45話◆ハニワとミジンコ。
大聖堂から夜空を飛行して帰った僕は、自室の窓から部屋に入った。
無意味に疲れていた。
口が触れただの何だの騒いでから僕に睨まれて落ち込むリュースを慰め……たりしないで放置して帰ってきた。
ニコラウスが「俺に押し付けて逃げんなぁ!」と言っていたが知るか。
慰め合うなり、喧嘩するなり好きにしろ。
アイツらは2人でセットだと思ってる。
「帰ったかアヴニール。思ったより早かったな。」
夜空を飛び身体が冷えた僕が再び風邪をひかないようにと温かい紅茶を用意してテーブルに置いたルイが、僕の休憩用の肘掛け付きの椅子にドサッと腰掛け足を組む。
従者のクセに、主の僕よりなんて偉そうな態度をしやがるんだコイツは。
何様のつもりなんだよ。
魔王様かよ。知ってるわ。あームカつく。
でも部屋あったか…紅茶もありがたい。
僕はテーブルに置かれた紅茶をデスクに運び、自分はデスク前の椅子に座った。
「これ、お土産。ハニワ。」
僕は今日、作ってしまったハニワをルイに投げてよこした。
「ハニワ?何だコレは。
微弱だが呪いの効果が付いてるじゃないか。」
前世でコンプリートされた筈の僕のアイテム図鑑に新ページが追加されており、未入手のアイテム欄が増えた。
その新ページに、身代わりのオーナメント(改)と蘭金剛石に続き、ただの失敗作だと思っていたハニワも新アイテムとして載ったのだ。
しかもその備考欄に、少し呪われている。何だかちょっとネガティブになる。
と、変な補足が記入されていた。
コレ、アイテムとして役に立つのか?
今生では、地球でプレイしてたゲームでもヒロインに転生した前世でも見たことも聞いた事も無かったアイテムが増えた。
ルイの事や邪神、シーヤの存在など僕の知っていた世界が色々変わってしまっているのは認識していたけど……
前の世界では存在しなかった蘭金剛石で作る武器は、僕が持つ色んな意味で最強の剣アルカンシエルの剣より強いという。
それはこの先、魔王ルイより強い敵が現れると示唆されているのではないだろうかと…。
そんな不安も無くはない。
「アヴニール、そろそろ本格的に学園に入る準備をさせろと、お前の父親から言われた。」
「準備?何の。
試験なら筆記はパーフェクトでいく自信あるし、剣も魔法も…」
「その剣と魔法の試験で出せる力量を見極めて維持させるようにしろとの事だ。
お前が面倒になると際限なく力をふるう事を、お前の父親は良く分かっている。」
あー……確かに、面倒くさーって思ったら、じゃ、バーンってやっちゃっても、いっか!ってぶっぱなすかも知れない。
「国王の後押しがあるのだから多少手を抜いてもアヴニールが入学出来ないなんて事は無いだろうが…
学園の教師や生徒達を納得させるだけの力を示す必要がある。
だからと言って、お前が普段使っている力をそのまま使って学園を崩壊させる事が無いようにしておけと、お前の父親が言っている。」
父上…父上の中の僕の印象って、どんだけなんだよ。
「加減しろって…具体的に、どれくらいならいいんだよ。
50%?それとも30%?」
「お前の全力は、まだ底が知れないが…
まぁ3%位にしとけ。」
3パーセント!?さん!?さんなの!?
30%でなくて、10%でもなく3!?
「少なすぎない…?」
「魔王軍の精鋭を一人で壊滅させられるお前の力量の3%だぞ。
それでも訓練を積んだそこらの兵士数人に匹敵するレベルだ。
……うむ、多いな……そもそもがお前は実力を隠しておかなくてはならん上に中等部の学生どもの入学レベルに合わせなくてはならないのだし……
よし、アヴニール。0.3%位にしろ。」
「そんなん、言葉で言われたって分からないよ!
結局どれ位なんだ!!」
「それが分からんから、明日からの稽古で導き出すしかない。」
面倒くさっ!!
