97話◆魔王様の見えない本心。
距離感バグってるルイに僕の心臓がバクバクと鳴る…
ごっ…ご飯パクパク…わんぱくパクパク…
「無理矢理、思考を上書きするな。お前はバカか。」
僕を胸の内側に抱き寄せたルイが、僕の思考を読んで僕をバカ扱いする。
「バカって言うな!」と身体を離して、いつもみたいに文句のひとつも言ってやりたいけど、この甘ったるい温もりが心地良くてルイから離れがたい。
今の僕は年上のお兄さんに甘ったれている、ちょっとおバカな小さなお子様だと…ルイにそう思われているという事にしておこう。
「……まったく違うがな。」
ルイの小さな呟きが色んな意味で刺さってイタい。
どうせまた馬鹿にしてんだろ!と思い込もうとする自分と、ルイが僕に向ける気持ちを分かっている自分との狭間で思考も揺れ動く。
このまま自分の本心に流されてしまいたいけど、何か駄目だってストップ掛けちゃう感情も確かにあって、それら全てが無視出来なくてチクチクと刺さってなんかイタい。
人の感情って、こんなに違うモノが一気に押し寄せてきてグチャグチャになって苦しくなるもの?
こんなの初めてだから、どう受け流したら良いか分からない。
こんなにも誰かを好きになった事…無いもの。
「無理に何かをしよう等と考えなくていい。
ただ、私が側に居る事を許していてくれたら…。
それだけで充分だ。」
僕の思考を読むなよ!そして何なの!その甘い言葉!
初めて会った日から、お前ってマジで僕の敵だよ!
僕の神経を逆撫でして、苛つかせて、感情を掻き乱して……涼しい顔で何もかも僕の上を行く。
追い付くのに必死な僕の気持ちなんて分かりもしないんだろう?師匠!
「追い付くまで、いつまでも待つ。
いや…私がお前を想う気持ちの強さだけは追い付かれる事は無いな…。」
ほらな!こっちが何て言っていいか分からなくて無言なのに思考読んで返事して、すげー腹立つ!
剣でも魔法でも何でもかんでも!好きって気持ちまで!
自分の方が絶対に上だって断言しやがんの!
僕だって、もう………
「ルイが好きだよ。
それは多分…もう…追い付いてる…。」
ルイへの気持ちは追い付いてる。本気でルイが好きだ。
だけど、それをフルオープンにするには、どうしても本来の自分が「待った」を掛けちゃうんだよな。
「わたくし本体30歳越えの喪女なんすよ、可愛い美少年じゃありませんけど本当にいいんですかね。」って。
ルイが何度か「魂がお前である事が重要で、外見など構わん」的な事言ってくれてるけどさ…
「いやいや、いやいやぁ…しかしながらですねぇ…」みたいになっちゃう。
あとまぁ…成人男性のルイと小さな少年の僕がくっつくのは…色んな意味でヤバい気が。
僕の小さな身体を包み込むように、やんわりと抱き寄せていたルイがピクリと身動ぎしてから僕の髪を一度撫で、僕から身体を離した。
「お前は本来の中身が30歳をとうに過ぎている事を気にしており、外見は幼い男児だという事をも気にしてるという事か。
どちらも私にとっては些末な事でしかないが、ふふっお前は随分と面倒な考え方をする。」
面倒で悪かったなと言いたい所だけど、ルイから解放されて力が抜けた僕は、溶けて折れたみたいにクテッとソファーに横たわった。
解放されて良かったような残念なような…う〜ん…ん?
ルイが、ソファーに横たわる僕をジッと見つめている。
何かスゴイ恥ずかしいんだけど!!
何なの!その「お前が愛しい」って語るような目は!
それからっ!それから!その!!
その…何かを含んだような目は…一体ナニ??
なんかスゴイ不安になるじゃん!
ナニ考えてんのか全く分かんないし!
いい事?悪い事?もしかして破廉恥な事!?
全く分からん!
「側に居る事を許してくれって言うけどさ…ルイは僕の従者だし…だから…ずっと側に居るだろ?
ルイが魔王としての役目を果たそうとかしなければ…」
「そうだな。私が魔王になったとして……
お前に魔王を倒す勇者の真似事をさせるのはさすがに忍びない。
私に勝てた試しがないのに。」
あ…?甘い声音で「お前弱いし」ってサラッとディスられた?
いや、考え過ぎかも知れないけど、からかう言葉でなにかを誤魔化されたような気もする…。
ルイみたいに、僕にもルイの考えている事が分かる能力があったら良かったのに………
▼
▼
放課後の学園生徒会室では━━
まだ幼いアヴニールだけを暗くなる前に寮に帰らせ、高等学科の生徒役員だけが残って作業を進めていた。
「こんなの、私の知ってる生徒会と違うぅ!
