85話◆ルイは僕だけのもの。
━━ルイは絶対渡さないからな━━
僕はなぜさっき、こんな事を思ったんだろうな。
僕とアカネちゃんは互いに無言で、中等部の教室に向かって長い廊下を歩いていた。
疎ましそうに背の低い僕を見下ろすアカネちゃんと、アカネちゃんの視線を完全無視する僕。
そして僕は頭の中で、先ほどの自分自身の思考に対して悶々とした異議を唱え続けている。
ルイの事は…好きだけど…それは恋とかじゃなくて…
だってルイは魔王だから人々の敵であり、僕の敵であり…ライバルであり…
なんだけどルイは魔王なクセに器用だし気が利くし、よく出来た僕の従者だし…
それに、魔王なのに僕の剣や魔法諸々の師匠でもある。
だから…魔王なのに僕を大事にしてくれる……
だから僕もルイが大切で……僕を好きだと言ってくれるルイの事が僕も好きで…え?恋って結局、何だっけ?
いやっもうっ!何なんだよ!
僕、アカネちゃんにルイを取られたくないって嫉妬したの!?えええー!?
「ちょっと、あんた。
一人でブツブツ言いながら変顔して気持ち悪いんだけど。」
「……すみません、ちょっと考え事を。」
アカネちゃんに指摘され、ハッと焦った様に我に返る。
僕、変顔していたのか…確かに脳内プチパニック状態だったよ。
とは言え、気持ち悪いって…高校生のお姉さんが小学生のちびっ子に言ったらアカンだろ。
本物のちびっ子なら泣くかも知れんぞ。
「ホント、あんたって気持ち悪い。」
「ぼんやり考え事をして変顔をしていた僕が悪いのですが、気持ち悪いって言い方はあんまりだと思います。」
最初の教室にたどり着き、掲示板に生徒会のポスターを貼る作業を始めながら、僕は「まだ言うか」と不満を口にした。
「だって本当に気持ち悪いんだもの。
私、あんたなんて知らないし。
あんたみたいなキャラ、居るワケ無いのになんで居るの、気持ち悪い。」
アカネちゃんはポスターの上の位置を手で押さえながらピンを刺してゆく。
ピンを刺す瞬間に苛立ちを指先に乗せているのか、ボズっ!と強い音を立てピンが壁に突き刺さった。
「僕も学園でお会いするまで、貴女を存じ上げませんでしたよ。
と言いますか、学園でお会いした方の殆どの方が初めてお会いした方ばかりですし……。」
「そういう意味で言ってんじゃないのよ。
イラッとするわね。」
とぼけているけどアカネちゃんが言いたい事、本当は分かってますよ。
現実としてじゃなくゲームでの話をしているんだよね。
主人公や攻略対象者に関わってくるキャラクターに僕みたいなキャラクターは居なかったしね。
悪役令嬢に弟が居るなんて設定自体がなかったし。
で、物事が上手くいってないのは正体不明な僕のせいで、そんな僕の存在が気持ち悪いと。
でもね、元がゲーム世界とは言え此処が現実になった以上、全てがゲーム通りなワケ無いだろう。
取り巻く環境も周りの人々との関わりや因果も、何もかもがゲームの枠に収まり切るワケ無いのだし。
今までにアカネちゃんが選択して行った過去ももう無かった事には出来ない。
当たり前な話なんだけど現実では攻略対象者やゲームに出たモブ以外にも人はたくさん居て、その人達ともちゃんと人間関係を構築してかなきゃ人生詰む。
ゲームにこだわらず、もっと周りをよく見て現実的な行動すべきだったと思うよ。
リセットボタンが無い現実では、攻略対象者達からの印象を急に変える事だって出来ない。
この世界に来た初っ端から躍起になって逆ハーの足掛かりを作ろうと、周りを見ずに攻略対象者だけをロックオンして自分勝手に動き回ったアカネちゃんへの皆の印象はあまり良くない。
僕が居なかったとしても、今のアカネちゃんが逆ハーを狙うのは、かなり無理ゲーだと思う。
「悪役令嬢のシャルロットに弟なんて居なかったもん。
なのに弟が居て、クリス様達に私よりも大事にされているなんて。そんなのあり得ないんだけど。」
「それは…義弟ですからね。
幼い頃から王太子殿下のクリス義兄様とはお付き合いがあるわけで…。」
「クリス様だけじゃないじゃない。
グラハム様もリュース様もあんたなんかにデレデレしちゃって。」
「それは、父親同士も顔見知りなので…仲良くさせていただいてはおりますが…」
「なんでこんなチンチクリンな子どもに私の立ち位置を取られてんのか意味分かんない。」
「………………。」
いよいよ本格的にディスり始めたなァなんて、呆れて無言になる僕。
小さい子をイジメちゃ駄目だろ。
「それに!!
