23話◆イベントアイテム、乙女の加護の指輪。
我がローズウッド侯爵邸にてクリストファー王太子殿下が来るのを待ち構えていた国王陛下御一行は、クリストファー王太子を捕獲して我が家を去って行った。
僕はクリストファー義兄様が邸に来てから、ずっと膝の上だったり腕の中だったりと延々と密着され続けて、クリストファー臭くなった。クリ臭プンプンだ。
「アヴニールから、殿下と同じ香りがしますわね。」
どうせなら、クリストファー義兄様が邸に到着した瞬間、捕獲して連行してくれたら良かったものを…。
ゆっくり茶なんか飲みやがって国王陛下め。
そうすれば、愛しの姉様に困った表情で苦笑されたりなんかしなかったろうに……あー!!クソ!
「クリストファー義兄様が来られると、ロクな事が無いんですよ!
むやみやたらとベタベタするし、父上には冷めた目でお説教されるし、僕は何もしてないのに!!」
半ばヤケになった僕は、抗議の意を込め父上をキッと睨んでしまった。
「陛下が城を出るとなれば護衛を含め、御付きの者とて少なくはない。
その大人数を引き連れて何の先触れも無しに突然我が邸に陛下が御出でになった。
我が家の執事、侍女、全ての使用人が一丸となって取り急ぎ陛下を迎え入れる準備をしたが、そのせいで今、みんなが邸の中で屍のようになっている。
我が邸の門を守らせていた私兵は、「息子が来るまで待たせて貰おう」と陛下直々にお声を掛けられて驚きの余り失神してしまった。
この全ての事件の根源が、アヴニールではないか。
抱き着かれた位で何だ。ハァー。」
父上は、わざとらしく大きな溜め息をついた。
事件かぁ…事件なんだ……僕が原因て…!
抱き着かれた位って、言い方ぁ!ひどくない!?
僕は、クリストファー義兄様のニオイをプンプンさせながら、げんなりして自室に向かった。
何だか、どっと疲れが出た。
「アヴニール、少し良いかしら?」
「姉様?……どうぞ。」
部屋のドアノブに手を置いた所で、シャルロット姉様が声を掛けて来た。
皆が居る前で無く、僕が一人になるのを見計らって話をしに来るだなんて…父上や母上にも聞かれたくない話って事だ。
珍しいな。
そんな風に思いながらドアを開き、姉様を僕の部屋に招き入れた。
まさか……クリストファー義兄様臭をプンプンさせている僕に嫉妬して、「わたくしの殿下に色目を使ったわね!キィー!」とか言って、僕をしばき倒しに来たとかじゃないよな?
前世での姉様ならば、やりかねない。
実弟だし何より僕は男でおこちゃまですし、それはスルーして貰えると助かる。
しかしながら愛しい姉様の拳ならば、甘んじて受ける覚悟はある。
それで姉様の傷付いた心の痛みを少しでも和らげる事が出来るならば。
防御力が鬼レベルの僕は100パーノーダメージだし。
いや、コレ精神的なダメージは特大だわ。
姉様にしばき倒される程に嫌われるなんてー!イヤー!
「アヴニールが殿下に抱き締められている時………。」
僕は両手で顔を覆って心で「イヤー!」と叫びながら、ぷるぷる震えて姉様の話を聞く。
「グラハム様にお声を掛けられましたの。」
……は?グラハムに?何だグラハムお前。
まさか姉様をナンパしようとしたんじゃないだろうな。
そんな事、お姉さんは許しませんよ。
「エイミー様を怯えさせたご令嬢…。
度々、学園に姿を見せるそうですわ。
グラハム様は、その方からなるべく姿を隠して顔を合わせない様にしているそうなのですけれど。」
姉様の口からアカネ嬢の話が出るとは思わなかった。
エイミー嬢の、優しく良き友人となった姉様は義兄様の許可を得てグラハムと文通をしている。
話題はほぼエイミー嬢の事で、シスコンのグラハムも姉様の事を可愛い妹の優しい友人として信頼している。
そのグラハムから、アカネ嬢が学園に来ていると姉様に報告されたと。
エイミー嬢は、あれ以来学園には行っていないからアカネとは会ってない。。
わざわざグラハムが姉様にアカネ嬢の来訪を告げたという事は…
「……そのご令嬢は、クリストファー義兄様にも話し掛けて来たという事でしょうか。」
