61話◆たまたま見た結婚式に心奪われ興奮した僕。
王城での新年会から二ヶ月ほど経った。
何事も無く穏やかに日々は過ぎて行き、今日は姉様、そして大聖堂のリュース、ニコラウスが学園にて実力判定試験を受ける日だ。
て事は、同級生となるヒロインのアカネちゃんも、アホンダラ伯爵令嬢も、その取り巻きをやっていた2人も試験を受けに学園に行っている。
今日の結果によりクラス分けがなされるという大事な試験だ。
体裁を重んじる上位貴族の者達は厳しい教育を受けており、上位成績者が在籍するAクラスに居て当然というプレッシャーを与えられて今日の試験に臨む。
試験官の目も厳しく、貴族としてあるまじき態度を見せる事も出来ない。
姉様と顔を合わせたトコで、誰もむやみに話し掛けたりと下手な事は出来ないだろう。
ゲームでも、そして前世でも、ヒロインと悪役令嬢シャルロット、リュースとニコラウスの4人は同じAクラスだった。
ゲームの中の悪役令嬢シャルロットって、結構頭悪そうに見えたんだけど、秀才が集められるAクラスの生徒って設定なんだよな。
まぁ実際の姉様を見ていれば、Aクラスは当然なんだけど。
それよりアカネちゃん、試験は大丈夫かいな。
前世の僕がヒロインに転生したのは入学式の当日で、もうAクラス行きが決まっていたから試験も必要なかったけど、アカネちゃんは今から試験受けなきゃならないんだろ。
まだ、こちらの世界に来て日が浅いと思うけど…ろくに勉強もせずに大聖堂や学園に行っては、攻略対象者に猛アピールしまくっていただけに見える。
ヒロインなんだけどアカネちゃん、これではAクラス難しいんじゃ………。
まぁAクラスに来なかったら来なかったで、姉様と接触する時間が減るんだし。その方が良いかも知れない。
チートの僕が存在しており、その僕の従者を魔王のルイがやっている今の世界には、魔王を倒すヒロインの需要があるかも分からないしね。
さて……Aクラスに入れるのか分からないアカネちゃんの事はさて置き。
僕は今、ルイに抱っこされながら2人で楽しく街を散策中だ。
今まで試験勉強を頑張った姉様、そのついでにリュースとニコラウスに何かご褒美的な品でも渡そうかと思って、街を歩いてプレゼントの物色中である。
今さらなんだけど……
この世界は、乙女ゲームの世界って設定が強過ぎるせいか、ホント小綺麗なモンや可愛いモンが無意味やたらと多いと思う。
表通りには、お嬢さん方の好きそうな可愛い小物を扱う雑貨屋さんやオシャレ洋品店、スイーツの店や花屋、カフェなど、絵に描いた様なカワイイ店が建ち並ぶ。
普通の食品や雑貨の店も表通りにはあるが端の方にあり目立たない。
酒場や武器屋といったカワイイ要素が特に低いモノは、奥まった裏手の方に追いやられている感じ。
立地条件にかなり差が付いている様だ。
ゲームが全年齢適応だったからって、現実になってまでカワイくないモノは目立たないように、なんてしなくてもいいんじゃないの。
今は未成年だけど中身が成人女性の僕は、居酒屋みたいな酒場がきっと好きだ。
……ああジョッキ片手に焼き鳥が食いたい。
━━!!ワー!!━━
「ん?」
不意にあがった賑やかな歓声に、ルイに抱き上げられたままの僕が声のあがった方を向いた。
若いカップルが家族や友人らしき人達に囲まれて、小洒落たレストランみたいな店の前で祝福されていた。
「わぁっ!結婚式かな!?初めて見た!!」
この世界にはウェディングドレスなんて物はなく、平民であろう若いカップルは普段着より少し上等なオシャレ着にリボンや花を飾り付けている。
花嫁らしき女性は赤くなった顔の半分を恥ずかしそうに、手にした小さな花束で隠した。
いやぁ初々しくて可愛いねぇ!
