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アイ・アム・トリックスター  作者: 山野井 テリー
3/9

ギルドメンバー


「ようこそギルド【ゴールドライン】へ!」


永作の目の前に佇むとんでもなく立派なお屋敷がまさかのギルドホームだった。

いい意味でイメージとは随分とかけ離れていた事に、永作は驚きを隠せないでいた。


「これが…ギルド【ゴールドライン】……!!」


すごい。

何という規模だろうか。

中に100…いや、200人のギルドメンバーがいると言われてもおかしくない程に規格外だこれは。


「ほらほら、ぼーっとしない!」


「おわっ!」


いつまでも惚けていた永作の背中をアルセーヌが押し、永作は巨大な門をくぐり抜けた。

レンガで敷かれた中庭の玄関道を歩き、屋敷の扉の前に辿り着く。


「……スゥーハァー…」


果たしてこの扉一枚の向こう側にはどんな景色が広がっているのだろうか。

荒れ狂れ者な歴戦の猛者達?

高潔なる武人を漂わせる戦士達?

和気あいあいと酒を飲み交わす陽気な冒険者達?

いや、ここは異世界。

もしかするとあっと驚く程のモンスターが待ち構えているかもしれない。


(緊張…するなぁ……。でも、ここから始まるんだよな……俺の異世界生活が!!)


凄まじい緊張感で心臓がバクバクと跳ね上がっている永作の脇を抜け、アルセーヌは勢い良く屋敷の扉を開いた。


「……!!」


開かれた扉、永作の目にまず飛び込んできたのは天井に豪華なシャンデリアを吊るし、奥には大理石で作られたような大きなカウンター。

高級感漂う赤色の絨毯に、小さいながらも細かな装飾が施された机や椅子がいくつか均等に配置されている。

恐らくここがロビーなのだろうか。

それにしても、外の外観からまさかとは思っていたがまるで高級ホテルにでも来たように錯覚してしまう。


しかし、不思議な事にこの広さの割には人が一人もいない。

冒険者は兎も角、カウンターにいるはずであろう受付員さえもいない。

永作にとって流石にこれは予想外だった。


「えーと…今日は休日か何かなんですか?……それとも丁度皆さんが出払ってる感じで?」


永作は疑問に思ったことをコッコペリーノに尋ねてみた。


「あはは…えっと、ですね…これは__」


「?」


……気の所為だろうか?

何だかコッコペリーノさんが気まずそうな表情をしているけど…。


永作が首を傾げていると、言葉の詰まっていたコッコペリーノの代わりに、アルセーヌが永作の問いに答えた。


「ううん。ギルドメンバーは今ここに全員揃っているよ」


「え?」


そう言われて永作はもう一度、広い室内を見渡すがやはり誰も見当たらない。


「……?透明になる魔法でも使っておられんですか?」


更に首を傾げる永作に、ようやくコッコペリーノは口を開いた。


「えっと、ですね…。ギルド【ゴールドライン】のメンバーは私と、ここにいるアルセーヌで全員なんですよ…」


「ええっ!?こんなに大きいのに!?」


永作は堪らず声に出るくらいに驚いた。

ギルドメンバーが全員でたった2人しかいないと言うのは思ってもみなかった。

それはそうだろう。

これ程までに広大なギルドホームを構えておいて、2人だけしかいないなんて誰も思わないに決まっている。


「そりゃまだまだ新設ギルドだからねー……といってももう設立から一年経つんだけどさ…」


アルセーヌのその最後の一言で、コッコペリーノは膝から崩れ落ちた。


「うぅ…仕方ないじゃないですかぁ……。張り切って立派なギルドホームを創れば自然と人が集まると思ってたんですよ…」


「あんまり宣伝も目立った活動もして来なかったのが痛いよねー」


「かはっ…」


容赦の無いアルセーヌの追撃に、コッコペリーノは目に見えないダメージを受けていた。


「いや……それでももう少し人が集まってそうな気がするんですけど…」


永作の呟きに対し、アルセーヌは否定するように手を横に振った。


「さっきのコペりんの話しの続きなんだけどね。ゴールドラインの伝説って、言ってしまえばほぼフィクション…御伽噺なんだよね。だーれも実際にあるなんて思ってないんだよ」


なんだろう。

この少女、遠慮なく辛辣な事を言い出し始めたぞ。


「はぁ…」


「他のギルドがもっと明確に、現実的な目標を掲げて活動している中で、そんな夢物語を目標に立てているようなギルドに進んで人が集まって来ると思う?生活も掛かっているのにさ」


