90話◆自習タイム。
平静さを装いつつもまだ照れがあるのか、ウォルフは耳を赤く染めたままだ。
そんなウォルフを見る僕は、お姉さん的な立場での「あらあら」的なニヤニヤが止まらない。
そんな僕から「もう、いいだろ」的にウォルフはスイッと顔を背けた。
「そうだ、夏季休暇になったらウチに遊びにおいでよ。
お父さんが働く姿を見に。」
「!?べっ…別に、俺は父が働く姿を見たいなんて思ってないが…!」
まぁカワイイ!
お姉さんは、君が振り向いた瞬間「ホントに!?」みたいに表情を一瞬パァっと明るくさせたのを見逃さなかったわよ。
でも、いくら中身がお姉さんでも見た目は小さなお子様の僕が、いつまでもお兄さんのウォルフをからかっていては駄目だよな。
ここは貴族の令息らしく真面目に…
「侯爵の補佐をする父の仕事を見学するってのは、ウォルフの将来にも役に立つと思うんだ。
ウォルフの成績なら、将来的に要職に就きそうな気がするからね。」
それなりにフォローしたつもりだけど、まだ何か年上目線だよな…カワイこぶるのは出来るけど、素で幼い子を演じるのは意外に難しい。
ウォルフも不自然さを感じるのか、僕を見下ろしながら一度溜め息をついて前髪を掻き上げた。
「……今更だが、アヴニールは本当に年齢に見合ってない話し方や態度をするよな……。」
「それは、僕が大人っぽいって事?」
「確かに大人っぽい物言いはするが…それより態度が…近所に住むオバさんに似てるのが目立つ…ゴホッゴホッ…」
━━オバちゃんクサイって言ってんの!?
そこはせめて、お姉さんにしといてくんないか!?━━
「なんだって?」と言わんばかりの、僕の笑ってない笑顔での圧が強過ぎたのか、ウォルフに語尾を咳で誤魔化されて背を向けられた。
笑ってない笑顔………
そう言えばウォルフは、お父さんの後任としてマル君の従者になったデュマスという貴族の男を知っていたりするのだろうか。
訊ねてみようかと一瞬考えたが、先を歩くウォルフの背を見てやめた。
「やめとこ。
お父さんの事で喜んでる所に変な事聞いて水を差すの何だしね。」
ウォルフのお父さんなら知ってるかもだけど、ウォルフがよその貴族の青年を知ってるとも限らないし。
デュマスの事を聞くのはやめ、僕は先を行くウォルフの隣に早歩きで並んで話し掛けた。
「とにかく、夏季休暇にはウチに遊びにおいでよ!
仲の良い友達を我が家に呼ぶとか…お泊りしてもらって夜通し語り合うだとか、なんか憧れていたんだ!」
「お泊り!?それは駄目だろ。
君の家には殿下のお妃候補の姉君がいらっしゃる。
俺が行くワケには…殿下も邸にいらっしゃるなら話は別だが…」
「クリス義兄上をお泊りに呼ぶ!?恐ろしい!
我が身を貞操の危機に晒すなんて、そんな怖い事出来ないよ!」
「?殿下のお泊りで貞操の危機に晒されるのが姉君ではなくアヴニール?なんでだ??」
なんでって…説明が難しいわ!純朴そうなウォルフに、クリス義兄様の僕に対する過剰な変態愛情表現を語ってもピンと来ないだろうし。
なんなら生徒会の面子の大半が僕フェチのそんな奴らばっかだって言ってもピンと来ないだろうし。
もし、変態連中を我が家に呼んだせいで僕に何かあったりしたら……
多分…魔王様がいきなり邸に降臨する。
「で、アヴニールはなぜ、この質問で顔を赤くしてしてるんだよ。」
「顔ッあか、赤い!?
いやっ、もう、あのねっ!色々あるんだよ!
それにねっ!そんな心配しなくても、夜は邸ではなく離れを使うから姉上と一つ屋根の下とはならないから大丈夫!」
我を失う程に嫉妬したルイを想像して思わず顔をニヤリと綻ばせるとか、ヤバいだろ僕!
