26話◆新アイテム『身代わりのオーナメント(改)』
深夜の大聖堂。その地下にある研究室に向かう。
今日は来る予定じゃなかったからリュースもニコラウスも居ない。
予定外の訪問となった今日は、シーヤ国王が僕の居ない場所で暗殺されるのを防ぐ為だ。
ほんのり防御力を底上げする乙女の加護の指輪を渡しても、殺すつもりで襲いかかられたらひとたまりもない。
「一回だけ持ち主の代わりに砕ける、身代わりのアイテムがあったよな…でも一回だ…。」
死亡確実な攻撃を連続で与えられたら、初撃は無効になっても次の攻撃で死ぬ。
シーヤ国王の危険を察知して、その場に転移して助ける事が出来れば良いのだけれど、今の僕は転移魔法が使えない。
どうすれば良いのか……。
「こんな遅くに人の気配がするからと来てみれば、アヴニール君でしたか。」
深く考え込んでいて、声を掛けられるまで研究所に人が来た事に全く気がつかなかった。
「シェンカー大司教様。無断で入ってすみません。
ちょっと急ぎで作りたい物がありまして…。」
「今日、来訪なさったマライカ国王陛下の為に…ですね?
私も国王陛下から聞き及んでおります。命を…狙われたと…。
メェム司祭のレッサーキマイラの件、あの後私なりに調べてみたのですが、各地の研究所等からここと同様に魔物の部位が盗まれる事件が多発しているそうです。」
僕は、あからさまにイヤそうな顔をした。
驚愕、不安、恐怖と言うよりは、クッサイ物を顔の前に置かれた様なものゴッツい不快そうな顔を。
「……変わった表情をしますね。」
「だって、すんごく面倒くさいじゃないですか。
その部位を使って強い魔物を喚び出して、偉い人の命を狙おうってんでしょ?シーヤ国王陛下だけじゃないかも知れない。
もしかしたら、メェム司祭だってクリストファー王太子の父君である国王陛下の命を狙ったかも知れない。
何で、こんな面倒くさいイベントが起こるんですか。
僕、記憶に無いんですよ…こんな血なまぐさい深刻なイベント。」
「……イベント?」
ヤベ。本音が口をついて出ていた。
「いや…あのですね……魔王が現れるかもって話は聞いてるのですが、邪神を崇める組織があるとか聞いてませんし。
第一、邪神って何なんでしょうね。居るんですかね、そんなの。」
「アヴニール君は魔王の存在は信じているのに邪神の存在は信じてないのですか?不思議な方ですね…。」
まだ会った事無いけど、ゲームのラスボスだから魔王が居るのは知ってるしね。
それに魔王は今の僕にとってさほど脅威ではない。
でも邪神は知らない。
そんなの攻略本には載ってなかった。
不安になるじゃん。アカネちゃんが倒せなかったら僕が倒さなきゃならないだろうし。
「だって初めて聞きましたもん…。
まぁ今は居るか居ないか分からない邪神より、それを崇めている奴らがシーヤ国王の命を狙ってるって所ですよ。
僕、なぜか転移魔法が使えないので一瞬で助けに行く事が出来ないんですよね。」
「なぜか使えない?では、何か条件が満たされたら使えるって事ですか?
