86話◆プレイヤーとしての矜持うんぬん。
アカネちゃんを無視して淡々と生徒会の放課後活動を済ませた僕は、一旦生徒会室に寄って皆に挨拶をしてから帰路についた。
あからさまに不機嫌そうな、それでいて落胆したかの様に暗く重い表情の僕を見た姉様やクリス義兄様達攻略対象メンバーが、僕を心配して寮まで送ろうかと言ってくれたが断った。
この苛立ちが、どこで爆発するか分からない。
姉様には絶対にしないが、クリス義兄様やグラハムには一発お見舞いしたくなるかも知れない。
だから頭を冷やす為にも寮まで僕一人で歩いて帰りたいと思った。
僕は生徒会室を出て、エントランスに向かって長い廊下を歩き始めた。
学舎の窓から射し込む夕日が大理石で出来た白い廊下をオレンジに染め、壁の影がマス目の様に等間隔に黒く太い線をオレンジの廊下に落とす。
その廊下を歩きながら黒い線をゴールに見立てて一本線を踏むごとに自分の思いを整理してゆく。
━━ルイを好きなのは、もう今さらって程ハッキリと自認している。
照れ臭さもあるから真正面から認めたくないってのも無くはないけど…。
━━そんなルイを奪われるなんて考えただけで………
胸の内側にゾワッと気味の悪い感情が滲み出る。
これが俗に言う、嫉妬ってヤツなんだろうか。
恋愛関係での嫉妬なんて経験した事無いから分からないんだけど。
━━アカネちゃんにルイは絶対に渡したくない。
ルイをハーレムに入れるために戦いを挑んで来るなら、真っ先に僕が相手をしてやるから。
廊下の終わり、最後の黒い線のゴールに辿り着いた時に、以前ルイに言われた言葉が、ふと頭をよぎった。
「…この世界の僕の存在って、マジで魔王の側近だったりして。」
魔王を倒す前に勇者達の前に立ち塞がる邪竜ファフニール………の、更に前に勇者達の前に立ち塞がるのが僕?
いや、ナニ考えちゃってんだ。
人間側の僕は魔王討伐を掲げる勇者を倒したらいかんって。
いやでも…アカネちゃんは僕が一回こてんぱんにして現実の厳しさってのを分からせないと駄目な気もする。
考えが纏まらないまま、時間を掛けてトボトボと弱々しく歩いて寮に辿り着いた僕は、トボトボと自分の部屋に辿り着くと、弱々しくドアをノックした。
「ただいま……ルイ……」
ドアが開き、僕を迎え入れたルイが意気消沈した僕の様子を見て僅かに首を傾げた。
「どうした…?アヴニール。
学舎を出てから思ったより時間が掛かった様だが…。」
学舎を出た時間を把握してんのか。
僕に、GPS機能付きの魔法か何か掛けてんのか?
キッズ携帯持たせた親みたいな言い方するじゃん。
「ちょっとね…疲れたから、ゆっくり歩いて来たんだ。
常に身体強化して動き回ってるワケじゃないんだし、小さな僕が普通に歩けばこんなもんだよ。」
人の気も知らないで、なんて八つ当たりみたいな考えもポンと浮かんでプイと横を向く。
横を向いた視線の先にあるテーブルの上。
白と、赤みが濃いピンクの小さな花が飾られているのに気付いた僕は、暗い表情だったのを更に不機嫌そうに顔をしかめてしまった。
━━なぜなら僕は、その花に対して思い切り不満を募らせた、忘れたい過去がある。
あれは学園に入る少し前の事だった。
父上と共に、護衛にルイ一人だけを従えた僕はローズウッド家の領地を視察しに訪れた。
僕はローズウッド領には魔獣を倒しにちょこちょこと来てはいたが、主に森の中や討伐依頼を出した大きな町に行くのが殆どで、自らの足で農村や町から離れた村や集落を訪れた事はなかった。
父上は次期侯爵となる僕の教育を兼ねて、僕にローズウッドの領地を案内したのだろう。
特産や名産、地域の産業など領地の人の暮らしぶりなどを事細かに説明してくれた。
そんな中、田舎の方の農園地帯を回った時に、小さな白い花と赤い小さな花が咲き乱れる花畑に着いた。
僕は馬車の窓にへばりつき「わぁッ」と声をあげ、父上に興奮気味に尋ねた。
「あの花は!!あれ、食べれるんですか!?」
「ああ、我が領地の名産だ。
だが人によって重篤な症状が出る場合があるため、幼いお前はまだアレを食すべきではない。」
「いや大丈夫です!僕、蕎麦アレルギー無いんで!」
「ソバあれる…ギィ?とは…??」
聞き慣れない単語に訝る父上をよそに、僕は目をキラキラと輝かせた。
そう、蕎麦アレルギーは無かったよ!前前世ではな!
