64話◆大聖堂へ行った主を待つ従者の憂鬱。
リュースは、癒やしを司る女神から祝福を与えられた者…要は神職に就く者が取得出来る神聖魔法の使い手であり、まだ少年でありながらも司祭の役職を持っている。
前世では大聖堂の研究室を使う時だけが、そんなリュースと二人きりとなれる好感度アップタイムだったが、彼はいつも優しい微笑みを浮かべて静かに佇む様に隣に居る人だった。
置物の様な人…褒め言葉として、そう思っていた。
扱いが楽とゆーか。
自分から話し掛けて来る事は少なく、ヒロインだった僕との逢瀬はほとんどが相づちを打つ聞き役で物静か。
そのせいか少年の割には大人の様に落ち着いており、パーティーの中では場の空気を和ませる癒やし担当の人だった。
…のだが、何で僕の前に居る今のリュースは空気も読めない質問をするようなポンコツになってんだ。
ウゼェなぁ。
「リュース、アヴニールは俺達に頼みがあると言っているんだ。
それを遮ってまで、今聞く様な事じゃないだろ。」
ニコラウスが僕の顔色を見ながら、慌ててフォローする様に口を挟んだ。
僕が不機嫌になってリュースが意気消沈状態になったら、この場を納める大役はニコラウスが請け負うしかない。
そんな面倒くさい事はさせんな!とニコラウスの表情が言っている。
「ですが……気になるじゃないですか……。」
「そんな大した頼み事じゃないよ。
アカネちゃんが姉様に近付かない様に見ていて欲しいってだけ。
同じクラスになったニコラウスにしか頼めないから。」
僕はポンコツのリュースを無視してニコラウスに話し掛けた。
二人に頼むと言っていたのにリュースを除外した言い方をしたもんで、リュースの表情が見る見る青ざめてしまった。
「ほらな!リュース!
落ち込む位なら何で黙ってられなかったんだよ!
思う様に事が運ばないとか、言いたくない事を追及されたら不機嫌になるアヴニールの性格を知ってるだろうが!
アヴニールに冷たくされたらリュースだって嫌だろ!
こうなるのが分かってて……!ああっ!!」
ツーンとそっぽを向く僕と、何だかメソメソした雰囲気のリュースの狭間で苦悩するニコラウス。
前世で僕がヒロインの時のニコラウスは、気まぐれな猫みたいに付かず離れず1人で居る事が多く、揉め事にも我関せずって感じだったけど…。
僕の前に居るニコラウスは揉めたヒトの間を取り持つ苦労人タイプな感じだ。
リュースが猫を被ったままだったら、ニコラウスもこんな苦労はしないで済んだのだろうに。
「あはは。大変だねーニコラウスは。」
「はぁあ!?他人事みたいに言うなよ!
お前のせいでもあるんだからな!」
ニコラウスがヘラっと笑う僕をキッと睨んで言った。
これは何と心外な。
「人前での作り笑いリュースよりは、腹黒いけど素のままのリュースの方が僕は好感が持てるよ。
でも素を出し過ぎて僕に傾倒するリュースは、はっきり言ってかなりウザい。」
僕の発言は落ち込むリュースに追い打ちをかけたようだ。
青ざめていたリュースの顔色が、土気色になった気がする。
「アヴニールもリュースも!!
何でもかんでも本音を口にすりゃイイってもんじゃ無いんだぞ!
少しは包み隠してくれ!俺の為に!
て言うか、俺の居ない所で言い合ってくれないか!
面倒くさい事、この上無いったら無いんだよ!」
「あはははは!」
とうとうニコラウスまでキレてしまい、机をバンバン叩いて本音を吐き始めた。
メソメソリュースの隣りでキレてるニコラウスを見て爆笑する僕。
久々の大聖堂は、どうしょうもないカオスな状態でお開きとなった。
3人共もう学園入学の準備に追われるから大聖堂には来れないし、次にリュースやニコラウスと会えるのは学園でとなる。
学園での再会を果たしたリュースが、もう少しマシになっている事を願う。
そしてニコラウスにも平穏が訪れる事を祈る。
ん?これ、僕が二人に会わなければ解決するんじゃない?
