44話◆噂の3人。
魔王サマが…いや、鬼コーチが大変ご立腹でらして。
次の日は早朝から起こされて剣の稽古が始まってしまった。
昨夜も言ったけど、僕は今のところ人間では最強だと思うんだよな。
剣も、魔法もチート級だし。
あの白い尻ユニコーン……ジェノとか言ってたっけ?
彼と戦っても絶対に負けない自信がある。
だったら、この剣の稽古は一体何の為の稽古なんだろう。
元々が魔王を倒す為に強くなりたかったのだが。
でも魔王のルイは、僕が強くなればなるほど僕の現在のステータスの影響を受けて同じく強くなり差は一向に縮まらない。
いや、それでも剣の腕を鍛えるのは好きだから別にいいんだけどさ………
今、朝の5時だよ。
こんな早くから何で僕、ルイとチャンバラやってんの?
「る、ルイ!!ストップ!分かった!
もうスキを見せたりしないから、とりあえず一旦終わろう!」
「分かった。」
口数少なくルイが返事をして稽古用の剣を収めた。
寝起きでいきなりハードモードのチャンバラを強いられた僕は、空腹過ぎてその場にへたり込んでしまった。
小さな身体は大きな動きをすると、すぐに腹が減る。
地球に居た頃から、朝食がわりにコンビニでパウチゼリーを買って飲んでから動いていた。
空きっ腹で朝イチからハードな動きはシンドいわ。
魔王サマのルイは昨夜からずっと不機嫌だし。
「魔王は人類の敵で、だからルイの部下も人間を敵対視している。
そんな彼らにとって僕は、人間であり敵なんだよな。
それを軽く考えていた僕が悪かった。ゴメン。」
ルイの部下でイワン(ファフニール)の知り合いだからって僕の知り合いではないよな。確かに。
友達の友達は、お友達理論は通じないわ。
「いくらお前が強いと言っても、魔の者を相手に気を抜けば命が危うくなる事だってある。
人間の悪い奴を相手にしているのとはワケが違うのだぞ。」
ルイのお説教が始まった。口うるさいわ世話を焼くわ。
もう、魔王改め、従者改め、師匠改め、鬼コーチ改め
オカンか。
もう、お腹空き過ぎて頭が回らない…糖分欲しい。
僕は芝生の上でへたり込んだままハァーっと溜め息をついた。
「ハイハイ、呪いに関しては本当に悪かったと思ってるよ。
ルイのお陰で助かったし…………」
あ、僕…今いらない事を言った。
呪われていた間の記憶は、解呪の際に呪いと共に消えるとか何とか言っていた。
だから僕は、呪いに掛かった事すら覚えてないはず。
なのに呪われていた事を覚えてるって事は…
ルイの救命措置も覚えてるって……事じゃない?
ルイは無言で、ただジーっとこちらを見ている。
「なぜ知っている」って、無言の圧がすっごく強いんだけど……。
魔王サマの圧なんて僕じゃ無かったら耐えられないよ。
怒ってるワケでもないのに、僕を探ろうとしているルイの視線……痛い痛い、刺さる刺さる。
何かコッワ。
「ゆっ……ユニコーンのジェノだっけ?
アイツがさ、僕を呪ったのに、なぜ生きてるんだって学園まで様子を見に来たんだよね…。
で、僕呪われてたんだ?ってなって…。
僕には呪われた記憶なんて無いんだけど…何とも無かったって事は、ルイが何か助けてくれたんだろうなぁ…と。」
僕は意味不明なほど、すっごいグダグダな言い訳をしてしまった。
そして、ルイのした事も知らないフリをした。
ルイは無言でへたり込んだ僕の腕を掴み立ち上がらせ、そのまま右腕に座らせる様に僕を抱き上げた。
邸に向かい歩き出したルイと、互いに無言になってしまった。
何で知らないフリなんてしてしまったんだろう。
よーく考えたらコイツは僕が、前世の美少女の姿だったならば寵愛してやっても良かったとか言っちゃうような奴だぞ。
魔王サマは魔族のエロいお姉さんをハーレムよろしくはべらせていたかも知れない。
そんな奴に解呪のためにチューされた位で意識し過ぎている僕の方がおかしくない?
