92話◆納得いかない事ばかり。
夕方になり、グッタリした僕はルイを連れて寮の食堂に行った。
ローズウッド侯爵家の料理長が作ってくれたミートパイは途中で食べるのを断念したために空腹がまだ治まっておらず、僕はルイのせいで疲労困憊状態だ。
「やれやれ…せっかく料理長がお前のためにと持たせてくれたミートパイを残すとは……。」
「ハァ?一体誰のせいだと思ってんだよ。
膝に座らせた上に、ことあるごとに味見させろと僕の指を舐めようとしたりなんだり…
そんなの落ち着いて食べれるワケ無いだろ!」
「誰かさんの膝の上で本は読めたんじゃないのか。」
「読めてないよ!だから読むために早退したんだろ!」
周りに聞こえないように小声でルイと言い合う。
大人の従者と痴話げんかみたいな言い争いをしている小さな自分に対し、僕は一体何をしてんだろうと思ったりする。
ルイの意味不明なスキンシップと不遜な態度は、シーヤとの事に対するルイなりの意趣返しなのかも知れないが…
ルイの嫉妬があからさまになり過ぎて、それを嬉しいと思ってしまう僕も大概なんだが…嬉しい反面、内心はかなり複雑だ。
だって魔王サマと僕が結ばれるって…無いんじゃない?
先行き不透明と言うか…僕たちの今後が見えないし。
だったら僕たちは今、何をやってるんだろう。
僕が考え事をしてる間にルイが食堂の椅子の上にクッションを積み重ね、僕をその上に座らせた。
給仕の者に食事を運ぶよう指示を出し、テキパキと僕の夕食の準備を整えていく。
うーん従者としてのルイは本当に完璧なんだよな。
従者としてだけではなくパパ上の補佐的な事も出来たりするし、ルイの優秀さについてはパパ上でさえ認めている。
魔王サマは魔族の頂点に立ち、やがて世界を支配すべく完全無欠の御方━━だから従者の仕事も完璧にこなせるってこと?…それって、どうなんだよ。
「相変わらず、ルイさんは甲斐甲斐しくアヴニール様のお世話をしてらっしゃいますね。」
僕の向かい側の席にジュリアスピヨコを座らせながら、ジェノが僕を見てクスクスと笑みを零す。
相変わらず……コイツは僕を敵視してんなぁと分かる、どこか嘲笑じみた笑い方だ。
コイツは魔王ルイの片腕で、命をも捧ぐほど崇拝に近い忠義をルイに捧げており、絶対服従の姿勢を崩さない……のだが、僕を嫌うあまり魔王のルイが僕の従者のルイになった途端、脳がバグるのかルイへの接し方が超フランクになる。
嫌いな奴の従者だから馬鹿にしてもいいって考えになるのだろか。
人間であり同じ従者という立場だから、そう装っているのではなく、本気でルイを対等か格下に見てるっぽい。
「ルイは優秀な従者なんでね…。
そういうお前は、自分の主そっちのけで他家の主人に直接話し掛けて来るとか、従者としてどうなんだよ。」
ジェノは「さぁ?」とでも言いたげに肩を竦めて見せた。
気の短いお貴族様だったら、こんなのブチ切れてもおかしくないよ。
まぁ…ブチ切れられても平気だから、そんな態度取れてるんだよな。
ジェノはルイほど『人間の従者』を完璧にやるつもりはないのだろうし。
「ジェノ!お腹が空いたぞ!
