77話◆ヒロインの最推し。
昼を過ぎて夕方が近くなった辺りの時間になり、生徒会の話し合いがようやく終わった。
明日から、それぞれが各教室を回って協力者を募るという事になった。
アカネちゃんは生徒会室の机の上に突っ伏して口から魂を吐き出した様にグッタリしている。
生徒会は自分が思い描いたモノと違い過ぎて、ちょっと話についていけなかった様だ。
そりゃそうだ。
生徒会室は、ゲームみたいににイケメン達とキャッキャウフフ談笑に花を咲かせるサロンではない。
生徒会室から出ると学舎は生徒が少なくなっており、ほとんどが寮に帰った様だ。
あるいは、縮小された町の様な学園の敷地内を散策していたりするのだろうか。
「姉様、途中まで一緒に帰りましょう。」
寮が別なので、姉様とは途中までしか一緒に居られないのが残念だが、姉様を守るナイトとして言うならば、アカネちゃんと姉様も寮は別なので、寮の中でいざこざが起きる事は無いだろうと思う。
「そうね、マルタも学舎前に迎えに来ていると思うわ。
ルイも来ているのかしら。」
ルイか。
来いとは言ってないが、来ているんだろうな。
それが従者として或るべき姿だとか何とかで。
「私達はもう暫く学舎に居るのだが……
門の前まで送って行こうか…アヴニール。」
「結構です。」
さりげに変態クリス義兄様に手を握られた僕はその手を軽く振りほどき、ニコリと微笑んで席を立った。
油断も隙も無いぜ、セクハラ王太子め。
そして、義兄様の後ろに控えるグラハムとリュースもな。
なら自分が、みたいな顔をして僕を見るな。
「リュース、送って行くも何も俺達も寮に帰るんだから、どちらにしろ途中までは一緒だろ。」
どこか冷静なニコラウスは、冷静さを欠いたリュースに呆れ気味に言ってリュースの肩を叩いた。
ニコラウスに言われて、リュースがそう言えばみたいな顔をした。
「では皆、気を付けて帰りたまえ。
また明日。」
生徒会室の席に座ったまま手を振るクリストファー王太子とグラハム、そして此方を見ようともしないエドゥアールの3人を残し、僕達新入生は席を立った。
アカネちゃんもふらふらと立ち上がり、僕達と共に生徒会室を後にした。
さすがに今、誰かに熱烈アプローチする元気は無い様だ。
僕と姉様、リュースとニコラウス、そしてアカネちゃんが学舎の玄関に向かう。
男女、貴族階級、更には新しく出来た中等部によって寮は別れているので、ここに居るメンバー全員が別の寮かと思ったら、ニコラウスとリュースは同じ寮に居るらしい。
リュースは貴族ではないが、本人が国教の司祭の肩書きを持つ。
そういった理由で上級貴族と同じ寮に入らせて貰えたらしい。
「では、お二人はクリス義兄様やグラハム様、エドゥアール様とも同じ寮なんですね。」
前世では男子寮なんて縁がなかったから気にもしなかったが。
「ああ。で、俺達二人とも従者を連れてないから同室にしてもらった。」
確かに、上級貴族の寮ってひとつの部屋が結構広いからルームシェアしても全然余裕だろうし。
リュースはともかく、ニコラウスは貴族なのに人キライで従者を必要としないタイプだったな。
「アヴニール様、よろしかったら今度、寮に遊びに来ませんか?