なんでルイ様がもう居るの!?
ルイ様って、まだお城で眠ってるハズでしょ!
こんなのバグ以外の何ものでもないじゃないの!
あんたのせいでしょ!ホントに何なの!気持ち悪い!
あんたはバグなんだから消えてくんない!?」
興奮気味なアカネちゃんにまくし立てる様に悪口を言われ、中身は大人な僕もさすがにイラッとした。
「消えてって、具体的にどうしろと?
まさか、僕に死んでって言ってるんじゃないですよね。」
「違うわよ!死んでなんて言ってない!
この世界から消えてって言ってんの!」
「だから、この世から消えてって、それ死ねって意味しかないでしょ。」
「違うわよ!出て行ってと言ってるのよ!」
「幼い僕に家出して野垂れ死にしろと。
結局、死ねって言ってるんだ。」
「違うわよ!この世界から出て行って!」
「ハァ!?死ぬ以外にどうやって!?」
僕を見下ろすアカネちゃんの理不尽な物言いに、僕もムキになって返事をする。
はたから見たら、ホント子どものケンカみたいなくっだらない言い争いなんだろうけど、もうこっちも引っ込みがつかない。
「ルイ様は私の最推しなのに!
なんで、あんたなんかの従者なんてやってんのよ!
そんなシナリオ無いんだから!
私のルイ様よ!返してよ!!」
━━━━バン!!!━━━━
放課後の静かな教室に大きな音が反響する。
僕は拳を握った腕をスッと横にのばして拳を握り、背後にある掲示板を思い切り叩いていた。
━━ああ…もう…うっせぇなぁ………
うっせぇうっせぇうっせぇうっせぇ、マジうっせぇ…
私のルイを返せ?
ルイはお前の持ち物じゃねーよ。━━
いきなり壁を叩いた僕と大きな音に驚き、アカネちゃんは萎縮した様にカチコチに固まった。
僕は俯かせた顔をゆっくり上げ、無表情でアカネちゃんを見た。
「悪役令嬢だとかバグだとかシナリオだとか…
この世界の誰も理解出来ない言葉をいつまでもベラベラと…うるさいんだよ、バグで悪かったな。
僕だって、来たくてこの世界に生まれたワケじゃないんだ。」
僕の言葉に、固まっていたアカネちゃんがハッと表情を変えた。
「あんたも転生者なの!?
私とおんなじで、大好きなゲームの世界に転生したのよね!」
「は?プレイした事はあるけどクリアもしてないし、たいして興味も無かったゲームだけど。
そんなゲームの世界に9年前、赤ん坊として生まれた転生者だけど。何か文句ある?」
「え、9年前…」
アカネちゃんが言葉を詰まらせた。
アカネちゃんは、ヒロインだった前世の僕と同じで成長したヒロインの中に意識だけが転生した感じだ。
転生とゆーか意識だけが転移?憑依?
だからまだ、1年もこの世界には居ないのだろう。
自分と同じ『現代日本人』が9年も前に転生しており、赤ん坊として生まれて今に至る事に驚きを隠せない様だ。
「で、でも!あんたが望まない転生をしたのがバグだとしたって!!
どんないきさつでルイ様が悪役令嬢の家で従者なんてやってんのよ!
