39話◆僕の役割エトセトラ。
幌馬車に拉致されグッタリしていた僕を抱き上げたルイが空を飛んだまでは覚えているが、僕にはその後の記憶が無い。
ルイが言うには「腹がへった!」と大声で一言訴えてからカクンと、いきなり寝落ちしたらしい。
ホントかよ、それ。
目を覚ました時、僕は自室のベッドの上で頭にルイお手製の氷嚢を乗せた状態で、黒猫のイワンを抱き締めながらゼーハー言っていた。
防御力も攻撃力も高い上にハイクラスの回復魔法も使える。
そんな僕は、ほぼ無敵だと思っていたのに……
まさか回復魔法も効かない病魔に冒されるとは……。
それって、不治の病……?
僕は、どんな重病を患ってしまったのだろうか。
「風邪をこじらせたんだそうだ。
その原因は湯冷めだ。
分かっているのか?アヴニール。」
父上が僕のベッドの隣に椅子を運び腰を下ろし、腕と脚を組んで険しい顔で僕を睨み付ける。
パパ上は今、風邪をひいた僕に対し、もの凄く怒ってらっしゃる。
「わ、分かってます…。す、すみません父上…。
湯上がりすぐに髪も乾かさずに、さっむい上空を飛んで大聖堂に行った僕が悪いんです…。」
従者なら何かフォローしろよ!とルイを睨むが、病床の僕の隣に小さな椅子を置いてこじんまりと座ったルイは、小さなナイフで黙々とリンゴの皮を剝いている。
いや、彫っている。
何をやってんだよ人類の大いなる脅威、魔王よ。
いや…これは僕が悪いんだって分かっている。
地球人だった時の知識をひけらかしてリンゴのウサギをひとつ剥いて見せ、フルーツカービングの話を出し…
『魔王のクセに、そんな事も出来ないんだ?』とルイを煽ったばかりに………
ルイの手にあるリンゴは、赤と黄色のコントラストの見事なバラ模様になっている。
ムキになったのか知らんが、上達が早すぎて引くわ。
そもそもが微妙なウサギごときで偉そうにフルーツカービングなんて単語を出すんじゃなかった。
「遅かれ早かれ、お前に何らかの被害が及ぶだろうとは思っていた。
だから、拐われた事に関してはさほど心配していなかったのだが…
体調不良だと抵抗する気力まで失うとは知らなくてな。」
えっ父上、ひどっ。
いくら僕がチート能力持ちの美少年だからって。
体調不良でなくても少しは心配してよ。
「お前が目立つようになり皆の注目を集めるようになったのは、ある意味では僥倖だった。
それはアヴニールには何を相手にしても対抗し得るだけの力があると知ったからこそだが。」
「僕が注目を集める様になった事が喜ばしい……。
でも、僕の強さありきで?どういう事です?」
首を傾げた僕の前に、ルイが皿に乗せたリンゴの完成品を置いた。
リンゴつーか、バラつーか、バラリンゴつーか……
これは色んな意味で食べにくい……。
「アヴニール様が目立つ事で、シャルロットお嬢様が狙われる危険が減るという事でしょう。」
癪に障る完成度のリンゴを僕に差し出したルイの言葉に父上が頷いた。
「マライカのシーヤ国王陛下と我が国の国王陛下に目を掛けられたアヴニールが貴族の皆に周知される前までは、王太子妃候補であるシャルロットが眼の仇にされていたのだ。
正式な婚約者とは言え、まだ王太子妃候補に過ぎないのだからな。
シャルロットに何か起きれば破談となり、シャルロットにかわり我が娘を殿下の次の婚約者にと考える者も少なく無かった。」
「はあ?誰です?そんなクソッタレな事を考えたヤツは。
姉様に何か起きればって何起こす気なんですか?
姉様を殺す?怪我をさせる?まさか、キズモノにする……
そんな事、未遂だし未実行だからって言われても許しませんけど?