ロビーまでなら他の寮の方も招く事が出来るそうなので。」
リュースが男子寮に僕を招待したいみたいな事を言ったが、僕がロビーで攻略対象者どもに過度なスキンシップで弄ばれる絵図しか思い浮かばない。
「…………考えとく。」
「わたくしも招待して頂きたかったけど、男子寮に女性は入れませんものね。残念だわ。」
姉様が僕の顔を見て言った。
姉様は僕の寮にも入れないし、僕が姉様の女子寮に入る事も出来ないから、愛しの姉様に抱き着いたりしていちゃいちゃする場が無い……。
そこは確かに悲しい事だ。
一緒にお茶を飲む位ならばカフェとかあるけど。
学舎のエントランスから出て門が見えると、姉様の侍女のマルタが馬車を用意して待っていた。
自家用の馬車を持ち込めない学園内の交通手段に使われる馬車はタクシーみたいな物だ。
当然無料ではないし、使うのは上級貴族がほとんど。
特に、姉様の様なお嬢様が使う事が多い。
一応バスみたいな乗り合い馬車も走ってはいるが、上級貴族はあまり使いたがらない。
「マルタ、馬車は必要ないと言ったのに。」
「入校初日ですから、お疲れかと思いまして。
本日だけでもご利用下さいませ。」
「でしたら……アカネ様、ご一緒に乗って行きませんか?
アカネ様の女子寮も同じ方面ですし。」
アカネちゃんと僕が姉様をガン見した。
いや、姉様ったらナニ言ってんの!?
敵を懐に入れる様なモンじゃない?
アカネちゃんが、馬車の中で姉様にイジメられたとか嘘を言い回ったり…………出来ないな。
姉様の姉貴分みたいなマルタがそれを許すワケがない。
「………よろしくお願いします!!!」
屍の様に疲れ果てたアカネちゃんは、姉様の上級貴族令嬢用の女子寮より、更に遠い場所にある女子寮まで歩くのもしんどかったのだろう。
姉様の案にすぐ乗った。
馬車に乗り込む姉様とアカネちゃんの姿を見届け、僕は来ている筈のルイの姿を探した。
馬車が走り出すタイミングで、ルイが慌てる様子も無く此方に向かって歩いて来た。
「遅れて申し訳ありません、坊ちゃま。」
「遅いよルイ!何してたんだよ!
マルタは馬車まで用意して既に待っていたのに!」
ニコラウスとリュースの手前、一応は従者らしい言葉遣いをするルイ。
ルイの態度はふてぶてしく、僕も必要以上に噛みつく様な態度を取ってしまう。
今朝の事があるから、互いに照れ隠しとゆーか何とゆーか…ぎくしゃくしてるとゆーか……
暫く離れていて顔を合わすと、今さらだけど何か気恥ずかしい。
━━バン!!━━
背後から不意にガラスを叩く音が鳴り、僕が慌てて振り返った。
走り出した箱馬車のガラスにアカネちゃんが両手と顔を張り付かせて此方を見ている。
令嬢らしからぬ行為と、ガラス窓に張り付くアカネちゃんの形相に、その場に居た僕達四人は「うわぁ…」とドン引き状態になった。
「まさか!る、ルイ様!?」
ガラス越しに僅かに漏れたアカネちゃんの声が僕にだけ聞こえた。
アカネちゃんはルイを知っている。
ゲームをクリアしていれば魔王としてのルイはゲーム画面で見ているだろうけど、魔王には名前なんて無かった。
人間に扮してルイと名乗る魔王を知っているという事?
て事は……従者姿のルイもゲームに出ていたって事?
ゲームをクリアしていない僕が知らないだけで、魔王を倒した後にもゲームは続いていたって事だろうか。
「気味が悪いな…。」
アカネちゃんのガラスベッタリ顔にドン引きしているニコラウスとリュースに聞こえない位の声でルイが呟いた。
「アカネちゃん、ルイを知っているみたいだね。」
「感情が昂り過ぎたゆえか、アレの思考が私の頭に飛び込んで来たのだが……
『ルイ様、さいおし』だと言っていた。」
さいおし?最推し!?ルイも狙ってるって事!?
さすがは逆ハー狙い、感心するほど揺るぎないな!
