46話◆ハニワと迷走。
人々が魔界を指して『深淵』と呼ぶ、切り立った高山が遥か連なる広大な山脈。
その中央にある雲を突き抜けた一際高い山の頂きにある魔王の棲む巨大な城。
人々に深淵の城と呼ばれた魔王城の上に、漆黒の巨大な翼を拡げたルイが降り立った。
魔王ルイ•サイファーが城門の前に立つと巨躯の半人半獣の門番二人が扉を開き、城の者たち一同が玉座の間の入口から玉座まで、かしずく様に膝をついて頭を下げ王の道を作る。
魔王ルイ•サイファーは人の姿のまま玉座に向かい歩を進めた。
「良い。皆下がれ。
私はジェノに話がある。」
玉座に一番近い位置でかしずいていた白い髪に一角を生やした青年ジェノがビクリと肩を震わせ、恐る恐ると下げた顔を上げた。
他の者たちが玉座の間から出て行き、広い玉座の間には玉座に腰を据えた魔王と側近のジェノ二人だけとなる。
ジェノの顔が恐怖に青ざめる。
処罰されて然るべきと思える程、ジェノは我が王の逆鱗に触れる行為を行ったと自認していた。
ルイが我が主と呼ぶ、幼い子どもが拾った石に、死に至らしめるほど強い呪いを掛けた事。
それは畏敬すべき我が王を思えばこそ、強い敵を排除し、従者の真似事から解放して差し上げたいとの行動ではあったが、まさか我が王が………
矮小なる存在でしかない人間なんぞの………
たかが人間の子どものクセに魔王軍の精鋭部隊を一人でぶっ倒す、アホみたいに強いオスガキ…。
存在だけで無く見た目も矮小…つか、ちっせぇ小僧。
そんなモンなんかに恋情を抱くとは思ってもみなかった……
知らなかったとは言え、呪術を使い王の想い人の命を狙ったのだ。
罰せられるのは仕方が無い。
だが何だか…色々と納得いかん…気もする………。
だって、そんなもん分かるワケ無いじゃないか!
あんなオスのガキに惚れてるなんて!
魔王ルイを前に恐怖に青ざめていたジェノの顔つきが、段々と苦虫を噛み潰したような不愉快そうな顔つきになっていった。
そんなジェノの表情に眉一つ動かさずに玉座に座るルイが、人差し指をスウとジェノに向ける。
「ジェノよ、お前にこれを下賜する。
ありがたく受け取れ。」
「…私に…?」
苦虫を噛み潰したような顔のままのジェノの前に、フワリと浮いて宙を泳いで来たのは薄気味悪い彫像だった。
目は黒く落ちくぼみ、口は呻き叫ぶかのように大きく開かれている。
手に取る前に、その彫像が薄い警戒色を纏ってジェノの目に映り、それが呪いの品である事が分かった。
受け取れと言うからには、呪詛に対しバリアを張るなど抵抗してはならない。
愛しい者を呪った輩は、同じくその身に呪いを受け入れて罪を贖えと仰っているのだろうか…。
ジェノはアヴニールの石に、常人ならば命を落としかねない強い呪いを用いた。
この様な恐ろしい見た目の品、同じく命を脅かす程の呪いが………
その彫像がジェノの手に触れた瞬間、そのアイテムの情報の一部がジェノの頭に浮かんだ。
『呪われたハニワ━━何か本音が口から出てしまう。』
「はぁ!?何だそのみみっちい呪いは!
コッチは命取られるかと思って、死ぬ覚悟までしたのに!
あぁ…やだやだ、もう、ヤダ……
何で魔王様の側近の私がこんなに懸命に働いてるのに、当の本人てばアホなガキに惚れ込んでキスしたとか言ってるし……
私もう、ユニコーンの郷に帰ろうかな。」
ジェノはハニワを片手に玉座の前で床に寝転がりウダウダ、ウジウジとイジケ始めた。
その様子を興味深げに見ながら、ルイが首を傾げる。
「惚れ込んだ?私がアヴニールに?
そんな事あり得るはずがない。
奴は私にとって大事な道具の内の1つなだけだ。」
「大事な道具の1つだったら呪いを解く為にキスできちゃうんですか?