なんか美味そうなモノを用意させてくれ!」
「今、用意させますので、それまでテーブルの上に飾られた花でも食ってて下さい。」
テーブルをバンバン叩いて食事を催促する、上級貴族のお坊ちゃんにしてはお行儀のなってないピヨコ自身、ジェノのゆるい上にデカい態度をあまり気にしてなさげだ。
僕はぐるっと辺りを見回し、何気なくアホンダラん家のマル君を探した。
今日、学舎の食堂前で訳わからん「友だちになれ」命令をされて不快感いっぱいで彼から離れた後、彼の姿を見てない。
あの後に学舎の食堂に来た様子も無かった。
だとしたら、あのブタ……失敬。
マル君もお腹を空かせて寮の食堂に来るかと思ったんだけど。
と、マル君の従者になったデュマスの姿が見えた。
だがマル君の姿は見えず、給仕の者に部屋で食事をする旨を伝えている様子。
マル君の傍若無人ぶりには皆が辟易していたから、マル君自身の姿が見えない事に誰も心配するような素振りは見せない。
マル君の取り巻きみたいな立ち位置だった子たちも、マル君の居ない状態で楽しそうに談笑しているし。
誰もマル君が居ない事にもデュマスの存在も気に掛けない中で、たった一人だけがあからさまに態度を変えた。
ルイだ。
遠くの物を見るかのように目を細めて、めちゃくちゃジト〜っとネチッこい視線でデュマスを見る。
やはり、デュマスについて何かが引っ掛かったまんまなんだろうな。
ジェノもデュマスをガン見するルイに気付き、「おや…」と不思議そうな表情を浮かべた。
ジェノはそっと僕の背後に立ち、僕にしか聞こえないよう小声で話し掛けてきた。
「珍しいですね…陛下がクソガキ以外に、あのような熱い視線を送るとは…。」
「クソガキ言うな尻コン。アレ熱い視線かなぁ?」
魔王様の側近とはいえ、本当にコイツは僕に対して遠慮がネェ。一回マジでボコッとくか…。
とは言え、側近のジェノから見てもルイの態度は珍しい事みたいだ。
「おや、あの男に嫉妬ですか?」
「アイツに嫉妬なんかするか。
なんかねぇ、ルイはデュマスを見た事あるのに知らないって言うんだよ。
それが自分では理解出来ないみたいで。
僕なんか、この人見た事あるけど何処の誰か分からないーなんて事あり過ぎるから、ルイが何をそんなに気にしてんのか分からないんだよね。」
地球に居た頃は、テレビの中の人はほとんどがそんな感じだし。
芸能人も政治家も意識してないと顔も名前も覚えらんない。
誰も彼もが、ぼんやり見覚えがあるけど誰だっけみたいな感じになる。
「陛下は……言葉が足りないんですよね。
感覚で物を言うから、周りが理解出来ない時がある。
陛下を弁護する訳じゃないですが、クソガキに陛下が残念な人だと思われても困るので教えて差し上げますが。
我々魔族と人族の認識には違いがあるんですよ。」
説明してくれるんだ、とは思うけど、クソガキ呼ばわりをやめる気は無いんだなコイツ、と思うので礼は言わない。
つーかルイの事を残念な人だと思ってんのは、お前じゃないのかよ。
「我々魔族は、深淵の闇魔法を常時使う者が多い。
敵を欺くために身体を変化させ擬態する者、上級魔族ともなれば更に強い魔物に変身する者もおります。」
ああ、イワンがまさしくソレなんだったな。
大きさに関係なく蝶にも鎖にも邪竜にもなれる。
「ですので、陛下の今の姿も私のこの姿も、深淵の闇魔法を使って変化した姿なワケです。」
「それは知ってる。
お前が本当は尻のデカいユニコーンで、初めて深淵の闇魔法を使った後に元のユニコーンに戻ったら、角を生やし忘れて部下に捕まったんだろ。
普通の馬と間違われて。」
僕の受け答えにジェノのこめかみがピクッと引きつったのが見えた。
ケンカを売るなら買ってやるぞ、とハンっと鼻で笑ってやる。
「……なので、我々は誰かを見る時には今後、個人を判別するために「知る」が前提になるのです。
よって、我々魔族が意識して有象無象の人族を見て「知る」事はあまり無い。」
……ますます意味が分からんくなってきたが。
深淵の闇魔法のくだりは必要だったのか?
僕の「はぁ?お前、何言ってんだか分かんないぞ。説明下手くそか。」的な視線にイラッとしたのか、ジェノは斜に構えた態度で僕を見下ろした。
「クソガキだって、普段地面を這っているアリを個別に認識したりしないでしょう。」
「しないよ。アリはアリだからな。
つーか人間をアリ扱いすんな。
お前だって今、その人族に成りすましてるくせに。」
「そう、姿を変え成りすましている。よって外見だけでは個人を特定出来ない場合もある。
だから我々は見ると同時に、その者を『魔力で知る』のです。
例えばクソガキが今、陛下に変身したとしても、そのおぞましいアホみたいな魔力で、洗練された高尚な魔力を持つ陛下ではないと分かるんですよ。」
マジでケンカ売ってんなコイツ…やっぱりボコッとかないと……それはともかく
ルイは、従者として接する必要のある人間は誰一人忘れる事はない。
だけど関わる必要の無い人間に関しては地面を這うアリと同じ扱いで一切興味がない。
だから気にも留めないハズなのに、ルイはデュマスを見た記憶があるという。
でも「知らない」のだと。ドゆ事?