…いやはやなんとも…貴方は本当に規格外ですね。」
それは僕自身そう思うよ。
アカネちゃんがヒロインとしての力に目覚めるまでの期間限定かも知れないけど。
「規格外だろうと今使えないのだから役には立ちません。
シーヤ国王を守るには…。」
「ではアヴニール君、この石は何か分かりますね?」
シェンカー大司教様の手の平に乗った石を見る。
転移石だ。僕の邸の中にある、本邸とを結ぶ転移の魔法陣にも使われている。
強い魔力を込め、ナビに入力するように目的地と出発地点を記憶させて複数まとめて魔法陣に埋め込んで使うのだが、それ相応の魔力が必要なため石が一個だけあっても役には立たない。
「転移魔法を使える素地があるならば使えるかも知れません。
貴方自身と、石のある場所を結ぶ事が…。ただ、それなりに膨大な量の魔力を注がなければならないのと、実際それが出来るかは謎ですが…。」
「出来たら助かりますね。ダメ元でやってみますか。」
本来は魔力を注いだ石を複数まとめて使うアイテム。
それをたった一個の石に転移させるだけの魔力を注がなければならない。
石のある場所に転移の記憶は刻めず試行錯誤を繰り返し、シェンカー大司教様の助言も受けて、最終的には僕が最初に作ろうかと思っていた『身代わりのオーナメント』という持ち主の命の代わりに砕ける天使の様な形の置物に、オーナメントのある場所を記憶させた転移石を練り込んだ。
人形が砕けるのを発動のスイッチとし、僕が石のある場所に飛ぶ。
前世ヒロインの時には作った事の無いアイテムで、初めての試みだったのだけれど…
「マジか!出来た!出来た上に2ページマックス100アイテムがモノクロ画像で埋まっている図鑑に、新たに3ページ目が出来てる!
『身代わりのオーナメント(改)』て!!どういう事!?」
しかもこのアイテム、画面の右下の方に出ている…。
て事は、その前に僕が知らないアイテムが40個ほどあるって事だ。
はぁ?嘘だろ…。
前世でアイテム、魔物、魔法など全てコンプリートした僕が知らないアイテム?新しいページまで出来て…。
「アヴニール君、どうしました?成功を喜んでいるようには見えませんが。」
「い、いや…嬉しいと言うか何と言うか…僕の予想の範疇を越えていると言うか…。
とりあえず、僕ウチに帰ります。」
もう明け方になっていた。今考えても仕方が無いので邸に帰って一旦寝る事にする。
起きたらシーヤの所にオーナメントを持って行かなきゃ。
悩み事は、眠って起きた時に覚えてなければ大して重要ではない、が僕の持論。
だが、起きても頭の中にシッカリと不安が残っている。
それなりに重要って事か…考えるのを放棄しちゃ駄目なヤツだ。
ここは間違い無く僕の知っているゲームの世界なんだけど、僕の知らない部分がジワジワと浸透して来ている感じ。
と、言うより世界が広がっていく。現実味を帯びてきた感じがする。
ヒロインだった前世まではゲームの中で出てくる場所にしか行かなかったし、世界を救うヒロインでありながら、結局はこの国のまわりしか行動してないし。
隣国とか、周辺諸国。そんな認識位で国の名前も知らなかった。
地理の勉強もしたのに、知っただけで理解してなかった。
隣国の名前がマライカ王国だって事すら把握してなかった。
僕の住む、ゲームの舞台となったグランディナージア魔法王国以外にも国があり人が住み、魔王だとか邪神だとかの脅威に曝されているのだと。
「世界…広っ…。」
さすがに全世界を救うってのは無理だと思うけれど、知り合いの命を守る位はね…。
手の届く範囲だけでも不幸になりそうな人を救えたら。
僕は服を着替えて朝食を取りに食堂に向かった。
席に着き、朝食を頂く。
ああもう、姉様ったら朝から美しい…。
立ち居振る舞い全て美しい。可愛い。
こんなパーフェクトビューティ&可愛いの姉様が悪役令嬢…
むしろイヂメて下さい。
イヂメる姉様も、きっと美しいに違いない……
「アヴニール。昨夜は部屋に居なかった様だが…その歳で夜遊びとは感心しないな。」
「ゲフッ!ガフッ!はい!?」
姉様に見惚れていたら、いきなり父上からの言葉のパンチが来た。
「まぁ夜遊びなんて、いけませんよ。貴方はまだ幼いのだから。」
母上は優しく嗜めるけど、母上って天然なんだよな…
何処かポヤヤンとしていると言うか。
深夜に僕が外出する事について、言う事それだけ?
追及一切無し?
「これから王城に向かうのだが、お前も一緒に来なさい。
アヴニールには馬車の中でじっくりと話を聞かせて貰おう。」
「はい、父上…。」
父上、僕がなぜ昨夜部屋に居なかったか知ってるよな。
昨夜、寝たフリをしていた事も気付いていたのか。
父上侮りがたし!
