69話◆僕フェチの魔窟、生徒会。
ルイと共に学舎に着いた僕は待ち合わせた姉様と学舎の前で合流し、一緒に校内へと向かった。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様、坊ちゃま。」
門の前で姉様の侍女のマルタと僕の従者のルイに見送られて学舎の中へと入った僕達は、新入生や在校生など多くの学生達で賑わうエントランスを僕が先を行くようにして歩いてゆく。
魔法学園の学舎は王城に引けを取らない位に豪奢で大きい。
この場は我が国の叡智が集結された場所で王城よりも守りが強固であり、有事の際には王城から王族の方々が学園に転移して避難し、王城よりも優先して守られる場所でもある。
そんな広い学舎の中を迷いもせず生徒会室に向かってスタスタと歩いてゆく僕に、僕の後ろを歩く姉様が首を傾け訊ねた。
「迷わずに歩いているようだけど…
アヴニールは生徒会室の場所を知っているのかしら?」
ハタと僕の足が止まった。
うッ!!!ヤバい!
ヒロインだった前世のノリで、ついつい……
「…か…勘です。生徒会室がこちらに有りそうな勘が。
なんか今日はメチャクチャ勘が冴えてるんです。」
「あら、ルイに抱っこして貰って泣いたらスッキリしたから、勘が冴えるようになったって事?」
ああああっっ!
そう言えば僕、ついさっきまで馬車の中でルイに抱き着いて号泣していたわ!そんで姉様に見られた!
すっかり忘れていたのに小っ恥ずかしい!
「そっ…そんな感じです…」
否定すれば、また何か説明を求められそうだったので、面倒事を避けたい僕は恥ずかしいのを堪えて姉様の意見を肯定した。
「今度寂しくなったら、わたくしに甘えて頂戴ね。」
「はい、姉様。」
姉様は幼い僕が両親と離れた事を不安がって泣いたと思っているようだし…
そのまま、そう思っていて貰おう。
僕は、今更の様にキョロキョロと辺りを見回したり少しばかり迷うような素振りだけ見せつつ、迷子になる事無く生徒会室の近くまで来た。
あんなにたくさん居た学生達がまばらになり、静かになった学舎の廊下の奥に生徒会室の扉が見えた。
生徒会室と記入されたプレートを見た姉様が、感心した様に僕を見る。
「アヴニールの勘って凄いのね。」
ごめんなさい、姉様…勘じゃないんです。
前世で入り浸っていたから知ってるんです。
つかヒロイン、つまり前世の僕自身も生徒会のメンバーだったし。
姉様がドアをノックしようと手を上げたタイミングで、生徒会室のドアがバァンと大きく開いた。
「私の可愛いアヴニール!!
愛しい君の気配を感じたのでドアを開いてみたら、やはり君が居た!」
全開にした観音開きのドアの真ん中には、両腕を広げた変態王太子クリストファーが仁王立ちしていた。
「え、キモ。」
ドン引きした僕は素で本音を漏らして後退り、姉様の後ろに隠れた。
目の前に居る婚約者そっちのけで婚約者の弟を愛でるって…気持ち悪い以外の何モノでも無い。
と言うか…前世では嫉妬深くて常にヒステリーの権化みたいだった姉様は…
クリス義兄様が執着する僕に対して憎しみを募らせたりしないのだろうか。
「確かに気持ち悪いですわよ、殿下。
わたくしの弟は確かに愛らしく、愛しさが溢れ出て来るのを止めるのは至難の業でありましょうが……」
姉様が背後に居る僕の方を向き、僕をギュムと抱き締めた。
「『私の』ですって?
アヴニールは殿下のではございません。
だってアヴニールはわたくしのですもの!」
姉様、突っ込むのはソコなの!?
いや、いやいや確かに……僕が生まれたばかりの頃から2人はこんな感じだけど……
「そうだ、クリストファー殿下がアヴニールを自分のモノだと言うならば、俺のアヴニールである可能性もあるワケで。」
無いよ!あるワケ無いよ!
何言い出すんだ、ゲイムーア伯爵嫡男グラハム!
この脳筋バカ!
クリス義兄様の後ろに立つグラハムが、笑いながら僕争奪戦に参戦。
グラハムの後ろでは、生徒会の席に着席した状態のリュースとニコラウスがこちらをガン見している。
ニコラウスは平静さを保っているが、リュースは自らもこちらに来て参戦したいのかウズウズとした様子。
やめろ。来たらカオスが加速する。
来るなよリュース、来たら絶交してやる。
━━タンタンタン!
