9話◆俺はワタシで、僕は私。
大人のフリをした小さな僕は、尻をついた黒いローブの魔法使いに手を差しのべる。
魔法使いも僕の事を大人だと思ってはいないが、助けて貰った手前それ以上突っ込んでくる事はしなくなった。
何より、大人だろうが子どもだろうが変態だろうが、助けて貰ったのだから僕の事を自分より強い冒険者として認識せざるを得ない。
自分を証明する者も無く、その身一つでダンジョンに入れば、年齢も地位も関係ない。
互いに一人の冒険者でしかない。
この状態で強い者の機嫌を損ねる様な事は慎んだ方が良い。
「先ほどは取り乱しましたが…助けて下さってありがとうございます。」
僕の差しのべた小さな手を取ったローブの魔法使いが頭を下げた。
僕はコクリと頷いて、彼を先導しようと出口の方に身体を向けた。
「待って下さい!俺…ワタシは、この洞窟に必要なアイテムを取りに来ました!
それを持ち帰らないと!!」
「………今日、生きて帰れば次のチャンスはあるでしょ?
次は、一人じゃなくパーティーを組んで来る事をオススメするよ。
まぁ、一人じゃなかったら上空から来るなんて出来ないだろうけど。」
上空からこの場に来るのは魔法使い一人だから出来る事。
パーティーを組んで来るならば国王陛下の許可を貰い、橋を渡って来るしかない。
そして、申請の許可が下りるのには一週間以上掛かる。
「お願いします!今日だけでいいので、俺っ……!ワタシとパーティーを組んで、一緒にアイテムを探して下さい!!」
まぁ……そう来るだろうなとは思ってたよ。
深淵のへさきが危険な森ってのは、子どもでも知ってる事で…
その中の更に危険な洞窟に、本来慎重であるべき魔法使いが単身で突入してるんだから、急を要する何かがあるのだろうと。
「……条件がある。私は君が何者かを詮索しない。
かわりに君も、私が何者かを詮索しない事。
君の欲しいアイテムが手に入ったら、即、洞窟を出る事。
そして今後、一人で此処へは来ない。守れるかね?」
ストールで顔を隠してるとは言え……声は高いし、小さいし。
……半ズボンだし。
どう見てもお子ちゃまな僕に偉そうに言われている魔法使いサンには申し訳無いけど、これも未熟な彼を守る為だ。
「約束します!ワタシの事は、ニックとお呼び下さい。」
「ニックか。私の名は……イワンだ。」
岩ノリ、イワンの名前を使わせて貰った。
まぁ、もう会う事も無いだろうし、いいよね。適当で。
「ところでニック、君が欲しいアイテムとは…」
「本に書いてあったのですが、洞窟の最奥部にいるレッサーキマイラの持つ牙と羽根と眼球が欲しいのです!」
出た!!アンポンタン!!
鉱石とか落ちてるモノでなく、倒さなきゃ手に入らんヤツ!
しかも最奥部と来た。お前は自殺志願者か?
「ニック……何の本に書いてあったのか知らないけど、レッサーキマイラは、それなりのランクの冒険者が3人居ないと死ぬよ?
君は…死ぬつもりで来たのかな?
そもそも君、冒険者なの?ランクは?レベルは?」
ストールで顔を隠しているが、僕の顔は今かなりアレな状態だ。
開いた口が塞がらないのでヨダレが垂れた。
無知な彼が、あまりにも無知過ぎて苛立ち、こめかみに青筋が、眉間に縦のシワがスゴイ事になっている。
「ワタシは冒険者ではありません。だからランクはありませんし……実戦は、今日が初めてで。」
「今日が初めて!?はぁ!?そ、そりゃ…!魔法だけは使えるけどって事!?」
ゲーム時には見えていた人のステータスが、この世界の住人となった前世からは見れなくなってしまった。
今は自分のステータスしか見る事が出来ない。
だから目の前の彼のステータスが見れない。
見れないのだが……
「ね、ニック。この指輪……装備出来る?」
僕は自作の指輪を彼に渡した。
ビーズアクセサリーみたいな簡易指輪だが、防御力が上がる。
ただし、レベル5に満たなければ装備出来ない。
「……出来ませんね……指輪の穴が透明な板で塞がれているみたいで指が入りません。」
━━こいつ、レベル4以下かよ!!!━━
「無知ゆえの無謀…いや、無謀にも程がある…
東大生の考えたなぞなぞクイズを解けたから、今すぐ東大を受験するわ!って言ってる小学生並じゃん…」
ストールで覆った顔を更に両手で覆う。泣きたい。
つか、心で泣いている。
だが、もう仕方が無い。
条件付きで了承してしまったのだから。
それに、パーティーとして一緒に行動していれば僕が倒した敵の経験値も入るハズ。
「飛空魔法まで使えるんだから、魔法の才能はあるんだろうね。
君はよほど良い師に教えて貰っているみたいだ。」
しかし、そんな立派な魔法持ちで実戦経験が無いとは……
思った以上に良い所のボンボンなのか……それだけ若いのか……
ローブで隠れたニックの表情は見えなかったが、僕に師を誉められて嬉しかったのか、彼の口元に笑みが浮かんだ。
ニックを連れて洞窟の最奥部を目指す。
最奥部とは、ボスの部屋。
ボスの部屋までの道のりは記憶していたので、寄り道せずに真っ直ぐ向かう。
途中、襲いかかってきた魔物はもー、ワンパンでした。はい。
ワンパンぎりぎりで生かしておけたのは、ニックに魔法の実践勉強を兼ねて魔法を使わせた。
途中でニックのレベルが上がったようで、いつの間にか僕のあげた指輪が彼の指にハマっていた。
「さぁて!!ニック、覚悟はいいかな?
