53話◆深淵の闇魔法解禁。
せっかくの休日。
僕は夕飯の時間まで、ダラダラ寝て過ごす事となった。
姉様は学園入学の準備に向け忙しいし。
ルイは父上の仕事の補佐を頼まれて手伝いに行った。
父上、従者以外の仕事をルイにさせてんのか。
有能だもんな。そりゃ何しろ魔王サマだし。
ルイのせいで脱力した僕はイワンを抱っこしてベッドに寝転んでいたが………
イワンが、なんだかメチャクチャ甘えてくる。
そういや、お前ってルイの一部だったよな。
「僕、イワンに本物の猫と同じように鼻先や額にキスしていたけど…。
そのせいでルイが僕にキスする様になった…
とかじゃないよな。」
イワンの感情はルイに伝わる様だけれど、ファフニールの時の様に見た物全てを共有するとか、イワンの感情全てがルイに伝わる事は今はないらしい。
ルイはイワンに、自我が芽生えつつあるかも知れないと言っていた。
確かに初めて魔王に会った時、ルイ相手に僕を守ろうとして喧嘩吹っ掛けていたもんな。
邪龍ファフニールどころか、今はスライムだし。
つか最近はずっと猫かチョウチョだし。
それにしても暇だ。
暇潰しに、またイワンを連れて新たな食材でも探しに行こうかな。
ついでに、合成に必要なアイテムも入手しに……
あーでもルイに出掛ける先を伝えとかないと叱られる。
って、小さな子ども扱いし過ぎだろ。オカンめ。
コンコン━━
部屋のドアがノックされた。
まだ昼前、昼食の時間には早いのだけれど。
「アヴニールお坊っちゃま、お客様がお見えになられております。
…いかが致しましょう。」
ドア向こうに立つ我が家の執事に訊ねられた。
何の約束も無い、いきなりアポ無し訪問。
本来ならば「お引き取りを」と玄関払いするハズの執事が、わざわざ僕に聞きに来るとは…
玄関払いし辛い相手という事かな。
それにしても、訪ねた相手が僕?
我がローズウッド侯爵家を訪ねる者は多いが、父上の同席無しでの僕を名指しで訪問する者は今まで居なかった。
僕はドアを開いて、身を屈めてくれた執事に尋ねる。
「僕個人を訪ねて来るなんて、誰?」
「マーダレス宰相様の、ご子息様でございます。」
乙女ゲームの攻略対象の一人、マーダレス宰相の息子であるエドゥアール。
前世でヒロインやっていた時は、他の攻略対象者同様に僕にベタ惚れだった。
だが、彼だけはアヴニールになってからまだ会った事が無い。
会った事が無いのに、好感度も親密度もMAXだという。
その彼が訪ねて来たと?いや、おかしいな。
エドゥアールは義兄となるクリストファー王太子とグラハムと同級生であり幼馴染。
今は学園に居るはずだ。
訝しく思いながらも、僕は執事に案内されて応接室に向かった。
ドアを開いて中に入り、応接室の長椅子に座った人物を見て「ああ」と納得した。
君だったのか。━━鳥かごの君。
「遅いぞ!ボクを待たせるな!無礼者め!」
「…大変お待たせ致しました。ようこそ我が家へ。
名指しで僕を、訪ねて来られたと聞きましたが一体何の御用でしょう?
というか……どちら様です?
僕は貴方を存じ上げません。」
無礼者は貴様だ。このガキャァ。
試験の時みたいに、もっかい鳥かご作って吊るしたろか。
向かいの椅子に座った僕は、とりあえずニコニコと感情を殺して笑顔だけは見せる。
「知らないハズが無いだろ!
試験では、お前がボクをカゴに…!」
「お名前は存じません。存じませんので…。
小鳥のピヨちゃんとお呼びいたします。」
執事からマーダレス侯爵家の子息と聞いたが、自分では名乗りもしないで偉そうに。
そっちは侯爵家だが、こっちも侯爵家だ。
「ぐぬっ!
ぼ、ボクはジュリアス・マーダレス!
