40話◆意外と皆さん天然なのです。
「アヴニール、風邪はもう治ったの?」
邸のテラスで読書をしていた姉様に駆け寄った僕は、姉様に甘える様にフワリと抱きついた。
姉様も僕の背と頭に手を添え、優しく撫でてくれる。
「はい!治りました姉様!心配させてごめんなさい!
姉様とダンスのレッスンをした時に、僕の風邪を姉様にうつさなくて良かった…。」
僕が拐われた日から3日経ち、僕の風邪は完治した。
拐われてから今日まで姉様との面会も禁じられていたから、3日ぶりの姉様とのハグだ。
ああ、いい香り…姉様の香りをめっちゃ吸い込む。
柔らかな肌も、優しい声も、もう最高。
美しく、可愛い姉様、もうマジ女神。
「風邪も心配だったけれども…いきなり空から男が降りて来てアヴニールを連れ去って…そちらの方がわたくしには心配で…。
お父様は心配するなと仰ったけれど、大切な弟ですもの。そんなの無理だったわ。
ルイがアヴニールを救い出してくれたのでしょう?
わたくしからも、お礼を言わせて。
弟を助けてくれて、ありがとうルイ。」
姉様が僕の頭を撫でながら、ルイに礼を言った。
ルイは目を伏せ、頭を軽く下げる。
「私には勿体ないお言葉です。シャルロットお嬢様。」
そうだよ。本当に勿体ないよ。
ルイが、女神の姉様にお礼を言われるなんて。
魔王のくせに。
ルイが助けに来なくても僕、全然ヘーキだったし!
姉様に声を掛けられたルイを見て、ムゥっと不満げな顔をした僕を見たルイが呆れ顔をした。
しばらくテラスで姉様と歓談した後、姉様は侍女のマルタと連れ立ってテラスを出て行った。
じき学園に入学する姉様もまた、試験を受ける為に魔法の勉強をしなくてはならない。
飛び級での試験ではないので僕とは違い、成績が悪くとも落とされたりはしないが、クラス分けに影響があるらしい。
成績が良いに越した事は無い。
実際、ゲームの中での悪役令嬢シャルロットは、頭悪そうに見えてリュースやニコラウス、そして主人公のヒロインと同じ優秀な生徒を集めたAクラスだった。
ゲームのシャルロットはアホ令嬢みたいだったけど、姉様は才女だからな。
悪役令嬢シャルロットはアホに見えて、実はスペック高め女子だったようだ。
才色兼備とは、姉様のためにある言葉だと本気で思う。
姉様が居なくなったテラスに残った僕は、椅子に腰掛け足をプラプラさせながら、冷めたお茶を飲みつつ菓子を食べていた。
従者として僕の隣に立つルイが、辺りに誰も居ない事を確認して僕に訊ねて来た。
「アヴニール。
私の記憶が正しければ、ファフニールを倒した少女の周りに居た勇者に集う者たち。
あの中に、シャルロットの婚約者の王子が居た気がするのだが。」
ルイは、前世ヒロインの僕がファフニールを斃した時の情景をイワンを通して見ている。
だから、クリストファー義兄様がヒロインの側に居たのも知っている。
「あー居たね。
クリス義兄様は一応、勇者に集う者候補らしいし。」
僕は無表情になり、抑揚の無い声で答えた。
勇者に集う者つーか、ヒロインにたぶらかされる者つーか。
まあ、あいつらゲームの攻略対象者だからな。
「勇者に集う……アレに……集うのか?
シャルロットの婚約者の王子が。」
腑に落ち無い顔付きでルイがボソッと呟く。
なぜだかルイの中で、リニューアルヒロインのアカネちゃんは「アレ」扱い。
まだヒロインとして芽も出て無い彼女に、何と辛辣な物の言い方を…と、思いつつも、僕もルイの事は言えない。
「クリス義兄様が彼女の元に集うようなら僕がぶっ倒すってば。
勇者に集う、は魔王討伐を掲げた勇者を支持して行動を共にする為に、の集うじゃないんだからね。」
そう普通のゲームの勇者パーティーとは違い、このゲームのパーティーは、その勇者と呼ばれるヒロインにメロメロになって目ン玉ハートで、ドハマリしてる奴らが集うワケで。
クリストファー義兄様がそこに居るとしたら姉様を捨てた上に国外追放とかやらかしてるワケで。
姉様にそんな事をやりやがったら……
ぶん殴って全身ムシる位じゃ、収まらんぞ。
そんな思考を持った僕の感情は全て顔に出てしまったらしい。
腕を組むルイが首を傾げた。
「お前のその、シャルロットへの心酔ぶりは何なんだ。
前の生でのお前も、そうだったのか?