ルイ様は魔界のお城に居て、私が行くまで眠ってるハズでしょ!」
なんでって…僕の前世がヒロインだった、その影響でだか知らないけどルイが僕の前に現れて、戦う羽目になってしまっただとか説明が難しい。
そんで僕に興味を持ったルイが勝手に僕んチに従者になりたいと就職活動しに来たなんて言ってもなぁ…。
と言うか前世でヒロインだった事は知られたくない。
「ルイ様はヒロインの私とラブラブになるハズなのよ!
あんたのせいで、おかしな事になってるじゃない!」
━━はぁ?ルイとラブラブ??━━
僕は眉間に深い縦じわを刻む。
思わずカチンと来たって感情がそのまま表情に出てしまった。
「はぁ~……あのさ…見ていて分かるんだけどアカネちゃんて逆ハー狙いだよね?
学生のクリス義兄様やグラハムとかの攻略はともかく、魔王を攻略するには、まず絶対に必要な条件があるよね。」
ギャンギャン吠えていたアカネちゃんがピタッと無口になった。
現実ではどうか分からないが、ゲームの上で魔王とラブラブになる為には絶対に避けて通れない道。
ゲームにこだわるアカネちゃんなら、尚更そこは無視出来ないだろう。
「魔王攻略が始まるのが、ゲームの2周目からだか続編からだか知らないけど、魔王を攻略する為には魔王を倒さなきゃならないだろ。
で、その前にはまず魔王の半身の邪竜を倒さなきゃならない。
それ、アカネちゃんに倒せるの?」
「げ、ゲームでは…倒したわよ…」
「ゲームでって、画面の邪竜を見ながらコマンド入力で、だろ?
実物が目の前に居て、自分で剣を握って斬り掛かったんじゃないよね。
邪竜、翼拡げたら20メートル越えるデカさだよ。
咆哮も凄いし威圧感ハンパない。
それに自分の足で走って近付いて斬り掛かったりするワケだけど、戦闘なんだから傷付くし血は飛び散るし…
あ、邪竜だけじゃないよ自分達もね。」
「血……」
「血どころか、上手く立ち回らないと腕とか足とかブチっと簡単にもげたりするけど。」
「もげ……」
アカネちゃんの顔が段々と青ざめてきた。
僕の言葉を聞いて、血みどろな現場を少しは想像したのかも知れない。
「そりゃ、普通に魔物や魔獣がいる世界だしね。
アカネちゃん、まだ王都の外に出た事ないだろ。
王都の外では魔獣と遭遇するのは割と日常茶飯事。
そんな世界を旅して魔王様の居城まで行かなきゃいけない。出来るの?」
僕の説明で少しはゲームと現実の違いってのを理解出来ただろうか。
まぁ…ルイは今、魔王城ではなく学園内に居るのだから王都を出る必要はないかもだけど、ルイを攻略する為だとゲームに沿った行動をするならば、そうなるだろう。
でもヒロインが王都を出るには、ルイ以外の攻略対象者の誰か一人でもとの親密度を上げなければならない。
…今のアカネちゃんにそれは無理そうだけど…。
「でも!
ルイ様は私とラブラブになるハズなんだもん!」
「……話にならないね。
ゲームの条件を満たすために魔王討伐を掲げて王都を出て、血生臭い戦闘を頑張って旅をするなら、それはそれで構わないよ。
でもルイをハーレムに入れるためなんて理由で魔王と邪竜を討伐するって言うなら………
その前に僕がアカネちゃんの相手をするから。」
空色の瞳でキッと強めにアカネちゃんを睨んだ。
僕と目が合ったアカネちゃんが気圧された様に一歩後ずさる。
「な、なんでよ!ルイ様を従者にしてるからって、あんたには関係ないでしょ!」
「関係ないワケないだろ。
ルイは僕のものだ。」
思わず口から出た自分の本心を自分で聞いて少しばかり焦った。
いや今さら?とも思うけれど。
改めて……僕はアカネちゃんに、そして自分自身に宣言する。
「ルイは僕だけのものだ。」




