最強と最弱
永作が異世界に召喚されてから3日目の正午前。
この日は早朝からギルド【ゴールドライン】では、まるでこの後戦争が控えているのでは無いかという程に、張り詰められた緊張感が漂っていた。
永作を除き、コッコペリーノとアルセーヌの二人の表情は固く、そして重い。
そうなる原因を作った張本人である永作はただただ、気まずい思いをしていた。
「今日……ここに来るんですね…あのデューク・ゾディアーク様が……」
沈黙を最初に切り裂いたのはコッコペリーノだった。
「ねぇコペりん…あたし達…死なないよね…?」
「……その筈です」
それに続いたアルセーヌの顔は、いつもの陽気さは完全に消え、お通夜状態にまで暗く沈んでいた。
「えーと、あの…2人共?いくら何でも大袈裟に構えすぎなんじゃ……」
「……大袈裟?」
永作の言葉にぴくりと反応したコッコペリーノは、ゾンビのようなふらふらとした足取りで永作の側まで歩いてきた。
「永作さんは…何も知らないからそんな言葉が出てくるんですよ!」
「いたっ!?」
がっしりとコッコペリーノに掴まれた永作の肩は、彼女の凄まじい腕力によって悲鳴を上げる。
痛い…痛すぎる。
「デューク様はただ世界一強い剣士、という訳では無いんです!」
「だから痛いですって!?」
「その一太刀は地を裂き、山を裂き、天までも裂き、たったの一振りで地形や天候を変えてしまうんです!…加えて、不快だからという理由で滅ぼされた国もあれば!強そうだったからという理由で……神殺しの禁忌さえ犯し!飽きたからという理由で戦闘を途中離脱し!魔物討伐軍が全滅していくつもの地域に被害が及んだりと!デューク様の気分一つで何が起こるかも想像がつかないんです!」
…あれ?そんなヤバい人には見えなかったんだけどな。
言葉は少ししか交わしていないが、永作からすればそこまでデュークが悪人には思えない。
「勿論それらは重罪です!しかし…いないんですよ…彼を捕えられる程の強者は…この世に一人とて!故に世界最強なんです!…それと同時に……デューク様は全ての剣士にとっての憧れでもあるんです。名だたる剣士達は皆、彼と一戦交える事を夢見ており、彼を越える為に日々鍛錬を続ける……私もその内の一人です!」
えーと…それはつまり、一応犯罪者ではあるものの…それ以上に剣士達にとっては大スターだってことなのかな?
「それじゃ…良い事なんじゃないですか?……その憧れの本人ともうそろそろ会える訳なんですし…」
「確かにそれもありますが!それ以上に怖さが勝ってるんですよ!あぁ……機嫌一つ損ねるだけで首が飛ぶなんて…胃が痛い…!」
何だろう。
俺が会ったデューク・ゾディアークとはまるで別人じゃないかと思う位に、この世界では傍若無人の権化として認知されているらしい。
もしそうなら俺、昨日普通に彼と煽り合いしてたけどよく殺されなかったなぁ…。
「……流石にただの噂の一人歩きだろう?」
「何を呑気な事言ってるんですか……すべて実際に起こった事件なんですよ?」
「……事情があった、それと傍から見ればそう見えただけという事もある……」
「そんな都合の良い話しなんて有り得ませんよ永作さん…」
「え?……俺何も喋ってないんですけど」
「へ?」
瞬間コッコペリーノは凍りついたように数秒間、動かなくなった。
言われてみれば、永作の声とは違う声だった。
嫌な予感を感じ、必死にその可能性をコッコペリーノは否定する。
そして、恐る恐る声の主がいる方へと首だけで振り返るとそこには___
「…随分な言われようだな……流石に傷付くぞ……」
___デューク・ゾディアークがいた。
昨日永作が会った時とは違い、デュークの腰に刀は一本だけでは無く、左右の腰に一本ずつ、それも昨日とは違って何か威圧感さえ感じる二本の刀があった。
「くぁw背drftgyふじこlp;@:「」!!?」
「………何を言ってるか分からん…」
声にならない声を上げたコッコペリーノに対し、デュークは腕を組んだまま冷静な突っ込みを入れた。
「」
丁度デュークはアルセーヌの右隣に立っており、彼女は突然のデュークの登場に白目を剥いて、気絶したように突っ立っていた。
「あ、デューク。早かったな」
「あぁ…余り遅いと迷惑かと思ってな……急いだ…」
「永作さんっ!?」
軽い口調で、しかもデュークの事は呼び捨てで呼ぶ永作にコッコペリーノは思わず悲鳴を上げた。
「し、失礼しましたデューク様!!山田 永作はまだこの世界の事を良く知らない異世界人なもので、どうか御容赦くださ__」