「助かった!ありがとう!だがキモいわ!変態魔王!」
解呪してもらえた瞬間に、そんなふうにお礼を言いつつブチギレかましとけば良かった……。
何で、僕は覚えている事を隠して気付かなかったフリをしちゃったのかな。
ルイを意識してしまう自分がイヤだ━━
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「今夜はまた、一段とワケの分からないモノを作ったな。アヴニール。」
僕の左隣に座り魔法書を読んでいたニコラウスが、僕の手にしたモノを見て引きつり笑いを浮かべている。
「…集中出来なくて失敗した。
姉様に渡すつもりで身代わりのオーナメントを作ろうとしたんだけど…」
「恐怖のあまり、恐れおののく人の像でしょうか…
目は黒く落ちくぼみ、大きな口を開けて腕を上下に…。」
ニコラウスと同じく、僕の右隣に座るリュースが僕の手にある失敗作を見て不安そうな面持ちで呟いた。
この世界では誰も知らんだろうが、これはハニワです。
身代わりのオーナメントは天使を象った形なんだけど、ゴメンね。
ボーッとしていたらハニワになったんだよ。
「やめた!今夜は気がのらない。
こんな日は何を作ろうと失敗する。」
せっかく大聖堂に来れたと言うのに、僕はルイに蘭金剛石を没収されたままだ。
どうせ新しいアイテムも作れないんだから、いっそダラダラしてやる。
大聖堂地下の研究所内、僕はリュースとニコラウスに挟まれた、いつもの定位置で机に突っ伏してダラっと力を脱いた。
「今日はもう製作やめたのか。アヴニール。
だったら話でもしない?」
隣のニコラウスが魔法書を閉じて会話の態勢に入った。
同じくリュースも頷き、ニコリと癒やしのスマイルを見せる。
「そう言えば…この前学園にて拝見致しましたが、アヴニールの姉君シャルロット様。
アヴニールと同じく、とても美しい方でしたね。」
リュースが言う、僕と同じく…のくだりは必要ないと思う。
だが確かに姉様は美しい。それは正しい。
僕は机の上でダルダルに突っ伏した状態でリュースの方を見た。
「そう。姉様はこの世の誰より美しい。
……だが……やらんぞ。」
「いっ!!いりませんよ!!君の姉君なんて!」
僕の言葉に過剰な程に反応し、焦ったリュースが大きな声をあげた。
姉君なんていりませんって、それはそれで失礼極まりない台詞じゃないか?リュースよ。
僕はグデっとダルダルなまま、冷めた目でリュースをジトーっと見続けた。
リュースは普段、あまり話をしないで微笑みを絶やさないとゆー物静かな癒やし系男子の猫を被りまくっているせいで、素に戻った時に口からポロポロと下手な言い回しの本音が溢れる。
最初は裏表があって腹黒い感じのリュースだったけど、最近は僕の中で、ドジっ子枠に入りつつある。
「シャルロット様はクリストファー王太子殿下の許嫁でらっしゃる。だから、恋慕するなど絶対に無い。
リュースは、そう言いたかったんだよ。
アヴニールもアヴニールだ、やらんぞなんて言い方をするからリュースが驚いたんじゃないか。」
ニコラウスがリュースをフォローして説明し、僕の頭を軽く小突くジェスチャーを見せた。
「だいたい、リュースをこんな風にさせてしまうのは、アヴニールだけだからな。
信者やリュースのファンには勿論、コイツは俺にだって普段こんな取り乱した態度を見せたりなんかしないんだから。」
「ふうぅぅん。そーなんだー。」
「そ、そうです…。驚かさないで下さい…。
君の姉君については、あの後に学園内で大きな噂になったようですよ。
何しろ学園内には、クリストファー王太子殿下の婚約者をひと目見たいと思っていた学生が多くいましたからね。」
落ち着きを取り戻したリュースが咳払いをした。
「王太子殿下の妃殿下候補が、どの程度なもんか気になってるだろうしね。」
まぁ王太子の婚約者がどの程度か値踏みしたい奴もいただろうしな。
ゲームでも、ヒロインを筆頭に数多くの令嬢に言い寄られていたモテモテの人たらしクリストファー王太子。
婚約者が居るとは言え、それが王太子の絶対的な将来の伴侶とは限らない。
だから、シャルロットを出し抜いて我こそ殿下のお妃にと名乗りを上げたい令嬢達に常に囲まれ、キャアキャア言われていた八方美人なクリストファー王太子。
婚約者の悪役令嬢シャルロットがキィー!と嫉妬したりするシーンがあった。
だが、今の義兄様には御令嬢達が群がるスキが無い。
義兄様は姉様との婚約を破棄する気が一切無いから、姉様に対して不義理な行いを一切しないようにしているようだ。
……姉様…とゆーか僕に対してかも知れないが…。
それが、ゲームのスタート地点でのヒロイン登場から変わるのか…まだ分からないけど。
「それに悪役令嬢シャルロットと違って、今の姉様ならどんな令嬢が来た所で負けないけどな。
何しろパーフェクトビューティだし。」
グダグダにダレたままドヤ顔をし鼻でフフンと笑った僕に、呆れ顔のニコラウスが話を続けた。
「学園で噂になったって言うと、あとアヴニールもな。
王太子殿下と仲の良い、あの小さい男の子は何だ?ってな。
誰も学校に入学してくるとは思ってないみたいだし。
それと…俺達の2日後に学園見学に来たアカネ嬢もな。」
まさかのアカネちゃんまで噂に?