だったらルイ陛下の忠実な下僕である私が呪われててもキスくらい出来ますよね?」
ルイはジェノの問いに対して、苦虫を噛み潰したような顔をして身を引いた。
床の上に寝転がったジェノがムクリと起き上がり、ルイを指差しながらズカズカと玉座に歩み寄り、ルイを睨めつけた。
「ほーらね!!出来ないんでしょ!
ええっ、キモっみたいな顔してるじゃないですか!
どうせ陛下は、私なんかが呪われて死んでしまったってヘーキなんでしょうよ!
いや、私も敬愛する陛下とは言え男とキスなんてゴメンですがね!
でも、あのクソガキは死なせたくなかったんでしょ!?
だからキスしたんでしょ!?
なんですか、アンタ、自覚無しですか!?
気付いてないの!?自分の気持ちに!
とんでもねー恋愛初心者…!いや、恋愛ベイビーじゃないですか!!」
ガチャン━━「ほわーっ」
ジェノの手にあったアイテムが、断末魔のような声をあげてジェノの手の中で粉々に砕け散った。
どうも呪いが発動してから一定時間でアイテムの効力が切れるようだ。
「……………たっ…大変、申し訳御座いません……
わ、私…心にもない事……い、いや、自分ではこんな気持ちを持ってるなんて思っておらず……」
正気に返ったジェノはしどろもどろになりながら、自分が吐いた暴言の数々を何とか誤魔化そうと取り繕う。
ルイは怒る様子もなく、むしろ興味深げに高い位置にある玉座からジェノを見下ろし、感心したようにほくそ笑んだ。
「アイテムのせいだとは理解している。
気にせずとも良いが……
あのアイテムは精神的な弱点を吐露するものだと思っていた。
ジェノの精神的な弱点とは、我が強く投げやりな態度となる事なのだろうか。」
「精神的な弱点ですか……気をつけてはいますが、私には短気で短絡的な所がございます…。
精神的に未熟な部分であり、そこを対峙した相手に突かれるならば弱点となり得ない事もないかと。」
ジェノはルイの言葉を聞きながら、ルイから見たアイテムの概要が、自分の見たものと微妙に違う事に気付いた。
いや、言い回しと受け取る側の解釈の違いかも知れないが……。
自分が見た、あの気味の悪い彫像の呪いは本音を口にしてしまう…だったが。
「陛下も……まさか、アレを使ってみたのですか?
その…ご自身の弱点を把握する為に……。」
「うむ。
私に精神的な弱点など無いと思っていたのだが…。
アレを使ってみた私は、アヴニールを大事なのだと言っていたな。
あやつが大事だとして、何がどう、私の弱点となるのかが分からぬが。」
ジェノが、思わずヘラっと笑ってしまった。
「分からない…あぁ…本当に気付いてらっしゃらない…
アレを大事に思っているのが本音なのを。
じゃあ、やはり無自覚で……ですか。」
ルイに背を向け小さく呟き、ジェノはふと考えた。
偉大なる魔王があんな人間のクソガキ如きを大事に思っている事それを恋情だと気付いていないのならば、今の内に何とか上手く、あのクソガキの事を忘れさせる事は出来ないだろうかと。
恋情さえ無くせば、道具の1つだと言い張る小僧一人を殺った所で重い処罰を受けるほど咎められたりはしまい。
あのクソガキの存在が陛下の弱点であるならば、尚の事早く無くしてしまうべきだ。
「魔族の美女を集めて陛下の周りに侍らせて……
恋愛初心者なら尚の事、大人の女の魅力を知れば、あんな小僧の存在なんか無価値だと気付いて下さるかも……」
ブツブツ呟くジェノの背後に玉座を降りて忍び寄るように近付いたルイが、ジェノの肩を強く叩く勢いで突然バン!とジェノの左肩に手を置いた。
「ヒィィィっ!!!いっつぅ!
い、いきなり何でしょうか陛下!」
「……ジェノよ……
我が主から、先日学園に出向いた際にお前と会ったと聞いたのだが……
アヴニールがお前の残り香を身に纏わせて帰宅した。
お前、どれほどアヴニールに近付いたのだ?