「…別に永作なら構わん……俺の………相棒だからな」
「相棒っ!?」
「ひぇっ!?」
凄まじい形相でこちらに振り向いたコッコペリーノに、永作は短い悲鳴を上げる。
心無しか、永作には一瞬だけデュークも引いたように見えた。
「……永作さん…どういう事ですか?」
「……?なんだ説明していなかったのか?」
「えーと、ですね…」
別に大した事じゃないだろう、と思っていた永作はその事について、未だに説明をしていなかった。
コッコペリーノに問い詰められ、ようやく永作は昨日あった出来事を包み隠さずに話す。
永作の話しを聞きながら、コッコペリーノは何回か目眩で倒れそうになったが、なんとか気合いで持ち堪えた。
「なるほどね……永ちゃんはバケモノだったんだね」
「なんでっ!?」
気絶状態からようやく復活したアルセーヌは開口一番にそう言い放った。
何故バケモノ呼ばわりされなくてはいけないのだろう。
「ま、まぁその…何故デューク様が加入してくれたのかは理解出来ました……なんとか」
「なんとかっ!?」
なんでだろう。
二人共俺から距離をとってるような気がする…。
「……直に慣れるだろ……それとコッコペリーノ……だったな…」
「は、はい!!」
突然デュークに名を呼ばれ、コッコペリーノは反射的に背筋が真っ直ぐに伸びる。
「一応…お前はこれから俺の上司になるんだ……余り固く敬称を使う必要は無い…普通にしろ……」
「わ、分かりました……デューク…さん?」
「……ん」
どうやらこれで良いらしい。
今の所は何も問題は起こっていない事に安堵し、コッコペリーノは一息吐いた。
「ではデューク・ゾディアークさん。私達【ゴールドライン】は貴方を心より歓迎致します。これからよろしくお願いしますね」
「あぁよろしく頼む…」
ぎこちなかったが、コッコペリーノとデュークは握手を結んだ。
色々と心労が大きいが、逆に考えれば世界一強い存在がギルドに加入してくれるのだ。
戦力強化としては願ってもないほどの幸運と言える。
コッコペリーノは自分にそう言い聞かせ、納得することにした。
「よろしくね!デューくん!」
「!?」
「!」
「……」
“デューくん!?”
……からのアルセーヌによる爆弾が投下された。
デュークの様子を見れば目を少しだけ見開いて驚いている。
「ア、ア、アル…?」
永作は兎も角、この少女は果たして正気なのだろうか?
信じられない物を見るような目でコッコペリーノはアルセーヌを見つめた。
「んー?固くしないで良いって言ってたし良いんじゃない?」
「え、えっと…デュークさん……?」
なんてことのないようにアルセーヌは答えたが、それもこれも全てはデューク次第。
恐る恐るコッコペリーノはデュークが口を開くのを待った。
「…渾名か……悪くは無いな」
「あ、オッケーなんだ」
まさかのOK。
更に握手代わりにアルセーヌが出してきたハイタッチを軽く返している様子を見るに、意外とノリが良い性格なのだろうか。
コッコペリーノは全身から力が抜け、その場にへたりと座り込んだ。
「そう言えばさ、デューくん!」
「…なんだ」
「デューくんはどうして昨日この国に来ていたの?珍しいじゃん?」
「あ、それ俺も気になる」
基本的にデュークは人が多く集まる場所へは滅多に姿を現さない……というのがこの世界での常識だ。
「小遣い稼ぎに…ちょっと前に倒した剣士から奪った刀を売りに来ていただけだ」
「刀…?」
言われて永作は昨日、デュークが腰に下げており、今日は身に付けていない刀の事を思い出した。
「もしかして昨日持ってたやつ?」
「…あぁ」
やっぱりそうだったのか。
でもそれなら__
「だったら良かったの?昨日売り物の刀発火させてたけど……切れ味悪くなったりしてない?」
「……発火?」
永作に言われた事が一瞬何か分からず、少しだけ考える素振りを見せるデュークだったが、やがてなんの事か理解すると腰にある二本の内の一刀を引き抜いた。
「これのことか……?」
すると、刀の刀身に黒い焔が纏われる。
「あぁそうそう!それそれ!」
それをコッコペリーノは目を丸くして見つめ、永作とアルセーヌは面白そうに眺めていた。
「別にこの焔には熱は無いし…触れた所でダメージも無いぞ……触ってみるか?」
「え、ほんとに?じゃあ…遠慮なく」
指先で黒い焔に触れてみるが、確かに何の痛みも熱さも感じない。
しかし、指先に纏わりつくと中々焔は消滅しない。
が、デュークが軽く息を吹きかけると黒い焔は綺麗に消えて無くなった。
