6話◆二人目の攻略対象者。
魔法というものが日常的に使われるこの世界でも、強い魔力を持ち魔法を使える者の殆どが貴族階級の者達である。
魔法の勉強は10歳前の早い内から始められるが、それは家庭教師を雇い、家庭教師が教えた方法で魔力を高め、技の基礎を学んでいくものとなる。
およそ5年程、自宅にて魔法を学習したあと16歳でグランディナージア王立魔法学園に入学して、そこで戦いの場に立てる魔法を習得する。
それは魔法剣であったり、攻撃魔法であったり、回復魔法や、補助魔法等など。
だが、下級貴族では雇える家庭教師も二流、三流となり、せっかく強い魔力を持っていても効率良く基礎を磨く事が出来ず、学園に入ってから基礎を学び始める等時間を無駄に費やす事も多かった。
「だから私は魔力を持つ者が時間を無駄にせずに等しく、その力の使い方を学ぶ場所を作りたかったのです!父上!」
「うむ、その心意気やよし。素晴らしいと思う。
だが、壁一面にアヴニールの姿絵が飾ってあるお前の部屋では聞きたく無かったぞ。」
クリストファー王子の部屋を訪れた国王は、壁一面に飾られた様々なアヴニールの絵を見てゲンナリした。
国王は以前、クリストファーがシャルロット嬢に女性として魅力を感じてないのでは?と、別の令嬢を婚約者として充てがおうとした事がある。
その際のクリストファーの激昂ぶりは大変なものだった。
「アヴニールと縁を切れと仰有るんで!?はぁ!?はぁ!?はぁぁ!??」
と、国王はクリストファーに、血管の浮き出そうな顔で凄まれた。
それ以来、クリストファーからアヴニールを取り上げるような発言は王の中で禁句となっている。
「………ま、まぁ…お前の言う様に我が国の魔法力を高める為にも、これは悪くはない話だ。
だが、中等部でもアヴニールはまだ年齢が満たせておらず幼い。
彼は飛び級の試験に受かり、授業にもついて来れると思うか?」
「勿論です。私の天使だからという欲目を抜かしても、アヴニールの才能は計り知れない。」
『そうか。』と、国王は子どもの様に無言でコクンと頷いた。
クリストファーのコレはもう病気だと諦めるしかない。
幸い、アヴニールを妃にしたいから、シャルロット嬢を妃にしたくないと頭の悪い事までは言ってないので、ここは妥協しとこうと。
「夏まで会えないのか……私の可愛いアヴニール……。」
壁に掛かったアヴニールの絵に頬を擦り寄せるクリストファーを刺激しない様に王は黙って後退った。
静かに部屋を出て扉を締めた王は、廊下で頭を抱えて壁に寄り掛かった。
「陛下、また殿下の事で悩んでるんで?ハハハ!顔色悪いな!」
騎士団長のゲイムーア伯爵が笑いながら国王に近付く。
「笑い事じゃない!
息子が、幼い少年に執着しているなんて、悩まずにいられるワケ無いだろう!?
義弟だから可愛い、の域を遥かに越えてるんだぞ!」
「殿下は、ソッチの趣味があるワケじゃないんだろ?だったら、気にする事なんかねーさ!義弟に対する愛情表現が、今はちと重いだけだ!
小さい事、気にすんな!!」
豪快に笑うゲイムーア伯爵を国王が、人の気も知らないで!と睨んだ。
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来週には、今年16歳となるクリストファーが学園に入学する。
僕は学園に中等部を作る提案をしたクリストファー義兄様にお礼を言いに、馬車に乗り父上と共に王城に向かっていた。
本当は王城に行きたくない。気乗りしない。
父上は、僕を国王陛下と、その側近達に会わせたいのだと思う。
それは、早かれ遅かれそうなっていたろうから構わない……
要するにクリストファー義兄様にだけは会いたくない。
どんなセクハラをされるのか怖い……まだ9歳の僕が!
とても憂鬱だ……。
溜め息混じりに馬車の外を何気なく見た。ホントに何気なく。
「父上!僕は馬車を降ります!!」
「ハァッ!?いきなり何を言い出す!」
「先に、お城へ行ってて下さい!!」
慌てる父上の目の前で、僕は馬車のドアを開いた。
急ぎの馬車ではないので少し遅めに走る馬車から、僕は道に飛び降りた。
フワリと着地して、馬車から頭を出す父上の姿を見送る。
「アヴニール!おい、馬車を止めろ!アヴニールが!」
父上が御者に馬車を止めさせている頃、蛇の様な形に变化させたイワンを腕に巻いた僕は路地裏へと走っていた。
何度か角を曲がったどん突きで、ゴロツキが数人で少女を拘束しようとしている。
「オジさん達、何してるの?小さい子をイジメちゃ駄目だろ?
