17話◆ヒロイン体質の魔導師、変態と呼ばれる元ヒロイン。
「アヴニールの事を国王陛下とその周りの方々だけは知っていると父上がおっしゃっていたが……
なぜ、あんな敵に塩を送る様な真似をしてしまったんですかね。私は。」
ニコラウスと別れた後のリュースは、執務室に一人でこもり仕事を片付けながら深い溜め息をついた。
━━ニコラウスの父親である宮廷魔導師のサンダナ様は侯爵であり、国王陛下の側近の一人だ。
国王陛下の側近であるサンダナ様ならばアヴニールの事を知っているに違いない。
ニコラウスはサンダナ様によって、イワンがローズウッド侯爵嫡男のアヴニールだと知るだろう。━━
この国で大司教という高位にあるシェンカー家は国での地位は高いが、貴族家ではない。
シェンカー大司教自身ならばともかく、少年でありながら司祭という肩書きを持つリュースであっても、国王陛下の側近である貴族のサンダナ家の嫡男ニコラウスよりは立場が劣る。
「彼が、自身の立場を利用してアヴニールを私から遠ざけ、独り占めにし……なんて事はしないと思いますが…。
ああ、こんな事で不安を感じてしまうなんて……。」
━━この私が誰かに…このように執着してしまうなど…━━
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リュースの予想に反し、数日経ってもニコラウスは父親にイワンの事を聞く事はなかった。
あの日以降ニコラウスはリュースにイワンの事を詰め寄る事もしなくなった。
以前と同じ様に大聖堂に来たニコラウスは、親友であるリュースの元を訪れてリュースが仕事をしている間は大聖堂の庭の一角、木の根元で魔法書を読みふける。
人が苦手なニコラウスは邸に居ると使用人達と顔を合わせる事すら避け、部屋に閉じこもり出なくなる。
息が詰まる邸を出て毎日の様に心を許す親友のリュースの元を訪れるニコラウスは、リュースの時間が空くのを待ちながらの一人読書をして過ごす時間が好きだった。
ニコラウスにとってリュースは唯一心を許せる相手であり、素性を知らないイワンよりも大切な存在だ。
ニコラウスは木の幹に背を預け、膝の上に乗せた本を開く。
「イワンの事は気になるけど…
レッサーキマイラ窃盗の賊が捕まり、大怪我をなさったというシェンカー大司教様も無事に過ごされている。
……今は平和な時間が戻った事を喜ぶべきだ。」
大聖堂の敷地内の広い庭には、庭を彩る多種の花の香りを乗せた良い風が吹く。
いつもの花の香りに混じり全く別の香りが、本を読み始めたニコラウスの鼻腔を不意に擽った。
「イワン!?イワン!!」
洞窟内で行動を共にしていた、桁外れの力を持つ自称大人の可笑しな少年。
ニコラウスはその可笑しな少年が身に纏うのと同じ香りを微かに感じた。
姿を確認しようと木の根元から立ち上がったニコラウスの前に現れたのは少年ではなく、助祭の衣装を身に纏う3人の男達だった。
「……イワ……ん?誰だ…あんたらは……」
大聖堂の広い敷地内にある庭の一角、人目につきにくいその場所はニコラウスのお気に入りの場所だ。
滅多に人の来ないこの場所は死角となる。
「なぜ、地下の牢に続くこの場所に人がいる。」
「たまたま居ただけかも知れんが、我々の姿を見られた。」
「ああ口を封じねばならん。だがこの場所で殺すのはまずい。」
聖職者の法衣を身に纏ってはいるが、大聖堂に入り浸りのニコラウスには全く見覚えの無い男達が3人。
会話の内容から危険を察知して後ずさるニコラウスに向け、男達は魔法の詠唱を始めた。
「殺すって…!」
突然向けられた殺意に、ニコラウスの反応が遅れる。
逃げる事はおろか、魔法を防御する事も出来ないまま投げ付けられた魔法によりニコラウスは声を奪われ、身体を麻痺させられた。
