55話◆深淵の闇魔法とはバーバ●パみたいなモン?
「レディ・アヴニール…私は貴女を逃さない…。」
そんなデレっぽい台詞をルイに囁かれた僕は、地球人だった時の「未来」の姿のままふわりとルイに姫抱きされた。
女の姿で美形のルイに姫抱きされてフルフルと震える僕は、絵面的には恥じらう乙女風に見えなくも無いかも知れない。
これがスチルならば、かなりキュンと来るかも知れない。
実際の僕は抱き上げられて逃げ場を無くし、恐怖にプルプルと震えているだけだ。
逃がす気は無いと…許す気も無いと…ルイが目で語る。
こ、怖い…!オカンの説教が待っている!
僕を抱き上げたルイはステルス魔法で僕ごと姿を隠し、翼を広げて空高く飛び上がった。
バッサバッサ羽ばたくルイの胸に抱かれつつ僕は、この先どう説明したらエエんじゃ、と邸に帰ったら始まるであろう口うるさいオカンの説教を前に、どんよりジメジメとキノコを生やした。
邸に到着し僕の部屋のバルコニーに降り立ったルイが僕を抱き上げたまま部屋に入る。
「ルイさんや…もう下ろしてくだされ…」
逃げる気力を失った僕は、ご老人みたいな言葉を続けてしまう。
部屋に入ったルイは抱き上げていた僕を、部屋にある背もたれと肘掛け付きのクッション柔らかな椅子に座らせた。
そして椅子の前にルイが仁王立ちし、僕を見下ろす。
「侯爵と共に城から帰ったら、邸にお前の姿が無い。
街に出て探してみれば、路地裏で見た事も無い姿に変化して呆けている。
お前は一体、何をしていた。」
「僕が悪いんじゃないよ!!
いきなり訪ねて来たピヨ子のせいだから!」
僕は必死になり、いかに僕が無実なのかを熱く語った。
そりゃもう弁護士並に自分を弁護しまくる。
ルイは途中で、もういい分かった分かったと言わんばかりに溜め息を漏らして手を振った。
「お前が、我ら魔族に伝わる深淵の闇魔法を使えるとは知らなかったが……なぜ元の姿に戻らない?」
「変身したの、やっぱその魔法が原因か!
いきなり使える様になっていたけど、どんな魔法か確認する余裕無くて!
で、使ったはいいけど、どうやって元に戻るのさ!」
いきなり使える様になっちゃった原因は、ヒロインがオトした男の力を自分も使える様になるっつーゲーム仕様のせいであり、僕と魔王様の親密度がアップしたせいだと分かっている。
が、何でこの姿になったのかは意味不明なんだけど!
「つか僕は今、どんな姿をしてんの!」
ボサボサの髪に、ガサガサな肌の地味女?
何となく想像はつくけど、もう十年位は見ていない自分の元の顔。
見たくない気もするけど、懐かしい自分の顔に会いたい気もする。
そいでもって、そんな喪女顔を超絶ビジュアル系魔王サマに晒してる!?ヤヴァくね!?
「自分がどのような姿になったのかも分からないのか。ほら、見ろ。」
ルイが姿見の鏡を出して椅子に座る僕の前に立てた。
鏡に映った自分の姿が一瞬目に入り、亡霊でも見たかの様に大袈裟に驚く。
ちょ、やだぁあ!頭ボサボサ肌ガサガサ喪女の自分ッ!
見るにはメンタルガードしてからの、心の準備っちゅーもんが必要!
「うおアァっ!!」
ガードする様に鏡に手の平を向け、直視しないようにしながら少しずつ少しずつ薄く目を開いて鏡を見る。
ああ、懐かしいけど決して好きでは無かった自分の姿だ…。
だけど……ボサボサだった長い黒髪は艷やかだし、ガサガサだった肌は白くしっとりだ。
ベースは確かに喪女だった前前世だけれど、これはこれで悪く無い気もする。
目はカラコン入れたみたいに真っ青だし。
「アヴニールが女だったとして、シャルロットと同じ位の歳だとそんな感じか。
シャルロット嬢に成ろうとして失敗したのか。」
ああ、そっか。
十年ぶりな割には何だか見慣れた気がしたのは、これは確かにアヴニールが成長した顔だ。
アヴニールの顔と、日本人の未来の顔は基礎造りが同じって事?