まわりの友人達は、肘に掛けた手さげカゴから取り出した花びらを、祝福のシャワーとして新郎新婦に振りかけていた。
幸せそうな若い二人の門出を、微笑ましく思いながら見ていた僕は………とうとう、見つけてしまった。
その衝撃で表情を強張らせた僕は幸せそうな結婚式の様子から目が逸らせなくなり、黙り込んだまま見入ってしまった。
言葉を失って呆然とする僕の様子がおかしいと気付いたルイが、僕に話しかけて来る。
「アヴニール?どうした。
人間の婚姻式に憧れたとか言わないだろうな。
………お前には、もっと………」
僕を見たルイまで言葉を失って、口を手で隠す様にして黙りこくった。
ルイよ、お前は一体何を想像したんだ。
もっと何なんだよ。いや、そんな事より……もっと!
もっと大事な出会いがこんな所に………!!!
僕は、ルイの肩を掴んでコクリと息を飲む。
「ああっ!ルイ…ルイ!見て!見て!!
ほら、ライスシャワーだよ!!
米だ!!米がある!!
これでやっとカツ丼も牛丼も親子丼も作れるよ!
チャーハンだって!ガッツリ漢クサイ飯が食える!」
「…………コメ…だと?」
瞬間的にヒヤリと冷たい空気が流れ、首筋が寒くなったような気がした。
この時のルイの顔を僕は忘れない。
なんだったら今まで見た中で1番、「こんな世界無くしてやろうか」に近い表情だったと思う。
なんで??
プレゼントを探すついでに、終始不機嫌なルイと共に米の入手方法を聞いて回った。
米は、この世界では家畜の飼料か、ライスシャワーにしか使わないらしい。
麦が勿体ないから代わりに米を撒くのだと。愚か者め。
この世界の頭おかしい所は、カワイイに特化し過ぎて、ワザと普段使いを避けているとしか思えない食材や食品があったりする。
最近になって知ったが、ルイが珍しいからと買って来てくれたスイーツにみたらし団子があった。
それ、この世界にもち米と醤油があるんじゃねーの?
和スイーツと呼ぶらしいと言っていたが、日本ってモンが無いこの世界の和って何なんだ。
日本が存在しないのに和風もクソもあるかいと思った。
「お米と醤油が手に入ったらカツ丼を作るよ、ルイ!
この世界には珍しい、ガッツリかっ込む男飯だよ!」
「…………好きにすればいいだろう。」
ルイは、何かとてつもなく不機嫌になったままだ。
「なんで!?唐揚げは気に入ってくれてたじゃん!
お城(魔王城)のみんなも美味しいって言ってくれたんだろ!?
僕はルイにも食べて貰いたいんだよ!!」
ビジュアル最高のルイが、私は甘い物は好みませんとか言って、佇まい美しく紅茶を飲む姿とか!
テンプレみたく美麗ポーズを見せるの素敵なんだけど!
「どんぶり飯をかっ込むルイとか、ジョッキ片手に焼き鳥食うルイとか!男臭かったりダレた感じのルイが見たい!何ならへべれけになったルイも!
私の知らないアナタを見せて、的な!!」
無駄に美形の多いこの世界で、ぐでんぐでんに出来上がったオッサンみたいなイケメンが見たいかも知れない。日本酒やビールは用意出来ないけど、ツマミ位なら作れる。
焼き鳥もメニューに加えて!
そうだ、僕は将来的に居酒屋でも始めたら良いかも!
