20話◆与えられた役柄と現実との相違。
━━ある日
ローズウッド侯爵家の僕宛に手紙が届いた。
差出人はグラハム•ゲイムーア。
「……いや、なんで?
僕は、アイツと文通する気なんて無いんだけど。」
まさか、いきなりのラブレターじゃなかろうな。
僕は手紙を持ち自室にこもると、訝しげに封を切り仏頂面で手紙を開いた。
ラブレターなら即燃やしてやらぁなんて考えつつ。
━━━━親愛なるアヴニールへ
いきなりの手紙で驚かせた事だろう。
クリストファーに、アヴニールは入学試験の勉強で忙しいのだから、手紙を出すのをヤメロ!
自分だって我慢してるのに!と散々言われたが…
どうしてもひとつ頼みたい事があってペンを取った。
妹のエイミーがふさぎ込んでいるらしい。
いつも俺に甘えていた妹だから、俺がいなくて寂しいのは仕方がない。
だが、妹がふさぎ込んでいる理由は先日、学園に来た少女が原因のようだ。
彼女が妹に何かをしたわけでは無いのだが、エイミーは彼女に怯えて部屋から出なくなったそうだ。
こんな事を君に頼むのは心苦しいのだが……
エイミーにとって君は、勇者みたいなものなんだ。
一度で良いから、妹の話し相手になってやってくれないだろうか
どうか頼む。━━━━
意外な内容だった。
脳筋のグラハムが、手紙を書くなんて似つかわしく無い事をする。
そうまでして、大事な妹の身を案ずる彼は、僕には鬱陶しい男だけどエイミー嬢にとっては優しい兄なのだ。
「学園に来た少女??…まさかヒロイン…彼女か?」
学園が舞台であるゲームの中に、エイミーは名前だけで存在し、本人が登場する事はない。
だが、シスコンの彼の目を妹から自分に向けさせる所からグラハムの攻略は始まる。
今から釘を刺そうとしたのだろうか。
リュースとニコラウスをフライング気味に攻略しようとした事を考えると、有り得ない話しではない。
「うーん…ゲームではそうかもだけどさぁ……。
あんな小さな女の子からお兄ちゃんを奪うって、どうなんだよ。」
やることが幼稚と言うか……
いや……かつての自分も似たような事をしたのかも知れない。
実際、前世でのグラハムは実家には寄り付きもせずにヒロインにベッタリだった。
あの頃のエイミーは……どうしていたのだろう。
あの頃のエイミーをほったらかしにしていた罪滅ぼしってワケじゃないけど、あんな小さな女の子が傷付いて塞ぎこんでるなんて聞いたら、放って置けない。
ぶっちゃけるとな、僕の前前世での『25歳の日本人女性、未来』だった頃にはエイミーより少し小さい位の子どものママだった友人も数人居た。
だから、自分の子どもみたいな年齢の子が落ち込んでるなんて、ママ世代な目線でいくと、ダメ絶対!なんて思わずにはいられない。
僕は父上にゲイムーア伯爵邸を訪ねたいと、先方に正式に訪問の申し出をして貰った。
理由を尋ねられたので一応、父上にはヒロインの事は伏せて彼女が塞ぎこんでると話しをした。
ヒロインかもって思っているだけで、違ったら申し訳無いし…。
まぁ、十中八九ヒロインなんだろうけどさ。
訪問の了承を得て数日。
明日はゲイムーア伯爵邸に訪問する約束の日、の前夜に僕は大聖堂の地下研究所に来ていた。
研究所でエイミーに渡すつもりの小さな花のブレスレットを作りながらリュースとニコラウスに訊ねてみた。
「ねえ、リュースにプレゼントをいっぱいしてくれた令嬢って、どんな方?キレイで、可愛くて、優しい?」
僕の隣で、僕の作ったアイテムを見ていたリュースが手からアイテムをポロッと落とした。
「な、なんですか!?