素で嬉しいとか思っちゃったのか?僕が原因で激昂するルイに。
まぁ現実では有り得ない話なんだよね。
クリス義兄様達は確かに変態なんだけど、実際には僕をそういう目では見てないし。
それに…魔王様の次に強い僕をどうこう出来る人間なんて、この世にほぼ居ないんだよね。
僕は、頭に疑問符をたくさん浮かべた状態のウォルフを何とか誤魔化しながら、グイグイと学舎に押して行った。
学舎に到着して教室に入ると、今日の授業全てが教師不在で、丸1日自習と掲示されていたのだが……
前世でヒロインとして首席を取っていた僕は知っている。
実は「自習」と言われた生徒が、どう行動するかを見られて評価されているという事を。
自席で大人しく教科書を開いたりは◯
寝たり、雑談をしたりは☓
テンションが上がって騒いだりしたら後日厳しい課題が課せられる。
しかも評価は課題をクリアしてもマイナス。
剣や魔法の鍛錬をしに移動は◎その鍛錬内容も実はこっそりと見られている。
魔法知識や座学知識の習得に図書室に行くのも◎
教室に登校して来た生徒達が自習との掲示を見ると、授業前の時間から数人で集まって話が始まった。
さすがにAクラスの生徒だけあって、まだ中坊年齢でありながらも皆、真面目に粛々と何らかの自習をするようだ。
「おい、アヴニール!ボク達と魔法合戦をやりに行こう!
今度は負けないからな!お前の鳥カゴ魔法を華麗に躱してやる!」
何人か集めたジュリアスピヨコに話し掛けられた僕はニッコリ笑って無言でピヨコを見た。
「黙れ、ピヨコ」とのオーラを立ち昇らせながら。
僕の魔法については箝口令が敷かれたと言ってんじゃないか。ナニべらべら喋っちゃってんだ。
理解してないのか?誰にも言うなっつー事だよ。
「お誘い頂きありがたいのですが、僕は図書館で調べたい事があるので。」
「ありがたく思うのか!なら来ればいいじゃないか!」
「僕はァ…図書館で調べたい事があるのです…チッ…
ありがてぇワケ無いだろーが。」
こんにゃろテメェ!腹をボディブローで抉ったろか。
やんわり断ってるのに気付けよ!
僕の放つ「黙れ」オーラに気付いてない様子な上に舌打ち後のセリフにも気付いてない。
コイツ意外とふてぶてしいよな!
「マーダレス侯爵家のジュリアス様、魔法が得意だとお聞きしましたが…。
もしよろしければ俺の剣技の練習に付き合って下さいませんか。
俺はそろそろ魔法剣を習得したいと、魔法の得意な方に協力をお願いしようと思っていた所でして。」
ウォルフが、下顎がシャクれ気味であからさまに不機嫌な顔になった僕のためにフォローに入ってくれた。
「協力!?いいぞ!お前は確かウォルフとか言ったか?
ボクがお前に魔法を教えてやろう!」
人に頼られた事がよほど嬉しかったのか、ピヨコの興味が僕から逸れた。
ありがとうウォルフ。
ウォルフがウチに泊まる日には、お父さんと二人きりでゆっくり出来るようにスケジュールを組んで、ベッドが2つある良い部屋を用意するからね!