アレが君が一人で倒すつもりだったレッサーキマイラだ。」
最奥部に到着した僕は、狭い洞窟内で急に開けた大きなホール状の室内に居る巨大な魔物を指さした。
レッサーキマイラは小型バスを2台並べた位の大きさがある。
これがレッサーじゃなく、キマイラになると大型バス3台分以上にデカくなる。
なんてニックに説明しても分からんよな。バス知らないもん。
つか、レッサーキマイラのあまりの大きさにニックは言葉を失って立ち尽くしている。
「そりゃまぁ……ゲームで言ったら、スタート地点出たばかりのキャラクターが、レベルもろくに上げない内に、いきなり中ボスの部屋に行ったみたいなモンだしね。」
立ち尽くすニックを尻目に僕は戦闘を始めた。
ゲームと違って現実では交互に攻撃するターンなんて無いので、反撃の暇など与えず一方的に蹂躪する。
僕とレッサーキマイラとではレベルに差があり過ぎて、補助魔法も全く必要無かった。ニックがアワワワと言っている内に撃滅。
ズシィィィン
地響きを上げ巨体が倒れると、キマイラの居た場所の天井から陽の光が射し込んだ。
床にある鉱石の一部が独特の輝きを放つ。
「それっっ!!僕の欲しかった蘭鉱石!!
ニック!!何してんだ!早く牙とハネと目玉取り出せ!!」
「あ、あぁ!はい!!き、気持ち悪い!!こんなデカい牙と眼球を取り出すなんて…!!」
「あんたは何しに此処に来たんだ!!気持ち悪いで済んでありがたいと思え!!
僕が居なかったら、あんたはとっくに死んでたんだぞ!!」
蘭鉱石を手当り次第拾って『空間』にしまっていく僕を、ニックが呆然と見ている。
ローブの陰になって表情は見えないが、口が半開きになっているから多分そうなんだろう。
「………アイテムバッグみたいなモノ??…どこにしまって……」
この世界には、手に入れたアイテムを大きさに関係無く片付けておけるバッグみたいな物がある。
無限ではないが空間が拡張されているので、それなりに物が入るが内容量によっては高価な商品だ。
だが、僕の場合はゲームのインベントリ機能がそのまま使える。
僕のインベントリは無限で、出し入れはバッグの様な物を使わず空間から自由に出し入れ出来る。
恐らく、この世界では僕とヒロインだけがコレを使える。
「ほら!牙と羽根と目玉取ってサッサと出るよ!!
アイテムバッグあるなら口を開いて持ってろ!!」
勢いで誤魔化した。呆然状態の続いているニックの見ている前で、豪快にキマイラの全部の牙を折り、巨大な羽根を2枚根元からもぎ取り、複数ある眼球も魔法でチュポンと取り出してニックの手にあるバッグに突っ込んだ。
インベントリに驚いた所へ、小さな子どもによる残虐解体ショーが始まりニックは完全に固まった。
「はい!!撤収!!」
アイテムバッグの口を開いた状態で、本人も呆けて口を開けっ放し状態のニックを引き連れて、キマイラの後ろにあった転移用魔法陣に乗った。
「………………ニック?おーいニック?出たぞー」
瞬時に洞窟の外へ出た僕は、呆けているニックの肩を揺さぶった。
「い、イワン!!き、君は一体……!まだ子どもの君が…!!」
「……だから私は子どもではなく、こう見えて大人なんですってば……ですから、アイテムバッグも持っておりますし、強い魔物も解体出来るワケでして。」
今更だが、アイテムバッグぽい見た目のショルダーバッグを出してニックに見せた。
「さっきは、そんな物無かった!
アイテム収納の事だけじゃない、君の強さは何なんだ?
俺は、色んな武人や魔導士を見た事があるが、君みたいに破格の……化け物じみた強さの者を見た事が無い!」
「……私は化け物じみた強さの、子どもの格好をするのが好きな変態の大人です。」
「有り得るか!!そんなの!!
さっき、パーティーとか冒険者とか、そんな話をしていたな?
イワン、君は冒険者なのか?………顔を見せてくれ。」
ニックは理解出来ない事が立て続けに起こった上に、目的が達成出来たからか、気が大きくなっているようで……
僕が出した互いの身の詮索をしないという条件を忘れている様だ。
「…ニック。僕が出した条件、忘れてない?
それを反故にするならレッサーキマイラの素材は返して貰うけど。」
僕は溜め息混じりに呟き、返せとばかりに手の平を出した。
ニックはアイテムバッグを抱き締め、頭を下げる。
「…す、すまない……」
「洞窟から出たけど、この森そのものが危険な事に変わりないからね。
歩かずに飛空魔法を使って帰ってよ?じゃあ、さよなら。」
僕はニックの見ている前でフワリと身体を浮かべ、ギュンと速度を上げてその場を去った。
「………彼は自分の事を、僕って言うんだな………イワン………」
僕の姿を見送るニックが呟いた声は、僕には聞こえなかった。