。




「…取り敢えず、戻ろうか」


 頭一つ分低い位置にある、漆黒の髪を垂らした横顔に話し掛けた。

 茉莉花は、咳き込みながら呼吸を整えて、髪を掻き上げた。


 ふ、と、何かの花のような甘い香りがした。


 愛らしい声が、「…うん、戻ろう」と呟いた。




 日が長くなったとはいっても、時間帯的には夕方から集まったわけだから、黄味の強いオレンジ色の空が、太陽に近づくにつれて朱色になっていく。

 そこに浮かんでいる薄紫色の雲も、太陽に向かった側が、サーモンピンクに染まってきていて、太陽から遠い部分の空は、紫色に沈んできている。


 夕闇迫る繁華街を、茉莉花からなるべく離れないようにして歩きながら、カラオケまで戻った。


 自然と、口数が少なくなる。

 茉莉花は、混乱している様子だった。


 自動ドアを通り抜けると、店内のヤニ臭さと、雑音が耳についた。




「あ、どうだった?」


 部屋に入ると、心言(みこと)が、気遣わしげに、そう尋ねた。


 あの状況でも、どうにか(きずな)が頑張って雰囲気を盛り上げ返したらしく、迎えてくれた絆の、ちょっと引きつった笑顔の目が、助けを求めるように、こちらを見ていた。


 よく見ると、優将と慧と水戸が、いなかった。


 どこに行ったんだ?しかも、何だか、どこかで嗅いだ臭い。


 ちょっと、嫌な予感がした。


「ん、…なんかね、ミヅキ…帰っちゃった」


 無理に笑って、茉莉花は心言(みこと)にそう言った。


 確かに、帰った。

 しかも、その部分しか教えるわけにはいかなかった。

 繁華街を爆走した挙げ句、水戸が嫌で帰ったなんて、およそ合コン向きの話題ではない。


「あ、そうなんだ…」


 心言(みこと)は、躊躇(ためら)いがちな笑顔で、そう答えた。


 それ以上、理由を聞く者はいなかった。


 誰もがそこに、地雷の臭いを感じ取っているかのようだった。


 そりゃそうだろう。…踏むのは避けたいよな?