だから平気だ!食べたい!
もし、今の身体にアレルギーがあったとしても、回復魔法掛けまくるから大丈夫だって!
ソバだ!久しぶりにソバが食べれる!
その夜はソバが好きだという僕の為に、ソバ農家の方が腕によりをかけソバ料理を振る舞ってくれた。
期待に胸を膨らませた僕の目の前に置かれたソバは、それはそれは綺麗に飾り付けられた、いわゆるインスタ映えしそうな美しい見てくれの
━━ガレットだった。
見た瞬間に僕は、思わず泣く様にガバっとテーブルに突っ伏してしまった。
「こんなオシャレなクレープみたいなんじゃなくて…っ
あああ!なんで…!なんで僕は忘れていたんだろう!
乙女ゲームのこの世界が、無意味に可愛いやらオシャレな物ばかりに特化している世界だって事を!」
「どうした、美味しくないのか?」
食事を用意してくれた農家の方々が、領主のご子息である僕の様子を見て、何か粗相をしたのでは?と、とてつもなく不安そうな顔をしている。
「めちゃくちゃ美味しいですよ!!最高です!
見た目もキレイだしインスタ映えしそうだし!」
ちょっとキレ気味になりながらガレットを食べる僕に「インスタバエ…?」と怪訝そうな表情を向ける父上。そんな父上を尻目に、僕はめちゃくちゃ美味しいガレットを堪能、完食した。
だが僕の中のソバはこれじゃないんだ!
「まず出汁!ダシが無ければソバじゃない!
出汁にカツオの風味、そもそもが僕が言うソバは麺なんだ!あったかいおつゆとネギ!分かるかなぁ!」
口の中がもう和食待ちだった。
この時、僕の頭には醤油だのネギだの鰹節だのとソバに関するたくさんの単語が飛び交ったと思う。
その時ルイは従者として僕の傍らに立ったまま、無言で僕と父上を見続けていた。
あぁ…ズズズッとすするソバが食べたい。
でも、この世界でそれを味わう事は叶わないのだ……。もう諦めなければ……。
和食に馳せた思いを断ち切った悲しい過去を思い出し、テーブルの花を凝視して動きの止まった僕をテーブルに着かせたルイは、僕の目の前に麺が入った深めのスープ皿を置いた。
「カツオブシとやらがどの様な物か分からず、模索しながらであったので、かなり時間を要したが……
あの時、お前が頭に描いた物に少しは近付いた物が出来たのではないかと思う。」
僕はルイとスープ皿を交互に数回見てから、微妙に生臭い褐色の汁に沈んだパスタみたいなグレーの麺をフォークで一本取り出して口に含んでみた。
…うっ……生臭……けど、ちゃんと醤油と魚の出汁っポイ味がする。
ネギみたいな野菜も入っているし、見た目もソバに近い。
麺は少し太いしパスタみたいな食感だけど…風味は和食だよなコレ。
10年以上ぶりに食べる懐かしい和食にじぃんと胸が熱くなる。
「忌憚の無い意見を聞かせろ。
お前が納得するまで、まだ改良の余地があるのだからな。」
ソバの話なんて、僕自身がすっかり忘れていたのに。
僕のために覚えていてくれて、わざわざ時間を掛けて…ずっと研究を?…で、このタイミングで披露。
ルイは、学園に来てから疲れ気味な僕を気遣ってくれたのかな…
頭の中では何度も生臭ッと思ったけど、僕は無言でルイが作ってくれた和風ソバ風パスタを完食した。
生臭くても美味しく感じたし、嬉しかったから。
