18話◆お前と、あんたと、僕は友達!分かったな!
僕は助けたニコラウスを連れて、シェンカー大司教様の執務室に向かった。
そこにはリュースもおり、メェム司祭とやらがレッサーキマイラを召喚した時に地下研究所に居たメンツが揃った。
リュースとニコラウスはスタン状態だったから僕があの場に居た姿は見てなかったけど。
「アヴニール君、メェムを口封じに来た者たちを生かしたまま捕らえられなかったのだね?」
シェンカー大司教様はニコニコと優しく微笑みながら僕に訊ねて来た。
リュースと同じで、嘘臭い癒やし系のスマイル炸裂。
現世の日本で見た、営業スマイルよりニ枚も三枚もうわてだけど。
「ゴメン、僕の考えが甘かった。危機感知が徹底してるよ。
アイツら僕の姿に惑わされずに力量の差を測った。
僕の方が上だと分かった瞬間、反撃する事も無く自決したんだ。
捕らえられる可能性を無くす為に。」
普通ならば子どもだと侮って、一回位は飛び掛かってくるもんだと思ったのだけれどね。
秘密を守るために簡単に命を捨てられるなんて、なにそれ。
自分の命より大事って。
て言うか……
乙女ゲームの世界が現実になったら、こんな殺伐としているもの?
いや、前世のヒロインの時も現実だったけど、ここまで暗い裏世界みたいなのは無かったとゆーか。知る事が無かったとゆーか。
この世に悪は魔王ただ一人!魔王を倒したら世界は平和になります
って感じの、お子様にも理解しやすい全年齢対象ゲームそのままに近い世界観だった。
で、ヒロインの自分は最終的には魔王を倒すのが目的だったけれども……
強くなりたい一心で、攻略対象どもとイチャイチャ親密度を上げたりアイテム図鑑を埋める為に素材集めに精を出したり……。
ネチネチと時間を費やしていたし……。
何だかんだで平和だった気がする。
本当に世界が危機ならば遊んでないでサッサと魔王を倒せって話だもんね。
悪が魔王しか居らず、しかもヒロインが倒しに来るのを待っててくれている。そんな世界だったね。
そんな前世で自分は結局魔王を見る事もなく、転生させられちゃったんだけどね。
ビビリの女神に腐れビッチとか言われつつ。
でも、そう考えると……今のこの世界は前世よりも人が持つ悪意や殺意がはっきりと見えてしまう。
傷付く人の姿や、死にゆく人の姿もこの目で見てしまう。
嫌な意味で、より現実的だ。
ヒロイン爆誕!の前に、こんな事件が起こっていたなんて知らなかったしな。
そう言えばヒロインをしていた前世でリュースに聞いた、シェンカー大司教様が視力と片腕を失い、大怪我をしたって、こないだの地下研究所で起こった事件の話……
それ以上の情報は無かったけど、あれって未解決のままだったのかな。
メェム司祭も捕まえられなかったろうし。
ヒロインの本筋に関係無いからスルーって感じだったのか?
でも……今回この世界では、一歩間違えれば攻略対象者であるニコラウスが殺されていたよな。
僕が動き回ったせいで、本来のゲームの筋から大きく脱線してきている。
シェンカー大司教様が無事であり、メェムは捕らえられ、メェムを口封じしようとする何らかの存在がある事を僕らは知った。
僕をヒロインではなく、アヴニールとして過去に転生させたらしい、ビビリ女神以上の大いなる存在は、僕に何を求めているのだろう。
「シェンカー大司教様、捕らえたメェム司祭は何も話さないんですか?」
「話さない…と言うか話せないね。
地下研究所でレッサーキマイラを倒したあの日から意識を失ったままでね……目を覚ます気配がない。
メェムがレッサーキマイラを盗み私を殺そうとした為に捕らえた事は、君の存在を伏せて国王陛下にも報告してある。
国を揺るがす大きな事件となるかも知れない。
アヴニール君は勿論だが、リュース、ニコラウス、君たちも今回の事は内密に。他言は決してしないように。」
何だか釈然としないままではあるが、今は調べようがない。
僕達は大司教様の執務室をでた。
普段は深夜にしか来る事の無い大聖堂。
今回の様に、日中の僕が大聖堂に来る時は邸を脱け出してお忍びで来ているので、他の者の目につく場所には行けない。
では、とリュースが自分の執務室にニコラウスと僕を招いてくれた。
僕はリュースの執務室に入るのは2度目だ。
前回はアイテムを取りに行く時に、この部屋の窓から飛んでって帰って来た。その程度。
だもんで、じっくりリュースの部屋を見た事が無かったが…。
リュースの執務室の至る所に、見覚えのあるアイテムが飾られている。
「へー。リュースは……オシャレなアイテムをいっぱい持ってんだね…」
クリスタルのペン軸の万年筆、女神をかたどった陶器の人形、リコリスの押し花━━
ゲームの中でプレゼントする事によって、リュースの親密度を上げる為のアイテムばかりがキレイに本棚に飾られている。
ヒロイン、ゲーム始まる前から来てんの?リュースに会ってんの?攻略行為を始めてんの?マジか。早いな。ガツガツしてるなぁ!
「それは…信者の方が!
…私は、その方に対して何も思い入れもなく…!
