第一話 辺境開拓司任命
帝国歴3076年12月14日
アルビオン銀河連合王国が四王冠統一戦争や大航宙時代を経由し、アウレーア七重冠銀河帝国や神聖ロマニア教皇領と接触して1000年以上経過した頃。月に一度資源星系を巡るちょっとした小競り合いが新聞をにぎわす程度の平和の最中。
王都星ロンディニウムⅢの王立学院でのんきな学生生活を送っている所を、緊急通信で呼び出された私は十四回もの空間跳躍を経て、遥々バローインファーネスⅣの自宅で父である第169代ダービー伯トマス=スタンリーと顔を突き合わせていた。
私の祖父であるエドワード=スタンリーからダービー伯を受け継いで30年、厳つい顔は度重なる親族と王族からの無茶ぶりにより厳めしさを増し、増えた酒量と運動不足が腹の肉として表れている。
そんな父から意味不明な言葉が出たので、私は口をつけようとしていた紅茶を置き問い直す。
「もう一度言ってください父上。今何と仰いました?私には理解できませんでしたが」
「もう一度言ってやろう。ランカスター公にして連合王国女王陛下であらせられるエリザベス24世陛下より、当家の三男であるヘンリー=スタンリー騎士爵をオークニー外縁開拓司へ叙任するという知らせがあった。名誉なことだ、直ちに出立せよ」
もう一度聞いても意味が分からなかった。連合王国でも重要星系を任されているダービー伯とは言え、継承権も低い三男である私に女王陛下から直接の命令があるなど考えられない。
それも父を経由した叙任というのが理解できなかった。現代では珍しくもない辺境開拓司であるが当時約50年ぶりの任命であり、慣例では王城キャメロットで勅許状と下命を受けることになっていたからだ。
これが一般人でもなれる辺境開拓士であれば、植民地省から認可を取るだけで済む。目的地も準備も、行くも行かないも自由だ。
だが王権によって指名される辺境開拓司は行き先も出発期限も定められていた。しかも王国から支援を引き出すのも困難だったのである。
財務省も植民地省も海軍省も権限がないと言い出すし、国王の私有財産を司る大蔵省や王領大臣への資金拠出命令も歴史上数えるほどしかなかった。
歴史上多くの辺境開拓司は個人では返済不能なレベルの膨大な借金を抱え、一族の資産を食い潰した挙句宇宙のチリとなってきたのである。
ウィンチェスター伯爵やボールドウィン侯爵の成功の陰には、夥しい数の貴族の死体と怨嗟が積みあがっている。
この時の私は悠々自適な学生生活と、王都星に残してきた3人のガールフレンドを手放すまいと必死に抵抗した。
「お待ちください!外縁開拓司への叙任は名誉な事なれど、準備は必要です!私は星系内ヨットくらいしか持っていないのですよ!」
あの当時の銀河外縁部開拓に赴く命知らずな開拓士共ですら、長距離航行向けに改造された重武装輸送艦か重フリゲート艦を用意していたものである。
悪名高き宙賊のみならず、結晶生命体や宇宙怪獣、反乱機械知性に遭遇して生き残るためには軍用グレードの武装とシールドを備えた中型艦に乗るのがが最低ラインであった。
そんな場所に長距離航行もできない星系内ヨットで行けば一瞬でチリくずに変わるだろう。
もっとも航宙母艦を含む1000隻の打撃偵察艦隊が、たった三度の空間跳躍で星系を埋め尽くすような宇宙怪獣の群れに遭遇し、半壊して逃げ帰ってくるのが銀河外縁部という場所である。
これはあくまでも出立を遅らせ、何としてでも辺境送りを回避するための時間稼ぎに過ぎなかった。
だがそんな抵抗など見透かされていたのだろう。父は見事に退路を断ってきた。
「不要だ、先代ダービー伯がお前のために用意した航宙艦はいつでも出立できるようになっている。あれは強力な艦だ。外縁部でも問題はあるまい」
「Earl of Derby!?あれは数百年前の骨董品ですよ!動くかどうか確認してからでも遅くはありますまい!」
その父の言葉に、私は思わず立ち上がって抗議してしまった。
父の言う航宙艦、タイガー級巡航戦艦は確かに強力である。何しろアルビオン銀河連合王国の本国艦隊巡航戦艦戦隊旗艦を務めた名艦だ。
それが10世代、300年近く前の骨とう品でなければ納得もできただろう。
だがかつての戦争での殊勲艦であるがために解体も許されず、ダービー伯爵家の財政と本星宇宙港の大型桟橋を圧迫し続ける粗大ゴミというのが当時の私の認識であった。
「既にダービー伯爵領軍が航行試験を完了している、あれが問題なく動くことは確認済みだ。つべこべ言わずに出立せんか!」
数年ぶりに父の怒声を聞いた私は思わず震え上がり、自室に戻って荷解きもしていない荷物をトランスポーターへ投げ込んで宇宙へととんぼ返りすることとなった。