ピヨコが僕に気付く前にトンズラすることにしよう。
静かに席を立ち教室のドアを開け、まだ誰も居ない廊下に出ると早足で図書館に向かった。
一瞬、授業を受ける姉様の姿を見に行きたいと高等部の教室の方にフラリと足を向けたが、数歩進んでから教師に僕の動向を見られているかも知れないと冷静になった。
学園の図書館は国内にある唯一の図書館であり、規模は地球で一番大きいと言われていた図書館と同じ位だと思う。
ブース分けされており魔法書が多く、緊急時にしか開かない禁書室もある。
博物館の様に『いにしえの魔法具』的な物も展示されていたりするが、それらは効力を失っており、仮に盗まれても使われる事はない。
一般の生徒が利用出来るのは図書館の一部だが、それだけでもかなり広い。
僕は前世でも何度か図書館に来たが………
攻略対象者たちとのイチャイチャデートでしか利用した記憶がない。
エドゥアールに勉強教えてもらうイベントとか(首席なんで無意味)
ニコラウスと新しい魔法について研究だとか(親密度を上げた時点で勉強しなくても魔法を習得してるから無意味)
純粋に本を読みに来た記憶が無いなぁ……
それにしても、こんなに広いのに管理者は司書1人らしいし。
多分、魔法かなんかで監視とか管理とかしてんだろな。
僕は歴史書や宗教書のある本棚ブースに行き、国の歴史や宗教関連、伝説や伝承関連の分厚い本を数冊持ってフラフラしながら席に着いた。
今の内に、今後脅威となるかも知れない邪神とやらの情報を少しでも手に入れておきたい。
マライカ国王のシーヤを亡き者にしようとした組織自体は新しいものかも知れないけど、奴らが崇拝する邪神とやらの存在は前からあったかも知れない。
そこから、何かしらの手がかりを掴んでおきたい。
今は授業中の時間帯。
広大な図書館には僕と、眼鏡を掛けた色白で物静かな感じの司書のお兄さんのみ。
ちょっと緊張する…。
僕は席に着いて持って来た本を読み始めた。
密かに身体強化魔法を使い視力も強化、パラパラ漫画並みの速さでページをめくりつつ一言一句見逃す事無く本を読破してゆく。
それにしても宗教書は役に立たねぇわー。
僕を「腐れビッチ」呼ばわりした女神ヴィヴィリーニアを讃えよ的な、要約すると「アンタは可愛い」「アンタは最高!」しか書かれてないクソ女神のファンブックばかりで。
司祭をやってるリュースは毎回こんなん読んでたのか…。
僕は読み終わった本を棚に戻し、伝説、伝承系の新しい本を取りに向かった。
ふと高い位置を見上げると、『失われた古の神々』と気になるタイトルが記された本があるのに気付いた。
さっそく、と手を伸ばしてみたのだが…高過ぎて手が届かない。
━━それ!めっちゃ読みたい!!読みた…!う、…腕がつる!
前世のヒロイン、前々世の地球人喪女だった頃の自分ならば、手を伸ばせば簡単に取れた高さなのに!
いや、軽くジャンプすれば簡単に取れるけど図書館でジャンプって…!
そうだ、図書館!踏み台を持って来たらいいじゃん…って踏み台デカいな!めちゃくちゃ重そう!
いや…レベルカンストした腕力ゴリラ越えの僕なら指でつまんで持って来れるだろうけど…見た目おかしいし目立つし、司書のお兄さんに「なに、この子コワイ」って思われる!━━
「ふあっ!?な、な、ナニ!?な……………!」
僕の身体に影が覆いかぶさり、視界が僅かに暗くなった。
一瞬何が起こったのか理解が遅れた僕の身体が本棚と司書のお兄さんの身体に挟まれている。
僕の頭のすぐ後ろに、高い位置に右腕を伸ばす司書のお兄さんの胸がある。
お兄さんの左手は、僕の左耳側を通って本棚に添えられ、背後からの壁ドンみたいな状況になった。
緊張して身体が強張り、声が詰まる。
僕が、意識し過ぎなのは分かる!普通の小さなお子様ならば「わぁい、お兄さん、本を取ってくれてありがとう!」で済むんだろう。
でも僕の中身は恋愛遍歴ほぼ0の喪女で!
たまたまとは言え、イケメンからのいきなりの壁ドンは…心臓に悪い!
本棚の方を向いたままガチガチに固まった僕の左肩にポンと手が乗った。
━━ひぃぃ!━━
声にならない悲鳴があがる。
こ、これ他の背の低い生徒にもやってるの?
背が低いって、今まで高等部しか無かった学園じゃーほぼほぼ女子生徒さんじゃん。こんなのセクハラだろ?
今後の学園生活において、風紀を乱す者は僕が許さん!
つか姉様が同じ被害にあったら、僕はお兄さんをフルボッコしてしまう。
そうなる前に、注意を促しつつ文句の一つ二つでも言ってやらねば!
意を決した僕は、左肩に置かれた手を振り払う勢いでギュルんっと身体を回して後方を振り返った。
「あのですね!密着し過ぎだと思っ…!ッッッ!!」
司書のお兄さんは中腰で僕の顔の高さと同じ位置まで顔を下ろしており、真正面から僕を見つめて微笑んでいた。顔近い!顔近過ぎる!
肩を越える長さの淡いプラチナブロンドに色白で、眼鏡を掛けた優しく儚い感じの美形。
一見リュースみたいな、ふんわり優男系に見えるヴィジュアルなんだけど…よく見たら眼力強いし、ガッチガチの武闘派系的なこの顔つきは…見た事がある……?