「……思いませんね」


こちらの世界で例えるなら、ある日突然創られた会社が本気で徳川埋蔵金を掘り当てようとしているような物か。

うん。フォローのしようが無い。


「あるから!絶っっ対にゴールドラインはあるの!」


「……コペりん」


それでも何とか力を振り絞って反論の声を上げたコッコペリーノに対し、アルセーヌはしゃがみこんで目線を合わせた。


「夢だけじゃ食っていけねぇ」


「…………」


トドメの一撃。

アルセーヌのクリティカルヒットをまともに食らったコッコペリーノはついに、うつ伏せになって倒れ込んだ。

そして永作はその一部始終に、何と言えば良いのか分からず困り気味になりながら眺めていた。


「でもね、コペりん」


アルセーヌがコッコペリーノの肩に手を起き、コッコペリーノは顔を上げてアルセーヌの方を見る。


「あたしはね、ゴールドライン伝説を信じているよ。コペりんの夢は決して否定しない」


「アル……!」


「だからもっと頑張ろっ!コペりん!」


「!!……うん……うん!!」


力尽きていたコッコペリーノに再び力が宿り、彼女は立ち上がる。


(……飴と鞭じゃん)


そして永作は心の中で思いっきし突っ込みを入れていた。


「それにね!」


アルセーヌは今度は永作の方へ振り向いた。


「ちょっと抜けている所もあるけど、コペりんって本当にすごいんだよ?」


「そうなの?」


「うん!なんたって“竜殺者(ドラゴンスレイヤー)”の称号を持った世界にたった5人しかいない【黒三連星(ブラックスリースター)】階級の最高位冒険者なんだよ!」


「え!?すごっ!?」


“竜殺者”……なにその称号カッコイイ!!


「いやぁ…それほどでも…」


褒められて機嫌が良くなったコッコペリーノは恥ずかしそうにしながらも、満更でも無さげだった。


「ンンっ!話しが長くなりましたが、永作さんには一時的に【ゴールドライン】のメンバーになってもらって、生活して貰います」


ふと我に返り咳払いをしてから、コッコペリーノは本題に入った。


「え?でも俺には冒険者が出来る程の力なんてありませんよ?」


「あくまで形だけですので、ご心配には及びませんよ。【ゴールドライン】のギルドメンバーになって貰う事で、永作さんは【ゴールドライン】という強力な後ろ盾を得る事が出来ますから」


「仮に何か企む輩がいたとしても、“竜殺者”で【黒三連星】のコペりんを敵に回したい奴なんていないからね」


「なるほど…」


確かにこれなら永作の身の安全はきっちり守られる。

同時に組織に所属する事で、異世界における永作の身元も保証されるという事だ。

一石二鳥とはこの事だ。


「分かりました。ではそれでお願いします」


メリットしかないなら断る理由なんて無い。

永作は快くコッコペリーノの提案を承諾した。


「ほっ……良かったぁ。断られたらどうしようかと……」


胸を撫で下ろして安心するコッコペリーノを見て、永作は少し慌てた。


「いや、そんな!断る理由なんて無いですよ。むしろあんまり役に立たないのに、ここまで良くしてもらって俺としては何とお礼を言ったら良いか……」


「気にしなくていいよ。あたし達にとっても得のある話しだからね!」


「え?」


永作はアルセーヌの方へ振り返った。


「さっき言った通り、このギルドは深刻な人員不足だからね。人を呼び込むにしても何か注目を集められそうな物が欲しいんだよ。その点、召喚された勇者が所属したとなれば十分な話題になるだろうからね、あたし達にとってもこの話しには旨味がある……ウィンウィンな関係ってやつだよ!」


「な、なるほど……」


つまりは勇者というのはそれだけ人々から注目を集める存在だと言う事だ。

人から注目される事にあまり慣れていない永作にとって、まるでスターのように注目が集まるという事は、胃に穴が空きそうになるくらいに、プレッシャーだった。


「と、言うことでこれからよろしくね永ちゃん!」


「はいよろしく……って永ちゃん!?」


「うん。永作だから永ちゃん。渾名だよー!」


突然渾名で呼ばれた永作は思わず聞き返すが、アルセーヌはなんて事の無いように答えた。


「あたしの事もアルとか何とか好きなように渾名で呼んで良いよ?」


「渾名かぁ……」


懐かしい。

渾名で人の名前を呼んだ呼ばれた事なんて小学校を卒業して以来、今日まで一度も無かった。

それ程までに親しく出来た人間は永作にはいなかったからだ。

だからなのか、渾名で呼ばれる事に対し少しだけ嬉しさを感じる。


「よし!それならアルセーヌの事はこれからルパンと呼ぼうかな」


「え、ルパン!?なんでいきなり!?」


自分のフルネームはアルセーヌ・ワーファング。

それの何処からルパンが出てきたのか分からず、アルセーヌは少しだけ戸惑った。


「俺の世界ではさ、アルセーヌと言えば必ずアルセーヌ・ルパンっていう大泥棒の名前が連想されるくらいに、有名な名前なんだよ。だから渾名を付けるならルパンかなー…って。あ、もしかして駄目?」