父上は宰相だ!偉いんだぞ!」
確かに偉いな。お前ではなく父親がな。
金髪、おかっぱ頭のボンボン。年は小学6年生位。
マーダレス宰相様のご子息て事は、攻略対象のエドゥアールの弟…かな。
ゲームや前世では存在も知らなかったな。
「改めまして、僕はアヴニール。
ローズウッド侯爵家の長男です。」
まぁ、知っているから我が邸に来たのだろうけど。
マーダレス宰相様は、僕の本当の力を知っている数少ない内の一人だ。
マーダレス家の馬車を使い、使用人を伴って来ているのだから宰相様もピヨちゃんが此処に来ている事は知っているはず。
「本日は、どんな御用で参られたのですか?
お父上の宰相閣下には、どのようにお伝えしてこちらへ?」
知り合いでも無いピヨちゃんが、僕に会いたいと言ったとして…
何故?どこで知り合った?って話になると思うんだけど………
「お前が試験でボクにした仕打ちを、父上に話した。」
は?僕の魔法については学園に箝口令が敷かれたんじゃないの?
なに、学園の外に僕の話を持ち出してんだよ。
子どもの口を封じるのは無理だったか?
「邸に帰ってから、お前がボクにした事を邸の者に話したが誰も信じてくれなかった。
ボクの教師は高位の魔族でもなければ、そんなのあり得ないってボクを笑ったんだ。」
あーそりゃ誰も信じないでしょうな。
魔王のルイでさえ、僕を人間離れした魔力を持つとか言うし。
そんな魔法を使う小さな子どもなんて存在自体が信じらんないよな。
でも居るんだよ。
ステータスをカンストしたチートな僕がな。
「たが父上だけはボクの話を信じてくれて!
その子とは同級生になるのだから、仲良くしなさいって言ったんだ!」
ほー、同級生に。
ピヨちゃんも試験に合格したのか。
まぁ、的を破壊するほどの魔力があるんだ。
彼も類まれなる魔法の才能を持った若者なのだろう。
「それで、お父上の言いつけ通り僕と友達に?」
宰相様は、僕がシーヤ国王の命を救った事も知っている。
僕が情に厚く、身近な人を危険から守ろうと動く事も知っている。
親の手の届きにくい学園に入るには、まだ幼い息子を心配したのなら、それも分からなくは無い。
まぁ友達なら……まぁ……うーん……
「仲良くしてやる!だから、お前ボクの子分になれ!」
「お断りしまーす!」
ニッコニコな顔で元気よく答えた僕は、椅子から下りてピヨちゃんに背を向けた。
「お客様がお帰りです。
僕も部屋に戻って昼寝します。
昼食はいりません。夕飯まで起きませんので。」
ドアに向かう僕を部屋まで送るべく、執事が後ろを歩く。
「な、なぜ断るんだ!
ボクの子分になるなんて名誉な事なんだぞ!」
「馬鹿馬鹿しくて、話す気にもなりません。
友人なら、あるいは…と思いましたが、今はもう顔も見たくありません。
友人どころか知人ですら、いたくありません。」
増長した子どもを嗜めるのは大人の役目だ。
ピヨちゃんより年下であろう僕が言っても彼に響くワケがない。
僕は長椅子に座ったまま固まった彼の方には一切目を向けずに応接室を出た。
「今後は、マーダレス宰相様を間に挟んでの対応のみ受け付けるよ。
ジュリアス様御本人のみでの訪問、手紙など全て断って。」
執事にそう告げて自室に入った。
彼本人にもムカついたが、そんな彼になる事を許した周りにも腹が立つ。
……ルイや父上が聞いたら「お前がそれを言うのか」と言われてしまいそうだけれど。
分かっていて相手を選んで汚い言葉を使う僕と、分からずに誰にでも不快にさせる言葉を使う彼とでは違う。
多分。
「どっちもどっちだ。」とか言われそう。
「……うーん…何かスッキリしないんだよな…」
マーダレス宰相様も、前世で僕にベタ惚れだったエドゥアールも、決して悪い人物ではなかったし…
子どもを増長させるような嫌な教育のしかたはしてないと思うんだけどな。
僕は部屋の扉に鍵を掛け、窓から飛行魔法を使って邸を出た。
ステルス魔法にて姿を消し、僕の邸を出たばかりのマーダレス侯爵家の馬車を上空から追った。
姿を消したまま侯爵家所有の立派な箱馬車に近付き、窓から中を覗いた。
中には従者らしき男性と、半泣きになって喚き散らしているピヨちゃんが居た。
「もう、邸に着きますよ。」
「嫌だ!!まだ邸には帰らない!!