━━━━居酒屋アヴ
邸に帰った僕は、父上の書斎に呼ばれてこっぴどく叱られた。
貴族の子息が地面に落ちた家畜の餌をみすぼらしく拾っていただの、興奮して従者に喚き散らしてギャアギャア言っていただの。
そんな所を姉様の専属侍女のマルタに見られていて、父上にチクられた。
マルタは姉様の付き添いで共に馬車で学園に来ており、姉様の試験を待つ間、馬車の御者や護衛の付き人の昼食を買うため街に居たらしい。
「お前はなぜ、大人しくしているという簡単な事が出来ないのだ。」
「これでも大人しくしているつもりなんですけど…。
それに姉様に被害が及ばない様に僕が目立った方が良いと言ってたじゃないですかぁ…。」
「ただでさえ悪目立ちする癖に、侯爵家の嫡男が街中で地面に落ちた鶏のエサを拾う等、奇行を晒すとは何事だと言っている。」
奇行って。やぁん、もぉ…………パパ上の顔こっわ。
ルイはルイで何かずっと不機嫌なままだし…
父上に書斎に来るよう言われた僕に、付き合ってくれなかった。
鬼みたいな父上と書斎に2人きりなんて、肝が冷える。
スゥと息を吸い込んで、激おこ状態だったパパ上の表情が少し変わった。
険しい表情には違い無いのだが、何かを深く思案している様子で机の上をトントンと指先で叩いている。
何かを言いたげであり、言いあぐねているように見える。
「………父上、何か心配事でも?」
「幼いお前に話すべきか悩んでいたのだが……
この件にお前は、無関係とも言えまい。
陛下には、私の判断に任せると言われた。」
陛下に判断を任された?
僕に話すべきか隠しておくべきかを?
何の話だろう。
クリス義兄上が変態だってんなら、とっくに知ってる。
「先々月、王都を囲む壁の向こう側で男の遺体が発見された。」
「はい。それがナニか。」
王都を囲む壁の向こう側は、ゲームで言う所のいわゆるフィールド。
他の場所に行く為の道以外は平原や森など、まだあまり手の加わってない土地が広がる。
であるから魔物も魔獣も出るのだし、盗賊だっていたりする。
言っちゃ何だが魔獣や盗賊に襲われた人の遺体が街道から離れた場所にあっても、そうおかしくはない。
かつてのニコラウスのように、無謀にも自身の力量を見誤った為に冒険者気取りで軽装備でフィールドに出てしまい、アッサリ死ぬ者もいなくはない。
壁の外は、そのような世界だ。
うん、そこんところが普通の乙女ゲームとは違うんだよね。
猛獣が跋扈する場所を旅して生き延びろって、女子高生と女子高生に惚れた男子高校生どもをサバンナにほっぽり出すようなゲームだよね。
ついこないだまで、キャッキャウフフだったのに。
「王都を囲む壁の真下で見つかった遺体は、発見が早かった為に獣に食われる事もなく、殺されたままの状態で見つかった。」
「壁の真下?………魔獣に襲われて息絶えたのではないのですか。」
「そういう風に見せるつもりだったのだろう。
壁の上から投げ捨てられたようだが、魔獣に荒らされる前に北側門の見回り兵が遺体を見つけた。
身元も分からない全裸の遺体だ。
だが、それなりに良い暮らしをしていたのだろう、遺体には指輪の跡があり、髪からは僅かに香油のニオイがしたらしい。
身なりが良かった為に追い剥ぎにあった可能性も無くはないが……。
その遺体は顔の皮を剥がされていた。」
ゾクゾクっと背筋が寒くなった。
良い暮らしをしていたのならば、ギャングのボスみたいな悪どい金持ちで人から恨まれて殺されるような奴って場合もあるけど、貴族あるいは商人などの身元のしっかりとした者である可能性もある。
だが今の所は、そのような者達からの、家族が行方不明だとの申し出は無いらしい。
「…え、シーヤ国王陛下の伯父上のように、誰かに成り代わった可能性が…?」
父上は控え目に頷いたが、言葉で肯定はしなかった。
可能性はあるが、それを確認する術は無い。
いや…確認する術はあるにはあるが………
「父上、提案します。
貴族、金持ち、全員強制参加制の、ガチ殴り喧嘩大会を開きましょう。」
「出来るか、馬鹿者が。」
だよねー。
殴れば顔がズルっとなるから、すぐ分かるんだけど。
乙女ゲームの世界かなり、キナ臭くなってきたなぁ…。
魔王復活どうこうの前に、人間の団体でヤバいのが出て来た。