唖然とした顔で永作を見ていたアルセーヌに、永作は何かマズかったかと慌てて確認した。


「あ!ううん。全然オーケーだよ。ただ、あたしも盗賊として冒険者家業をやっている身だったからさ……思わずシンパシー感じちゃってて、驚いてただけだよ」


「……へぇ、偶然ってある物なんだなぁ」


そういえば、ゲームの中の話しとは言え、冒険者だとか、ギルドだとか、魔物だとか、王宮や街の造り、王宮にいた貴族達の服装も中世ヨーロッパに近い物を彷彿とさせていた。

割とこの世界は自分達の世界と似たような箇所が多いのかもしれない。


「さてと!そうと決まれば次は部屋決めね!」


手を叩いて鳴らすとコッコペリーノはこっちと手招きをして、永作を案内し始めた。


「ここのギルドホームは他所と比べて少し特殊でして、今いるロビーを抜ければ居住空間もあるんですよ」


説明を受けながらロビーを抜けると長い廊下に出てきた。

その廊下を抜けると、広い空間に出る。

二回へ続く階段が部屋の左右にあり、中央には暖炉やソファやテーブルが置かれていた。


「ここは談話室。いつかギルメンが増えた時に皆で談笑が出来るようにと造って貰いました」


「ほぉ…。この空間にいると落ち着きますね」


「あたしは暇な時、よくここで読書したりナイフの手入れをしているよ」


続けて2階まで上がっていき、少し廊下を進んだ所にある一枚の扉の前まで案内された。


「そして、ここが永作さんの私室にして頂こうと思っている部屋です。開けてみてください」


「はい。では……」


音が鳴らず、高級感を感じ取れる扉を開くと、70畳位はあろうか広い室内が目に飛び込んできた。


「わっ!!」


キングサイズのベッドに、木製の机と椅子。

赤色のソファに、大きな収納、本棚まで完備されている。

大きな窓の向こう側を覗くと、中庭を一望出来た。

こんなのはまるで高級ホテルの一室だ。


「……滅茶苦茶豪華ですね」


「お気に召して頂けましたか?」


「そりゃもう」


恐るべしコッコペリーノ。

この屋敷を建てるのに一体どれ程の大金をかけたのだろうか。

流石は称号持ちの最高位冒険者である。


「さてと。そろそろ夕暮れ時ですし、まずは一旦食事にしませんか?」


コッコペリーノに言われ、永作が窓を見ると確かに日が暮れかかっていた。

もうこんな時間か。

そう思ったと同時に永作から腹の鳴る音が聞こえてきた。


「は、はは…そうですね。ではご馳走になります」


「うん。あたしも腹ペコ!」


コッコペリーノの案内で3人が食堂へ向かうと、テーブルの上には既に豪華な出来たての料理が並んでいた。


「……あれ?」


そこでふと永作は疑問に思う。


「屋敷の中には俺達以外、誰の姿も見当たりませんでしたけど…この料理は一体誰が用意してくれた物なんですか?」


しかもかなり手が込んでいる。

これ程の品を用意するには相当な手間が掛かる筈だ。


「あ、まだそこの所の説明をしていませんでしたね」


長い説明になるからと、先に着席を促され3人が食事を取り始めた頃にコッコペリーノは説明を始めた。


「この世界には“妖精”と呼ばれる種族が存在していまして、妖精とは自然や魔力を司り、その力を行使するという特性を持っています」


「へぇー妖精…」


……滅茶苦茶この料理美味いぞ。


呟く永作の隣で、アルセーヌは何も喋らず聞かず、ひたすら食べることに夢中になっていた。


「妖精は本当に多種多様に存在していまして…人前にあまり姿を晒す事はありませんが、このお屋敷にもそれなりの数の妖精が住んでいるんですよ」


そしてコッコペリーノはテーブルの上に並ぶ料理に視線を落とした。


「この料理は屋敷に住まう妖精の一人、料理の妖精が用意してくれた物なんです」


「料理の妖精!?」


「他にも掃除の妖精や、修理の妖精、お茶の妖精、お風呂の妖精、等々もここには住んでおり、メイドの代わりにこの広大な屋敷のそれぞれを管理してくれています」


妖精ってそんなにいるのか。

