67話◆ピヨコと、その従者。
「…………小鳥のピヨちゃん様。
お久しぶりです。」
テンションだだ下がりの所に、ウザったい子どもが元気はつらつ状態で声を掛けて来るって……
見た目は子ども、中身は一応成人女性、精神年齢は小学生並の僕にはイラッとするだけなんだよね。
しかも子ども扱いって。
ワガママの権化のお前に言われたくない。
「ぐぬッ…アヴニール!
名を知らないと言ったお前に、ボクはちゃんと名乗ったぞ!
覚えてないのか!」
「覚えてません。
数ヶ月前の訪問時に名乗られた名前なんて、記憶にありません。
記憶に留めとく理由も無いし。」
このバカは自分があの時、僕に言った「子分になれ」も覚えてないのだろうか。
何にしろ、今はこんなガキにかまけている場合では無い。
ついさっきまで、僕はこの世界から消失するかも知れないなんて悲しみに打ちひしがれつつあったが………
今、僕は!もうガチで消えてしまいたい!!!
あああっ、ルイの生暖かい視線が僕を見つめ……ウワァア!
昨日言っていたように「いい気味だ」みたいに小馬鹿にした感じならまだいい。
その滅茶苦茶、安堵した様な慈しむ様な、愛おしむ様な視線…!
うぉぉ!何か色々といたたまれん!
消えてしまいたいぃ!
「アヴニール!おまえ!年下のクセに生意気な奴だぞ!」
ピヨコうるせぇ。年下でも同級生だろうが。無視だ無視。
僕は今はそれどころでは………
「まぁまぁジュリアス坊ちゃま、落ち着かれますよう。
侯爵家のご子息が、そんないきり立っておられてはなりませんよ。
ローズウッド侯爵家のご嫡男、アヴニール様。
これからは、私の主であるジュリアス様とは御学友同士、同じ寮にて長く生活を共にする間柄となるのです。
何卒よしなに。」
やんわりとピヨコをたしなめつつ、その背後に現れたピヨコの従者は、ピヨコと僕の邸に来た時の苦労人みたいなオジさんではなかった。
22、23歳に見える若者で………
真っ白な髪に白い肌の美しい青年で………
ピヨコの従者として付き従った青年が、僕の方を向いてニコリと微笑んだ。
僕とルイがシンクロしたように「は?」と目が点な状態で青年をガン見する。
━━尻ユニコーンじゃん……
魔王の右腕で人間嫌いのお前が、ピヨコの従者だなんて…
ナニやってんの?ルイの真似か?━━
「申し遅れました。
私は、マーダレス侯爵家のジュリアス様専属の従者でジェノと申します。
どうぞお見知り置きを。」
胸に手を当てスッと頭を下げて礼をしたジェノを前に、ルイの方から不穏な空気が漂い始めた。
━━「何をしている!この馬鹿者が!」とか言っちゃ駄目だぞ、ルイ!
この場では2人とも侯爵家に仕える従者同士、同等なんだから!━━
「私はローズウッド侯爵家のご嫡男、アヴニール様に仕える身でルイと申します。
どうぞよろしく。」
慌ててルイの方を振り返った僕と目が合ったルイは、ニコリと感情を消した微笑みを浮かべてピヨコとジェノに挨拶をすると、僕の身体を皆が見ている前で強引に抱き上げた。
「うわあ!な、ナニすんだよルイ!
皆が見ている前で!恥ずかしいだろ!」
「アヴニール坊ちゃまの歩幅では時間が掛かります。
シャルロットお嬢様との約束に遅れますよ。
ですから、このまま寮に入りましょう。」
ルイは僕を抱き上げたままピヨコと尻ユニコーンにペコリと礼をし、足早に寮内に向かった。
ピヨコとジェノの登場で、僕の恥ずかし過ぎて消えてしまいたいって感情も薄れて少し落ち着いたので、このままルイの行動に従う事にした。
新築の中等部の男子学生寮は外観からしてもかなり大きく、寮に入ると高級老舗ホテルの様な高い天井の広いエントランスがあり、そこでは多くの寮内で従事する者達が新入生達を部屋に案内している所であった。
ルイが僕を抱き上げたままで、その一人に声を掛ける。
「ああ!ローズウッド侯爵家のアヴニール様でいらっしゃいますね。
お待ち致しておりました、アヴニール様のお部屋へご案内致します。」
なぜか、他の寮内従事者達から注目を集めながら、僕達は話し掛けた従事者に案内されて2階へと上がる。
だだっ広くて廊下も長い…これは確かに、僕の足で普通に歩いたら移動に時間がかかる。
さすがは上級貴族用。
従者の部屋も入ってるらしいから、一人に当てられた部屋が相当広いのであろう、部屋の扉と扉の間隔がかなり開いている。
(間に小さなドアがあるのは従者の部屋らしい)
幾つかの立派な扉の前を通り過ぎ、玄関からかなり歩かされた後に、一段と立派な扉の前に辿り着いた。
廊下の突き当りの角部屋となるのだろうか。
玄関からえらく遠いが………
「こちらがアヴニール様専用の特別なお部屋となります。
この様なお部屋を用意して頂けるアヴニール様をご案内出来て、私は光栄です。」
「僕専用?……特待生だとか特級クラス生専用だとか…
そういう事?」
そんな大袈裟な…と呟いた僕に、寮内従事者はゆるゆると首を横に振った。
そしてまばゆいばかりの笑顔で僕に言った。
「学園に在学する間は、アヴニール様にずっとこのお部屋をお使い戴きたいと、王太子殿下からの心尽くしにより用意された御部屋にございます。