姉様は苦笑しながら頷いた。
下級貴族令嬢が王太子殿下に声を掛ける…うーん。
「それで……義兄様は?」
アカネ嬢は、この世界のヒロインだけあって美少女だ。
まさか声を掛けられてデレデレしながら嬉しそうに鼻の下を伸ばしてたんじゃないだろうな。
そんなんだったら上唇引っ張って、もっと鼻の下を伸ばしてくれるわ、物理的に。
「まったく…反応しなかったそうなの。
殿下をお慕いする、ご令嬢はたくさんいらっしゃるわ。
殿下は、その方々を無下に扱う様な事をなさる方ではないのだけれど…。」
「ああ、義兄様は爽やかプリンスマイルがお得意ですもんね。」
リュースといい、クリストファー義兄様といい、女子がキャー!っとなる営業スマイルがホントお得意で。
…なんて思ったら駄目なのかも知れないけど。
彼等は自らの立場を理解して、そうしてるんだしな。
そんな義兄様が無反応。振り向きもせず微笑みもしなかったと。
「のちに国王陛下となられる殿下には相応しくない行いだと思うわ…。
でもなぜか、ホッとしているわたくしも…胸の中に居るの…。
こんな考えを持つなんて…王太子妃失格ですわね。」
姉様も義兄様も、無意識の内にヒロインを警戒している様子だ。
彼女の存在が、この世界には異質だと感じているのかも知れない。
……まぁ僕の存在の方が、かなり異質なんだろうけど…。
「僕は、姉様と義兄様が仲良くしている姿を見るのが大好きです。
義兄様も、僕の大事な家族だと思っています。
だから、絶対に渡しませんよ。」
姉様の幸せは誰にも奪わせない。誰にも渡さない。
僕が絶対に守るよ。姉様を悪役令嬢なんかにさせない。
だから、義兄様と幸せになってもら…
「まぁ…誰にも渡さない程に殿下を大事に思っているのね…。
わたくし、アヴニールにでしたら殿下を渡しても良いと思ってますわよ。」
…ごめん、口に出した言葉が足りてなかったよね。
つか、アレを渡されても、どうしろと…。
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【レクイエムは悠久の時を越えて━━】
あたしは大好きだったこのゲームの世界に、ヒロインのリコリス男爵令嬢として転生した。
ゲームのスタートよりも前の時期に。
これは神様があたしにくれた奇跡。
毎日毎日、やり込んだゲーム。
どの攻略対象キャラクターもそれぞれ大好きで、一人なんて選べない。
みんなとイチャイチャ、ラブラブしたい。
どのキャラクターが、どんなあたしが好きで、どんなプレゼントが好きかも覚えてる。
せっかく早く来たのだから、学園に入る前から親密度を上げようとしているのだけど、何か手応えが無い。
やっぱり、悪役令嬢が居ないとあたしのヒロインとしての可愛さが引き立たないのかしら。
でも、ゲームの画面ではなく現実で見る彼等もかなりステキで、どうしても顔を見たくなっちゃうのよね。
だから、ついつい押しかけちゃうんだけど……
こないだのアレはまずかったなぁ。
リュース様からの印象を悪くしたわよね。
だって、まさかゲームの中盤以降に出てくる『乙女の加護の指輪』があるなんて思わなかったもん。
女神と聖なる乙女を信仰する教会なら、所持していてもおかしくはないのかなァなんて思ってしまったんだよね。
ゲームの中では、もっと後になってダンジョンの奥でモンスターを倒したら入手出来る指輪だから、この後教会から盗まれてダンジョンの奥に隠される設定なのかしら。
だったら、犯人があたしになる所だったんじゃない?ヤバいじゃん。
ああーでも、あの指輪欲しい…クリストファー様の好感度を大幅に上げるもの。
今の内に、印象を良くしといて何とか指輪を譲って貰えるようになっておかなきゃ。
ダンジョンに行くのなんて、面倒くさいんだもの。
て、言うより…リアルにモンスターと戦うとか、有り得ないんだけれど!
この世界に転生してから、街から出た事が無いからモンスターなんて見た事が無いし。
それと戦う!?無理無理!こっわ!