その子を離してあげてよ。」
「ああ!?どこの坊ちゃんだ?」
「身なりがいいな、こいつも身代金が取れそうだ。」
ゴロツキが二人、僕を捕らえようと腕をヌウっと延ばして来た。
僕は剣を抜かずに鞘に入れた状態で、延ばして来たゴロツキ二人の手首を、骨を折る勢いで強く叩いた。
「ッッつぅ!!」「っってぇ!!」
「僕の父上は侯爵だから、お金持ちだよ。
身代金が欲しいなら僕が相手をしてあげるから、その子を離してあげて?」
手首を折った二人のゴロツキと、少女を拘束しているゴロツキが激しく言い争う。
何か、結局僕を大人しくさせて少女と僕の二人の親から身代金を取る事に決めたらしい。
手首を折られた二人は、ガキ相手に油断したからだと他の仲間に言いくるめられたようだ。
1人が少女を逃げない様に押さえつけ、残る5人が僕に襲いかかってきた。
「後悔しないでよ?」
僕は鞘から剣を抜かずに、男達の手首と鎖骨を狙って強く叩いていった。
壁に囲まれた狭い場所、壁面を蹴って宙を飛び、体重を掛け鎖骨を叩きヘシ折って行く。
5人の男が地面にうずくまり呻き声をあげる中、最後に残った少女を拘束する男を狙って、壁を蹴った僕は高く飛んだ。
「少年!!」
高く飛んだ身体が宙でフワリと受け止められた。
僕を受け止めたのは、剣士の姿をした若い少年だった。
少年は胸のあたりに僕の腰を抱き、受け止めた僕を見上げる。
その少年の後ろに、騎士らしき大人が数人集まり少女を保護し、うずくまる賊を捕らえていた。
「妹を救ってくれて、ありがとう!
小さいのに見事な腕前だった!凄いな君は!」
「お褒め頂き光栄です。……………………………下ろして下さい。」
さて、困ったぞ。
少年が僕の腰を胸のあたりに抱きしめたまま離してくれなくなった。
「艷やかな黒い髪と、空の様な青い瞳……君は…綺麗だな。
そして惚れ惚れする程の美しい剣さばき…」
本格的に困った!!
前世ヒロインでたらし込んだ二人目が来てしまった!
最後の試練の時に
「未来!俺が盾になるからヤツに近付くぞ!ついて来い」
って言っていた若き騎士、グラハム・ゲイムーア!
「は、離して下さい!!僕は父上とお城に行かねばならないのです!!」
「え!?城に?これは運命かな!
俺達も父上に呼ばれて城に行く所だったんだ!一緒に行こう!」
「ワタシを助けてくれたお兄様!お願い!ご一緒に!」
ギャー!!逃げれん!!
僕は宙でグラハムに捕まってから、一度も地面を歩く事無くゲイムーア伯爵家の馬車に乗せられた。
馬車の中でもグラハムの膝に乗せられたまま、降りる事を許されない。
途中、Uターンして僕を迎えに来た父上の馬車に遭遇したが、そのまま城に向かうと父上がグラハムに押し切られ、結局城までグラハムの膝の上だった。
そして王城の門の前で修羅場となった。
「私の可愛い義弟アヴニール!!待ってたよ!!!…………え」
僕が来るのを知っていて、今か今かと待ち受けていたクリストファーの前に停まったローズウッド家の馬車からは父上しか降りて来ず。
その後方に停まったゲイムーア家の馬車から、僕を腕に座らせるように抱きかかえたグラハムが降りて来た。
にこやかに微笑んでいたクリストファーが一瞬で凍り付く。
「…………は?…え?……グラハム、貴様…ナニしてんの?……」
「よぉ、クリス殿下!久しぶり!!来週から同級生だな!よろしく!」
ズカズカとグラハムに近付いたクリストファー義兄様が、グラハムの腕から僕を奪い取るようにして抱き寄せた。
「義兄様ッッ!ちょっ……!苦しいです!」
強く抱き締められ過ぎて、互いの頬をギュむぅっと擦り寄せた状態になっている。
「消毒しとかないとな!私の可愛いアヴニールに脳筋が伝染る!」
「いやいや、苦しいって言ってんじゃないか。
クリス殿下、離してやれよ!そうか、アヴニールって言うのか!
いい名前だな、コッチにおいで!」
ち、父上助けてぇ!!
つか、ナニこれ!!国王様がゲイムーア騎士団長を指さして「お前もか!」って笑ってるし、ゲイムーア騎士団長は僕に執着する息子のグラハムの姿に口をあんぐり開けて混乱しているし!
ええい、鬱陶しい!!やめんか!!貴様ら!!
「いい加減にして下さい!!僕は、お人形じゃないんですよ!!
小さな子どもみたいに奪い合わないで下さい!!」
僕は両手の平に静電気程度の魔法を纏わせ、僕を掴む二人の手にバチッと電気を流して手を離させた。
「いつッ!」「あいたっ!」
二人から解放された僕はストンと地面に足をつき、逃げるように父上の隣に立つ。
「二人とも、しばらく口をききたくありません。」
プイとそっぽを向き無視する事にした。