「相変わらず感情が豊かで表情が面白いな。
見ていて飽きない。」
すっごくよく知ってる!
肌が褐色なら完ペキに知ってる人物!
「シー……!!!」
誰が見てるかも分からないのに、驚きのあまり大声で名前を呼びそうになった。
僕の鳥カゴ魔法の箝口令なんかが屁に思える程の、絶対に口に出しちゃいけない、ここに居る事を誰にも知られちゃいけないって人物!
シーヤ・ハンバ・マライカ国王陛下!!
司書のお兄さんは左手で僕の口をそっと覆うようにして塞いだ。
その状態で顔を耳に近付け、囁くような声を残す。
「久しぶりだな、我が心の友よ。
会えて嬉しいぞ。」
そのジャイ◯ンみたいな言い回しも久しぶりに聞いた。
それにしても、自国に帰った筈のマライカ国王のシーヤお兄ちゃんが、学園の図書館で司書をやってるなんて知らなかったよ!
いや、生命を狙われてるから影武者立てて本人しばらく身を潜めさせるとは聞いたけど。
確かに、この学園なら敵に見つかりにくいし、魔法防御が強力だから、守りは強固だと言える。
死にかけた時のシーヤお兄ちゃんみたいに、魔獣を召喚されて━━なんて事も無い。
ああ、シーヤを守るためにブレスレットになったイワンの一部も健在のようだ。
「わ…!」
シーヤは僕の口から手を離し、急に僕を抱き上げて右腕に座らせた。
最近では、ルイ以外にこうやって腕に抱き上げられる事が無いから、変に焦ってしまう。
「シ…!司書のお兄さん、いくら何でもコレはやり過ぎでは!?
こんなの誰かに見られたら、説明するのが大変なんだけど!」
マライカ国王と僕が仲がいいのは、変な勘繰りも含め貴族の間では割と有名な話。
かと言って今、誰かに見られてもシーヤと司書のお兄さんを同一人物だとは誰も思わないだろうし。
「見られたとしても心配するな。
図書館に限るそうだが、この場で知った俺の素性に関する情報は、部屋を出た瞬間記憶から無くなるらしいから。」
ほう、そんな魔法がかかってるのか。
僕は元からシーヤを知ってるから記憶が消える事は無いらしいけど…
いやいや、でなくて、シーヤの素性を隠せても、その行動が問題だろ。
素性がバレないなら尚更、誰かに見られていたら説明が難しいんだけど。
ローズウッドの坊っちゃんが、ただの学園の司書のお兄さんに抱き上げられてたって、理由をどう説明すんだよ。
「今は授業の時間帯、俺達以外は誰も居ない。
もし誰か図書館内に潜んでいても、俺には分かるように魔法が掛けられている。
……つくづく、魔法ってのは便利なものだ。
我が国でも、真剣に魔法学を取り入れる事を考えた方が良さそうだ。」
そうだね、国王陛下のお考えは正しいと思います。
マライカ国は戦うならば魔法に頼らず己の肉体でって考えが主流の国だし、屈強な兵士、軍を擁する国ですからね。
国自体、魔法に偏見あったりで、特に男性は「男のクセに」とか魔法を学びにくい環境になっちゃってるとゆーか。
マライカ国の周辺地域に高レベルの魔物の生息域はありませんので、今までは物理攻撃のみで何とかなったのでしょうが、マンティコアの様な高レベルの魔物の奇襲を受けたり致しますと、魔法のサポート無しで戦うのは、いささか無理があるのではないかと。
「……お兄ちゃん、なぜ僕はお兄ちゃんの膝で本を読む羽目になってるんでしょうか……」
シーヤが、魔法はあると便利だなー的な話をしており、僕はそれをウンウンと聞いていた。
僕も自分の考えを話そうと頭に言葉を浮かべている内に、流れ作業のようにスムーズに、何の滞りも無くシーヤが僕を抱き上げたまま閲覧席に着いて、その膝上に僕をチョーンと腹話術の人形みたいに座らせた。
で、目の前に本を開いて、さぁ読むがいい的な状況になってるワケだが…
………はぁ?はぁ?なにこれ。こんなん集中出来んて。