フォークを置き、空になった皿に両手を合わせて久しぶりに日本風に「ごちそうさまでした」と声に出して呟いた。
「生臭いか…。
無理して完食してくれたのは有り難いが、お前の頭にあるソバとは全く違うのだろう?」
「………僕は……ルイが…好きだよ。」
ソバの完成にまだ納得がいってないと微妙な表情をして空になった皿を手にしたルイに、僕は思わずそんな声を掛けてしまった。
ルイは皿を持ったままピタッと静止し、僕は僕でテーブル脇に立つルイを見上げたままピタッっと静止してしまった。
な、なんで、僕はこんなタイミングでこんな事を口走ったのだろうか。
「……………アヴニールよ。
食べ物につられ好意を寄せるとは、いただけないぞ。
よもや美味しいお菓子をあげると言われてホイホイと不審者について行ったりしないだろうな。」
「ちょっ…食べ物につられたりするワケ無いじゃん!
子どもじゃないんだから!」
長い沈黙の後に、呆れ顔とも困り顔とも取れる表情で口を開いたルイに思わず反論してしまった。
確かに、好きだと告げるタイミングを滅茶苦茶ハズした自覚は有りまくるけどさ!
しかも中身は大人でも、どう見ても今の僕は子どもだしな!
あー!何か色んな意味でもう説得力ないわ!
「もぉいいよ!!ルイの馬鹿っ……!!」
自分が悪いと分かってはいるのだが、自分の行動が恥ずかしくなり思わず悪態をついてしまった僕は、ふて腐れた様にその場から逃げようと椅子から降りようとした。
が、床に足が着く前に、僕の身体をルイが横から掬い上げる様に抱き上げる。
逃げる間を与えずに、いつもの様に僕を腕に座らせたルイは、顔を間近に寄せて僕と視線を合わせた。
「………知っている。」
短く答えたルイは、僕の姿を映したピジョンブラッドの深紅の瞳を優しく細めた。
僕の姿をルイの瞳の檻に閉じ込めたルイの甘い声に、ギュンッといきなり心臓を鷲掴みされたみたいな衝撃が全身を走る。
「そ、そう言えば、何度もそれらしい事、言ってたもんね…。いっ今さらかぁ!あははッ
ゴメンねっ、何度も同じ様な事ばっか言って!」
照れ臭さもあり、今までに何度も同じ様な事を繰り返していた恥ずかしさもあり、僕はボンッと火が点いたみたいに赤くなった顔を思わずルイから背けてしまった。
「なぜ謝る。
もっと聞かせて欲しい位なのに。」
ルイが僕をめっちゃガン見してくる。近い、顔が近い!
顔を背けていても、抱っこされてるから距離を取れない。う、うわぁあ…近い近い!!
「ただ、なぜ今、それを口にしたのかは気になる……
ああ、なるほど、アカネに何か言われたのだな。
で、何と言われた。」
黙っていようとしても、ルイが呟いた言葉に反応して頭に答えを浮かべてしまう。
口には出さずとも思考から単語を拾えるルイは、すぐに答えを知った。
「アカネに、私を自分のものだと言われたのか。
それで嫉妬を……。」
「ちょっと!ルイ!考えを読まないでよ!
読んでしまっても、僕が口をつぐんでる時点でわざわざ確認すんな!」
言いたく無いし、思い出したくも無いんだよ!
答えを知られていたとしても口から声にして出したくないんだ。
アカネちゃんにも、嫉妬してしまった自分にも何かムカつくから!
答えが分かってるんだから、もう言わなくてもいいだろ!