やはりそこは、ヒロインだしな。
見た目はかなり良いのだし、美少女が来たと噂になってもおかしくはない…。
「学園内を大暴走したらしいからな。」
ゴン!
僕は突伏した顔を上げかけていたのだけれど、それを机に頭突きする勢いで再び突伏した。
だっ…大暴走って!?ナニしたの!?
入学前の学園で??
「な、何したのかな…?彼女は。」
恐る恐る、だが面白半分、聞かずにはいられなかった僕は左隣に座るニコラウスの腕をキュッと掴んだ。
リュースがあからさまにムッとした顔をしたが無視。
「学園を案内してくれた先輩を振り切って学園内を爆走。
初めて来たはずの学園内を、まるで知っているかの様に走り回ったそうだ。
で、王太子殿下とグラハム先輩を見つけて駆け寄ろうとして、先生方に捕まり強く注意をされるという……
相変わらず面白可笑しい令嬢だったそうだ。」
うーん、ジッと我慢が出来ない子なんだなぁアカネちゃんは。テンションダダ上がりの犬か。
ゲームのスタート地点に辿り着くまで大人しくしていた方が良かったのでは……。
「あ……でも、何かを見た一瞬だけ凄く大人しくなったそうですよ。
走り回っていた足を止め、忘れていた何かを思い出そうとしているような……。」
リュースが言った言葉に、ニコラウスがハッと鼻で笑った。
「学園内は走らないようにって書かれた注意書きでも見たんじゃないのか?
で、学園内は走っちゃいけなかったと思い出した。
つか、そもそもが令嬢がはしたなくドタバタ走り回ったりするもんじゃないだろ。」
すまんなニコラウスよ。
前世の僕は今のアカネちゃんと同じ立場だったが、剣を片手に走り回って飛び回って暴れまくっていたわ。
前世でのお前さんの前でもな。
だって主人公のリコリス男爵令嬢は、令嬢だけどヒロインだし魔王を討つ勇者だからな。
おしとやかにしてる場合ではなかったのだよ。
まぁお前さん達の前では猫被って、美少女主人公らしく振る舞っていたがな。
「そっか、やがて主人公とみんなは魔王討伐の旅に出る……かなぁ……。」
このリュースとニコラウスが、アカネちゃんと共に魔王を討伐するために旅に出る…。
想像出来ん……。
魔王城に行った所で魔王サマお留守だし、魔王サマの行く先を聞いて次に来るのは、僕んチじゃん。
「僕にとっては魔王より邪神のが気になるし、邪神よりは姉様の幸せが気になる。
もう、全ては学園に入学してからでないと考えらんない。もう帰って寝る。」
考え過ぎたせいで、何だか眠くなった。
ブツブツ呟きながら机から顔を上げた僕は、フラフラと身体を揺らして椅子から飛び降りようとしたが、床に着地した途端にバランスを崩し膝がカクンと折れた。
「あぶなっ…!!アヴニール!!」
右腕をのばし咄嗟に僕を受け止めたニコラウスの胸に、僕はダイブするように飛び込んだ。
で、これは不可抗力。高さを見誤ったゆえの事故。
胸元に飛び込んだハズがニコラウスの顔に僕の顔が近付き………
恋愛漫画のベタなワンシーンの様にニコラウスの唇に僕の唇がぶつかった。
だがそれは漫画のように「キャッ」と言えるようなふわっとした事故チューではなかった。
「って!!」「っったぁあ!!」
同時に痛みに対する声が漏れた。
キスと言うより、顔面同士が正面衝突事故を起こした感じ。唇切れたかも知んない。痛い。
だが、ニコラウスより側で事故現場を見てしまったリュースのショックが大きく、顔が青ざめて呼吸音がハァーハァーとデカくなった。
「な…なぜ、ニコラウスとアヴニールが口付けをしているんです…?なぜ!!」
「馬鹿野郎!これが口付けなんて言えるモンなワケ無いだろ!!こんなもん痛いだけだわ!」
「痛かろうがなんだろうが、口付けは口付けでしょう!」
「違うって言ってんだろうが!!」
リュースとニコラウスのアホみたいな言い争いが始まった。
つかリュースがパニクり過ぎて頭がおかしい事を言っている。
僕としても、こんなモンにはドキドキしたりもしないワケで、口付けなんて言われるのは心外だ。
とにかく、リュースがうるさい。
僕は机の上に乗りリュースの前に行くと、リュースの両頬に手を添えて僕の方に顔を向けさせた。
「ねぇリュース…リュース、落ち着いて…とにかく…
口付け口付けうるさい。いったん黙れ。」
「………………はい。」
途中からドスを利かせた僕の声に、リュースがか細い返事をして泣きそうな顔で黙り込んだ。