束ねた書類をテーブルの上で強めに揃える音が響いた。
一行の視線が音のした方に注がれる。
「クリス殿下、グラハムも。
2人共いい加減にしてくれないか。
遊んでいる暇など無いんだ。」
席に着いた状態のマーダレス侯爵家嫡男エドゥアールが苛立ちの表情を隠しもせず、こちらを睨んだ。
「3年生を差し置いて着任した我々2年生が生徒会を運営していくのだ。
無様を晒すワケにはいかんのだぞ。」
ゲームの設定通り、生徒会は2年生と1年生の攻略対象者だけで占められるようだ。
ゲームや前世の時は意識しなかったけど、学園の3年生全員がほぼモブ扱いで、余り関わる事が無かった。
今、考えたら凄く不自然なんだけどね。
ゲームではともかく、現実として生活していた前世でも3年生の存在感が無いって。
「エドは頭が堅いな。
入学早々、拒否権も無く生徒会の役員になって貰うんだ。
緊張を解さんとする私の優しさが分からないのか。」
「「「分かりません。」」」
エドゥアールと僕と姉様の声がシンクロした。
そう言えば…生徒会役員は成績優秀者から選ばれるって設定だったな。
ゲームに都合の良い設定ゆえに3年生はおらず、生徒会役員には攻略対象者とヒロインの僕が居た。
生徒会室は攻略対象者一同が集まるので、ゲーム内ではステータスや攻略進行度の確認、相性なんかの比較が出来る場だった。
「わたくし達…生徒会の役員になるんですの?」
姉様が僕の顔を見てからクリス義兄様に訊ねた。
確かに、ゲームや前世でも悪役令嬢シャルロットは生徒会に入っていたが。
「わたくし、首席では御座いませんわよ。
わたくしよりも成績が優秀な方がいらっしゃる筈ですわ。」
「成績優秀であるだけが生徒会役員の資質ではない。
それを言うなら、グラハムだって資格が無いって話になる。
成績優秀さは勤勉である証明となるが、その他にも努力を怠らない姿勢や、何事にも挑戦し続ける気概など……」
━━ハイハイ、全部ひっくるめて攻略対象者が生徒会役員になる、そーゆーゲームの設定なんだよね!━━
とは言え……
ヒロインのアカネちゃんが生徒会に入ってないのはゲームと既に違う。
いや、ヒロインは渡り廊下でのクリス義兄様との出会いの後にスカウトされるんだっけ。スカウト…すんの?
ってゆーかゲームと前世では学園に中等部なんか無いし、僕が存在してるって時点でもうゲームとは何もかもが違う。…………ン?
「………姉様、わたくし達っておっしゃいましたが、僕も生徒会入りするんですか?」
成績だけで言えば僕は中等部のトップだろうけど、中等部に入る年齢ではないよ?
小学4年生だもん。
「わたくしは殿下から、そうお聞きしたわ。」
いや、僕はそんなの聞いてないけど。
「私はアヴニール宛に、そう記した手紙を何度か出したのだが」
読むわけ無いじゃん。
初めて僕個人に届いた手紙の出だし3行━━
『愛しの君』だの『我が愛』だの、砂糖吐きそうな程デロッデロな単語が並ぶのを見てから、もうクリス義兄様の字を見るのも嫌になったよ。
4行目から読んでない。
それ以後、届いた手紙は未開封なままどっかいった。
ルイが処分してくれたっぽい。
「中等部にはアヴニールより優秀な者は居ない。
今まで無かった中等部、親元を離れたばかりの未成熟な者達をまとめるにはアヴニールの様な強い精神を持つ者がリーダーとなるべきだ。」
その未成熟な中学生位の少年少女たちをまとめるのが、最年少の小学生年齢の僕って、どうなの。
力説するクリス義兄様の隣で、腕を組むグラハムが頷いた。
「俺もアヴニールが生徒会に入るのに賛成だ。
エドは、弟のジュリ坊を推薦したのだがな。
自分がフォローするからと。」
え、ピヨ子ちゃんに生徒会役員なんて無理っしょ。
フォロー程度で間に合うワケ無し。
客観的に見て分かるじゃん。兄バカかよ。
まぁ、貴族社会は年齢よりも爵位によって立場の関係が成り立つし……
中等部の成績優秀者に侯爵家の者は僕とピヨ子しかいないし。
成績優秀で年齢が相応でも、下位貴族の者がリーダーを任されるのは大変かも知れない。
身分が低いクセに命令するなとか言われそう。
「姉様も生徒会役員をなさるのでしたら、僕もやります。」
ゲームスタートを越えても僕が存在しているのだから、今さらゲームにはない設定を増やした所でペナルティはないだろう。
それに、姉様が生徒会入りして後からアカネちゃんも生徒会に入ったら、それこそ何かヤバい気がする。
姉様を守る為にもアカネちゃんと姉様の接触は減らしたいし、なるべく姉様と一緒に居たい。
クリス義兄様とグラハム、生徒会室で着席しているリュースとニコラウスもパァと表情を明るくした。
「やった、これでアヴニールと過ごす時間が増える!」
本音を隠さない、僕フェチのクリス変態義兄様がガッツポーズをした。
同意するようにしてグラハムとリュースが頷く。
ニコラウスは平静を保っているが口角が僅かに上がっている。
僕フェチのコレが次期国王か…終わってんなぁ。
支える側近も僕フェチばかり。
いや…今の時点ではエドはそうではないっぽい。
凄い不満げな表情で僕と目を合わさないようにしている。
親愛度等はMAXのハズだけど僕より弟ラブなら、その方が僕には有り難いしスルーしとこう。
「さぁ、新入生の歓迎式典が始まる。
講堂へ急ごう。
生徒会の役員の紹介もあるからな!」
そう、生徒会室から講堂へと繋がる渡り廊下。
そこからヒロインと攻略対象者達とのイベントが始まる。
令嬢のシャルロットが嫉妬から悪役令嬢になってゆくキッカケとなる最初のイベント。
僕が姉様を守る!!