まさか、奴に触れたのか?」
「残り香って言い方、何なんですか!?やらしい!
学園に行った理由より、ソッチの説明!?
陛下、私にメチャクチャ嫉妬してるじゃないですか!
本当に無自覚なんですか!?それで!?」
肩を掴まれたまま背後を振り返ったジェノが悲鳴に近い声をあげる。
背後のルイは冷静な表情ではあったが、立ち昇るオーラがもう
━━何してくれてんだワレ━━
状態だ。
「嫉妬?そういうモノは私には、よくわからんが。
学園での事について詳しく話を聞かせて貰おうか……
それと私がキスをしたとか、してないとか、その辺についても詳しくな……。」
━━そこも無自覚!?忘れてらっしゃる!?
恋愛感情に疎過ぎるんじゃないの!?
めんどくさっ!
この、よちよち恋愛したての恋愛ベイビーが!!━━
初恋が芽生えたばかりの少年のように、その感情が何であるかも分かってない、自覚無しの恋心。
これはルイに、あのクソガキを忘れさせるのは難しい上に面倒な事になる…かも知れない。
かも知れないが……
魔王陛下の側近である身としては、敵としか成り得ない人間のガキなど、成長して強大な敵となる前に葬り去ってしまいたい。
だが魔王陛下を敬愛する忠僕として、陛下の恋愛の成就を願うべきかもと思う自分もいる。
ジェノは、その答えを今すぐ選ぶ事が出来なかった。
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深夜の上空を飛行しローズウッド邸の屋根に降り立ったルイは、邸に与えられた自室の窓に向かった。
ふと目を向けたアヴニールの部屋から明かりが漏れているのに気付くと、屋根伝いにアヴニールの部屋に向かう。
アヴニールの部屋のバルコニーに降り立ったルイは、外から大窓を開いてアヴニールの部屋の中に入った。
「アヴニール、こんな遅い時間まで何をしている。
夜更かしは子どもの成長に良くない、早く寝るがいい」
「ルイはオカンか。………目が覚めたんだよ。
ルイこそ、こんな夜更けに何処行ってたのさ。」
デスクに座り、寝癖のついた頭で頬杖をついたアヴニールは目が半分しか開いてない状態で、ぶすっとした表情で尋ねた。
「城に行っていたのだ。
ジェノに、お前には近付かないよう言い付ける為にな」
「だからぁ……僕の注意不足だったってば。
ソレ僕が未熟者だと言ってるみたいじゃん。
わざわざ部下に言い付けなくても隙なんか見せないし、もう常に付近を警戒しているから簡単に何かを仕掛けられたりしない。
それに、ルイの部下を僕が倒してしまったりもしないから。」
ルイが部下に、アヴニールには手を出さないようにと言ったと聞き、ルイにも部下にもお子ちゃま扱いで舐められてると感じたアヴニールは、寝起きの不機嫌さに加えて苛立ちをあらわにした。
「そうではない。
今後アヴニールに、肌が触れるほど近付いたら許さんと言って来た。」
「……………え!?そっち!?
近付くなって、ほんとに距離詰めるなって意味!?
な、何で!?」
寝ぼけまなこ状態だったアヴニールの目がバッチリ開く。
開いた上でルイを二度見してしまう。
勢いで思わず「何で」と聞いてしまったアヴニールだったが、口に出してからハァと溜め息をついた。
「何で…何故だろうな。
ただ…私が不愉快だからだ。」
「……うん、そうなんだろうね。
変な事聞いてごめん。」
━━ルイは…僕のステータス画面にゲームの攻略対象者と同じ出方をしている。
会って間もない時から前世の因縁を引き摺るように僕を溺愛しているクリス義兄様やリュースのように
ルイも僕を好きになっているのかも知れない。
攻略対象者のみんなの僕を「好き」は、ゲームの仕様としての「好き」だ。
理由も分からずに漠然と「好き」なんだろう
僕自身を好きな訳ではなくて…
僕を通して、好感度を上げるイベントをこなした前世のヒロインだった部分を見て…━━
「……あれ、それって……
僕って、すごい寂しい奴かも知れない。」
僕本人は誰からも好かれてる訳ではないっつー事?……