何となくだが、多分この世界に存在している全ての妖精の種類を言い出すと、六法全書すら顔負けになる気がした。


「いやぁ……なんだか色々と新鮮で面白いですね」


それを聞いたコッコペリーノは興味深そうに永作に尋ねた。


「永作さんのおられた世界には妖精はいなかったのですか?」


「いなかった…と思いますよ?時々ミステリー特番か何かで取り上げられたりしますが、結局の所存在証明は立証されていませんでしたから」


「曖昧…なんですね」


そもそも魔法が無い世界で科学が発展した訳だから、妖精なんて誰も信じやしないだろう。

そう言えば向こうの世界は今頃どうなっているのだろうか。

自分が突然行方を眩ませた事で騒ぎになっていなければ良いのだが…。


既に両親は亡くなっており、友人もろくにいない永作からすれば別に寂しさ等は感じないが、それでも多少は騒ぎになっているであろう事を想像すると、少しだけ申し訳ない気持ちになった。


「取り敢えずですね永作さん」


「……?はい」


コッコペリーノに話し掛けられ、永作は考え事を一旦やめた。


「今日はお疲れでしょうし、この後入浴を済ませられたらもうお休みになられますか?」


「……確かに今日は色々とありましたからね。そうですね、ではお言葉に甘えさせて頂きます」


「分かりました。では後ほど浴室までご案内しますね」


「はい。お願いします!」


そして食事を終えた後、案内された浴室を見て永作は腰が抜けてしまった。

100mのプールよりも何倍も大きな浴槽、しかも同じサイズで石造り、木製の2種類があり、サウナまで揃っていた。

永作の知っている大浴場とはまるでレベルが違ったのだ。


おまけに大浴場の奥にまた引き戸があり、そこを抜けると今度は露天風呂まであるという。

しかも、男性用と女性用で同じ大浴場が2つもあるのだ。

いくらなんでもスケールが違いすぎる。

庶民感覚の永作にとってこの広さは逆に落ち着かなかった。


湯上りに90畳はあろう脱衣場で、よく冷えたフルーツミルクに近い甘い飲み物を飲んだ後、永作は自室へと戻って来た。

身にまとっているバスローブも肌触りが随分心地良い。

間違いなくこれも高い物なんだろうなぁ……。


歯磨き、と言っても歯ブラシでは無く、ビー玉くらいの大きさの魔法の水晶を口の中に入れると浄化の魔法が発動し、一瞬で口内が洗浄されるという驚きの物だったが、それを済ませてからようやく永作は一息吐いた。


「ふぅ……この暮らしに慣れるのにはかなり時間が掛かりそうだよなぁ……」


そう言えば杏果さんは今頃どうしているのだろうか。

王宮暮らしと言うことは、今の俺と同じかそれ以上に腰を抜かして驚いてでもいるのだろうか。

尤も___


「王宮の方が……絶対に落ち着かないよなぁ…」


合掌。

永作は心の中で今頃大変であろう杏果に同情した。


そして欠伸をしながら、カーテンを閉める為に窓の方へ向かう。

ついでに夜空の方へ視線を向けると、永作は思わず息を飲み、自然に窓を開けて夜風に当たりながら夜空を見上げていた。


「すごいなぁ…。星が綺麗……それに本当に月が2つ浮かんでいる」


2つ目の月は片方の大きさの半分程しか無く、片方は半月、もう片方は三日月の形をしていた。

……一体どういう仕組みなのだろう…不思議だ。

流石は異世界。

改めてここは異世界なんだなぁ…と、永作は今更ながらにそう実感していた。


永作は10分くらい星を眺めてから、窓を閉めカーテンを閉める。

部屋の灯り__魔法の照明に消えろと念じれば消えるのだが、そうやって消灯してからベッドの上に仰向けになって倒れ込んだ。

そして___


(あ、やばい。このベッドの寝心地はまじでやば……い……)


今までに味わった事の無い最高の寝心地のベッドにやられ、今日一日の疲れもどっと出てきたのか、永作は10秒も掛からずに夢の中へと撃沈していった。



今回もゆるやかなお話し。

とは言え、次回からがようやく山田 永作の異世界生活の始まりです!

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