ガクッと膝をつき、前のめりに倒れたニコラウスの身体を地面に押さえつけるように、男が背中を踏みつける。
動きのままならない身体で地面に伏したままニコラウスは男達を見上げるように眼球だけ動かした。
━━逃げなきゃ殺される!?こいつら何者なんだ…
何で俺が殺されなきゃならないんだ!━━
「っ………………」
「おい、このガキ……メェム司祭がレッサーキマイラを倒されて大司教に拘束された時に地下に居たガキだ。」
「大司教のガキと一緒にスタン状態になっていたもう一人のガキか。
大司教の身内か?ちょうどいい、メェム司祭の囚われている場所まで人質にとして同行させよう。」
ニコラウスは後ろ襟を掴まれると地べたに這いつくばっていた身体を引きずる様にして無理矢理立たされ、そのまま男の肩に担ぎ上げられた。
声も出せず、一切抵抗の出来ないニコラウスは男の肩の上でダラリと四肢を脱力させたまま悔しさに唇を噛もうとしたが、麻痺した身体はそれさえままならない。
男達はニコラウスを連れたまま、大聖堂の裏からニコラウスが立ち入った事の無い場所へ行き、隠し扉を開いて中に入った。
ニコラウスは、いつも自分がお気に入りの読書の場所が、こんな場所に続くとは知らなかった。
大聖堂の地下に、牢があるとは━━
男達は薄暗く湿ったカビ臭い廊下を奥へと進んで行く。
ニコラウスは自身の力の無さを悔やんだ。
一切の抵抗も出来ずに、こんな簡単に賊の手に落ち、このまま何処かで殺されるなんて━━
「……待て、誰か来る。」
男の一人が足を止めるよう二人に促した。
カツン━━小さな足音が聞こえ、暗い廊下の奥から誰かが歩いて来る気配がする。
人質であるニコラウスを肩から下ろし地べたに座らせ、首に短剣の切っ先を当てる。
男達は身構えると、廊下の奥から歩み寄る人物を警戒した。
カツカツと足音が近付く。ニコラウス達の立ち止まった場所から数メートル離れた場所で足音が止まり、足音の主が魔法で光球を出した。
明るくなり視界が開け互いの姿が確認出来た所で、足音の主が声を掛けて来た。
「ニック君、お困りの様ならば、再び私が助太刀致そう。」
洞窟でニコラウスに掛けたと同じ様な台詞を吐き、貴族の坊っちゃんの履く様なサスペンダー付きの上質の半ズボン姿で薄暗い廊下の奥から現れた小さな人は………
顔を隠す為であろうか、目の部分だけを覆う様な大きな黒い蝶のマスクを装着していた。
━━いや、コレ、ただの変態だろ!!!!━━
声の出せないニコラウスが、心の中で思わず叫んだ。
「……なんだ、頭のおかしなナリしたガキがいるぞ。」
「肩つりの半ズボンに蝶のマスク。なんて姿だ。このガキ変態か。」
「姿もおかしいが、言葉遣いもおかしいぞ。このガキ。」
自身を殺す為に拐かそうとしている賊の言葉ではあるが、心の中でニコラウスは激しく頷き同意せざるを得ない。
「……ガキガキって……こう見えて大人なんですよ!私はね!!」
顔の上半分を覆う黒い蝶のマスクを付けた、自称大人の半ズボン変態少年は、ツカツカと歩いて男達に近付いて来る。
身構えた男の一人が少年を指差し、声を上げた。
「そのナリで大人だと?だったら、尚更変態じゃないか!!」
「うるさい!僕にもな色々と事情があるんだよ!事情が!」
変態と呼ばれて変態少年もイラッと来たのか、負けじと声を上げる。
ニコラウスに短剣を突き付けている男以外の二人が身構えた。
一人は短剣を構え、もう一人は魔法を唱えた始める。
ニコラウスを担ぎ上げた男も詠唱し、二人同時に少年に向け魔法を飛ばして来た。
「麻痺しろ!!」「声を失え!!」
魔法を飛ばしたと同時に短剣を構えた男が、動けなくなった少年を捕らえようと飛びかかる。
ニコラウスが抵抗する間もなくストンと容易く落ち、捕らえられてしまった身体の自由と声を奪う魔法は、蝶のマスクをした小さな変態によって、ハエを叩く様に手の甲でペシッと短剣と共にはたき落とされた。