「へぇ〜面白いな」
「見た目は凄くインパクトあるよねっ!」
永作とアルセーヌはわいわいと楽しそうに騒いでいたが、一応は剣の道を歩むコッコペリーノだけは違った。
「それは……羅刹!?」
「え?」
「どしたのコペりんー?」
「………分かるのか」
黒い焔の正体を知っているのか、コッコペリーノは静かに頷いた。
「確かに、デュークさんの言った通り…その黒焔には熱もダメージもありません。しかし、その黒焔の恐ろしい点は……如何なる存在、物質であれ、その焔が纏わりつく限り、再生の力を失い二度と元には戻らないということ!」
「え、やば」
「こわー」
「そして、使用者にしかその焔を消すことは出来無い。……剣を極めた者のみが使えると言われる奥義の一つです」
「正解だ……」
まじか…そんな恐ろしい技で昨日俺を斬ろうとしていたのか。
(まぁ…どんな技で斬られようとも問題無かったんだけどね)
「とは言え……流石にこいつで斬っても何ともなかったお前には……本気で冷や汗をかかされたぞ…相棒」
「アハハ…まぁそういう手品だからな!」
「……フッ」
「…永ちゃんヤバすぎでしょ…」
「……そうね」
最強と最弱コンビが笑い合う端っこで、コッコペリーノとアルセーヌは遠い目をしていた。
「それに…デュークさんが今持っている刀、それが噂に聞くあの…?」
「あぁ…」
コッコペリーノが見つめる自身の手に持つ大太刀に、デュークは頷く。
「有名な物なの?」
永作の問いかけにコッコペリーノは即座に反応した。
「当然です!“妖刀 両界万象国”。世界中でたったの6本しかない真打と呼ばれる刀剣の一つで、妖刀でありながら純白に透き通る刃は見る者を引き込む程の美しさ……この目で実物を見れる日が来るなんて…光栄です」
「……どういたしまして」
目をきらきらと輝かせるコッコペリーノに、少しだけ戸惑ったのかデュークは気まずそうに刀を鞘に戻した。
「そう言えば…ここで相棒が厄介になってるそうだが……俺も頼めばここで生活出来るのか?」
「も、勿論です!デュークさんからすればこじんまりとした家ですが…」
「いや……充分すぎる位でかいだろう……」
「だよな?」
自信なさそうに言うコッコペリーノに、デュークは呆れ混じりにそう良い、永作はデュークに同調した。
結局、デュークもこのギルドホームに住むことが決まり、部屋は本人の希望で永作の隣の部屋になった。
俺、滅茶苦茶この人に気に入られてんだなぁ。
「お隣さんだからな……敵が来たら呼べ…すぐに駆けつけ倒してやる」
「いやぁ………わざわざここには来ないでしょ……」
冗談なのか本気で言ってるのか、無表情だから一切分からないが、永作は取り敢えず笑って流した。
「まぁ…あれだ。お前は唯一俺を負かした男だからな……特にその……マジックとやらでは絶対に他の奴には負けて欲しくないんだよ……」
「当たり前だ!俺がマジックを一度披露すれば誰もが騙される。だから誰にも負けはしないよ」
「……フッ、頼もしい相棒だ」
「デュークこそな!」
相棒であり、友人みたいな物とでも言えば良いのだろうか。
異世界に来て、唯一永作が何の遠慮も無く対等に話せ、楽にいられる相手がデュークなのかもしれない。
少なくとも、彼と二人でいる時間は精神的な苦労が無かった。
「……取り敢えずそろそろ夕飯の時間…とか言っていたな」
デュークがチラリと時計を見て、永作も釣られて確認する。
「まぁちょっと早いけど…」
「すまないが……少し遅くなっても構わないか?」
「良いけど…何かあるの?」
ソファから腰を上げると無言で歩き出し、部屋の窓を開け、デュークは永作の方へと振り返った。
「……少し連れて行きたい場所がある」
「?…まぁ全然良いけど、と__」
__取り敢えずコッコペリーノさんに一言行ってから。
永作がそう言うよりも早く、デュークは永作を抱えると凄まじい速さで窓から飛び出した。
「うおぉぉぉぉぉ!?」
なんか似たような事を昨日もされたなぁ…。
違いがあるとすれば景色なんて見えない程に出ている速度だった。
これは…ジェットコースターよりも恐ろしい。
何てことを考えながらも、永作はすぐに息が問題なく出来ることに気付く。
どうやっているのかは知らないが、どうやらデュークが気を利かせて、永作が苦しい思いをしないようにしてくれているようだった。
「……着いたぞ」
「え、はや」
僅か数十秒の間に、一瞬で何処かも分からない場所にまで連れて来られた。
ここは一体何処だろうか……?