私は彼女の事を、そんな風に思った事はありません!
信心深い方ではあるな、以上の感情を持つなど!!」
「……リュース、その浮気がバレたみたいな態度は必要無いから。
僕は、彼女の事を知りたいだけ。
明日、訪問するゲイムーア伯爵令嬢のエイミー嬢が、彼女に怯えているみたいでさ。
小さな女の子を怯えさせるなんて、どんな方かなって。」
リュースの手から落ちかけたアイテムを受け止めたニコラウスが、僕の言葉を口の中でモゴモゴと呟き、ゆっくりと言葉を選んで返事をくれた。
「キレイかと言われれば、キレイよりは可愛らしい。
美醜を問うのは嫌いだが、彼女は整った顔立ちをしている。
優しいかと聞かれれば……俺は優しいと思ったことがない。
一見、明るくほがらかではあるが、常に何かに飢えたような雰囲気を持っていて、正直な所気圧される事がある。」
ガツガツし過ぎてるって事かぁ……。
攻略対象に、ゲーム始まる前からドン引きされてるって……
マイナススタートじゃん。
やり過ぎだよ、アカネちゃんとやら。
「彼女は……何かを貢げば我々が喜んでくれるのだと思いこんでいる節があります。
私は教会の者として、信者の方からのご寄付は有り難く受け取る事にしておりますが、それは私個人として受け取っているのではありません。
私の部屋に飾られた品も、全て教会の物です。」
「まぁ、あの女は理解してねーだろうけどな。
教会でなく、リュースに貢ぐ事が重要みたいだったし。
俺は一切受け取らないからな。なおさらリュースに貢ぎまくっていた。」
好感度を上げるアイテム貢ぎまくりって。
アカネちゃんは、この世界に転生して何を目指しているんだろう。
前世の僕みたいに、とにかく強さと色々コンプリートを求めた結果、全員親密度がMAXになっちゃった的に魔王を倒す強さを求めるのか……
普通に誰かと結ばれたいだけなのか………
いやぁ、リュース、ニコラウス、グラハムにアプローチしてるワケだから逆ハーレム狙いか?
理解してんのだろうか。
逆ハーレムって、ある意味自分がお貴族様共有の愛人みたいなモンだぞ?
誰と結婚する事も出来ないワケだから。
貴族令嬢がそんな人生、有り得んだろ。
「ゲームが終わる瞬間は、たくさんの男にかしずかれてウフフアハハなスチルで終わるかもだけどさぁ……
現実は続くワケで……そんな状態で数年後にはどうすんだよ……」
ああ教えてあげたい……どうせ聞く耳を持たないんだろうけどさ。
「彼女……初めて会った時は、何かしら特別な力を持つ様な気がしたんですよね…。それこそ、女神の加護があるような…。
まぁ、アヴニールに会ったら…その印象も水みたいにうっっすくなりましたけれど。」
リュースが僕を見てニッコリ微笑んだ。癒やし系毒舌。
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翌日、僕は姉様と二人でゲイムーア伯爵邸に向かった。
本当は一人で行くつもりだったのだけれど、姉様にエイミーの事を話したら『私も行くわ』と同行してくれた。
この世界での姉様は…一応は悪役令嬢。
ヒロインと同じ年恰好の姉様は、エイミーを怯えさせたりしないだろうか。心配だ。
ゲイムーア伯爵邸に到着すると、僕が先に馬車を降りて姉様に手を差し伸べる。
「姉様、手を。」
「ありがとう、アヴニール。」
美しい姉様をエスコート。何だか鼻が高い。
姉様の白く柔らかな手が僕の手に乗り、馬車を降りた姉様の髪がフワリと浮いて、甘くもあり清楚な香りが辺りに漂う。
━━ああっ!なんて美しい私の妹!もう嫁にしたい!━━
余りにもステキ過ぎて、一瞬色々錯乱した。
邸に案内され応接室に通されたが、エイミーは部屋から出て来ないのだと言う。
姉様が席を立ち、侍女と言葉を交わし始めた。
「アヴニール、私がエイミー様の所へ行くわ。
あなたは、そちらの方になぜ、エイミー様がこうなったのか話を聞いておいて。」
えっ、姉様がエイミー嬢の所へ!?
