35話◆アルカンシエルの剣。別名フェスティバル剣。
蘭鉱石を採取する為に深淵のへさきに来たのは良いが…。
洞窟に入ってから、一切魔物が姿を見せない。
以前ここに来た時は、ニコラウスが魔物に壁の隅に追い詰められてヒィヒィ言っていたのに、こうも魔物が現れないとは思わなかった。
これはルイとイワンが僕に同行しているせいなのだろうか。
なんせ魔王様と邪竜だしな。
なんて思っていたが、それは蘭鉱石を採取出来るダンジョンの最奥部、ボスの部屋に行って確信に変わった。
いつもバミられかの様に部屋の中央で雄叫びをあげて侵入者を威嚇する、ダンジョン固定ボスのレッサーキマイラが部屋の隅っこで、どよーんと項垂れている。
こいつはニコラウスと初めて会ったあの日に倒したレッサーキマイラの後任ってワケだが…
━━殉職した前任に替わり、新しくボスに就任したばかりなのですが、は?
戦う事も無く死ねと?即、死ねとおっしゃいますか?
魔王様と邪竜様を相手に一体どうしろと?
一矢報いるどころか、コチラの攻撃なんて一切届かないでしょうが!━━
「…って、言ってる様な顔をしてるねぇ。
レッサーキマイラ。」
僕はボス部屋の隅っこで項垂れている不憫なレッサーキマイラをカチ無視して、ボス部屋の地面でしか採取出来ない蘭鉱石をひょいひょいと拾っては、インベントリにしまい込んだ。
「普通の人間にしか見えないよう、私は魔王としての気配も魔力も抑え込んである。
ヤツが恐れているのはファフニールのイワンの気配だろう。」
ふぅん…魔王のルイは見た目だけでなく、力も抑え込んで普通の人間に見える様にしているんだ。
「魔王サマがそこまでして人間社会に紛れ込んで何を企んでいるんだよ。
自分を倒す予定の乙女でも探りに来たの?」
「何も企んでなどいない。
企む位なら正体を知るお前の前に現れたりはしない。
前も言ったが、私はこの世界を知る必要がある。
そのためにも私は今後も魔王ではなくアヴニールの従者で在り続けるつもりだが…
それでも新しい乙女とやらは私を討伐しに来るのか?
なぜだろうな。」
………改めて聞かれると、確かに謎だ。
特に悪さをする訳でもなく一般人としてローズウッド侯爵家で働いている従業員のルイが討伐される…のか?
なんで?
我が家で僕の従者として雇われているルイが、どこかのタイミングで悪の魔王に転職するのだろうか。
ぶっちゃけると、今、この世界でルイをぶっ倒して良いのは、ルイの発言にムカついている僕だけの様な気がする。
「そう言えば…そもそもが、なんで魔王を倒さなきゃなんて思っていたのだろう。
ゲームの仕様なんだろうけど……」
悪の象徴だとか、諸悪の根源だとか、魔王により人々は苦しんでいたとか、そんな設定はサラッと軽く読んだ気がするけど、実際にはずっと寝てたらしいルイが悪さなんか出来るワケ無いんだし。
魔王って位置付けされたから、討伐対象。
息をしているだけで大迷惑。
ゲームの設定上はそうなるか。
ってゆーか、本人には絶対に言えないけど…
なんで、討伐対象から手玉に取る対象の6人目になっちまってんだよ。
これもゲームの設定か?
それとも魔王がアホだからバグでも起きたのか?
で、このゲームの仕様のひとつ。
このゲームのヒロインは、親密度が高くなった攻略対象者の影響でスキルやステータスを取得する。
その仕様のせいで、強くなりたかった僕はハーレムルートなんか確約させてしまったのだが…
いつの間にか僕のステータス内に、見たことも無い単語がロックされた状態で現れている。
何だよ、深淵の闇魔法って。
聞いた事無いわ。中身見れないが、どんな魔法だよ。
攻略本の上巻には書いて無かったし、下巻はまだ入手してなかった。
攻略サイトもチェックしてなかったから分からない。
それが今、悔やまれる。
つか僕はもう、ヒロインじゃないだろ!
納得いかん。とばかりに苦虫を噛み潰したような顔をしている僕の隣のルイが、蘭鉱石をひとつ手に取った。
「アヴニール。お前に蘭鉱石の武器が作れる能力があるならば、蘭金剛石の武器も作れるのではないのか?」
「蘭金剛石って!?
ナニそれ!聞いた事無いんだけど!」
初めて聞くアイテムの名前に、僕は目を輝かせて声を張る。
部屋の隅っこのレッサーキマイラが、僕の興奮気味の大声に怯えた様にビクッとなったが、まぁ無視する。
それより新アイテム!
前世ヒロイン時にアイテム図鑑、武器防具図鑑、モンスター図鑑、スキル等をコンプリートした僕が知らないアイテムが『身代わりのオーナメント(改)』に続き、また出た!
