25話◆人たらし発動中。ターゲットは隣国のイケメン国王陛下。
隣国の、褐色イケメン国王陛下の命を救った二日後、僕の国では隣国の国王陛下が我が国を訪問し、今日、到着したと大々的に知らされた。
王都の中央広場から王城迄の街道を、多くの従者を引き連れた隣国国王陛下の乗る馬車が行く。
街道を人が埋め尽くし、若くして国王となった隣国の王の顔を見ようと皆が手を振る。
やがて国王陛下が城に到着し、我が国の国王陛下がそれを迎えて一行は王城へと招かれて入った。
王城の中の大ホールには多く貴族が集められており、僕の知らない顔だらけだ。
オジサン、おじいちゃん、オニイさん、皆貴族家の当主だろう。
女性も何人か居る様子。
王太子であるクリストファー義兄様もホールが見渡せる高い位置におり、父上である国王陛下の隣に立っていた。
これも義兄様の外交のお仕事なのかな。
…………にしても、何で僕は、ここに居るんだろうね。
貴族のオジさん、オニイサン、いっぱい居るけど誰ひとり、子供なんて連れて来てないよ。
僕も連れて来て貰わなくて良かったと思う。
邸でイワンとゴロゴロしていたかった。
二日前、腹が穴開いて血がブシャー状態だったイケメン国王陛下の部屋に居た、国王陛下の側近達が僕をガン見しているんだけど。
うん、アナタ達は僕を知ってるもんね。
でも、いらない事は言えない。
だって余計な事をしゃべったら、瀕死の陛下を完治させる程の魔法を使える僕に……
呪われる……………からね。
僕は、隣国の一行に向けて「黙ってろよ?」の意を込めニヤリと笑んだ。
一行が「うっ!」とたじろぐように後退る。
だが、我が国の貴族達の殆どは僕を知らない。
ローズウッド侯爵である父の隣に居るから、僕がローズウッド侯爵家の嫡男だとは解っているようだけれど、なぜまだ幼い僕がこの場に居るのかは理解出来ない様だ。
「失礼ではありますがローズウッド殿!
隣国の国王陛下と、我が国の陛下の友誼を結ぶ大事な場に、そのような幼い子供を連れて来るとは、常識に欠けるのではないですかな!?」
僕の知らない貴族のオッチャンが父上に文句を言って来た。
「そうですとも!ここは子供の遊技場ではない!
貴方はその幼子を連れ即刻退席すべきだ!」
「ははは、私はグランディナージア国王陛下に直々に、息子を連れての訪問を許可されておりますゆえ。心配無用です。」
タヌキおやじらにサラッと返す父上は、国王陛下の側近ではないが有能であり、国内での発言力がある。
そして才色兼備と謳われる姉様が王太子殿下の婚約者となっており、我が家の地位は盤石なものであるのだけれど、それゆえに敵も多いのだそう。
歳頃の娘が居る貴族は、姉様との婚約を破棄させて、我が娘をクリストファー王太子殿下の婚約者に、と狙う貴族もまだ多いのだそうな。
そう考えたら、ゲームでのリコリス男爵家はヒロインである娘を使い、まんまとそれをやってのけた事になるのか。
そんな派閥だとか政治的な要素はゲームのプレーヤー側には一切関係無かったけど。
「貴殿は遠方よりお越し下さった隣国マライカ王国のシーヤ・ハンバ国王陛下に対しても申し訳無いとは思わんのか!!」
うおわ!!イケメン国王陛下の国名とお名前それ!?
地球の色んな言語混ざってない!?
ま、まぁ……いーけどさぁ……。
「父上、僕はホールの外に居ますから……。」
僕は面倒くさいなぁと思い、父上の袖を引っ張り身を屈ませるとボソッと囁いた。
広いホールに集められた多くの貴族達の中で、僕達の居る場所が揉めてしまったせいで、数段高い場所に居た国王陛下達の視線が此方に向けられてしまった。
険しい顔をした衛兵が数人、此方に向かって来る。
「何を揉めている!両陛下の御前だぞ!騒ぎを起こすとは無礼であろう!!
………ん?ローズウッド侯爵殿ではないか。
おー、それとアヴニールか!」
数人の衛兵を従えてやって来たのは騎士のゲイムーア伯爵だった。
グラハムとエイミー嬢の父である伯爵が僕の名を呼んだ途端、ホールの数段高い場所に居たマライカ国王陛下がホールに飛び降り、僕の方に向かって人混みを掻き分けて走って来た。
や、ヤバい!!また父上に「人たらし」とか言われる!言われる!
