7話◆ゲーム開始前の世界で下準備。
僕は父上の後ろに隠れる様にして城内に入った。
学園に入学したら夏休みになるまではもう会えないと思っていた僕に会えた事で、飛び上がるほど嬉しいとテンションがダダ上がりだったクリストファー義兄様は……
その喜びを突如現れた恋敵のグラハムに対する苛立ちで塗り潰され、身体中から負の黒いオーラを放ち始めていた。
いや、自分で思っといて何だけど……恋敵って言葉はおかしいよね。うん。
でも延々と僕に近付いて話し掛けようとするグラハムを「寄るな!」「触るな!」と牽制するクリストファー義兄様の態度は、どう見てもそう。
正直な所、5人がヒロインを独占させまいと互いに牽制しあっていた前世を思い出す。
いや、前世の方がここまであからさまなアプローチ無かったよ。
王城の門の前からぞろぞろと玉座の間に移動した僕達は、それぞれの場所に立つ。
わざわざ門まで出迎えてくれたフットワークの軽い国王陛下が玉座に座ると、その隣にクリストファー王太子が立った。
国王陛下の側にゲイムーア伯爵が、クリストファー殿下の近くにグラハムが立つ。
父上と僕は国王陛下の前に進み出て、共に片膝をついて臣下の礼を取った。
僕はこの時、初めて国王陛下とお会いしたのだけど
「そなたがアヴニールか。実物を見るのは初めてだな。」
と、国王陛下が呟いた言葉を聞いてしまった。
陛下は実物でない僕を、一体何で見て知ってるの…。
隠し撮りの写真?そんなもん、この世界に無いじゃん?
怖いんだけど……。
「息子のアヴニールは来年から、姉のシャルロットと共に学園に通わせるつもりです。
無論その為にも前もって、試験に合格するよう勉学や魔法学、剣技等も厳しく学ばせるつもりですが。」
「え、アヴニール、来年から俺とおんなじ学園に来んの?
それは、嬉しいな!!仲良くしような!」
グラハム…。これだから脳筋は。
国王陛下との謁見中に、己の感情に任せて横から口を挟んで来るとは何事だよ。不敬にも程があるよ。
ほら、ゲイムーア伯爵が顔面蒼白状態でグラハムの口を背後から押さえ付け始めた。
「ハッ!アヴニールは、私の婚約者であるシャルロット嬢の弟だ。
何の関係も無い、お前なんぞと仲良くする必要は無い。」
嘲笑の笑みを浮かべて、父親に口を塞がれているグラハムを蔑む様に見るクリストファー殿下は何だか腹黒くて…
前世では、キラキラ爽やかイケメン王子だった彼の本質を見た気がした。
まぁ今更だけどね。
「あ、じゃあアヴニール、さっき君が助けた妹のエイミーを婚約者にしないか?
そうすれば、俺が君の義兄になる。」
グラハムの提案を聞いた、玉座の間に集まる人々の目がカッ!と見開いた状態で僕に注がれた。
いや、マズい!ヤバい!ナニ言ってんの!この馬鹿!
「僕はまだ、婚約者を選ぶ気はありません!
グラハム様、勝手な提案をなさらないで下さい!」
「そうだ!グラハム!この愚か者が!
アヴニールは、今から生まれてくる我が妹の許婚者となるのだ!
ですよね!父上!今夜から母上と励んで下さい!
私に妹が出来るまで!」
グラハムの企てを阻止しようと、クリストファーがこれまた頭のおかしい提案を国王にする。そりゃ国王陛下も困惑する。
「お前は何を言っとるんだ!!!」
玉座の間は、カオスな空間となった。
僕は引き攣り笑いを浮かべながら後ずさる。
後ずさった僕の背中が父上の腹部に当たり、父上の手が僕の両肩に乗る。
恐る恐る父上の顔を見上げると、父上も僕と同じ様に引き攣り笑いを浮かべ、小さく呟いた。
「アヴニール……人をたらし込むのも、大概にしなさい。」
━━僕、何もしてません!!