僕がアカネに嫉妬したと知ってご満悦のルイは、嬉しそうな表情を崩さない。
僕は逆に、照れ臭いやら恥ずかしいやら悔しいやらで赤かった顔をブスッとした仏頂面に変え、相変わらずルイから顔を背け続けていた。
「アヴニール、私を好きか?」
「はぁ!?」
ナニいきなり改めて聞いちゃってんの!
好きって言ったじゃん!好きだよ!
どうせ、今思ってるコレも分かってるんだろ!
「分かっている。だが…
コレばかりは、お前の口から出した、お前の声で聞きたい。」
ルイが僕を抱き上げたままソファに腰を下ろし、僕を横向きにして膝上に座らせた。
腕の檻からは解放されず、僕の左側はルイに身体を預ける格好で密着している。
ますます距離が縮まったと言うか密着し過ぎて、僕の左側が緊張でピキピキと強張った。
しかも、いつもの従者として僕に接するルイとは何か違うし…。
声も言葉も雰囲気も甘々だしっ…ちょ…もう何か…色々と…うわ…
これ、恋愛偏差値が超低い僕にはハードルが高っ…
「すっ…すっ…好き…だ…よ…」
顔をルイとは逆方向に背けたままゴニョゴニョと呟く様に答えれば、僕の背にあったルイの手が僕の右肩の上に置かれ、こちら側を向く様にと僕の右頬がルイの揃えた指先で、クイと撫でる様に軽く押された。
「私はお前が好きだ。アヴニール。」
顔をルイの方に向かせられて目が合った瞬間に、そんな事を言われたら……
反射的に僕の頭の中が「僕もルイが好き」でいっぱいになってしまう。
「僕もっ…ルイが好き…大好きだ…!」
頭の中がいっぱいになり過ぎて、水が溢れる様に言葉が溢れ出す。
僕の答えにルイは噛み締める様に頷いて、ゆっくりと顔を寄せて来た。
━━え!?そ、それは、それは…!
キスすんのは、なんか駄目ぇ!!!━━
ギュッと強く瞼を閉じて、唇も瞼同様にギュッと固く閉じる。
━━拒絶ではない、拒絶ではないんだけど、何か駄目、今は駄目!公序良俗的なアレで何か…!
でも嫌なワケじゃなく!好きは好きなんだし!━━
言い訳でいっぱいになった僕の頭の中を読んでしまったのかたまたまなのか、ルイの唇は僕の瞼の上に軽く触れてすぐに離れ、その後は何処にも触れなかった。
もしかしたらルイを怒らせたんじゃないかと、恐る恐る薄目を開いてルイを見ると、ルイは僕をジッと見詰めて微笑んでいた。
「………ルイ?」
「私は今、すこぶる気分が良い。
気恥ずかしさから口付けを拒否された位で不機嫌になったりなどはしない。」
ルイの表情が、微笑んでいると言うか…何かニヤニヤしてる様にも見えてきたんだけど。
「嫉妬されるというのも良いものだな。
私がお前から離れ、アカネになびくなど…
あり得ない話だ。」
「………そっ…なん……だけど……」
「私を信じろ。」
僕の髪に触れて微笑むルイに、コクンと頷く。
いや…あのね…ルイを信じてないワケじゃないんだよ。
ただね………
クリス義兄様達が受けているアカネちゃんの、ド下手クソな猛アプローチが、ルイまでをもターゲットにしたってのが何かムカつくんだよ!
「信じてる!信じてるけど!それとは、また別問題で!
現時点で世界最強の魔王様に、レベル1のポンコツヒロインがラブラブアタック可能てのが……納得出来ない。
何か生理的に無理で無性にハラが立つ!」
ゲームにそって言うなら、まだ存在すら知らないはずのラスボスに、プレイ始めたばかりでアプローチ出来るって、どんなバグだよ!
せめてレベルを30以上は上げてから出直して来い!
「………よく分からんが………疲れているのだろう。
今日はもう寝ろ。」
ゲームプレイヤーとしての僕の心の叫びを理解するのを諦めたルイが、僕の耳元でボソッと呟いた。