生徒会室はもっと和気あいあいとしていて!
お茶を飲んだりクッキーつまんだりしながら、楽しくおしゃべりする場所なハズなのに!」
アカネは大量に積み上げられた書類を正しいページに重ねていく単純作業に嫌気が差し、思わず机を叩いて泣き言を口にした。
「お前、生徒会の仕事をナメてんのか!
早く帰りたいんだ!サッサと手を動かせ!
茶を飲んで菓子食ってる暇なんかあるか!」
グラハムが苛立ちをあらわにしながら、アカネが重ねた書類をまとめ、装丁のためにキリで穴を開けていく。
「俺だって放課後は訓練場に行って剣の腕を磨きたいんだよ!毎日!
だいたい菓子食って茶を飲んで楽しくおしゃべりって何だそれ!
生徒会がそんなんだって、どこ情報なんだよ!」
自身がプレイしていたゲームの中での生徒会しか知らないアカネにしてみれば、生徒会室は攻略対象者の情報入手の場であり、交流を深める場としてのイメージしかない。
連日、生徒会室で雑務をさせられるばかりで攻略対象者との好感度を高めるような交流は一切出来てはいない。
それどころか、相変わらず冷遇されている状態が続いている。
「ゲームの中のグラハム様だって私に優しかった。
現実になったら、もっとみんなにチヤホヤされると思っていたのに…こんなの違い過ぎる…。」
「二人ともうるさい。
黙って作業を進めろ。」
眉根を寄せ、静かに苛立ちを見せたエドゥアールはグラハムが穴を開けた書類の束に順番に紐を通していく。
その面倒な作業の様子を見たアカネが「うへー」と声を出し、嫌々作業を続ける。
「穴あけてヒモ通して…めんどくさっ。
こんなの、ホッチキスがあったら簡単なのに。」
黙々と皆が作業をする中、机に両肘をつき口の前で両手の指を組んだクリストファー王太子が、皆の前で深刻な声音で唐突に口を開いた。
「……シャルロット嬢、大事な相談がある。」
王太子殿下の深刻な声音、表情での許婚者への大事な相談との声掛けに、アカネを除く4人の顔にピリッと緊張が現れた。
━━それは我々が聞いていても良い話なのだろうか━━と。
貴族籍を持たない平民であるリュースは特に、王族が身内となる貴族の者への相談事など聞いてはならないのではと退室を考え、無意識に扉の方に目を向ける。
「皆様もそのままで。
お聞きしますわ。クリストファー殿下。」
シャルロットは皆が居る事を気にする様子を見せず、このまま話を聞く態度を見せ、たおやかに微笑んだ。
その笑顔に皆の緊張感が僅かに緩む。
「実は…学園に来てからというもの、アヴニールが私に冷たくなり、素直に甘えてくれなくなった。
学園に来て交友関係が増えたせいで何か良からぬ事を吹き込まれ、温かく穏やかだった彼の純真無垢な心が悪い物に染まりつつあるのではないかと…。」
深刻な表情で、搾り出す出すように苦しげに吐露された相談事の内容があまりにもバカバカしく、皆が「はぁ?何を言ってんだ」という呆れを含んだ困惑の表情を見せる。
シャルロットは少し困った顔をして頬に手を当て首を傾けた。
「まぁ殿下…殿下は大きな勘違いをなさってますわ。
アヴニールは何も変わっておりませんわよ。
アヴニールは元々殿下には冷たいですし避けておりました。
逃げ場がない時は諦めていたようですけど、アヴニールから殿下に甘えたりなどはしてませんでしたわよ。」
「グッッ!!ファッ!!」
「だよなぁ」と皆が納得してウンウンと頷く中で、ダメージが大き過ぎたのか胸を押さえつけ苦悶の表情を見せる、一人満身創痍状態のクリストファー王太子。
「いや、俺が見ていてもさぁ…お前が一方的に無理矢理アヴニールにくっついてく感じだったって。
俺もアヴニールを思い切り抱き締めたりして可愛がりたいから、お前の態度も分かるっちゃー分かるけど、嫌われたくは無いしな。
お前、アヴニールが引くほど遠慮無くグイグイ行き過ぎだもん。」
グラハムがハハッと苦笑しながらクリストファーにトドメを刺すように言えば、学園に入った事によりアヴニールとニコラウスの三人だけで過ごす大聖堂の地下での至福の時間が無くなった事を不意に思い出したリュースが悲しくなったのか、ウルッと目を潤ませた。
隣に座るニコラウスが泣きそうなリュースに気付き、思わず「げっ」と焦った顔をして慌て始める。
━━どいつもこいつもアヴニールアヴニールって!━━
バン!と叩かれた机が大きな音を立て皆がそちらに注視すると、両手を机の上に置いたアカネが険しい顔をして椅子から立ち上がっていた。
「ねぇ!なんでみんな、あんな子にそんなに夢中なワケ!?