「アヴニール、早く食べないと冷めるぞ!」
ピヨコの声に思考を遮られた。
気がつけば、目の前のテーブルに給仕が温かい夕食をキレイに並べている。
デュマスが食堂を去った後もルイはあいも変わらず訝しげな表情をしているが、とりあえず僕は夕食を取る事にした。
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「お食事を持って来ましたよ、マルセリーニョ様。」
アフォンデル伯爵家の嫡男マルセリーニョは、部屋のソファに座ったまま腕を組んでデュマスを睨みつける。
父親に確認を取る間もないまま、いきなり従者だと名乗って現れた男は今までの従者のように自分の言いなりにはならず、逆にああしろこうしろと課題を出して来る。
それがマルセリーニョには気に入らない。
「腹が減ってるんだ、早くよこせ。」
「その前に、昨夜私がお願いしました通り、ローズウッド侯爵家のアヴニール様とお友達にはなって下さいましたか?」
デュマスは食事を乗せたワゴンをテーブルから少し離し、微笑みながらマルセリーニョに訊ねた。
マルセリーニョはプイと顔を横に向け、不満げに唇を尖らせる。
「………なんでオレがあんな奴と友だちにならなきゃならないんだ。」
「あー…その様子ではなれなかったのですね。
本当に貴方は役立たずなんですねぇ。」
デュマスは感情の見えない薄ら笑いを浮かべながら、食事の乗ったワゴンをテーブルから遠ざけた。
「おい!早くそれを並べてディナーの用意をしろ!」
「何を言ってるんですか。
役立たずに食べさせる物はございませんよ。」
カッとなったマルセリーニョはワゴンを移動させるデュマスの背後に駆け寄り、デュマスのかかとを蹴った。
「オレを役立たずだと言ったな!
お前はクビだ!パパに言いつけてやるから…ブッ!!」
言葉が言い終わらない内にマルセリーニョの身体が後ろに飛んだ。
丸い身体は一瞬宙を飛び、床に叩きつけられる。
あまりにも一瞬の事で何が起きたか分からなかったが滲み出るようにじわりと、今まで経験した事の無い痛みが頬と口の奥に走るように広がる。
「いっ…いった…痛い…痛い!痛い!痛いぃぃ!!」
ギャンギャンと大声で泣きわめき顔を押さえてうずくまるマルセリーニョは、床に落ちた歯と血の雫跡を目にした。
目の前に立つデュマスが右手の甲をさするのを見たマルセリーニョは、自分がたった今デュマスに何をされたのかを理解した。
デュマスが自分の頬を、手の甲で思い切りぶったのだと気付いたマルセリーニョは、怒りよりも恐怖に支配された。
生まれて初めて受けた暴力は、想像を絶する恐怖と苦痛をマルセリーニョに刻む。
「パパに言いつける?どうぞご自由に。
貴方の家族、親族一同全て私たちの家畜です。
ああ、それでも…その怪我は学園では目立ちますね。
これはいけません。」
デュマスはマルセリーニョに回復魔法を使った。
腫れた頬も抜けて飛び出した歯も、キレイに元通りになる。
「か、回復魔法…女神の信者なの………ブッ!!!」
回復したばかりのマルセリーニョの左頬は、再びデュマスの拳で殴られた。
身体が右方向に吹っ飛び床に叩きつけられる。
手の甲で打たれた先ほどより激しい痛みに襲われ、再び歯が落ち、口と鼻からボタボタと血が流れ落ちる。
「ああぁぁぁ!!!!」
「あんな穢らわしい物と一緒にしないで頂きたい。
我々の神は、遥か高みにおいでる至高の存在なのです。
貴方には教育が必要ですね……家畜としての。」
再び回復魔法を唱えマルセリーニョを完治させたデュマスは、笑顔を浮かべたまま拳を握ってマルセリーニョに歩み寄った。
「あっ…あっやめ………やめろ……やめて!!
もう、やめて下さい…!」
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夕食を終えて自室に戻った僕は、ルイの方をチラリと見た。
ルイの表情からは食堂でデュマスを見ていた時の険しさが消えており、普段のルイに戻っていた。
ソファーに腰を下ろしてフゥと一息ついた僕の前のテーブルに、ルイが淹れたばかりの紅茶を置いた。
「アヴニール…大事な話がある。」
真剣な顔でテーブルの隣に立ったルイにそんな事を言われて、僕は少し驚いた。
ルイが改まって話すような大事な話?一体どんな話だろう……
「大事な話って…なに?どんな話?」
僕がルイの方に身体を向けて聞く体制になると、ルイは納得したかのように小さく頷いた。
「話す前に、お前を縛らせてもらっても良いか。」
縛る!?話す前に縛る!?
それ一体、どんなプレイ!?