婚約者の王子を奪っておきながら。」
「前の生での姉様は、僕とは赤の他人だもん。
それに別に奪ったつもりはなかったんだけど…イベントこなしただけだし。
それに、前のシャルロットは姉様と全く違っていたよ。
悪役令嬢だから性格悪いし、頭も悪そうだったし…。」
ハタ、と考えてしまった。
学園に入ってゲームのスタート地点に立った瞬間、姉様にそんな悪役令嬢キャラのスイッチが入ったらどうしよう。
魔王より邪神より先に、この世界を創ったって設定だかの女神をぶっ倒さんと気が済まなくなりそうだ。
つか、運営会社に殴り込みに行きたくなる。きっと。
「アヴニール。
この世界はお前と私が戦うべきだった前の世界とは似て非なる世界だ。
ゆえに、この世界に以前の記憶を持たせたままの私を喚び、お前を再び勇者の少女としてではなく、別人のアヴニールとして生まれさせた者の意図を探る必要がある。」
えっ、何かいきなり重い。
ルイの奴、面倒くさい事を言い始めやがった。
「この世界のエライ神様……ビビりの女神じゃなく?」
「この世界では女神より高位の神の存在は認識されてはいない。
だが、女神より高みに居る者の存在がある筈だ。」
そう言えばビビりの女神がヒロインだった僕を腐れビッチ呼ばわりした時、何か言っていたよな。
自分は末端女神で、自分より上位の存在が居る的な…。
「まだ小さい僕に、あまり重荷を背負わせないでよ。
女神だの、さらなる高みの存在だとか僕にはどうでもいいんだ。
僕は姉様と、僕の周りの人達が幸せならそれでいい。
何か調べるなら一人でやってよ。」
そんな偉い神様の意図なんて、どうでもいい。
今の僕は、姉様がおバカ悪役令嬢にならないかの方が心配。
ゲーム通りに事が進むか進まないかの方が気になる。
「お前に負担を掛けさせるつもりはない。
私はただ………。
こういう形でアヴニールと出逢った理由を知りたいだけだ。」
菓子を手づかみで掴んでは口に運んでいた僕の右手がルイに掴まれた。
「へ?」
そんな顔でルイの顔を見上げれば、ルイが身を屈めて僕の手の甲に口付けを落とした。
ゾワゾワっとした怖気と共に襲いかかる恥ずかしさと驚きの余り、僕は硬直して声も出せなくなった。
「………ほらな?
こういう事をするならば、前の世界のお前との方がサマになるだろう?
お前はなぜ、こんなちんちくりんなオスのワッパに生まれさせられたのだろうな。」
ルイの言葉に硬直が解けた僕は、手をルイに掴まれたままで、まくしたてる様にギャンギャン吠えた。
虚勢を張って大型犬を威嚇する小型犬みたいだ。
「ああ!?こーゆー形で出逢った理由もクソも!
お前が勝手に人間のフリをして僕の従者になりに来ただけじゃないか!
僕が、この姿で生まれたのはお前と会う為じゃないからな!
姉様と会う為だから!!」
自分で言って何だが、その理由も違うと思う。
と言うか、僕がモブとして生まれた事に神の意図なんかあるとも思わないんだけど。
ヒロインをやめたいって言ったからモブにされただけで、たまたま僕に生まれただけじゃないの?
「だいたいさぁ!ルイは人間のフリなんかしないで、ずっとおネムの魔王やってりゃあ良かったんだよ!
そしたら、じきにアカネちゃんが、寝ぼけてるお前をぶっ倒しに行ってたんだからな!多分!
別に、既に勇者じゃなくなった僕と出会う必要も無かったし!
出会った所で、オスガキだったんだし!
もう、無視していれば良かったじゃんか!!
なんでウチに就職しようと思ったんですか!」
面接官みたいな台詞を吐きながらルイに握られた手をバッと引いて椅子から飛び降りた僕は、ズザーッっと後ずさってルイから距離をあける。
ルイに口付けされた手の甲を、汚れを落とすかのように自分の着ている服にゴシゴシと強く擦り付けた。
「それは、ここにお前が居たからだな。
アヴニール…そんな汚いモノのように扱わなくても良いではないか。
お前と私の仲なのに。悲しくなるだろう。」
「汚いモノだろう!!お前の唇なんか!!
就職志望の動機がキモい!
それに、お前と僕の仲って何だよ!気色悪い!」
ルイは嘆くふりをして手の平で口元を隠しながら、楽しそうな笑い声を漏らしている。
「私が、お前との仲をどんな仲だと言っていると思う?
主従関係?好敵手?宿縁の敵?
互いを愛おしむ間柄だと言っているとしたら、どうする?」
「はぁ!?どうするだって!?コロスわ!!」
僕は何も無い空間から虹色の剣を取り出し、ルイに斬り掛かった。
ルイは僕の剣を庭に咲く一本の薔薇を手折り、その茎で受け止めた。
何じゃそりゃああ!!
ペーパーナイフやティースプーンで僕の剣の相手をした事はあったよな。
硬化魔法だか何だかを使っているから、僕の持つ強い剣の相手も出来るって言ってたよな!
で、今回は薔薇の花ぁ?
キザって言うより、もう馬鹿にされてる感がハンパ無いんだが!
「死ねぇえ!!ルイぃい!!」
「ハハハ、残念ですが、愛しいアヴニール様を一人残して逝く事は出来ませんので。」
いちいちいちいち!!