王太子殿下は、それはもうアヴニール様の事を大切に思ってらして。」
………え、キモ。
「どうです?嬉しいでしょう?」とばかりに笑顔を輝かせる従事者を前に、開かれた扉の前で僕と同じ感想を持ったのか、僕を抱き上げたルイも部屋を見ながら冷ややかな表情をしていた。
今日は朝から嘆いたり励ましたり上司に逆らう部下に会ったり……ルイも色々と心労が絶えないよな…僕もだけど。
「何かございましたら、この私に何なりと!」と王太子殿下のお気に入りの僕に念を押してアピールした後、案内をしてくれた寮内従事者が部屋を去った。
ルイと2人きりになった僕はルイの腕から下りて、広い部屋の中をぐるっと見て回る。
僕の為に変態王太子のクリス義兄様が用意した部屋だなんて、現代日本ならば盗聴器や隠しカメラの存在を疑う様な案件だ。
角部屋なため大きな角窓があり、窓の前に立つと寮の中庭が一望出来る。
寝室とリビングと勉強部屋が一つになった様なだだっ広い部屋ではあるが備え付けの調度品は、お貴族様御用達で豪華。
こんなん、日本人としての記憶持ちである僕の知る学生の寮なんかじゃない。
高級ホテルのスイートルーム並だよ。
そんな部屋の中に扉が一つ。
ルイと並んで扉を開けてみた。
ここは従者の部屋となる様だ。
従者の部屋は10畳位の部屋で割と広く、ベッドやチェストなど家具が揃っている。
「狭いな。」
狭いんかい!
日本の狭いワンルームマンションに住んでた僕には充分広く感じるのに。
この生まれながらのおセレブ様め。
「それはさておき……
お前の言っていたリセットとやらが起こらずに済み、私は安堵しているが…。
お前は学園の大門が、その切り替わりが起こる地点だと言っていたな。」
一通り部屋を確認した後、部屋に用意された応接セットの様なソファーに腰掛け、ルイが話し掛けて来た。
僕もルイの向かい側に座って話を聞く。
「以前、初めて僕がこの世界に来た時に立っていた場所が、大門内に一歩入った所だったんだ。
そこで、僕の自我が目を覚ました様な感じ。」
それはゲームのスタートと同じ状況で、いきなりヒロインになっていて一瞬パニクったけど…。
「見知らぬ少女の身体にて見知らぬ土地で目を覚まし、よく取り乱したりしなかったものだな。」
「ぶっちゃけると夢だと思っていたし。
その内目を覚ますだろうなと。
だったら、ちょっと楽しんじゃえみたいな?」
ゲームで動かしていたのだから、まったく見知らぬ少女ってワケでもないし。
ゲームのグラフィックまんまの景色が目の前にあったから、それなりに理解は早かった。
現実ではお目にかからない魔法だとか、剣でモンスターを倒すとか、そんな経験をしてみたいってのもあったし。
年下のイケメン共には興味が無かったが、強くなりたければ奴らの力を取り入れる為に惚れさせるしかない。
そんなゲーム仕様。
この世界を堪能するならば徹底的に!と頑張った結果、今に至る。
「………戻れるならば、元の世界に戻りたいと思うか?」
「前世ではね。思っていたよ。
ここは私の世界じゃないって。
でも…僕はここで生まれて育った。
今はここが僕の居るべき世界だと思ってる。」
僕をこの世界に送り込んだ神様とやらが許す限りはね。
ヒロイン失格となった僕が、元の世界に戻されずに今の僕に生まれ変わった理由も分からないし。
神様は新しいヒロインだって、ちゃんと喚んでるワケだし。
僕がここに居る理由って何なんだろうな。
そんな事を考えながら、ふとルイの顔を見ると
僕が今は、前の世界に戻りたいとは思ってないと知ったルイが安堵した様に微かに笑んでいた。
その笑顔は……ちょっと反則だなぁ……不覚にも嬉しくて、つられ笑いしてしまった。
「アカネは大門で目覚めたのでなく、既にこちらの世界に居たな。
………今、私達が居るこの世界は、本当にお前の言うゲームとやらの世界なのだろうか。」
改めて聞かれると、僕も疑問に思う転が多々ある事を思い出す。
世界観や人物の設定などは確かに自分がプレイしていたゲームそのもの。
なんだけど、以前にヒロインとしてこの世界に来た時は、この世界がもっとゲームに忠実だった気がする。
別の言い方をするならば、以前の世界で会った人物達はクリス王太子達、攻略対象者を含めて……人間味が薄いと言うか。
キャラの設定に差はあれど、皆が同じ様にヒロインのイベント待ちのスタイルで、ヒロインだった僕の行動に対して、受動するカタチで惚れていくとゆーか。
今のクリス変態王太子や、アホの子リュースみたいに自ら自分を猛アピールしてくる様な事も無かった。
そういう意味では、ウザったいが今の2人は設定を逸脱し過ぎて個人差があり、逆に人間味がある。
「設定上は、僕の知ったゲームの世界なんだけど…。
改めて聞かれたら、分かんなくなってきた。」
今はここが現実であって欲しいと思う。
ルイと一緒に居られるし…。
恥ずかしいから、余りハッキリ言えないけど…。
「………………………。」
ルイが手の平で緩む口元を隠す様に覆って俯いた。
あ、この野郎!僕の思考を読みやがった!




