50話◆試験に合格、おめでとう。
今日は魔法学園の、飛び級制度申請者の入学試験の日だ。
午前中が筆記試験。
これは受験者が全員受けなくてはならない。
午後からは、それぞれが飛び級制度を利用して早期入学に値する特化した才能を測られる試験となる。
魔法に特化した者は魔法の実技試験を。
剣技や体術等に特化した者は模擬戦を行う。らしい。
要するに、筆記試験以外は自分の得意とする分野だけで良かったんだ。
両方受ける必要なんて無かったんだ。
試験前日に唐揚げを持って行き、ブチブチと父上を相手に文句を垂れていたら
「剣と魔法、どちらがより得意だと言うんだ。
どっちも得意ではないか。」
とハァッと溜め息と共に父上に一蹴されてしまった。
しかも唐揚げも食べて貰えなかった。
何の肉かと説明を求められた僕は━━逃げた。
どっちも得意過ぎて大火力放出なら楽勝でイケますが、力をミリ単位とかナノレベルで調節しなきゃあかん、僕の苦労って分かります?
ガスコンロだってな、弱火、中火、強火とかなんだぞ。
それを「炎の高さを全て3.2ミリで一時間キープ出来る様に調整して下さい」とか言われて出来るかぁ!
IHなんてな、微調整すら出来ないんだぞ。
大、中、小でいーだろ!
火力ってのは、そんなもんだろう!
って文句を垂れていても仕方が無いので、午後になり僕は模擬戦の為に学園の闘技訓練場に向かっているワケですが。
コチラの試験を受ける15歳以下のチビッコ達は、戦う力は年齢以上の才能があるのかも知れませんが、騎士道とか紳士的にとか、そういった精神的なモンは一切学んでない輩ばかりなワケでして。
先ほど筆記試験の会場で、僕をビビらせてマウント取ろうとした奴ばかりです。はい。
「頭でっかちのチビちゃんが、コッチ来るとは思わなかったぜー!」
「宣言通り、泣かせてやるからな!」
はい、貴族ばかりの学園では滅多に見ない、モブチンピラ特有のガラの悪さ!
この先の出番を必要とされていない、舞台退場のフラグでございます。
「はい、じゃぁ受験生集まってー。
ん、今年から中等部も入試があるから人数が多いな。
いつもは、2、3人だから私が一人ずつ相手をしてみるんだけどね。」
試験官らしき男性が現れた。
年は30代後半位だろうか。
こざっぱりしたキラキラし過ぎてないイケメン。
……これは……悪くない。
僕の、リアル年齢でいったら同世代になるのかな。
「今日は10人か。
しかも、年齢にも体格にも開きがあるな……
どうしようか。」
チンピラモブ連中は5人。
みんな、高等部に入る試験を受けに来た中学生位だ。
姉様と同じ位……いや、飛び級狙いだから年下……ん?
ソレって……今回試験に落ちたら、来年普通に入学してくるって事じゃん?
姉様の後輩として中等部の2年生や3年生に?
「中等部への入試試験を受ける君たちは、二人ペアになって戦って貰おうかな。
勝ち負けは関係なく、身のこなしや剣のさばき方を見よう。
一番小さな君は、私と打ち合ってみようか。」
年齢的には小学生の受験者が5人。
試験官はこの学園の教師で、今までは年齢的には高校生を相手にしてきた。
だから僕みたいな小学生3年生位の子どもには免疫がなく、必要以上に幼い子を扱うような態度を見せている。
「先生、僕一人であのお兄さん達を相手にしていいですか?
あのお兄さん達、僕を泣かせたいそうなんです。」
「えっ…ええっ!?だったら、なおさら駄目だろ!
受験者に何かあったら私の責任問題だよ!」
「大丈夫です!僕が逆に泣かせるだけなんで!」
「どっちが泣いても駄目だって言ってんの!!
ねぇ君!聞いてる!?」
聞いている。だがカチ無視。
アイツらが今日試験に落ちても、来年結局学園に入って来るんじゃあ…。
僕への当てつけだって姉様にイチャモンつけたりしないよう…
今の内に太い釘刺しとかないと駄目じゃん。
ローズウッド侯爵家に楯突いたらどうなるかってな。
「ルイ、ただいま。」
「おかえりなさいませ、アヴニール様。
お疲れでしょう。さぁ中へ。」
馬車の前に来た僕の前に、御者席から降りたルイが馬車のドアを開けて中に入る様に促したが、僕は首を横に振った。
「今日の試験の話とかしたいから、御者席の隣に座ってもいいかな。」
「御者席に…坊ちゃんがですか?」
人の目があるのでルイはまだ僕に対して従者の言葉遣いをする。
僕はコクコクと頷いてルイの隣に座った。
ルイが邸に向かって馬車を歩かせ始めた。
夕暮れに染まりつつある舗装された大通りを、ゆっくりと馬車が進んで行く。
「ルイに一生懸命、力の抑え方教えて貰ったけどゴメン。無理だった。耐えれなかった…。
僕の精神が。」
「そうか精神面。
我慢…は、鍛えてなかったな。
…そちらの方は失念していた。
では試験で大暴れしてしまったという事か?」
「小暴れ位?いや、微暴れ位?