僕は逃げる間もなく褐色イケメンに掬い上げられて高い位置に抱き上げられた。
「アヴニール!!我が心の友よ!!」
心の友!?ジャイ○ンですか!!!
「まっ…マライカ国王陛下…ご、ご機嫌麗しゅう……。」
高い位置での高い高い状態をキープされたまま、その場でクルクルと回るテンション高めのイケメン、チャラ男系の国王陛下。
目立つ!酔う!やめて下ろして回らないで!!
「水臭いぞ!俺とお前の仲じゃないか!堅苦しい言葉は無し!
そんな約束だろ!!」
そりゃ言ったけどな!!
時と場所は、わきまえましょうよ!!
小さな貴族の坊っちゃんが、年上の、しかも国王陛下とタメ口とか無理だろ!
ご機嫌で僕と回る国王陛下に、父上に文句を言った一人が訊ねた。
「へ、陛下!恐れながら陛下はその小僧…いや、ローズウッド侯爵殿のご子息をご存知なので…?」
マライカ国王陛下は、クルクルをやめた後も僕を抱っこした状態をキープしている。
父上は微笑みながら此方を見ているが、僕を陛下の腕から降ろす気はない様だ。
「ああ!彼は、余の何ものにも変え難き友の一人だ。
彼の余に対する言動に無礼など無い。そのよう周知せよ。」
「し、しかし!このような無知な子供が陛下の友など!
増長させるだけにございますれば!!」
先程とは別の、父上に文句を言った貴族が声を荒げて不満を口にした。
「余が、それを許すと言った意味が分からぬか…?
この国の貴族は、他国の国王の言葉を軽んじ蔑ろにするのだな…」
マライカ国王陛下が貴族を睨み付ける。
マライカ国の国王警護の兵士がマライカ国王を護る様に取り囲み、文句を言った貴族に対し、剣を抜く寸前の所作を見せた。
「やっ…!ヤダなぁ!国王陛下ッ!怖い顔しないで下さいよ!
僕は陛下の優しい顔の方が、スキっ!ねっ?」
両国王陛下がお会いしてからの、両国の友誼を深める、おめでたい席が殺伐としたものになってはいけない!
焦った僕は抱っこするマライカ国王の頬に手を当て此方に顔を向かせてニッコリと微笑んだ。
険しかった国王の顔から険が取れる。
「…国王陛下だと?……フフッ水臭いぞ、アヴニール。
俺の事はシーヤと呼んでくれ。
敬称も無し、ただのシーヤだ。」
「は、ははは…分かったよ、シーヤ…お兄ちゃん…。」
お……
重い!!一国の国王陛下を名前呼びの上に、呼び捨てにしろと!
せ、せめてお兄ちゃん呼びさせて…。呼び捨ては無理だ…。
僕と父上は、このまま国王陛下の側近達の居るホールの前の方に案内され、ゲイムーア伯爵率いる近衛兵士達と、隣国の国王警護の兵士達に守られる様にしてその場をやり過ごした。
歓迎のパーティーが始まる頃には夜の帳が降りており、僕は早く邸に帰りたくなっていたのだが……
本当は2日前に我が国に来ていたシーヤ国王陛下が襲撃された件を知っている関係者だけが集められ、玉座の間の奥にある密談室に僕と父上も呼び出された。
「陛下が訪問する日を前もって2日後の今日とし、両国の兵士が街道の魔物の駆除、整備、警戒等を一週間以上前に滞り無く完了させたはずだった。」
「その後も両国の兵士が辺りを警戒、監視、すべて完璧だったのに…あのような魔物が街の近くに現れるなど…。
しかも、通達されていた今日ではなく、2日前の日を把握されていた。」
意見交換が行われる中、シーヤ国王が口を開いた。
「最初から余の命が狙いだったのだろう。
どのようにしたかは分からぬが、余があの場を通り掛かった際にアヤツは突然現れた。
日付や時間に関係無く、余があの場に立ち入る事が何らの罠を起動させる事となったのであろう。」
僕は父上の膝の上に座りながら、その話を聞いていた。
シーヤ国王は、先王の父が急逝した為に一年前に王位を継いだばかりだ。
国では王位継承権第一位のシーヤ国王陛下が王位を継いで反対する者は居なかったのだが、第二位継承権を持つシーヤの伯父にあたる公爵の一味が今になってシーヤ国王を亡き者にしようとしているとの事。
まぁ、どこにでもよくある継承権争いだと思うんだよね。