「……さ、俺達も寮に帰ろうか。
アヴニールも歩きなんだろ、途中まで一緒に行こうぜ。」
姉様達を乗せた馬車を見送り、学舎の門の前に残された僕達も帰路につく事にした。
ニコラウスの提案にリュースも嬉しそうに頷いたが、僕が「うん」と返事をする前にルイの腕に抱き上げられてしまった。
「申し訳ありません。
幼い坊ちゃまは、歩き慣れない場を多く歩き回りお疲れの様です。
何しろ邸からあまり出る事が無く、大事に大事にされておりました箱入り息子なもので。」
━━はぁ?━━
ニコラウスとリュースが同時に僕を見た。
そりゃ二人は僕の人並み外れた能力の一端を知ってるからな。
そんなワケねーだろとか思うよな。
ニコラウスが『まさか従者はアヴニールの能力を知らないのか?』と視線で訊ねて来たが、僕は首を横に振った。
「ですので、坊ちゃまには一刻も早くお休み戴きたいので、お先に失礼させて頂きます。」
ルイは僕を片腕に座らせるように抱き上げたまま二人に軽く頭を下げ、速歩きで寮に向かった。
ルイは何だか不機嫌そうな雰囲気を醸し出している。
「ちょっルイ!どうしたの!いきなり!」
いきなり速歩きされたせいで、上半身が後ろにのけ反った。
安定しない上体を支えるためにルイの首にしがみつく。
速歩きというか、もう小走りだ。
ニコラウスとリュースの姿が既に小さい。
「お前は先ほど、アレが私を狙ってると考えたな。」
「え?アカネちゃんの事?
……そうだね、アカネちゃんはクリス義兄様達ともいちゃいちゃしたいんだろうけど、ルイともそうなりたいんだろうなって思ったね。」
さっきアカネちゃんがルイの名を口にしたのを聞いた時の僕が頭に浮かべた事を読み取ったのか。
そりゃま、アカネちゃんは逆ハー狙いだからね。
ルイが攻略対象者ならば、そうするだろうし。
「仲良くなりたいからとアレが私に接近する事を、お前は何とも思わないのか。」
「……………。」
ルイに言われて、初めてその光景を頭に思い浮かべた。
彼女にはゲームの順序なんて関係無い。
魔王様にはまだ会ってもいないし、ヒロインとして倒してもいないけれど、人間に化けたルイが目の前に居るならば『ルイ様ぁ』と熱烈アプローチしにいきそう…だな……
ルイといちゃいちゃしたいって?ルイを誘惑?は?
何かイラッとする…………。
「フッ…お前の、そういう顔が見たかった。」
「ふぁっ!?どんな顔だよ!ねぇ!」
不機嫌そうだったルイの表情がやわらぐ様に緩んだ。
ルイは魔王を象徴するピジョンブラッドの紅い瞳を普段セピア色にして隠しているが、僕に微笑んだ瞬間だけ真っ赤な瞳が嬉しそうに細められているのが見えた。
ナニ…なん…何なんだよ…そういう顔って、どんな顔?
戸惑い過ぎてルイの首にしがみついた腕の指先に力が入り、キュッとルイの首に軽く爪を立ててしまった。
「アヴニールよ。
無事、入学式が済んだならば、私を一発殴ると昨夜言っていたな。」
「そっそっ、そう言えば言ったねぇ!」
戸惑う僕はルイに話しかけられて、挙動不審なほど上擦った変な声を上げてビクッと背を伸ばした。
「お前の師をしている私に一発入れる事が出来なければ、罰として接吻だと言った事も覚えているか。」
「そっ…!!そう言えば言っていたけれど!!」
「楽しみだな。接吻。」
「一発入れられない事、確定かよ!!!」
こんな馬鹿みたいな約束だけど、それは僕がこの新しい世界から消されずに居続ける事が出来たから、実行出来る約束となった。
僕が消えていたら……約束どころか、ルイの記憶から僕の存在も消えて無くなっていただろう。
結局、学園内では僕達が本気を出して組み合ったりする様な場所が無く、ガチ殴りも罰の接吻も保留となったのだけれど。
寮の部屋に入るまで僕を抱き上げたままだったルイは、僕を腕から下ろした後に僕の前にひざまずき、僕の手を取って自分の頬に当てた。
僕の存在を確かめる様に愛おしむ様に、目を閉じたルイは僕がここに居る事を、触れる事が出来る喜びを感じている。
僕も……ルイと離れないで居られた事を素直に嬉しく思っている。
うん、心から安堵している。
「僕……消えなくて……良かった。」