ルイはわざと僕をからかって反応を楽しんでやがる。
そう理解してるんだから、相手にしなきゃいいってのも分かっているのに。
何だろう、これはもう条件反射的なものとなってしまっている。
揺れ動く猫じゃらしを前に、理性を保てない猫と同じだ。
そして毎度毎度ルイに斬り掛かってはみるが、いまだ一回もヒットに至らない。それも腹が立つ。
だが、僕の剣の腕は確実に上達している。
たが、僕が強くなった分、僕の強さに影響を受けるルイもつられて強くなってやがるがな!!
どこまでも差が縮まらない。
平行線にも程があるわ!
あー!!ムカつく!!
▼
▼
▼
「リュース、アヴニールが貴族家に雇われていた魔術師によって誘拐されたらしい。」
大聖堂の中庭にて、参拝に来た信者達を見送ったばかりの作り笑いを浮かべたリュースにニコラウスがボソッと囁いた。
リュースの顔から作り笑いが一瞬で無くなり、必死の形相でニコラウスに掴みかかる。
「ええっ…!!そ、そんな…!それで!それで彼は!?」
「いや当然無事だよな。だってアヴニールだぞ?」
報告に衝撃を受け冷静さを欠いたリュースだったが、ニコラウスの言葉に、スン…と真顔になり、すぐに落ち着きを取り戻した。
「そうですね。アヴニールですもんね。
貴族家に雇われていた、って事は解雇された魔術師なんでしょう?
そんな程度の者なんてアヴニールの相手にはならないでしょうね。」
落ち着きを取り戻した上に何ならハンッと鼻で嘲笑う様な表情まで見せ辛辣な言葉を吐き捨てるリュースにニコラウスが噴き出しそうになった。
「どうせもう解決済みなんでしょう?
なのに、なんなのです?
その思わせぶりで回りくどい報告の仕方は。」
「ハハハ、悪かったよリュース。
お前の素の反応が見たくて、つい、な。
いや、素のリュースが思った以上に腹黒だった。」
リュースは驚かされた事を根に持つ様に、不満げにニコラウスを睨んだ。
ニコラウスは苦笑しながらリュースを驚かせたかったと認めたが、スッと笑いを消し真剣な表情をした。
「実はな…俺が大聖堂の地下でメェムの仲間に殺されそうになった事、父上に言ってなかったんだよ。
それがバレちゃって、父上に問い詰められたんだ。
だから、アヴニールが助けてくれた事を説明するしかなくてさ。」
「そんな大きな事件を、今までよくサンダナ様に隠し通しておけましたね…。
まぁ、言ってしまえば賊の大聖堂への侵入を許した私の父にも何らかの咎はあるかもしれませんし、黙っていてくれたのですよね。
もう大聖堂には行くなと言われていたかもしれませんし…。」
「俺も、そうなっては困ると思って隠していたんだが…。
アヴニールと友人なんだって話したら、驚いてはいたが何か叱られなかった。
友人なら大事にしてもらえって言われたが。」
「友人を大事にしろ、ではなく大事にしてもらえ?
変わった言い回しを…ああ、そうか…
国王陛下の側近であるサンダナ様はやはりアヴニールを知ってらっしゃるのか。」
リュースは以前父のシェンカー大司教に、アヴニールの存在は国王陛下とその側近の方々には周知されていると聞いた事があった。
「まぁ、忠義に篤いローズウッド侯爵様が国王陛下に息子の才能を隠しておく事は無いだろうしな。
だから国王陛下の側近である父上もアヴニールの力をある程度は知っているのだろう。
ただ父上がな…ポロッと『ニコラウスも守ってもらったのか』って呟いたんだよな。」
「………ニコラウスも?ニコラウス以外の誰かも命を救われたと?
アヴニールは一体、誰を何から守ったと……。」
ニコラウスは、その情報は得られなかったと首を横に振った。
「父上は魔法使いとしては優秀なんだけど、時々抜けているから極秘裏情報をポロッと呟いたりするんだよな。
だから、そこもポロッとこぼして欲しかったんだが。
そうそう、今回な
俺を殺そうとした奴らの仲間が捕まったらしくて、そこから俺の話がバレたみたいなんだけど……
多分、そいつの存在は秘匿しとかなきゃいけないんだと思う。」
「でしょうね…。
ニコラウスにそいつから得た情報の確認しちゃ駄目ですよね…。
そういう者の存在をニコラウスに知られてしまう…。
で、結果ニコラウスから私にも知られてしまったと。」
リュースは額に手の平を当てた。
極秘情報をポロッとうっかり自分に教えてしまった抜けているニコラウスは、間違いなくサンダナ様の息子であるのだと理解した。
似た者親子だ。
「なぁリュース。じゃしん…って…何だと思う?」
ニコラウスの問いかけに、リュースの口端がヒクッと引き攣った。
何でもかんでもペラペラ口に出しやがって!!
リュースの中にそんな感情が苛立ちと共に湧き起こる。
「その言葉、二度と口にしてはなりませんよ。
ニコラウス。」




