苧干原瑞月:Princess Jasmine
慧の失策をフォローしたくて、頑張って笑ってたら、顔が貼りついたみたいに感じてきた。
その場から離れたくて、ドリンクバーのお代わりを注いでくる役を買って出た。
ミコチンがついてきてくれるって言ってくれた。
二人で、トレイに乗せたグラスを、五人分ずつ運んだ。
「何か、ごめんね」
「え?」
「女の子にばっかり盛り上げさせて。慧、黙りっぱなしだもん。お前幹事だろ、ってね」
「あは…」
「まぁ、人数間違ったりするのも、慧らしいっちゃらしいんだけど。…制服で来ちゃうしね!」
…同感。
川口心言ことミコチンは、なかなか気配りが出来る人らしい。
いかにも人の好さそうな細い垂れ目が愛敬のある、中肉中背、清潔感のある、感じのいい人だった。
「ね、どう?仲良くなれそうな子いた?」
「あは、緊張しちゃってね。まだ千伏さんと大町さんとしか話してないんだけど。結構話しやすいね」
「あ、ねー」
そう、玲那が、意外でも何でもないけど、合コン慣れしてるっぽいんだよね。
ぶっちゃけ助かる。
ミコチンは、照れたように続けた。
「でも、やっぱり可愛い子多いんだね?常緑」
年頃の女子の分母が多いからかもしんないけど、私も、そう思う。
いや、『可愛い子が多い常緑』って言われてるから、そこに合わせようとするのかな。
こういうのも言霊?
「んー、まぁ、特に美人コンビも誘ったしね」
「へー。そうなんだ。結構女と男じゃ『可愛い』が違うって聞くから、何か意外だったけど。今日、有難うね」
「いやいやー、あんな始まりだったけど、ちょっとでも楽しんでもらえたなら良かった」
いや、マジで、人数が合わないのは『無い』わ。
これから一人増えたら、どうなるのか怖いくらいだわ。
ドリンクバーで飲み物を注いだり、コップを替えたりしていると、ミコチンは、ちょっと改まった感じで「あ、あとさ、…千伏さんって携帯持ってるかな?」と言った。
お、玲那狙い?
この手の裏っぽい話が出来る時点で、ミコチンが私を対象外にしてることはバレバレだけど、玲那かぁ。
そうなんだよねー。
「女と男じゃ『可愛い』が違う」とは、よく言ったもんで、瑠珠みたいなタイプより、玲那タイプの、女の子らしい、可愛い子が意外と合コン受けしたりするんだよね。
「持ってるよー。てか、持ってないの慧くらいじゃ?」
「あ、そう?タカラもなんだよね」
「あー、さっき言ってたね」
「…そっか、持ってるよね」
ミコチンは、そう言うと、照れたように笑って、トレイを私の分も持ってくれた。
ん、良いね。
私に玲那の連絡先を聞かないのも気に入った。
そうそう。自分で本人に聞くのが一番。
その辺りのコミュニケーションも、出会いの醍醐味ってことで、頑張ってほしい。
君に彼女が出来ますように。
ミコチンと二人で部屋に戻りかけていると、店の入り口の自動ドアがガーッと開いて、息急き切った水戸さんがやってきた。
今日は銀縁の眼鏡をかけてる。似合う。
うわ、やっぱり背が高い。
人目を引くよね、この人。
「ごめん!展覧会の片付け長引いちゃって。ここ、ホールから結構距離あるね」
「間に合って良かった。あ、小松さんは水戸っちのこと、知ってるんだっけ?」
「うん…あ、ホールの絵、見ましたよ」
「あ、ホント?…茉莉花ちゃん、久しぶり」
「…どうも、お久しぶりです」
賛辞と挨拶の順序が逆転しちゃったけど、ホント、久しぶり。
時々見せる表情に、何となく含むものを感じて気になるけど、相変わらず顔は良いね、水戸さん。
優将とはタイプが相当違うけど。
目の保養だよ。
美形ってのは優将だと思うけど、ハンサムの称号は差し上げる。
あ、そうだ。瑞月って、男だったら、こんな感じじゃないかな?
顔とかじゃなくて、雰囲気ちょっと似てるかも。
帰国子女だから?
それとも、単にそういう人を、私が『綺麗』とか思うのかな。
それにつけても…一応『私の好きな人』の中澤慧さん。
今頃どうしてますやら。
もうね、「慧に彼女出来るかも」とか、全っ然心配してないですから。
あの状態では多分、出来ませんから。
それどころか、見捨てたいような、切ない気持ちになってきてますから。
ああ…しっかりしてよ。
部屋に戻ると、まぁまぁ盛り上がっていた。
それには単純に、救われた、と思った。
ヒトミちゃんが、やっぱり人懐っこいというか、ムードメーカーみたいなところがあるっぽくて、かなり助かる。
「あ、お帰りー」
「飲み物有難う」
「あれ?高良は?」
「トイレー」
「あ、水戸っち」
「よっ!やっと来たねー」
口々に思い思いの事を言う中。
突然、瑞月が、驚愕の表情で立ち上がった。
「…エ、ミ…大空?」
「ジャ…瑞月?!」
水戸さんも、目を見開いていた。
「え?…知り合い?」
私の問いにも答えずに、瑞月は突然走りだし、凄い勢いで部屋から出た。
入り口近くにいた私は、咄嗟に追い掛けた。
速!
「…え?どうした?」
タカラがいた。
ちょうどトイレから帰ってきたらしい。
「ね!来て!」
「え?」
「瑞月捕まえて!」
あんなの、いつもの瑞月じゃないもん!