2話◆少年相手でも変わらない、王子の溺愛っぷり。
あのカオスな日から8年。
僕は8歳となった。
何をするため、させるために時を遡ってまで恋敵だった悪役令嬢の弟に生まれ変わったのかは分からない。
この8年の間、鬼ババァ女神からも、鬼ババァ女神の言う上位の神とやらからも何の接触も無かったので。
男の子としての自分にも慣れた事だし、僕は僕の思うように生きる事にした。
次期侯爵のアヴニール・ローズウッドとして。
そして……今世の僕はお姉様の幸せを願う!!
6歳年上の可愛い姉、シャルロット・ローズウッドの幸せを!
「いや、いやぁ!前前世ではマジでムカつく悪役令嬢だったよ?
シャルロットってさぁ!ゲームの中ではだけど!
クリストファー王太子の攻略イベントでは、必ず絡んで来るし!」
ゲーム画面に描かれたシャルロットのイラストは種類も少なく、口に手の甲を当て高笑いしているのと、口の片側の端を上げて人を見下したようなイラストしか覚えが無い。
思い出すだけで腹立たしい。
前前世では地球人25歳独身女性のわたしが、どうやって亡くなったのか記憶にないけどいきなり、この世界に転生。
前世はヒロインとしてこの世界に降り立った。
転生…と言うよりは憑依に近いのかな。
ゲームの舞台となる学園の入学式の場に、わたしはいきなり16歳のヒロインとして立っていた。
「最終的にはパートナーの力を得て魔王を倒すゲームって、使命だけは把握していたから、キャラクター攻略に勤しんでしまったけど…
パワーアップに無我夢中になり過ぎて、前世では悪役令嬢シャルロットを完全シカトしていたなぁ。ウザいとしか思わなかった。」
そして、今世でその悪役令嬢シャルロットの弟となった僕は、弟の立場で姉のシャルロットを見る。
この世界で知るシャルロットは、弟想いの優しい美少女でしかない。
ゲームの様に「オーッホッホ!」なんて笑っている姿も見た事が無い。
優しく、美しく、賢い姉は、王族に嫁ぐ為の厳しい淑女教育も懸命に学んでいる。尊敬すべき努力家でもある。
このまま、ヒロインが現れなければ二人は素晴らしいカップルになっていたのだろう。
前世ヒロインの自分が言うのもなんだけれど、国やら王室やら侯爵家が政治的な理由も鑑みて何年も前に決めた縁談を、婚約者の居る王子に色目使って取り壊させるって、ナニ様だったんだヒロイン。
つか、僕。
「はははは、まぁ、ゲームとしてはね…あくまで、ゲームだったらね…。
現実でこんな事やらかしたら、ヒロインのが不敬罪くらうわ。」
だから、ヒロインでなくなった僕は、今世では可愛い姉のシャルロットに、悪役令嬢にはならずにクリストファーと幸せになってもらいたい。そう思っている。
まだ8歳の少年ではあるが、次期ローズウッド侯爵として教育されている僕には、立派な個室が与えられている。
前世以上に長い時間を、この世界の住人として過ごした僕は、この世界の色んな知識を勉強していった。
そんな僕の部屋にはたくさんの本がある。
僕が窓の枠に座って、床に届かない足をプラプラさせながら本を読んでいると、僕の部屋の扉がノックされた。
「アヴニール坊ちゃま、クリストファー王太子殿下がお見えになりました。」
ああ……また来たのか……未来のお義兄様……
前世ヒロインの時の親密度MAXの攻略対象者。
「アヴニール!お義兄様のクリストファーが来たよ!」
入室の許可を出す前に部屋に飛び込んで来たクリストファー王太子は、窓枠に腰掛けていた僕の腰を持ってフワリと高く抱き上げた。
一回クルリと回る。いや、これ僕じゃなくて姉様にやってあげてよ。
ストンと床に下ろした僕をハグしようと抱き着いて来るクリストファーからササッと身を引いて逃れる。
空振りしたクリストファーから距離を取りつつ微笑んだ。
「義兄様、もうハグはやめましょうよ。僕は小さな赤子ではないんですから。」
「何を言う!アヴニールは、いつまでたっても私の可愛い義弟だ。幾つになってもハグは必須だよ!」
クリストファー王太子は婚約者のシャルロットに会いに来るという名目で、僕が生まれたあの日から何度も何度もローズウッド邸を訪れ、シャルロットと僕を奪い合った。
抵抗出来ない赤ん坊の頃は、クリストファー王子に抱っこされたまま何度王家の馬車に連れ込まれそうになったか分からない。
姉のひとつ年上で僕の7歳年上であるクリストファー殿下は今15歳。
今年16歳となる殿下は来月、乙女ゲームの舞台となっていた王立魔法学園に入学する。
魔法学園は全寮制なので、王族と言えど入学してしまえば夏休みと冬休みにしか学園を出る事が出来ない。
で、学園に入る前に目一杯、僕を愛でまくりたいと来るわ来るわ……。
やめてくださいよ、まったくもう…。
「義兄様は僕をハグしたら、離してくれなくなるので嫌です。
スキを見て、ほっぺたや、オデコにキスをしようとするので絶対に嫌です。」
前世でヒロインの恋人(?)の1人だった時は逆に、ハグや軽いキスみたいな、そんなスチルになりそうな萌える行為は無かった。
婚前の男女でもあるし、本来ならば、ゲームクリアした後のお楽しみだったのだろう。