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深夜になり、大聖堂から夜空をゆっくり飛んで邸に帰った僕は、空から自室のバルコニーに降り、フワァとあくびをしながら部屋に入った。
もうじき学園へ入学。
邸を離れる前に父上や母上、国王陛下や側近の方々に渡すために身代わりのオーナメントを作りまくった。
マライカ国王のシーヤに渡した物とは違い、砕け散ると同時に僕が現場に急行したりはしないが、それでも命を一度は守るアーティファクト級の希少アイテムだ。
「帰ったか、アヴニール。」
部屋に入ると、ルイが僕の勉強机で読書をしていた。
えー……もしかして、僕が帰るのずっとここで待っていた?
「一応は、お前が私の主だからな。
お前が無事に帰り、眠るのを見届けてからでないと休めん。」
僕が口に出して訊ねる前にルイから返事がきた。
んー……ルイとは顔を合わせにくかったんだよな……。
今朝、ツガイどうこうの話を互いに「お前はアホか」で濁して終わらせちゃったし……。
「お前が大聖堂に行っている間に、色々と考えていたのだが……。」
「考えていた……どちらの方が、よりアホであるか?」
「違う。」
思考が読めない僕でも分かる位、即答したルイは「そういう事を口にするから、お前はアホだと言うのだ」ってはっきりと顔に書いてあった。
分かってるよ!
でも、真面目なだけの話は何だか恥ずかしくて…茶化したくなるんだよ。
「お前が魔族しか使用出来ない深淵の闇魔法を使える事を、だ。」
「ああ、そっち。」
勉強机の椅子に座っていたルイが本を持って立ち上がり、肘掛け付きの休憩用の椅子に腰掛けた。
僕はルイが席を立った勉強机の椅子に座ってルイの方を向く。
ルイが、玉座に座るが如くその椅子に座ると……ろくな事が無い。
とゆーか、初めて膝に座らされた事だとか間近で見詰められた事だとか(キスかと思ったら頭突きだったが)
思い出してしまう……。
朝のツガイ発言にしろ、忘れよう考えないようにしようと思えば思うほど頭から離れないし……
頭から離れなかったら、ルイに思考読まれるじゃん!
う、うわぁあ…!!
「我が城から持って来た旧くからの記録書にも、過去に深淵の闇魔法を使えた人間がいた記録は無かった。」
ルイは古い過去の記録って言っているけど、この世界に本当に古い時代があったのか定かではない。
この世界の全てがゲームの設定であり、僕の生まれた辺りから始まった世界かも知れない。
過去すらも、設定として織り込まれたデータに過ぎないのかも知れない。
「僕は特別なんだよ。
神聖魔法だって、本当ならリュースみたいな神職者か敬虔な女神信者しか使えないだろ。」
僕は前世でカンストしたリュースの神聖魔法のスキルやステータスをそのまま受け継ぎ、それを元にしたヒロイン専用魔法のエクストラヒールなんかも覚えているワケで。
ヒロインとして、自分に惚れ込ませた攻略対象者のステータスやスキルをコピーしたみたいに自分のモノにしちゃうゲーム仕様なんだもの。
「お前が前世を持ち、乙女であった事などは聞いたが…たぶらかした男どもの力を我が物と出来るのだと。」
たぶらかした…その言い方なぁ…間違いじゃ無いけど、言い方なぁ…。
「その不思議な力は何のための力だ。」
「何のため?
そりゃー復活しそうでヤバい魔王様を倒すために…だったと思うけど?」
その魔王サマは今、僕の従者をしているが。
ゲームとしては、好きな相手と魔王を討伐して、平和になった世界で惚れた男とキャッキャウフフがエンディングだったと思うんだけど。
このゲームをクリアしてない僕は、このゲームの真のエンディングを知らない。
「深淵の闇魔法をお前が使えるようになったという事は、私もお前にたぶらかされた男の一人か。」
「言い方ぁ!僕、ルイをたぶらかしたりしてないから!