つか、地味女は齢25なんですが…。
10代の西洋風味有り美少年と、メチャクチャ日本人顔のえー歳こいた喪女が似てるって…ウソだろ。
「あの時は、とにかく僕以外の誰かになれるか、この場から消えれるか、ピヨ子の記憶を消せないかとか頭の中がワチャワチャになったんだよね。
つか何なの、この魔法は。どーやって元に戻るの。」
「元の姿を頭に描きながら再び魔法を使えばいい。
それだけだ。
私が翼を出すのも、この魔法だ。
慣れれば呼吸と同じ様に使える様になる。
魔力の塊であるイワンは常時この魔法を使っているしな。」
なるほど、イワンが変幻自在に姿を変えられるのはコレなんだ!?
今も僕のドレスになってくれてる………
「なぜ僕は、全裸で変化したんだろうね。
イワンがドレスになってくれて助かったけど。」
「全裸だと?…衣服の想像が間に合わなかったのか…
変化を解いて元のアヴニールの姿に戻れば服も着ているだろう。さっさと戻れ。」
全裸と聞いたルイは眉間にシワを寄せながら、脱がせる様な勢いでドレスの胸元を掴んで引っ張り始めた。
僕は脱がされないように両手を使い、慌ててドレスの胸元を押さえる。
「ぎゃー!やめてぇ!エッチ!変態!痴漢!
どこ触ってんだ!セクハラ反対!」
「女みたいな姿だからと言って、女みたいに騒ぐな!
その姿は造り物で見られて困る物ではないだろうが!
それにお前が肌に付けているのはドレスではなくイワンだろう!
さっさと元の姿に戻れば良いだけだ!」
そうなんだけど、そうなんだけど!
女みたいって一応は女ですよ!
確かに造りモンの身体だけど、元の自分の身体を再現してるっぽいし見られたくない!
「いつまでも見慣れない姿で此奴を肌に張り付かせとくんじゃない!さっさと男に戻れ!」
「戻る!戻るから焦らせないでよ!
雄のワッパよりも、年頃の少女のが好きとか言ってたクセに!」
引っ張られ過ぎてチーズみたいにムニョーんと伸びたイワンが、プルンとスライム形状になってルイの手に掴まれてぶら下がった。
スライムというか、目玉が2つ付いてメンダコみたいになっている。
僕がアヴニールの姿に戻ったタイミングで、ドレスからメンダコになった様だ。
「やっと戻ったか。」
ルイはメンダコイワンをベチャッと投げるように床に落とした。
落とされたメンダコイワンは黒猫イワンになって逃げる様に僕の椅子の下に潜る。
邪魔者を見るような目でイワンを睨んだルイは、椅子の上で胸元を押さえてゼェゼェ言ってる、元の姿に戻った僕の顎先を指先で摘んでクイと上げた。
「なんで顎クイすんのさ!
服を脱がすわ顎クイするわ、ルイはどスケベか!」
「誰がどスケベだ。
イワンを剥がしただけで服を脱がせてはいない。
元の姿に戻ったら服を着ているだろうが。
顎を持ったのは確認の為だ。
あの魔法に慣れない内は元に戻ったつもりでも、何処かおかしくなっていたりするんだ。」
ルイは僕の顎を上下左右に動かし、僕の顔をガン見する。
メチャクチャ…恥ずかしいじゃないか。
あんまり見ないでよ……顔、近付け過ぎだって…ちょ…
キスされるかと意識してしまうから!!やめい!!
「ねえルイ!この確認作業、ほんとに必要!?
近い!顔が近いって!」
僕の情緒が不安定になる。
ルイのナイスヴィジュアルなお顔が僕の顔に近付き過ぎて、互いの髪が触れるわ吐息が掛かるわ。
動悸激しくなって息切れする!
一定の距離を取りたい僕は、ルイの身体を離すように腕を伸ばしてルイの肩を強く押す。
「ジェノは初めて人化して一角獣に戻った際、額に角を生やすのを忘れた。
魔王城に普通の白馬が迷い込んで来たのかと思われて自分の部下に捕らえられた事がある。」
間抜けだな、尻ユニコーン。
アイツ、魔王サマの側近にしては、どっか抜けてるんだよな。
「お前も邸の者達に、おかしな姿を指摘されたらどう説明するんだ。これは魔族のみが使う魔法だぞ。」
言葉に詰まる。確かに説明出来ない。
幻獣ユニコーンが角無しのタダの馬になったように、僕も変な事になっていたら確かにヤバいが……。
変な事って、例えばどんなん…?