頭に少し想像しただけでも大罪人ですね。
あの世行き決定ですよ。
ですから父上、そんな事を企んだアホ貴族の名前を教えて下さい。」
まくしたてる様に早口で父上に訊ねる僕の頭に乗せた、ルイお手製の氷嚢の氷が一瞬でジュワッと融けた。
怒りにより、一気に熱が上がったようだ。
「教えられるか馬鹿者。
ルイ、この馬鹿を見張っておけよ。」
父上はハァ~っと大きな溜息を吐いてルイに目配せした。
ルイは無言で頭を下げて『かしこまりました』の意を告げる。
「だから、お前に注目が集まった事で、シャルロットが狙われる事が減り、助かっている。
幼いお前の方が狙いやすいだろうからな。
お前にもしもの事があれば、不幸を持ち込ませない為に王族とローズウッド家との婚約は破談となる。」
要するに、優秀な父上の失墜を狙ってる奴らにとっては、父上に手を出すよりは姉様が。
姉様よりは、僕が手を出し易いってワケかな。
なるほど、なるほど。
「お前は過剰な程に自己防衛が出来るし、従者のルイも優秀だ。
だからこそ、お前の実力はなるべく隠しておきたい。
分かるな。」
「分かりました。だから、その姉様を狙おうとした阿呆を教えて下さい。
僕だってバレないように、蝶々仮面で殺りに行きますから。」
僕の膝に乗った黒猫のイワンが、フルフルと大きく首を振って蝶々の仮面になるのを拒否する。
なんでイワンまで僕を止めるんだよ。
「もういい。いい加減落ち着けアヴニール。
その貴族はとうに廃爵されて貴族ではなくなっている。
私が黙って見過ごすハズ無いだろう。」
僕は廃爵ぐらいじゃ甘いじゃんとは思ったが、渋々納得した。
もう一年以上前の話で、その貴族は一家離散した上に当の本人は行方知れずらしい。
今さら何もしなくて良いと。
「私は、我が子に手を出そうとした輩を黙って見逃してやるほどお人好しではない。
今回、お前が拐われた件でもそうだ。
アヴニールを拐った魔術師だが、元の雇い主はアフォンデル伯爵だ。」
「ほう…アホンダラ伯爵。」
「………皆の前で、シーヤ国王陛下にお前が抱き上げられた日に、文句を言っていた一人だ。
後に、自分の息子をシーヤ国王陛下に可愛がって下さいと、紹介しようとしたらしい。」
「そいつは、とんでもないアホンダラですね。」
「アヴニール、言うまでもないと思うが……
シャルロットに良からぬ企みをした貴族はアフォンデルではないぞ?」
そう言えば、そうだった。
ヒートアップし過ぎて、人物の境界線が無くなっていたわ。
どいつもこいつもアホンダラだとばかり。
「既に解雇しており、今回の事件は魔術師が勝手にやった事だから無関係だし、自分も迷惑を被ったというのが、まぁ…アフォンデルの言い分だな。
アヴニールが無事に救出されたのが腹立たしい、が本音だろうが。」
「アヴニール様の乗った幌馬車の付近に、数人のならず者が潜んでおりました。
魔術師がアヴニール様を手にかけた後に実行犯の魔術師を始末するつもりだったのでしょう。
そ奴らの口を割らせる事が出来れば、伯爵が裏で糸を引いていたとの証明になるかと。」
「………そいつら捕えたんだ?
ルイならぶっ殺してるかと。」
バラ模様のリンゴを上の歯でこそぐ様にかじりながら本音を口にした僕の方を、父上とルイが見た。
「アヴニール様が今にも襲われるって状況でしたら、そりゃ躊躇なく倒しますよ。
ですが今回は潜んでいただけですし裏を吐かせないといけないでしょう?
何でもかんでも倒せばいいってもんじゃないですよ。
アヴニール様じゃあるまいし。」
おまっ…!ルイ、この野郎!
父上の前でもいらん一言が多い!
「確かに私に実力を晒してからのアヴニールときたら、こらえが効かんと言うか……遠慮が無いと言うか……
今までは実力と共に、その豪胆さを隠していたのだな。」
「何か良い風に言おうとしてますけど、堪え性が無く無遠慮なヤツだとハッキリ言いましたよね。父上。」
つか、坊ちゃまに対する従者の言葉としては、ルイの言葉って無礼じゃないの?