かくして、僕は明日から実力を隠して0.3%の力を自然に維持出来る訓練をルイ師匠とする事となったワケだが━━
「分かったよ……じゃあ、もう寝るから……おやすみ」
「………すまない…アヴニール…。
魔王でありながら、私がこんな不甲斐ないばかりに…」
「……は?ナニ急に。気持ちワル。」
ルイに背を向けデスク前の椅子に座り、ルイが淹れてくれた紅茶をチビチビ舐めるように飲んでいた僕はルイの方を向き、首を傾げた。
僕の休憩用の椅子に座っていたルイがふらりと立ち上がり、僕が背にするデスクに両手をついて僕をデスクと自身の身体で挟む様に檻に閉じ込める。
「ちょ!またコレ!?近い!近い!何で今!?」
「大事なお前に、0.3%の実力しか出させてやれない私を許してくれ…。
このように女々しくも愚かな思考を持つような私などは…」
「は!?大事なお前!?気持ち悪い言い方すんなよ!
ちょっとちょっと!紅茶危ないっ!こぼれるからっ」
背中にはデスク、正面にはルイ、僕の手には熱い紅茶のカップ。
色んな意味で危険、何かが色々と危ない。
ルイの手が僕の手からカップを奪い、デスクの奥に置いた。
僕とルイの間に障害となる物が無くなった途端、ルイが僕を包む様にふわりと控え目に抱き締める。
な、な、何!?何なんだ急に!
「大事なお前に全力で試験に臨ませてやれない、こんな愚かな私など……
……いっそ、ミジンコになってしまえばいいのに。」
は?ミジンコ………
僕はルイに抱き締められたままスン…と無表情になり、その状態で神聖魔法である解呪の呪文をボソボソと唱えた。
ルイの腰のベルトに掛けられた小さなアイテムバッグから、ガチャンと割れる音と共に、「ほわーっ」と間の抜けた断末魔の声が聞こえた。
そのまま
ルイに抱きしめられた状態で2分が経過。
いくらなんでも、もういーだろと僕がルイに声を掛けた。
「ルイ…まだミジンコになりたい?」
「…ミジンコ?何だそれは……」
「……ハニワに呪われてたよ、魔王サマが。
いくら人間のフリを貫いてるからって、魔王サマがあんな駄アイテムに呪われるなんてさ…
そこまで無防備な人間のフリすんの……やり過ぎじゃない?」
「そうだったか、それはすまなかった。」
「何でもいいけど、もう離してくんない?
紅茶も冷めるし。
僕も紅茶飲んだら寝るからさ。」
抱きしめた腕をほどき、ルイがやっと僕を解放してくれた。
ルイの顔を見るのが妙に気恥ずかしくて、僕はルイに背を向けデスクの方を向く。
背後から腕をのばしてデスクの奥に置いた紅茶を僕の側に置いたルイは、頭を下げて部屋から出て行った。
それにしても……
たかがネガティブアイテムのハニワに簡単に呪われてしまう魔王って、一体何なんだ。
「大事なお前ね……物は言いようだよな。
どんなタイプの大事かは分からないけど。
それにしても魔王サマのネガティブモードが、ミジンコになりたくなる事とは思わなかった。」
アヴニールの部屋を出たルイは、邸内に用意された自室に向かった。
自室に入ったルイはベッドに腰掛け、溜息をつく。
「……解呪が思ったより早かったな…
もう少し、私自身の胸の内を知りたかったが…」
ルイは
自覚の無い自身の胸の内を知る為に、あえてその身に呪いを受けてみた。面白半分に。
ルイの鑑定眼で見た、アヴニールが作ったおかしな像は、精神的な弱点を吐露する微弱な呪いが発動するとなっていた。
自身に精神的に脆い部分などがあるのであれば、それを知る良い機会だと思った。
自覚すれば、すぐさま対応策を講じて早い内に克服も出来ようと。
「大事なお前…か。
我が主人であるアヴニールは確かに大事なお前で間違いは無いが。」
━━私の本心が、どういうつもりでアヴニールを大事だと言ったのかは分からないが…
確かに今の私にアヴニールの存在は大事だ。━━
「私を手の平の上で弄ぶ、高みにある神とやら。
其奴の思惑を知るためにも、その鍵となるアヴニールは私の大事な道具の1つだ。
私を邪神なんぞの次位とした事を…いつか後悔させてやる。」
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翌日から僕はルイと共に、中等部の試験に際し、丁度ええ感じ…になる、剣技と魔法の練習を始めた。
丁度ええ感じってのが思った以上に難しい。
ルイの前に雇っていた剣の講師に見せていたように、頑張ってるフリをして実は力の出し加減0%ってワケにはいかず、僅かに力を出さなくてはならないのだが…。
その僅かが、数メートル先の針の穴に糸を通す様に小難しい。
「駄目だ、強過ぎる。
模擬戦の相手をする教師がぶっ飛ぶ。」
と、ルイが何度も何度もダメ出ししやがる。
「これ以上弱く!?どうやるんだよ!!