あの子を好きになったって、どうしようもないでしょ!
あんな子よりもちゃんと私を見てよ!
役割も使命も、私とじゃなきゃ果たせないんだから!」
エドゥアール以外の4人の態度を見たアカネは、4人ともがアヴニールに強い好意を抱いている事を改めて知らされた。
ゲームの中の世界観が破綻しているとはいえ、それでもこの世界に来たからにはアカネの最たる目的は攻略対象者全員とラブラブになる逆ハーであり、その目標は簡単に手放せない。
特に最推しである魔王ルイは絶対に落としたい。
そんな焦りが態度に表れる。
「は?役割とか使命とか、何だよそれ。
お前と俺たちとで一体何が果たせるってんだよ。」
リュースの顔にハンカチを押し付けたニコラウスが呆れ気味にボソッと呟くようにアカネに訊ねる。
「それはっ!この世の危機とかが…あ、あるのよ!
まっ…まぉっ…まぉぉ…!まァオォ…!
とにかく、この世界を支配しようとするっぽい、なんか、そんな感じの危険な何かがっ!それはっ私じゃなきゃ倒せないの!
私が倒さないと駄目なの」
アカネはしどろもどろになりながら、何か上手い言い方を探すが、この世界での自身の存在意義を失う気がして「魔王」の単語を口にする事が出来ない。
ニコラウスは気味の悪い奇声を発するアカネに「うわ」と引いた態度を取り、興味無さげに目を逸らした。
「じゃ、お前レッサーキマイラとか倒せたりすんの?
そんな世界を危機に陥れるような奴を倒せるんならレッサーキマイラくらい余裕だよな。」
目を逸らしたままニコラウスがアカネに訊ねる。
表情は平然としているが、内心ではかなり苛ついているらしく、リュースの涙を拭ったハンカチを握ったままテーブルに置かれた手に異様に力がこもっている。
リュースだけがそれに気付いて、緩く首を振った。
二人はアヴニールがレッサーキマイラをいとも簡単に倒せる事を知っている。
だがそれを誰にも言わないのがアヴニールとの約束だ。
「わっ私一人じゃ無理なんだけど、みんなで力を合わせたら…きっと…!」
「アカネ様、申し訳ございません。
私たちは貴女の盾になる気はございませんよ?」
リュースがニコリと微笑み、サラッと毒づいた。
他の4人も、冷めた表情でアカネを見る。
アカネはグッッと言葉を詰まらせ、椅子に腰を下ろした。
今のこの状況から、どうやったらこの場に居る5人の攻略対象者たちの好感度を上げられるのか全く見当がつかない。
何かをしようと、言おうとすればするほど好感度は逆に下がっているように思える。
むしろ、この部屋に居て一番好感度が高そうなのが、ヒロインを苛める悪役令嬢であるはずのシャルロットだという。
「何かを頑張ろうとなさっているアカネ様を、わたくし応援致しますわ。
ですが…大変申し訳ございません、アヴニールからルイを取り上げるのだけはご遠慮下さいね。」
少し困り顔で微笑みながらシャルロットがそう言えば、エドゥアールを除く4人の視線が一斉にアカネに集まる。
「まさかアヴニールの従者にまで色目使ってるのか?」
「グラハム様、色目って言い方はあんまりだと思うんですけど。」
「いやニコラウス、あれは色目以外のなにもんでも無いだろ。」
「グラハムもニコラウスも、論点はそこじゃない!
彼女が我々だけではなく、アヴニールの従者にも興味を注いでいるという点だ……いいか、これは…。」
「ええ、殿下…分かっております。私たちはアカネ様を応援するしかありません。」
4人は同時にコクンと頷く。
そして満面の笑みを浮かべて同時に口を開いた。
「アカネ嬢、我々は君がルイと結ばれるのを応援する!!」
へ?と頓狂な表情をしたアカネが状況を把握するより早く、シャルロットが口を開いた。
「皆様わたくしは今、アヴニールからルイを奪わないでとアカネ様にお願い致しましたのよ?
それなのに皆様はルイがアヴニールから離れるようになる事を応援なさるとおっしゃいますの?
ルイにアヴニールを独占されているのが妬ましいからと、優秀な従者であるルイを引き離したりしないで下さいまし。」
静かな優しい声で、美しくたおやかな笑顔で、それなのにシャルロットの強い怒りが分かるほどの冷たい空気が部屋を満たした。
━━こっ怖っっ!!!
ゲームの中のヒステリックな意地悪シャルロットより怖い!!!━━