なお、怖がらせたりしない!?
「あ、姉様!これを!」
僕は昨夜、大聖堂で作った花のブレスレットを渡した。
白い花のような結晶で出来たブレスレットは、精神を落ち着かせる働きがある。
戦闘に於いては、混乱、恐怖などを軽減する物だ。
姉様がブレスレットを持って、侍女に案内されて応接室を出て行った。
僕は先程、姉様と言葉を交わしていた侍女に話しを聞く。
「エイミーお嬢様は、グラハム様のお顔を見たくて学園に行っただけですのに……。
そのご令嬢はお嬢様の肩に手を置いて、終始微笑みを浮かべておりましたが……湯浴みの際に気付きました。
お嬢様の両方の肩に、強く掴まれた手の跡が残っておりました。
さぞ、恐ろしい思いをなさった事でしょう。」
なんて大人気ない事をするんだよ!アカネちゃん!
いや、アカネ!!
小学生になったばかりみたいに小さい子供相手にさ!
肩に手形が付くほど強く掴むなんて!
そりゃ、怖くて引きこもるわ!外を歩きたくなくなるわ!
アカネのせいでな!!
「話して下さって、ありがとうございます。
……僕の姉上が……彼女の恐怖心を上乗せしなけりゃいいんですけど…。」
正直な所、今の姉様は僕の知る悪役令嬢とは程遠い。
ゲームでは殿下の追っかけばっかしている、頭悪そうなクセに高飛車なアホ令嬢だったけど……
今の姉様は理知的で、それでいて謙虚さも有り、優しさも兼ね備えたパーフェクトビューティで、僕の可愛い娘です。
僕の許し無く、簡単には嫁に出さん!!
いや、違う……そうでなくて……
そんな姉様なんだけれど、エイミー嬢にとっては恐怖心を植え付けられたアカネと同世代の貴族令嬢だ。
嫌な事を思い出してしまうかも知れない……。
大丈夫だろうか……
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「エイミー様、はじめまして。
わたくし、アヴニールの姉のシャルロットと申します。
ドアを挟んでのご挨拶となりました事、お詫び申し上げますわ。」
シャルロットは開かないドアの前でドレスの端を摘んで膝を折り、カーテシーをした。
「アヴニールから、エイミー様の愛らしさを聞きまして…お会いしたいと思い、無理を言って連れて来て貰いましたの。」
シャルロットは、ゆっくりとした口調でアクセントの強弱を抑え、柔らかな声音で静かにドアに向けて語り掛ける。
聞いているかいないのかさえ分からないエイミーに対してシャルロットは、他愛もない話しをしながら友人と過ごすかのように、言葉を紡ぎ続けた。
「エイミー様、今日はアヴニールから預かったブレスレットをお渡ししにきましたの。
アヴニールの手作りだそうですの。白い小さな花の集まったようなブレスレットですわ。
きっとエイミー様にお似合いなのでしょうね…。」
シャルロットは自身のハンカチを廊下に敷き、その上にブレスレットを置いてその場を去ろうとした。
アヴニールの待つ応接室に向かうシャルロットの背後でカチャリとドアの開く音がする。
「…シャ…ルロット様……はじめまして、エイミーと申します…。
ブレスレットを…付けて貰えませんでしょうか…。」
シャルロットはゆっくりゆっくりと振り返り、エイミーの前で目線を合わせる様にしゃがんだ後、アヴニールと同じシエルブルーの瞳を細めて微笑んだ。
「ええ、喜んで。」