いっそ、つま楊枝で戦えばいい!?」
「剣を持った上で、弱くしろと言っているだろうが!
相手はミジンコだと思え!!」
そ、そうか、ミジンコはルイの中の最弱候補なのか……
で、魔王サマはネガティブになったら、ミジンコになりたくなると……なんでや
この、ミジンコを相手の戦闘シミュレーションを試験までに維持出来るようにしろと鬼コーチのルイが言う。
だが、鬼コーチのルイは弱い弱い僕を演じて見せる練習を強いておきながら
僕にさらなる強さを身に付けさせるよう、人の目につかない様にローズウッド侯爵領の宵闇の森の最奥部まで行き、一層激しい剣の稽古を始めるようになった。
「頭の中がバグる!!
さっきは弱くしろって言ったばかりなのに、今度は手加減一切無しで打ち込めって!
一体、何なんだよ!!」
「見せる剣と、戦う剣は違う。
今以上に強くなる必要がある。
お前もそれは理解しているのだろう?
だからこそ、お前は私との鍛錬から逃げたりしない。
お前も何かを感じ取っている筈だ。
私と同じく、この世界が二度目だと知る者として。」
激しい剣戟の合間にルイが僕に話しかけ、僅かな隙を見せた。
その隙を見逃さなかった僕は、ルイの鼻先を掠める様に剣を横に振った。
僅かに上体を反らして避けたルイの髪が数本、僕の剣の刃に当たりパラパラと散る。
「僕にとっては、二度目じゃないんだよね。」
僕は大振りさせた剣を、そのままルイの喉元に向けた。
一度目は、自分がプレイしていたゲームの中の世界としてここを知っている。
二度目は、ヒロインとして学園入学時に転生し、ゲームと同じスタートから約一年半その世界を過ごし、魔王討伐の直前まで行った。
三度目の今生は、僕の知っている筈の世界がガラリと変わっている。
僕の存在自体、ゲームには本来は無かったハズなんだから。
ゲームの設定へと繋がる伏線や裏設定と言うには、この世界はキャッキャウフフの世界だった乙女ゲームの世界観からはかなり逸脱している。
僕は━━ゲームでも、ヒロインの前世でも、ラスボスを倒した経験が無い。
でも、その覚悟だけは既に出来ている。
僕が大切にしているものを脅かす者が現れるならば、いつでも立ち向かうつもりだ。
「そうだな。
お前は時折、不思議な視点での話をする。
その場に居たのではなく、その場を俯瞰で見た様な…
お前は、私と同じく神の駒のひとつか?
それとも……神そのものに近い、何者かなのか?」
ルイの質問に僕は何も答えなかった。
ルイの喉元に向けた剣を引き、意味ありげにフッと笑い、冷めた目でルイを見た。
意味ありげな態度を見せたけど………全く意味が分からん!!
神の駒?そりゃ、確かに手の平で遊ばれてる感はあるけど、神の駒ですって肯定出来るモンでもあるまいし!
神そのものに近い?そんなワケ無いし!
何者かって言われたら、元は乙女ゲームプレーヤーの地球人の非モテ女25歳ですけど!?
そんな説明、ルイにしたって分かるワケ無いじゃん!?
自分が何で、この世界に転生したのかも分からないのに!
「僕は……姉様が大好きな、ただのアヴニールだよ。」
「…………フッ。そうか…深いな。
今はまだ、語る時ではないと………」
深いもクソも、説明出来んから色々はしょって事実だけ述べて無理矢理終わらせただけなんだが。
そう、今の僕はもうアヴニールって名前の少年だ。
前世と前前世の記憶を持っていても、この姿で9年も生きている。
ヒロインとして約1年間を過ごした前世では、魔王を倒したら元の世界に戻れるのだと頑張っていたけど…
今はもう、今更元の世界に戻れてもなぁなんて思うし…。
「………元の世界に戻る………?」
僕の思考から単語を拾ったルイが呟いたが、僕には聞こえてなかった。