前世でやっていたヒロインのステータスを引き継いで生まれただけです!!━━
邸に帰った僕は、父上から意味の分からないお説教を受けた。
王城から帰る一時間ほど前に、改めてクリストファー義兄様に中等部設立を提案してくれた礼をしに行ったら、帰るまで膝に座っている様にと言われた。
そんなアホみたいな命令、聞きたくなかったけど誰も止めてくれなかったので……
僕はクリストファーの膝の上に座って、意味もなく抱き締められていた。
身体をやらしく、まさぐられるとか、あちこちキスをされるとか無いけど…精神的に参る…。
クリストファー殿下の付き人のシグレンが現れて、上手く言いくるめて僕を解放してくれた。
そんな、精神的に疲弊した幼い僕に、帰宅した途端説教なんて…
あんまりですよ、父上。
「アヴニール、お前は仕草や佇まいが、あざとい。
何か、そう見せたくて演じているような…
何かを企んでいるのか?」
「違いますよ!!」
それ、9歳の少年に言うセリフ!?
ぶっちゃけて言えば、中身は25歳で彼氏居ない歴も25年の、ゲーム好き非モテ女ですよ!
可愛い男の子に転生しちゃったもんで、外見に合わせてそれっぽく演じて見せていた部分もありますよ!!
でも、素になってるトコを見られた事もあるんです!!
すっごい暑い日に、庭の大木の陰でシャツの前を開いてあぐらをかき、手うちわでパタパタと風を起こしつつ
「クソあっち。あー、やってらんねー。だりー。」
なんて呟いていたら、いきなりクリストファー義兄様に抱き締められそうになり……
間一髪、よけれたのですが、ドン引きしている僕を見て義兄様が
「そんな、野生味溢れる表情も持っているんだな…アヴニール…。
さぁ、もっと、お義兄様に色んな君を見せてくれ……。」
なんて言うし!!もう、あざとい仕草とか、可愛いとか、関係無いんだって!!
僕で生まれた時点で終わってる!
だって僕が生まれた瞬間、僕を欲しいって言ったんだよ!?そんなのもう、詰んでるじゃないか!
「クリストファー殿下がアヴニールに執着しているのは良く知っている。今更、どうしようも出来ない事も。
だが、ゲイムーア伯爵のご子息、グラハム君については、どうなんだ?今日初めて会ったのではないのか?」
「そ、そうです…」
前世では一緒に旅をしていたけど、今世アヴニールとしては会うのは初めてだ。
それで、いきなりあの態度。
まさか、まだ会ってない他の3人も…こんなんじゃ…。
「レクイエムを唄う乙女………の伝説を知っているか?」
父上は、僕がこの世界に生まれて初めて聞く言葉を口にした。
この世界に生きて初めて聞く言葉だけれど、その言葉はこの世界を形作るゲームのタイトル【レクイエムは悠久の時を越えて】を彷彿させる。
「………初めて聞きましたけど。それが何か?」
思わず知らないフリをしてしまった。
いや、前世ヒロインだった時も含め、僕自身はこの世界でその言葉を聞いた事が無い。
この世界に関してのレクイエムって言葉は、ゲームをプレイしていた日本人女の未来だった時にだけ知り得た単語だ。
この世界にそんな伝説があるなんて知らなかったけど。
「私も詳しくは知らん。ただ…この世界に危機が訪れた時に現れ、その危機を救うと…。
乙女の周りには惹かれた様に、乙女を助ける勇者達が集うそうだ。」
「乙女……ですよね?…僕は乙女ではありませんし…。
第一、あのちょっとオカシイ義兄様たちが勇者かどうかも怪しいと思います。
それに父上、この世界には今、危機が訪れようとしているのですか?」
この世界が本当に危機に瀕していて伝説の乙女が現れるならば、僕が前世でそうだったように来年の入学式の日にヒロインの力が目覚めるんじゃない?