「顔は……大丈夫そうだな。
本当なら、全身を確認したい所だ。
胸があるなら消しておかねばな。」
「胸!?じ、自分で確認するからイーです!!」
深淵の闇魔法とやら、慣れるまではそんな弊害が……。
魔法を解いたら元の姿に戻るってワケじゃなく、元の姿を正しく想像してから解かなきゃならないなんて。
……意外にめんどくさい魔法だな。
簡単に誰にでも化けれるってワケでも無いらしい。
イワンみたいに何にでも化けるってのは僕には無理そうだ。
ルイに相談した上で
深淵の闇魔法は、封印する事にした。
あの魔法は魔族に伝わるもので、人間が使えるようになった前例は無いらしい。
「お前が普通の人間ではないのを私は知っているが、他の者に見つかれば大変な事になる。
お前自身が魔族と疑われるやも知れん。」
とルイに言われた。
僕だって覚えたくて覚えたんじゃないし。
親密度高い攻略対象の恩恵を受けるゲーム仕様のせいだもん。
魔王サマと親密度上がるなんて思ってなかったし。
しかも魔王サマに会ってもいない前世のヒロインだった時は存在すら知らなかった魔法だ。
そうそう使う必要はないだろう。
この思考がフラグでは無い事を祈るばかりだ。
ピヨ子が襲来したバタバタな一日。
あの日以降は、割と平和に日々が過ぎて行った。
姉様やリュース、ニコラウスは、年が明けて2ヶ月程したら学園の実力査定の試験がある。
全く勉強をしてなくても入学は出来るのだが、3人とも上位クラスを狙っており、勉学に魔法学にと日々忙しい。
なので僕は癒やしの姉様に甘えるのを我慢し、リュースやニコラウスの邪魔をしないよう夜の大聖堂に行くのも我慢している。
3人に限らず、受験生が約2ヶ月先の試験に向けて頑張る時期となったワケだが、年明け早々に国王陛下へのご挨拶を兼ねた王城でのパーティーがあるとの事。
それに向けて姉様は普段の勉強に加えて、ドレスを仕立てる段取りをしたりダンスのレッスン時間が増えたり。
多忙に多忙が重なって、心身共に疲弊しつつある。
受験前に姉様を過労で殺す気か?
「父上、その新年会って姉様を不参加に出来ないんですか?
姉様、過労でぶっ倒れますよ?」
姉様の身体が心配になった僕はルイを伴って父上の執務室に行き、姉様の不参加を提案した。
新年会に強制参加させるなんて、パワハラだと思う。
「今回のパーティーはクリストファー王太子殿下の婚約者のお披露目も兼ねている。
王太子殿下にエスコートされ、初めて多くの貴族達の前に並んで立つのだ。
そのシャルロットが不参加となれば殿下がパートナーの居ない状態でパーティーに出る事になり、王太子妃の座を狙う多くの貴族達に、ローズウッドは王家を蔑ろにする不敬な家だと家名を貶める理由を与える事になる。」
うっわ、めんどくせっっ。
そういえば我が家は父上が優秀で国王陛下からの信頼も厚く、姉様が王太子の婚約者って事で貴族達に目のかたきみたいに思われてるんだった。
「シャルロットの身を案ずるならば、アヴニールもパーティーに参加しなさい。」
━━━━は?
「悪目立ちするお前が居れば、シャルロットが害意に満ちた視線に晒される事も減るし、精神的な負担も軽減されるだろう。」
「悪目立ちって何ですか!
父上は、僕が害意に満ちた視線に晒されるのは構わないと言うんですか!?」
無意識かも知れないが、父上が無言で頷いた。
確かに姉様を守る為なら僕が敵意剥き出しの視線を全身に浴びたって全く平気なんだけど!
「パーティーには、あのアフォンデル伯爵も娘を連れて参加する。」
「……誰です?その、アホンダラみたいな人は。
何か聞き覚えがありますが。」
僕の後ろに立っていたルイが、一瞬だけ殺気を放った。
一瞬過ぎて、父上には気付かれなかったみたいだけれど。
「アヴニール様を拐った魔術師の…元雇い主ですね。
そう言えば…魔術師は処刑され、捕らえられた他の賊からは雇い主が聞き出せなかったので、伯爵は罪に問われませんでしたね…。
アヴニール様、是非とも参加しましょう。」
ルイが微笑んでおります。
真っ赤な目を細めて、黒い微笑みを浮かべております!
魔王サマ、王城の新年会に降臨なさる気満々なの!?
コッッワ!!