アヴニールが不快に思うならばすぐ処分します!」
リュースが焦った様に弁明を始めた。
浮気が見つかった男みたいなキョドり方してんだけど。
何で僕が、リュースがプレゼントされた物を飾ってる事を不快に思うなんて考えるのさ。やめてよ。
「いや、不快なワケ無いじゃん。
リュースが貰ったモンだろ?大事にしてあげなよ。」
今はまだ気持ちがヒロインに傾いて無いかも知れないけど、学園に入ったらキャッキャウフフな関係になるかも知れないんだし。
むしろ、なって欲しいし。
「アイツのプレゼントは何だか気味が悪いんだよ。
俺にも色々くれようとするんだけれど、俺の好みを熟知していて逆に「何で?」って気持ち悪くなる。」
胸の前で腕を組み、眉間にシワを刻んだニコラウスがブスッとした顔で言う。
なるほど、ヒロインのイチゴ姫はゲーム開始前からリュースとニコラウスの攻略にいそしんでいたワケですか。
気が早ぇぇ。フライングし過ぎだろ。
まぁ、我々プレイヤーには攻略本という強い味方もおりましたのでね。気持ちは解らなくもないけど。
僕も知ってるわ。攻略対象者どもの好みのアイテム。
「じゃあ、ニコラウスは受け取ってないんだ?その人のプレゼントを。」
「良く知らない奴がくれるモンなんて、気味が悪くて持っていたくないに決まってんだろ。」
ブスッとした表情のまま答えたニコラウスの指に、僕が渡したビーズ細工の指輪が嵌ったままなのに気付いた。
僕は何も深く考えずに指輪を見たのだが、ニコラウスは何気なく向けた僕の視線に気付いた。
「こ、これは別だから!これは!……これは……これは大事で……」
言い訳をするようにして指輪をした手を腰に回して隠したニコラウスは、見る見る顔を赤く染めていった。
ニコラウスは、今日初めて僕の顔を見たのだから、まだ僕の顔に違和感があるのかも知れない。
人見知りらしいから緊張してんのかもな。
「うん、防御力が上がるアイテムだから大事だよね。
もっと良い装備が手に入るまで使ってればいいよ。
新しい装備が手に入ったらサッサと売り飛ばしていいからね。」
「「売らないに決まってるだろ!!」」
リュースとニコラウスが声を揃えて言った。
何でリュースまで………あ、そうか同じ指輪を彼にも渡してたな。
「…まぁ、大事にしてくれるなら、それはそれで…うん。」
そうか、戦いに役立つアイテムと、飾るだけのアイテムでは価値が違うよな。うん。
それにしても……ヒロインの印象が、あまりにも良くないのは何でだろう。
やはり学園に入ってから親密度ゼロからのスタートになるから、今はゼロのままで、どんなアプローチしてもなびかないって事なのかな。
そして僕のステータス画面の親密度の項目。
ロックされていて見れないんだけれど、他のステータス同様に前世を引き継いでてMAXな気がする。
学園入学時に、そこだけはリセットされて欲しい。
この日を境に、僕が大聖堂地下の研究所に来る時にはリュースと一緒にニコラウスも現れる様になった。
僕がそう提案したのだが、最初は渋々とニコラウスを連れて来ていたリュースだったが、その態度を見た僕があからさまに不機嫌になるので、僕に嫌われたくない一心でそういう態度を見せなくなった。
僕は二人を友達だと言った。
だから3人で居る時は互いを呼び捨てで、敬語も無し。
そして、なるべく3人揃って会うと条件をつけた。
僕に心酔しているリュースや、赤面状態で恥じらう乙女の様に無言になってしまうシャイボーイのニコラウスのどちらかと二人きりなんてゴメンだ。
色々気を遣わなきゃならんくて面倒くさい。
さすがに一ヶ月も経つ頃には二人とも慣れて落ち着いて来て、二人きりになっても気を遣わなくて済むようにはなったけど。
地下の研究所に3人で集まるようになって2か月程した頃。
「……俺は……せっかくアヴニールと知り合えたのに……
春には学園に入ってしまい会えなくなるのが……ツラい。」
アイテムを作っている僕の横で魔法書を読んでいたニコラウスがポツリと呟いた。
ニコラウスの呟きを聞いたリュースが思い出した様に重い溜め息を吐く。
「そうですね……アヴニールと会えなくなるなんて……。」
「しかもあの、アカネ嬢と同級生になるとか…気が滅入るよな。」
二人の会話を聞き、イチゴ姫の名前がアカネだと知った。
まんま日本人って名前だよな。
「来年は僕も学園に入学するよ?
大好きな姉様が学園に入学するから、僕も一緒に入学するつもり。」
そう、そのアカネ嬢から姉様を守るために。
いや逆?姉様がアカネ嬢を苛めて悪役令嬢にならないように??
「えっ、学園は15歳にならないと入れないのでは…。」
驚くニコラウスに僕は首を傾けてニコッと微笑んだ。
「クリストファー殿下の提案で、来年春には12歳から入れる中等部が出来るんだ。
僕はそれに伴い、9歳で飛び級制度扱いで試験を受けるんだよ。
だから姉様と一緒に学園に入学出来るんだぁ。ふふっ。」
「……天使……」
リュースとニコラウスが手で覆うように口を押さえた顔を僕から背けた。
いや、何で二人とも顔が真っ赤になってんだよ。ぷるぷるしてんだよ。
「ま、まぁアヴニールの実力ならは試験は余裕だろうが…そうか、君の姉上は俺達の同級生になるんだ?」
「アヴニールの姉君でしたら、さぞ美しい方なんでしょうね。」
大好きな姉様の話をする僕は、顔が綻び笑顔かこぼれてしまう。
僕の心情としては
━━私の可愛い妹みたいなモノよ!
クリストファーと無事、結婚してもらうわ!
悪役令嬢なんかにさせないから!━━
てな感じでもあるワケで……可愛い妹を守りたい気持ちもあり……
「姉様は女神の様に美しい方です。だからといって……
手ぇ出そうなんて、考えたりするんじゃないぞ?」
思わず笑顔のまま凄んでしまった。
背後に、ゴゴゴゴと威圧文字を背負ってます。