まぁ、同じような恋人(?)があと4人いたから、それぞれが牽制し合って、誰とも2人きりのラブラブシチュエーションになる事が無かったのだが。
「義兄様が僕を迎えにいらっしゃったという事は…森の散策ですか?」
僕は使用人が用意してくれた、外出用の衣服と革の鎧を受け取る。
姉のシャルロットがおらず、二人きりで何かをしたいとクリストファーが言う時は、たいていが姉がついて来れないローズウッド侯爵領の領地の中にある広大な森の散策だ。
僕達が今、生活している場所は王都の街中だが、ローズウッド侯爵領は王都から離れた隣国との境にある。
王都の邸と、森の側に建つ侯爵領の本邸とは転移の魔法陣で繋がれている。
「ああ、そうだ。学園に入る前に、少しでも魔獣を駆除して剣の腕を磨くように父上に言われているのでな。」
「ローズウッド領の森でなく、王家所有の森の魔獣を間引いた方が陛下は喜ぶんじゃないかと………………。」
着替えをしようと、シャツのボタンに手を掛けた僕の姿を凝視しているクリストファーに気付く。
いや…男同士だし…別にイイんだけどさ…。目の色おかしいでしょ。
「義兄様、着替えるまで退室願います。
僕に嫌われたくなかったら、僕の言う事聞いて下さいね?」
ニコニコ笑いながら出て行けオーラを発する。
鈍感なクリストファーの代わりに僕のオーラに気付いてくれたのは、僕が生まれた時からずっとクリストファー殿下の付き人をしているシグレンだ。
「さ、殿下…部屋から出ますよ。
アヴニール様に嫌われて邸を出禁になりたくないでしょう?」
「えっ!?き、嫌われる!?着替えを待ってるだけで?」
クリストファーはシグレンに引っ張られて部屋を出て行った。
その間に、革の鎧やブーツを身に着け剣を携えて魔獣狩りの用意を整える。
魔王が居るこの世界には魔物や魔獣がおり、定期的に駆除をしていかないと森の生態系が狂ったり、放置すると人里まで魔獣が溢れて来たりする。
僕はローズウッド領だけに留まらず、定期的にあちらこちらの魔獣の発生地域に飛び、魔獣を間引いてきた。
誰も居ない部屋でステータス画面を開く。
「人のステータスは見れなくなったけど、自分のだけは見れるんだよな。
レベルは99だし…HPもMPもMAXの999をオーバーしてるし…意味が分からんのだけど。
魔法はロック掛かってるのが幾つかあるけど究極魔法まで覚えてしまっているし…。」
変な偏り方をしており、転移魔法はロックされており使えない。
だから遠方への移動は、飛行魔法を使う。
それにしても、ひとことで言ってしまえば、化け物だな自分。
結局、前世でも倒してないから会った事無いけど、魔王だって一捻りなんじゃない?
この世界には、まだ魔王が居る。
何だか、そんなに殺伐とした世界では無いから、倒さなくとも良い気もするが……
いざ、倒さなくてはならなくなった時には誰が倒すのだろう?
新しいヒロインでもわいて出るのだろうか?
そのヒロインはクリストファーを誘惑するのだろうか?
分からないよね。今は何にも。
「義兄様、お待たせしました。」
部屋の扉を開き、王族でありながら廊下に立たされ待たされるというぞんざいな扱いを甘んじて受けているクリストファーの前に立った。
「アヴニール!!君の濡れた様に艷やかな黒髪と、青空の様に澄んだ瞳に良く似合うよ!!」
「いや…革の鎧が似合うなんて言われても、別に嬉しくも何とも無いんで。」
8歳の少年を口説かないで下さい。
15歳の美少年。しかも姉の婚約者で王子様。
「では、アヴニール早く出発しよう!シャルロットの淑女教育の時間が終わって帰って来る前に!!」
急かす様に転移魔法陣のある地下への階段に向かおうとするクリストファーに、シグレンが呆れた様に呟いた。
「殿下、アヴニール様を独り占めしたいからと焦り過ぎです。
魔獣を狩る前にアヴニール様が疲れてしまいますよ。」
歩幅が小さく、早足で急ぐクリストファーの後を駆けてついて行っていた僕の身体を、シグレンがフワリと片腕に抱き上げてくれた。
シグレンは逞しい騎士の青年で、今は26歳だそう。
実年齢、マックス時が25歳独身女性だった僕には一番ドキドキしてしまう相手だ。
「シグレン!私がアヴニールを抱いて行く!」
「あああ!もう!そんなワガママばかり言うなら、義兄様とは、出掛けたくありません!
魔獣を倒すんでしょ!!」
ウザいわ!!ヒロインだった時もクリストファーはウザかったけど、同性になって尚更、歯止めが効かなくなってるじゃないか!
こんなクリストファー殿下だが、僕の事にばかりかまけて姉の事は興味が無く大事にしていないかと言えば決してそうでもなく、互いを婚約者として大切に尊重しあっている…気もする。
いや婚約が無かった事になれば、僕との縁が切れる事を恐れているのか…。
「侯爵様の許可も取ってあります。
さぁ、ローズウッド侯爵様の本邸に飛び、宵闇の森へ向かいましょう。」
危険な場所でもある為に、森には僕の護衛としてローズウッド本邸の兵士も1人ついて来る。
とりあえず一旦魔法陣を利用して、王都から遥か遠いローズウッド侯爵領に向かった。