たぶらかす所か、最初はぶっ倒すつもりだったけど……
今は優秀な従者だし、剣と魔法の師匠だし…その…
変な意味では無くパートナーだし……。」
俯きがちになりゴニョゴニョと口ごもる僕の顎先が、ルイの指先ですくい上げられ、正面から間近に顔を近付けられる。
ルイの宝石の様に紅い瞳に見詰められた僕は、心臓がズクンと疼いた。
「ルイ!ルイ…!ちっ…近っ…顔、近いっ…!」
「なぜ、倒すべき敵である私をたぶらかし、その力をお前の物とする必要がある?」
だって!そういうゲーム仕様なんだもの!!!
心の中で思い切り答えた後に、ハッと気付く。
僕が見られるステータス画面の中に、前回のヒロインの時の攻略対象者の親愛度や親密度を見る項目があるが、そこにルイが新しく加わった。
それは、僕がゲームをクリアしてなかったから知らなかっただけで、ルイも元々が攻略対象者の一人だったって事なんだ。
「……魔王様を倒した後に、真ボスがいるって事…?」
「その真ボスとやらに心当たりは?」
無い!!
今、真のラスボスとして誰かの名を挙げるとしたら最近お騒がせの邪神くらいで。
それも姿形はおろか、居るか居ないかも分からないじゃん。
「無いのだな。………ならば仕方あるまい。
今まで通り、僅かでも情報を集めつつ来たる日に備えるしかあるまいな。
夜分に時間を取らせ済まなかった。」
ルイが僕の顎から指を離して椅子から立ち上がり、部屋を出る為にドアに向かった。
ルイの眼差しと顎クイから解放された僕は椅子に座ったままクタッと脱力しつつ、安堵の溜め息をついた。
「そ、ソウダネ……おやすみぃ…ルイ…。」
「アヴニール。この世界が作り物の世界であろうと何だろうと構わない。
魔王が人類の敵で、この世界を我が物にしようとしている、そんな設定とやらに踊らされるつもりもない。
お前の知る本来の世界とやらには無かった、少年のお前と従者をしている私の存在は、作り物の世界の枠からはみ出していて、ゲームの設定とやらの影響を受けにくいのではないかと推測している。」
ドアの前でルイが僕に背を向けたままで何か急に言い出した。
クタッと脱力していた僕は姿勢を正してルイの言葉に耳を傾ける。
「そうかも知れないけど…あくまでも推測なワケだし、ゲーム補正ってモンもあるからなー。」
まだスタート地点にも立っていない今は、その「時」が近付くまで何も分からない。
「ではその補正とやらを受ける前に、私の本心を伝えておこう。
私は、この世界など手に治めようなど思ってはいない。
私が今、手に入れたいのは…アヴニール、お前だけだ。」
「だ……ッ!」
だからっ…それすら、ヒロインに惚れるってゲーム仕様のせいかも知れないって……!
ルイの本心じゃないかもって!
思わずにはいられないから………僕は!
僕は………。
「おやすみなさいませ、アヴニール様。」
ルイは僕の方を向いて頭を下げ、僕からの返事を待たずに部屋を出て行った。
何だろう…この…嬉しいんだか悲しいんだか分からない様な複雑な気持ち。
きっとルイは僕の思考を読んだ。
ルイの言葉がルイの本心からでも、僕には「ヒロインと親密度の高い攻略対象者が言わされてる」感を拭い去る事が出来ない。
「ゴメン……ルイ……。」
今、ルイが僕の思考を読んでくれたら、僕のこの説明しようの無い不安を理解して貰えるのだろうか。
ルイの言葉を、これがゲーム仕様だったらと不安に感じるのは……
僕もルイに惹かれているからなのだと気付いて貰えるのだろうか。