「私の城の周りの山肌にゴロゴロ生えてるぞ。
蘭鉱石よりも硬度が高く加工もしにくいが、蘭金剛石で造った剣は間違い無くアヴニールが今持っているフェスティバル剣より強い。」
「…………。」
嫌な呼び方付けやがったなコイツ。
蘭鉱石で造った剣は、確かにお祭りのオモチャみたいな、無意味に派手な小っ恥ずかしい剣だけどな!
恐らく今、この世界で人間が所有する剣の中では最強の剣なんだよ!
ルイの持つ、デーハー厨二病剣よりは弱いだろうけどさ!
僕が蘭鉱石で造った『アルカンシエルの剣』は!!
名前のまんま虹の剣。
某バンドのメンバーの名前を口にしているようで、ちょい恥ずかしくて名前を口に出しにくい。
色々と恥ずかしいけど今は最強の剣なんだよ。
でも、それより強い剣が作れるかもとか言われたら…。
コンプリートした筈の図鑑も空欄だらけの次のページが現れているし…。
埋め尽くしたいじゃないか!
ウズウズとした僕は、期待に満ちた目を無意識にチラッとルイに向けてしまった。
僕の視線に気付いたルイは、前髪を掻き上げ微笑む。
「まだまだ、おねだりが下手くそだな、アヴニール。
私と二人きりでデートがしたくなったら、目で訴えるだけではなく、口に出して甘えて言うがいい。
いつでも我が城に連れて行ってやろう。歓迎するぞ。」
━━はぁ?━━
ルイの手がのび顎クイをされた上に、高身長のルイに高い位置から見下ろされて甘い声音で言われた。
その後、激昂した僕と魔王、イワンをも巻き込んだ死闘が始まり、深淵のへさきはレッサーキマイラの居るダンジョンを中心に崩壊し、辺り一帯を焦土と化した。
……って、なってもおかしくない位に僕の腹は煮えくり返っているのだけれど、僕の中身はエエ年した大人の女…。
こんなヴィジュアル系魔王が一般庶民のコスプレしてチャラい台詞でからかったって、お姉さんはもう動じませんよ。
動じてなるモノか!!この野郎!!
「フフン、オスのガキを口説いてどうすんのさ。
女の子と違って、どうしようも出来ないでしょ。
新しい乙女は、ルイが美しいと言った僕の前世と同じ姿をしているよ。
そっちをデートに誘ってやれば?
僕はいずれ、イワンと仲良く蘭金剛石とやらを取りに魔王城に勝手に行くから、お気になさらずに。
ふっ…お前抜きでな。」
顎に掛かったルイの手をパシッと叩いて払い、不敵に微笑む。
大人の余裕を見せて不敵に………
「アヴニールはおねだりも下手くそだが、動じないフリも下手くそなんだな…。
平静さを装い不敵に微笑んでいるが、口元は引き攣っているし見えてしまいそうなほどに殺気が漏れているぞ。」
顎クイをしていて僕にペイッと払われたルイの右手がそのまま僕の頭に乗り、ポンポンと柔く頭頂部を叩いた。
━━なんだ、貴様。頭ポンポンだと?
それは僕の身長がこれ以上伸びない呪いか!?
いつまでも、チンまいオスガキのワッパであれ!って呪いの儀式か!?━━
※卑屈になり過ぎて混乱中。
「ファフニールを通して見た、前世のお前はもっとこう神色自若な佇まいを見せ、凛と立つ美しい姿が……。」
「殺気ダダ漏れな上に、美しくなくて悪かったな!!
神色なんちゃらって、落ち着いていたワケじゃないわ!
もう、5人のウザさにスンってなってただけだよ!
スンってな!!」
僕はルイの長い脚に思い切り蹴りを入れた。
コイツは口を開けば僕が苛立つ事しか言わない。
ルイは僕の蹴りを受けてもダメージを受けた様子は無く、僕の足の方がじーんと痺れる。
蹴りを受けたルイは何事も無かったかのように身に着けたベストからチェーンを引っ張り、懐中時計を出した。
「アヴニール様、そろそろお邸に戻らねば。
シャルロットお嬢様との午後のお茶の時間です。」
何事も無かったかの様に、しれっと従者モードになったルイに、ブチッと堪忍袋の緒が切れた。
いや、とっくに切れていた。
つか、初めて会ったあの日から、切れっぱなしで修復してないわ!!
貴様命名、フェスティバル剣で叩き斬ってやろうか!