でも学園に入学して進級する時に、魔王討伐に行かされるのよね…
親密度が高いキャラクターが居れば、あたしのかわりに攻撃は受けてくれるし、痛い思いはしなくて済む。
だから早く親密度あげなきゃ。イチャイチャもしたいし。
まずは、リュース様の印象を悪くしたのを何とかしないと…
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本日、大聖堂は女神に祈りを捧げる日。
女神ヴィヴィリーニアを信仰する多くの信者が祈りを捧げに集まり、その教会の魅惑のシェンカー大司教、癒しの美少年司祭リュースのファンが集う日でもある。
「リュース様…先日は、ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。
リュース様の指輪が…あまりにもステキで…。
それに…リュース様の触れたモノが欲しくて…つい…。」
当然のようにリュースの前に陣取って現れたリコリス男爵令嬢アカネは、口元に握った手を当て申し訳無さげに目元を潤ませた上目遣いをし、あざとい仕草でリュースに訴えた。
礼拝堂の隅でリュースとアカネ嬢の姿を見ていたニコラウスは、強張った顔で引き攣り笑いを浮かべて独り言つ。
「うわ図太い神経してんなぁ、あの女。よくまぁしれっと顔を出せたモンだ。はは…。」
リュースはニッコリと優しく微笑みながら指輪を外し、外した指輪を摘んでアカネの前に差し出した。
「そうですか、リコリス男爵令嬢アカネ様。
私の指先にあった指輪を気に入って頂き光栄です。
こちらは5万グランディです。」
外した指輪を目の前に出され、金額を言われたアカネは目を大きく開いたまま硬直した。
「…は?5万グランディ…5万円…は?どういう…。」
アカネは意味が分からないと、指輪からリュースの方に視線を向けた。
「この指輪は、我が大聖堂の新しい聖品です。
女神様の加護があり、身体を護ってくれます。
そんな指輪が、今ならたったの5万で手に入ります。
いかがですか?リコリス男爵令嬢アカネ様。」
茫然としているアカネの後ろから、他の令嬢が名乗りを上げる。
「わ、わたくし10万出しますわ!
リュース様のお指に嵌まっていた指輪!!それだけの価値がありましてよ!」
「わ、わたくしは、その倍を出しますわ!!」
礼拝堂は、アイドルの物販会場のような雰囲気となった。
推しの為なら金を撒く勢いの令嬢達がリュースの前に集まり、その熱狂ぶりに一般的な信者がドン引きしている。
「今なら、十個御座います。
先着順となりますので、ご了承下さい。
さあアカネ様、貴女様が1番ですよ?お買い求めになります?」
リュースは全ての指に指輪を嵌めた、成金貴族みたいな手を皆の前に出した。
11人目に並んだ令嬢が、アカネが買うのを辞退するのを両手を合わせて指を組み祈る。
「どっ…どどどういう……どーゆー………買うわ!!!」
明らかに挙動不審になりかけたアカネが、背後の令嬢達の列から突き刺さる「早くどけ、コラ」視線に耐えられずに中金貨を出した。
アカネの手から中金貨を受け取ったリュースは、最初にアカネの前で一度外して見せた右手の中指にあった指輪をアカネの手の平に乗せた。
「ありがとうございます、アカネ様。
貴女に女神様の加護があらん事を。はい、2番目の方どうぞ。」
アカネはリュースの前からどかされ、手の平に乗った『乙女の加護の指輪』を見ながら混乱していた。
「え…?イベントアイテムじゃん…何で、こんな大量にあるの?
偽物?違う、あたしの鑑定スキルでも乙女の加護の指輪って出てる…。」
フラフラと歩いて礼拝堂を出て行くアカネを見ながら、ニコラウスがフゥと安堵の息を漏らした。
「アヴニールの言った通り、またリュースの指輪を奪う気で来ていたな。
…だからって、同じ指輪を10個作るから売ったらどうだとか…プッ…アヴニールらしい。」
アヴニールは………
最初リュースに「その令嬢が引きちぎる位欲しがるなら、あげちゃえば?もっと効果のある指輪作ったげるから。」
と言った。
だが、俺達の指に嵌まった指輪は効果や値段なんて関係無い。
アヴニールから直接プレゼントされた大事な思い出の品だ。
それを奪われたり壊されたりなんて…許しがたい。
「それは…イヤです…この指輪は大切な…。」
「じゃあ最初の指輪は大事にしまっといて、同じの量産するから売ってやりなよ。
そうすればもう面倒くさい人と面倒くさいやり取りしなくて済むじゃん。」
およそ子供とは思えない口調と態度で、半ば呆れ気味にアヴニールは指輪を量産した。
「お布施も兼ねて、少し高めに吹っ掛ければいいんじゃない?
買うデショ!絶対!」
「それは良いアイデアですね!さすがです、アヴニール!」
悪どい顔をした二人が声高らかに笑っているのを、俺は苦笑しながら見ていた。