あいつを子分にするまで帰らないんだぁ!」
まだ言ってやがんのか。クソピヨ子め。
「仕方ありませんね、少しだけ落ち着きましょうか」
馬車は大通りの広場に停まった。
従者の苦労が覗える。
僕は、姿を消したまま箱馬車の中を覗いていたのだが…
「誰だ、お前!!何者だ!」
なんと、ステルス魔法で姿を隠した僕がピヨちゃんに見つかった。
ピヨちゃんは、この年齢では魔力も才能も高い。
将来的にはニコラウスより強い魔法使いになれるかも知れないとは思ったが、魔力の感知にも長けている。
「??誰もおりませんよ?坊っちゃん。」
「いや、居る!怪しい奴!捕まえてやる!」
マジか!危ない奴相手だったら、どうすんだよ!
僕は姿を消したまま後退り、とっさに走って逃げてしまった。
「待て!くせ者め!!」
「お坊っちゃま!馬車を離れてはなりません!
危険です!」
こんな時、ワープ魔法使えないの不便!
って言うか飛んで逃げれば良かったのに、走って逃げてしまった。
で、追い掛けられて一回走ってしまうともう、半パニック状態になってしまって、他の行動がすぐ思いつかないのな!
逃げる僕を走って追って来るピヨちゃん。
そして、ピヨちゃんの後を追って走って来る従者のオジさん。
うわぁああぁ!ど、どうしよ!
パニックになった、ドラ●もんがポケットから、あれでもない、これでもないってガラクタ取り出すの分かるわ!
僕も今まさにそんな感じ!
僕の使える魔法に、この場をやり過ごす魔法なんかあったか!?
目の前に、使用出来る魔法が書き連ねられたページを開く。
最近ではイメージを浮かべただけで魔法を発動出来るからページを開くの自体が久しぶりだ。
改めて、今自分が使える魔法を確認していく。
攻撃魔法の数スゲーな!今、使えんけど!
「新しい魔法が増えてんだけど!
なんだ、この深淵の闇魔法って!名前が不穏!」
こんな魔法、前世ではなかった。
多分、ルイとの親密度が上がったせいで使えるようになった魔法。
前に見た時はロック掛かってなかったか?
キスのせいで解除されたなんて無いよな。
この魔法、いきなり相手をブラックホールに落とすとかないだろうな。
あ、攻撃魔法ではないかも。
相手にではなく自分に掛ける魔法ぽい。
更に気配を消せるとか、記憶を失わせるとか、とにかく僕だってバレないで済む魔法!何か来い!
「追い詰めたぞ!お前、何者だ!」
ピヨちゃんが背を向けて立つ僕の手首を掴み、後ろを振り向かせた。
僕を見上げるピヨちゃんと目が合う。
…………ピヨちゃんが僕を見上げる?
ピヨちゃん、僕より背が高かったけど……。
そして、僕を見上げたままピヨちゃんが固まっている。
どーゆーコト……
「お坊っちゃま!どこに、どのような輩が潜んでいるか分かりません!
一人で出歩かれては困ります!
…貴女様は…!まさか、シャルロット様!?いや、まさか…」
え!?僕が、姉様!?なんで?
「シャルロット?アヴニールにソックリなお前は……
アヴニールの姉上なのか?」
あぁ!?お前!?シャルロット!?
待て、クソピヨ子。姉様を呼び捨てなんて許さん。
━━パチン!!━━
僕はピヨちゃんの左頬をはたいてしまった。
咄嗟だったが力は抜いた。
僕が全力でビンタなんかしたら、頭がもげるかも知れない。
「いい加減にしろ!
人を不快にさせる言い方しか出来んのか!?」
……………自分で言った言葉と声に驚く。
メチャクチャ聞き覚えのある女性の声。
姉様じゃない。前世のヒロインの時の声でもない。
自分の視界に入る長い黒髪と、懐かし過ぎるこの声…。
僕の姿は、恐らく地球にいた頃の25歳喪女の本来の姿になっている━━
いや、待って!!なんで!?
これ、ちゃんと僕に戻れんの!?