「余は、自分の様な若輩者が国の頂点に立つ器であるとは思ってはおらぬ。
まつりごとに関して言うならば、長く父の片腕をしていた伯父にこそ国を引いていく力があると思っておる。
だが……昨今の伯父上は、良からぬ噂が絶えない。」
僕は、なんとなくシーヤ国王の顔を見た。
シーヤ国王が僕の目線に気が付き、目が合った僕に両腕を広げて来る様に促した。
「アヴニール、俺の膝においで!」
━━………は?……いや、なんで!!!━━
父上は……静かに滑り下ろす様に、膝の上に座らせていた僕を膝から下ろした。
━━行けと!?シーヤ国王の膝に乗れとおっしゃるんで!?━━
皆の視線が僕に注がれる。
この場に居るのは、両国王陛下とゲイムーア伯爵含む、警備責任者数名、そしてシーヤ国王陛下が瀕死の重症となり、僕によって助かった事を知る隣国の兵士や側近達。
だから僕に対し、子供は出ていけなんて言う者は居らず……
逆に、隣国の者達からは、僕と国王陛下の仲を盤石のものにしたいと考える者も居るようだ。
僕がシーヤ国王に近づくと、シーヤ国王が僕を膝に乗せた。
良かった……クリストファー王太子殿下がこの場に居なくて。
居たら面倒くさい事になっていたに違いない。
だって、膝に座った僕を背後から抱き締めてるもんな。
シーヤお兄ちゃんたら。
「……本当に……死を覚悟したんだ。
もう、生きてはいられないのだと……。
あの時、余の前に現れたアヴニールは…女神のようだった…。」
「…だから、僕は…女神とは超仲が悪いんですって…。」
僕を抱き締めながら、僕の黒髪に鼻先を埋めて囁くシーヤ国王の声は震えており、気丈に振る舞っていても本当に死の恐怖を感じていたのだなと知った。
「我が伯父上は、最近その存在を聞く様になった邪教を崇める組織と繋がっているとの暗い噂がある。
魔王をも凌駕する、邪神を崇めるのだそうだ……。」
「え…?邪神??魔王を凌駕する…邪神?」
ゲームプレー中はおろか、初めて聞いたんだけど。
しかも魔王を越えるって、どんなんよ!?
僕、余裕で魔王は倒せる自信あるけど邪神て、何なんです??
僕は前世を含めて、この世界に来て初めて聞く言葉にあからさまに訝しげな表情をしてしまった。
この世界をゲームとするならば、ヒロインが魔王を倒せば平和になるハズの世界。
魔王の存在すら、一般的にはみだりに民に不安を与えてはならないとかで秘匿されている状態なのに、それを凌駕する邪神が居るだと?
「アヴニール!そんなに不安がらなくても大丈夫だ!ちゃんと…
女神様がお選びになった聖女様が現れるから…!」
いや、それアカネちゃんでしょ!?
あの子に倒せんの!?その邪神とやら!
魔王だって倒せるか分からんのに。
結果、今この世には2つの脅威が迫っている事が判明。
一つはゲーム当初からのラスボス、魔王。
ゲームをクリアしていない上に、前回も魔王討伐まで漕ぎつけなかった僕が知らないラスボスの魔王。
これは今でも余裕で倒せそうな気がする。
そして新たに登場した邪神とやらの存在。
邪神が本当にいるかは分からないけど、最近生息地域以外で強い魔物が現れたりする事件が多発しており、それらは邪神を崇める団体の仕業との事。
レッサーキマイラの部位を盗んだメェム司祭も、この団体に所属しているのかも、知れない。
「ただの乙女ゲームじゃ済まない世界観になってきたなぁ…
姉様の幸せを願うならば、世界の平和も考えなきゃ駄目かぁ…」
話し合いの途中、僕はシーヤ国王陛下の膝で眠ったフリをした。
話し合いは深夜まで続き、子供の僕が寝てしまっても誰も文句は言わず、僕は父上に抱きかかえられて邸に帰って来た。
父上は王城に出向いたままの姿の僕を自室のベッドに寝かせ、部屋を出て行った。
「冗談じゃない、このままだとシーヤがまた命を狙われてしまう」
僕はベッドから飛び起き上着を脱ぎ捨てタイを緩め、窓枠に足を掛けた。
僕がずっと側に居てやれない以上、彼を守るアイテムを作る必要がある。
僕は大聖堂に向け、深夜の空に飛び出した。