そこ、同意してしまってるの?パパ上様。
この時僕は、父上に湯冷めをした事を説教され、これからも危険な目に遭うかも知れない事を覚悟しておく事を告げられた。
そして、その危険な何かに、シャルロット姉様の事が絡んだとしても、簡単に相手の息の根を止めたりしないようにと釘を刺された。
父上は僕を、姉様が絡むと見境無く暴れ回る殺戮マシーンだと思っている模様。
あながち間違いでもないかも知れないが。
同じくルイも、僕が暴走しないように見張っているよう釘を刺されている。
人類を滅ぼすと言われている魔王様に、息子の暴走を抑える様に懸命に「くれぐれも!くれぐれも!」と念を押して言っている父上。
なんだろうな……僕の方が魔王より危険人物みたいじゃないか。
父上が部屋から出ていき、ルイと二人きりになった。
ルイは、僕がリスみたいに前歯だけでリンゴをかじっているのを見兼ねて食べやすく切り分けた。
「アヴニールを拐った魔術師は近い内に処刑されるそうだ。
お前の父親はアフォンデル伯爵を泳がせておくそうだな。」
「ふぅん。別にどーでもいいけど。」
切り分けられたリンゴを受け取った僕は、シャリシャリ音を立て食べ始めた。
膝のイワンを片手で撫でながら、ルイの報告には興味なさげに無気力な返事をする。
「アヴニールは……
シャルロットや、シーヤ、自身の事以外には熱くなるのに、自分の事となると急に熱が下がるんだな。」
「あまり、自分自身の身の危険てのを自覚出来ないからかな…。
姉様やシーヤは普通の人だから、危ない目にも痛い目にも遭っちゃうじゃん。
好きな人が苦しんだり悲しんだりするの嫌なんだよ。」
「そうか…………
私も魔王として倒される時には、お前にそう思われるようになっておきたいものだな。」
━━なに、しおらしい事言ってんの!?━━
メチャクチャ驚いてルイをガン見してしまった。
僕にガン見された事に気づいたルイが、自身の言葉を反芻して思わぬ言葉を口走った自分に僅かに驚く。
「ルイ魔王様、この先、倒されるご予定があるの?」
「いや…それが…分からん。
私を倒すらしき、勇者となり得る少女は確認したが……
本当に私を倒しに来るのか?アレが。」
アカネちゃん、見て来たんだ?
やっぱり気になってたんだ。
それにしても、どうしたもんか。
魔王様がヒロインをアレって言っちゃってるよ。
「そもそもがだ、アレに自身を高める男どもが集うのか?5人も?
私が以前ファフニールを通して見た、私を倒すべく現れた少女……まぁ、前世とやらのお前か?
それとは余りにも違い過ぎる。」
「そっ…それは…彼女はまだレベルも低いし…
まだ、世界も始まってないし…。」
今はまだ、ゲームのスタート地点にすら立ってない。
だからまだ、彼女のレベルは1だ。
この世界がゲームだなんて知らないから、ルイには僕が言う『世界が始まってない』の意味がよく分からないのだろう、訝しげな表情を見せている。
だが、魔王というキャラクターに刻まれた設定なのか、勇者が自分を倒しに来るらしき事などは何となく把握している。
把握している上で、ルイも僕の前世の世界での、戦う筈だったのに戦わなかった記憶を持っている。
今と同じ時間軸で進行していた僕の前世の世界なんて、本来は存在しない筈だ。
だからその世界があった記憶は、僕とルイにしかない。
「うーん……彼女がルイを倒しに来るとしたら、ルイがそんだけ悪い奴になってるって事だもんな…。
そんな奴を僕が野放しにしているワケ無いんだけど。」
もし、アカネちゃんがルイを倒しに来たら……
しかも、クリストファー義兄様やグラハム、リュースやニコラウスをたぶらかして連れて来ていたら……
「うん、まず周りの男どもは僕が叩きのめす。
特に姉様をフッている殿下。きっと姉様の国外追放もやらかしてるから、ボッコボコにする。
そいで、姉様という婚約者の居る王子をたぶらかした悪女。
うん、それもボッコボコにする。」
おかしいぞ……
僕がヒロインと、その一味である勇者パーティーをボッコボコにする未来予想図が出来てしまった。
「…アヴニールよ。
今生のお前は、もしや魔王の片腕ではないか?」
………えー?………