「アヴニール。お城に行くのなら、クリストファー王太子殿下によろしくね。」
姉様がニコリと微笑む。
まったくもう、けしからん位に可愛い。
「アヴニール、さあ城に行くぞ。」
「僕、まだ食べ終わってないんですが!」
父上は片手にパンを持ったままの僕をヒョイと肩に担ぎ上げたまま食堂から出て、玄関エントランスに向かった。
「この前のように窓から飛び出すのは無しだぞ。」
「分かってます…あれは、父上の様子がアレだったんで…アレしましたけど…。」
玄関から出て馬車に乗り込み、二人きりになった所で父上が口を開いた。
「先日、国王陛下づてにお前が大聖堂の地下研究所に通っていると話を聞いた。
大聖堂の地下に研究所がある事は、関係者以外には極秘とされている。だから私も知らなかったのだが…。
お前はなぜか、大聖堂に研究所がある事を知っていたのだな。」
「ええ…まぁ…神からの啓示で。」
都合の悪い事…と言うか説明が面倒くさい事は全て神からの啓示で誤魔化す。
だって僕の前世がレクイエムの乙女とやらだったかもと言ったとして、僕は伝承にある古い時代の乙女の生まれ変わりではない。
この世界はゲームなんで、前はリコリス男爵令嬢アカネちゃんを僕がやってましたとか言って分かるワケ無いし。
「神からの啓示か。ならば深い事は聞かないが、マライカ国王陛下の御命を護る方法を得たと…そう思って良いのか?」
「ええ、一応は…僕の力を上回る術を使われたら…もう、どうしようも無いのですが…。」
僕は不安を口にしつつ、今朝出来上がったばかりの『身代わりのオーナメント(改)』を父上に見せた。
「これは、どのような効果を?」
「誰に聞かれるか分からないので詳しくは話せませんが、これが無効となればもう、僕には成す術がありません。」
「そうか……。」
短く返事をした父上は何かの覚悟を決めたようだった。
王城に到着し、僕と父上は玉座の間の奥にある密談室に通された。
この部屋は入る時に、誓約をする必要がある。
そして、誓約をしない者の外部からの干渉を一切受け付けない。
聞き耳を立てたり忍び込んだり出来ないし、誓約をして中に入った者が後に誓約を破ると命を落とすとも言われている。
実際はどうなのか知らないが…。
基本の誓約は密談室で話された秘密を外部に漏らさない事だが、今回はそれにプラスしてマライカ国王陛下の命を守る為に尽力するという誓約を付けた。
密談室に入った父上は、僕が作ったアイテムをシーヤ国王陛下に差し出した。
「こちらのアイテムは我が息子アヴニールが陛下の御身を案じ作った物です。
我が生命を賭して断言致しましょう。
こちらのアイテムをお持ち頂けたら、もう陛下の身に危険が及ぶ事は御座いません。」
「ち、父上ッ!!ま、待っ……」
父上はシーヤ国王陛下の安全を断言した。
僕は効果の保証は出来ないと言ったのに。
「………そうか、アヴニールが手ずから作った物か。
ならば二度と余の命が脅かされる事はあるまい。」
父上は陛下の前で「不安ではありますが」なんて言える筈も無く。
万が一の時には自分の生命を差し出す覚悟を陛下に見せた。
シーヤ陛下も僕の態度にこのアイテムが絶対的な安全を保証する物では無いと知りつつ、父上の覚悟を汲んだ。
シーヤ陛下は受け取ったアイテムに紐を巻いて首に掛けた。
僕を見て優しく微笑む。
「アヴニールがついていてくれている様だ。心強い。」
「シーヤお兄ちゃん……。」
僕は、この人の命を絶対に守らなくてはならない。
この人を死なせたく無いし、父上も死なすわけにはいかない。
何が何でも守る。
僕がそう覚悟を決めた時、腕に巻いた黒いチェーンのブレスレット……
イワンがシャラっと鳴った気がした。