剣技では傷も痛みも与えずに一瞬で5人のお兄さん達の剣を全て弾き飛ばしてやっただけ。
一瞬過ぎて何も見えなかったみたい。
それだけで戦意喪失して半ベソになったし。」
「お前からすれば年上のお兄さんでも、所詮は人間の子どもなのだろう。
剣を振るわれる側の恐怖を初めて知ったのだろうな。」
「うん、多分ね。魔法もそんな感じで……
炎を当てる的は、結局僕じゃない子がブッ壊しちゃったけど……
破壊行為を楽しんでる様な子だったから、頭冷やせって氷で作った鳥かごに閉じ込めて高い場所からぶら下げてやったんだ。
そしたら泣いちゃった。
みんな、それなりに力はあっても魔物相手とか実戦を経験してる子は少なくて。」
あの子達、そしてクリストファー義兄上を含む今、学園に通っている子達。
彼らが学んだ力を発揮するのは主に戦場だ。
国同士の戦争が起きてしまえば、人間相手に使う事もあるが、本来は対魔物、対魔族として身に付ける力である。
魔族とは、魔王ルイ•サイファーが率いる魔王軍を指す。
この世界は、ゲーム上では「平和」とは言われてない。
人々は、魔族の存在に怯えながら日々を送っているという設定だ。
魔族が人間達の領域を脅かす様になり、世界を「平和」にする為に、勇者役のヒロインが魔王を討ち滅ぼす必要がある。
それが、このゲームのクリアー条件だ。
「今って、それなりに平和じゃない?
平和じゃない世の中なら、お洒落スイーツ食べたり、素敵な人を見て女子がキャッキャウフフしてるなんて有り得ないじゃん。」
「……どうした。何が言いたい。」
僕は手綱を握るルイの袖を摘んだ。
「ルイは、今のルイをやめるなよ!
魔王になんかならなくていいから!」
魔族が人間の領域に侵攻して来なければいい。
戦いなんて始まらなければいい。
今、僕達が生きているこの世界にエンディングなんて必要無い。
「………邸に着いたぞ、アヴニール。」
「………あ、うん。」
僕は馬車から降りて邸に向かい、ルイは馬車に乗ったまま厩舎の方に向かった。
「………魔王陛下に人間のままでいろだと?
あのクソガキ、やっぱり邪魔だな………」
気配を消したジェノが馬車の屋根から降りて呟いた。
夕飯の時間となり、食堂で家族と食事を取りながら今日の試験の合格を告げた。
父上は、国王陛下がとっくに僕の入学を認めている事を知っていたので
「そうか、良くやった」と静かに褒めてくれたが、何も知らない母上と姉様は椅子から立ち上がり、大きな声をあげて喜んで下さった。
淑女として恥ずかしいわ、と二人シンクロした様に同時に椅子に座ったのはウケた。
「今日は疲れただろう。
ゆっくり休みなさい。」
父上にそう言われて、僕は自室に向かった。
僕の後ろにはルイが付き従っている。
長い廊下を二人で歩きながら、月の出た夜空を眺めて僕がウズウズし始めた。
「ルイ!今日の僕、消化不良気味なんだ!
めっちゃ本気出して暴れたい!!」
「ハァー………明日からまた、剣の稽古をするのにか?
まぁいい、付き合ってやろう。
討伐と手合わせ、どちらでもいいぞ。」
「討伐は、魔獣とか探すのが面倒い!
今すぐ暴れたいから手合わせで!!」
僕は廊下の窓を開き、窓の桟に片足を掛けた。
意外に高さがあって、大股開き状態で身動きが取りにくい。股が裂ける。
くそっジャンプして両足で桟に乗れば良かった。
「なに馬鹿な事をやっている。
私の手を掴め。」
大きな漆黒の翼を拡げたルイが僕の手を取り、クンと僕を廊下の窓から外に引っ張り出した。
そして宙に浮いた状態で、荷物みたいに小脇に抱えられてしまった。
「ルイさんや、自分で飛びますが………」
なぜだか、じいさんばあさんみたいな口調になってしまった。
「全力で私と戦いたいのだろう。
魔力も温存しておけ。」
ルイはやがて、ローズウッド侯爵領より魔王城寄り。
それでも僕の言った言葉を守ってくれているのか、深淵と呼ばれる魔の領域でも魔王城から遠い砂漠の様な不毛地帯に降り立った。
「魔王城からも離れている。
ここならば問題あるまい。掛かって来るがいい。」
僕を地面に下ろしたルイは翼をしまい、僕から距離を空けて剣を出して構えた。
0.3%とは言えなかったかも知れないが、ガキンチョ相手に極力、力を抑えていた僕はストレスが溜まって欲求不満状態になっており、剣を構えたルイに目を輝かせた。
僕も愛用の恥ずかし剣、アルカンシエルの剣を握る。
「ハァハァ…何か凄く……美味しそう……
早く味わいたい…
いただきまーす!!」
ストレスのせいで飢餓状態になっていた僕は、かなりヤバめな顔で剣を握り、興奮状態でルイに斬り掛かった。