「………見てみろ」
「?………!!うわぁ…」
デュークに指刺された方へ目を向けると、そこにはいくつもの星々が煌めく夜空と、きらきらと輝く夜の街並みが一望出来ていた。
…というより、国そのものが小さく見える。
「……ここは遥か上空に浮かぶ…天空城の跡地だ。中々良い眺めだろう…?」
そう言いながらデュークはポケットから取り出した煙草に火を付け、煙を吐き出した。
「…そうだね。でも俺の世界とは違って、月が二つあるってのは……どうも落ち着かないなぁ」
「……そうか」
デュークが無言で煙草を永作に差し出す。
いけるか?と目で聞いてきたので、元の世界では煙草を何回か嗜んだ経験がある永作は、静かに頷いてから受け取った。
「……へぇ、異世界のってこんな感じなんだ」
「………悪くないだろ?」
「ああ。結構イケる」
しばらくの間、二人は無言で煙を吸っては吐き出していた。
煙草が半分くらいの長さになった所で、デュークが口を開いた。
「やはり……元の世界は恋しいのか?」
その問いかけに永作はしばらく考え込んでから話し出す。
「…うーん…どうだろうね。親も友人もいない俺にとっては……居場所なんてあって無いような物だったし……」
「……思い出位無いのか?」
「ハハッ……未練が残せる程の物なんて無かったよ…俺にはね」
「……そうか」
まぁ…俺はただの凡人で、少しばかり運が悪いだけの男なんだ。
だから…杏果が星の王獣を打ち倒して、元の世界に戻れようと戻れまいとしても、どっちでも良いんだよな。
「……だったら…」
「…?」
言葉を続けようとするデュークに、永作は彼の方へと顔を向けた。
「……だったらこの世界で作れば良い……かけがえの無い思い出とやらを…」
「……作れるのかな…俺なんかに」
「……出来る」
一瞬は俯いた永作だったが、デュークの断言するその言葉に再び顔を上げた。
「…俺も長い事孤独だったが……少なくとも俺は…お前となら何か、かけがえのない物を…手に入れられると思っている」
「デューク…」
「……だから相棒………俺と一緒に、この世界で思う存分生きてやらないか…?」
思う存分か…。
そう言われると俺のこれまでの人生は、何も始まっていなかったのかもしれない。
毎日がただ生きてるだけの日々で、生きているという実感は湧かなかった。
思う存分やれたら、何か始められていたのかな。
けど……もし、俺の我儘が許されると言うなら__
「あぁ…そうだな!!」
__差し出されたこの手を今、握らせて欲しい…。
「なんなら作ってやろうぜ!伝説の一つくらいさ!」
「……余裕だろう」
もし俺が異世界に来て、デュークと出会う事が運命だったと言うならば、俺はもう諦めるだけの人生はやめたい。
思う存分にやって、悔いの無い最高の物語りを、思い出を作りたいんだ。
杏果さんには悪いけど…俺は使命じゃなく自分の意思でこの世界を生きて行きたい。
人生で初めての我儘も、デュークとなら何故か許されると、俺はこの景色を見ながら不思議とそう思えた。