「クゥゥン!クゥン!」
黒ヒョウ姿のイワンが、犬みたいな声を出しながら僕をなだめる様にグイグイ大きな身体を押し付けて来て、ルイから離すように距離を取らせる。
ルイから離すためとは言え、あまりにもグイグイ押され過ぎて、僕はレッサーキマイラの居る部屋の隅っこに追いやられた。
レッサーキマイラとイワンのもふもふに挟まれた格好でホールド状態になる。
クッションとなり僕を受け止めた状態のレッサーキマイラが、僕を挟んで密着するほど間近に来たイワンにパニックを通り越して声も出せずに過呼吸になってる。
ライオンの頭と、ヤギの頭の2つがハァハァ言ってて何だか気の毒だ。
「……イワンと気の毒なキマイラに免じて今は目をつむってやる。
ルイは街に寄って、姉様の好きな焼き菓子を買ってから邸に帰れ。僕はイワンと帰るから、ほら先に行け。」
イワンとキマイラにギュウギュウと挟まれたもふもふ状態の中から、離れた場所にいるルイに命令する。
ルイが胸に手を当て頭を下げた。
「承知いたしました。アヴニール様。
…ですが、いつまでも獣に挟まれておりますと、獣臭さが身体に染み付いてしまいます。
獣臭さを取るために私がアヴニール様を全身くまなく洗って差し上げる事になりますが、よろしいので?」
胸に手を当て首を傾げたルイが困った様な声音で尋ねてニヤリと笑う。
「おまっ!!殺ッッ!!モゴー!!」
イワンが僕の口の中にフワフワ尻尾をボフッと咥えさせた。
尻尾と言うより、感触はフワフワの綿毛だ。
口を塞ぐならガムテープの様になる事も出来たイワンが柔らかい物質になって僕の口を塞いだのは、僕に痛い思いをさせたくないイワンなりの優しい心遣いだ。
だが………
「何だか、いやらしい事をされているみたいだな。
アヴニール様。ハハハ、ではお先に。」
ルイはニヤリとほくそ笑んだまま転移用魔法陣に乗り、一足先に洞窟を去った。
もふもふの檻に囚われた僕は文句を言う事も出来ずにルイを見送る事となった。
「モガー!!!」
━━言わないでも良い事をいちいちネチネチ!
ムカつくわ!!やはりお前は人類の敵だ!
ぶっ倒してやらぁ魔王!
僕が必ずな!!━━
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もふもふと戯れながらモガモガ言っていたアヴニールを置いて先に洞窟を出たルイは、大鷲の様に大きな漆黒の羽根を拡げた。
アヴニールも使用するステルス魔法を使い、姿を消した状態で空を飛び王都に向かったルイは、王都の街中の一角に降り立った。
翼をしまい、人混みに紛れる様に歩きながら姿を現したルイは、貴族御用達の菓子店に向かった。
この場には既に何度か訪れておりローズウッド侯爵家の者として認識されているルイに、店主がお勧めの菓子が並んだトレイを見せる。
トレイに並ぶ菓子を選んでいるさなかに、鮮やかと言うよりはクドい程ドピンク色のラズベリーのムースを見てルイが笑って呟いた。
「ハハハ、見ているだけで腹が膨れそうだな。
胸焼けしそうだ。」
まさか、こうも食指が動かないとは。ルイはそう思った。
それはムースに対してではなく、ムースと同じ様にクドいピンクの人物を指す。
ローズウッド侯爵家の者として、今回の様に主の言い付けによりルイは何度か街に来ている。
その際、その人物を偶然目にした事があった。
かつては斃されたファフニールを通して見、記憶に刻み込まれた花の様な髪を持つ勇ましくも可憐な乙女。
街で見掛けた少女の姿は記憶にあるものと何ら変わらないのに、その少女は全くの別物であった。
大聖堂の敷地で、辟易としている若い司祭にけたたましく声を掛け続ける全身ピンクの少女。
それを目にした際の正直な感想が口から漏れる。
「アレと二人きりでデートなど、こちらから願い下げだな。
少なくとも今はな……。」
ルイの胸中に不安等は無いが、自分と目が覚めた今の世界との在り方についての疑問はある。
ファフニールを斃された時にうつらうつらと目覚めてから9年の時間が流れているのを体感しているにも関わらず、実際に人の世に降り立ってみれば、そこはファフニールが斃されるよりも過去の世界だった。
9年の時間経過を認識しているのは、ルイと前世ではファフニールを斃した乙女だったというアヴニールのみ。
前世という言い方をするが、乙女であった時に命を落としている訳では無いらしい。
だが、彼は乙女とは別人としての生を、9年も遡って与えられた。
「人類を脅かす大いなる魔王と呼ばれたとて、所詮は私も神の掌の上の駒のひとつに過ぎない。
世界は私達に何をさせたい……」
そしてなぜ、こんなにもアヴニールの事が気に掛かる。
この世界の神は、何を望んでいるのだ…。
眉根を寄せ、深く思案するルイの手には、菓子が詰められたキレイな箱が乗せられた。
「選べなくて悩んでらっしゃる様なので、全部詰めてしまいましたよ。」
━━何だと?予算オーバーではないか。
商魂たくましいな…あなどれん。━━