乙女自体はもう、この世に居るし、中身は誰かが転生しているみたいだし。
クリストファー義兄様たちの、僕を溺愛している無意味な親密度だって、ゲームのスタート地点にみんなが立った時にリセットされるか、僕から新しいヒロインの彼女の方に傾いて行くかも知れない。
「うむ、そうだな…可笑しな事を聞いてすまない。忘れてくれ。
今の話は、誰にもしないように。」
今はまだ、人民の不安を煽る様な言葉を口にしてはならない立場の父上が幼い僕にこんな事を聞いて来るなんて。
父上は、腑に落ちない顔をしながら僕を解放してくれた。
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「リュース様、また来ちゃいました!」
「これは、リコリス男爵令嬢アカネ様。よく、おいで下さいました。」
王都の街にある大聖堂は、この国では広大な敷地面積を有する王立魔法学園、王城に次ぐ、3番目に大きな建造物となる。
女神ヴィヴィリーニアを祀るこの大聖堂には、連日多くの信者が参拝に訪れる。
まだ15歳の若さで司祭という肩書きを有するリュースは、神の御業と呼ばれる神聖魔法を使う事が出来る、美しい少年である。
水色の髪と瞳を持つリュースは、女神が遣わした癒やし手の役割を体現したかのような、穏やかな雰囲気を身に纏う。
「リュース様に、お会いしたくて来ちゃったのです!」
天真爛漫と言えば聞こえは良いが、多くの信者の見ている前で貴族家の令嬢が若き男性司祭を名指しで会いたかったと言うのは、はしたない行為ではないのかと冷ややかな視線が集まった。
「そうですか、わたくしの為にわざわざ…。
お心遣い、ありがとうございます。リコリス様。」
ニコリと優しい笑みを浮かべたリュースは、リコリス男爵令嬢アカネ━━
この世界のヒロインである彼女を、リュース個人にあてがわれた執務室へと招き入れた。
「本日も女神ヴィヴィリーニア様のお話でよろしいですか?
ただいま教典の準備をして参りますので、お待ち下さいね。」
執務室にアカネを残し廊下に出たリュースは、深い溜め息と共に疲れた顔を見せた。
「おい、司祭サマが一人の女を特別扱いして執務室に招き入れるなんて、大司教のお父上が知ったら大変な事になるんじゃないの?」
廊下の壁に寄り掛かりながら腕を組んで立つ、黒いローブを纏った濃緑色の髪を持つ少年は、呆れを含んだ不満そうな表情でリュースを見た。
「父には許可を取ってあります。
わたくしとしても、こう3日と日を空けずに来られるのは、遠慮して頂きたい所なんですよ。
ただ…彼女はこう…軽視出来ない存在なのです。
それが何かはまだ、分からないのですが…。」
「ふぅん……軽視出来ないって、まさか惚れそうって意味じゃ無いよな?
あの令嬢、俺の姿を見掛けた時も『お会いしたかった、お話しましょう』って走って来るぞ。
何を考えてるのか、サッパリ分からん。」
リュースは苦笑して首を横にふった。
「女神様に心酔しているわたくしが、人間の少女に惚れる?
有り得ませんね。
ただ、彼女を前にすると…こう、この先何か起こる気がして胸がざわつくのです。
女神様が、わたくしに何かをお伝えしようとしているのかも知れません。」
「なので、無下には扱えないと。
まぁ、来年には俺とリュースと、あのアカネとかいう令嬢も学園入りだろ?
怪しい女だと言うなら、同級生って立場を利用して、俺が正体暴いてやるよ。」
若い司祭であるリュースの身を心配する、幼なじみの若き魔導士ニコラウス・サンダナは、二人に不自然に近付いたアカネを警戒する。
「…………バレない様にして下さいね?」
リュースはニコリと微笑んだ。