「せ、席替えしよーか!」


 空気が沈みそうになったのを察知した絆が、なるべく明るい声でそう言った。

 有難いが、最早痛々しい。


 しかし、席替えと言っても、ただでさえ一人足りない予定だった女の子が走り去ったうえに、男衆が三人抜けている。


 取り敢えず、入り口から詰めて座ったら、自然に、茉莉花、俺、伊原ルージュ、絆、大町ヒヅル、心言(みこと)、千伏レナの順になった。




 新しく隣になった伊原ルージュは、…『華やか』を絵に描いたような人物だった。


 香水だろう。その方向から、仄かに不思議な甘い匂いをさせながら、飲み物を渡してくれた。さっき俺が、お代わりを頼んだ烏龍茶だった。


「あ、有難う。…えっと」


伊原(いはら)瑠珠(ルージュ)よ。瑠璃(るり)(たま)って書くの」


 名前は覚えていたんだが。

 そんな字なのか。

 瑠璃玉がらすだまでもrouge(ルージュ)でも、別にいいんだが、親御さん、なかなかのネーミングセンスだ。

 …まぁ、名は体をあらわすというか、どっちのイメージでも、しっくりくる。


 うっすら赤く、光っている唇が、やけに目に付いた。

 上唇が、下唇より薄い。

 その分、少しポッテリとした下唇が、喋る度に、印象的に上下する。

 如何(いか)なる技術を駆使したものやら、見事に巻かれた長い髪が、体の動きに合わせて、ゆらゆらと揺れていた。


 …何か、凄いな。圧倒される。こういうアート、という域の完成度。一部の隙も無い。


 ふと、瑠珠(ルージュ)から目を逸らすと、席替えするまで隣の席で、時々他愛の無い話をしていた大町ヒヅル嬢と目が合った。


 しかし、視線が合った途端に、ぱっ、と逸らされた。


 ん?何か用かな。




「…遅い」


 いくらなんでも、帰ってくるのが遅い。


「絆、慧達は?」


「あ、そう言えば、遅いね」


「あー、多分、トイレでしょ」


 瑠珠(ルージュ)が、苦笑いをしながら、そう答えた。


「慧君だっけ?…お酒、相当弱いみたいだったからね」


「…酒ぇ?!」


 俺と茉莉花は、なかなかの声量で、声を揃えて、そう言った。

 カラオケルームが防音で良かった。




 瑠珠(ルージュ)達の話を総合すると、呆れ返るような内容になってしまった。


 あの騒ぎの後、物凄く動揺している水戸に、皆は取り敢えず飲み物を勧めた。

 ところが、つい最近日本に帰ってきた水戸は、ドリンクバーのシステムを、よく理解していなかった。

 俺達も、水戸の分のドリンクバーを取るのを忘れていたのだが。


 そんなこんなで、飲み物を水戸の分だけ注文する運びになったらしい。


 注文は、従来通り、電話で注文する形式と、リモコンで入力する形式の二種類があった。

 曲の番号を入力するように、メニューの番号を入力して、転送ボタンを押すと、注文が受理される形式だ。


 この注文形式を、カラオケではやったことがないから、というだけの理由で、試したくなった男がいた。――名を、中澤慧という。


 彼は、進んで注文役を買って出ると、早速、水戸の注文のオレンジジュースの番号22を入力した――と思っていたのは彼だけで、実際には、32を押していた。


 注文して出てきたのは、ジントニックだった。


 そう、メニューの欄は、十桁違いで、ソフトドリンクからカクテル・チューハイに変わっていたのだ。

 注文画面くらい確認せよと言いたいところだが。

 誰も慧に注視していなかったらしい。

 …美形とイケメンが揃ったら、慧の存在感なんて、そんなもんだろうな、とは、察せる。

 本当に、慧が、どういうメンタリティで合コンなんか、しかも、この面子(メンツ)で企画しようと思ったのかが、全く理解出来ない。

 俺なら卑屈になってしまいそうだが。


 そして、息急き切って到着した後、ミヅキから受けたショックで動揺していた水戸の前に、飲めとばかりに店員が、ライムスライスが添えられた透明の炭酸水のようなものを置いたらしい。


 疑えよ!どう考えても未成年の集団だろうに。


 まぁ、店員の目には、長身で私服姿の水戸が、未成年には見えなかったのかもしれないのだが。




 慧は、この時点で、ようやく、自分の過失に気付いた、らしい。


 平謝りする慧に、水戸は、乾いた笑いを浮かべて、取り敢えずジントニックを飲むことにしたそうである。


 海外では飲酒出来る年齢らしい上に、海外在住中は毎夕食ワインを飲んでいたとかで、アルコールに対する考え方が、そもそも、俺達と違うらしい。


 その場に、もし俺がいたら、注文違いを言いにフロントまで電話をかけていたところだが、立て続けに起こったアクシデントと、水戸の中の常識が、皆の思考力を低下させていたようである。


 幸いにも、ワイン習慣のせいなのか体質なのか、水戸は酒に強かった。


 しかし、ジントニックの、見た目の、その余りの炭酸水っぽさに、興味を示した男がいた。――名を、中澤慧という。


 匂いを嗅いだだけで気分が悪くなるタイプだというのに、あろうことか、彼は、貰って飲んだのだそうだ。止める人間がいなかったのは、多分、慧の行動に引いていたからだと察せられる。


 結果。


 飲んでしばらくしてから、慧は、急に優将に助けを求めて、部屋から出たらしい。水戸は、慌てて彼らに続いたらしい。


 残された男衆で、どうにか女の子達のために、場を盛り上げ続ける破目になった、という運びだったそうである。


 …それは、十中八九、()いてるな。


 もう、最悪だな、あいつ。


 ただ、気持ちは分からなくはない。


 慣れない合コン。変な緊張。いきなりいなくなった、隣の席の女。反対隣の女の、香水の匂い。


 …妙に気分が高揚したのだろうと思う。

 普段は、そういうことをするような度胸のある奴ではない、と思う。

 合コン企画した時点から、俺の中での慧の人物像が崩れつつはあるが。


 両親の台詞が思い起こされる。


『若い時適当に息抜きで遊んでおかないと、ろくな大人にならない』


 確かに。


 この醜態を社会に入ってから(さら)したら、どうなることか。

 こればかりは、経験して知っておかなければ分からないだろうと思う。

 酒の怖さは、成人してから知ればいいが、『合コン』という特殊環境の持つ危うさを知っておかなければ、将来、慧辺りは確実に困るだろう。


 勢いで飲めない酒を飲んでしまうまではいいが、その後が、どういう結果を招く可能性があるか。


 辞書には、瑠珠(ルージュ)の香水の事も、ミヅキの温和な態度が急に(ひるがえ)ることも、何一つ書かれていないのだから。


 俺を信頼してか心配してか、両親が激励して送り出してくれた姿勢にだけは、感謝しなければならないと思った。


 本当は、土産は別に要らないが、親がくれるという物は、有り難く受け取ろうと思う。




 残った男衆と、茉莉花で、慧を迎えに行った。


 入り口に茉莉花を残し、男子トイレに入ると、優将と水戸がいて、予想通りの光景が繰り広げられていた。


 絆が、そのことを告げると、その日の合コンが解散を余儀なくされる結果を知って、女性側の幹事である茉莉花嬢は、気の毒にも、一瞬気が遠くなったような顔をした。






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