「うっさい!そんなもん効かーん!」
男達が起こった事に理解が及ばぬ内に、変態少年は既に無詠唱で両手の平の上に練り上げ終えた魔法を3つに分けて宙に置いた。
「次は僕の番!麻痺、沈黙、まとめて3人分!お返しするよ!」
「!!!!ー!ー!!ー!ー!!!!!グハッ!」
「ぐぼぉッ!」
ニコラウスを人質にしていた男がジメジメとした床にドサリと倒れ、壁に寄り掛からせられたまま身動き出来ないニコラウスの前でのたうち回る様にして暴れ、そのまま絶命した。
「えっ!僕まだ、魔法使ってな…あー!!しまったぁ!!」
3人の男達は、変態少年イワンがペシッと手を動かすだけでいとも簡単に魔法と短剣とをあしらったのを目の当たりにした瞬間
早々に少年の力量を判断し、囚われる前に自ら命を捨てる決断をした。
自身の身体にある自決用の何かを発動させたようだ。
顔を背ける事も出来ないニコラウスの前で、助祭姿の3人の男は口から血を吐き、心臓を掻きむしる様な姿で事切れていた。
━━ヒイイ!こっこわっ!死に顔こわっ!目を逸らせない!━━
頭の中でパニック状態のニコラウスをよそに、練り上げた魔法を放つ前に男達に死の世界へと逃げられてしまった変態少年はハァーと溜め息をついた。
「メェム司祭を口封じに殺しに来た奴ら、生け捕りにするよう言われてたのに失敗したぁ……あーあ…。」
蝶のマスクを着けた半ズボン姿の少年は、動けないニコラウスの前に来ると、ニコラウスの身体の自由を奪っていた魔法の効果を解除した。
「大丈夫?……声出せる?痛い事とか、ヤラシー事されてない?
もしかしてニックはヒーロー待ちのヒロイン体質か?
やたらとピンチを呼び込むよな…。」
「……痛い事はともかく、何でヤラシー事されるんだよ……と言うか、イワン……?どうして此処に……。」
ニコラウスにイワンと呼ばれ、少年の顔に張り付いていた黒い蝶のマスクがヒラヒラと羽ばたいてニコラウスの頭にとまった。
「イワンはその蝶の名前なんだ。嘘ついててゴメンね。
僕の本当の名前ははアヴニール・ローズウッド。
改めて、よろしくね。ニコラウス。」
「ローズウッド?あの、ローズウッド侯爵家の…」
艷やかな黒髪に明るい青の瞳。幼い子どもというには余りにも大人びた表情の美しい少年は、ニコラウスに向け綺麗に微笑んだ。
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あれは数日前の事だ━━
再びアイテムを作りに大聖堂の研究所を訪れた僕に、リュースが自身の胸の内に抱えた不安を聞いて貰いたいと言って来た。
いつも世間ではニコニコと嘘臭い癒やしスマイル顔のリュースは、僕の前では素の表情を見せる。
珍しく物悲しい表情を見せたリュースが口を開いた。
「ニコラウスが…イワンを求めて探している。
イワンが君だと知れば…君を私から引き離し、君を独占したいと思うかも知れない……。」
「……は?リュースは、なに言ってんの。
何で僕がニコラウスに独占されんの。そもそもリュースから引き離すって何だ。
僕らは恋人じゃないだろ。……BLかよ。」
ハッキリ言って、ドン引きした。
手に持っていた出来上がったばかりのポーションが、ポロッと落ちて割れてしまった。
「だが、彼の父は国王陛下の側近で侯爵だ!息子の彼にはそうするだけの権力がある!」
「そんな権力も権利も無いよ!第一、僕のウチも侯爵だからね!
つか、無理矢理引き裂かれる恋人みたいな言い方すんな!
はじめて生身の人間に執着したからって、気持ちをこじらせ過ぎなんだよリュースは!」
今更だけど、リュースはリュースでニコラウスとは全く別方向で人嫌いだった。
ニコラウスみたいに人を避けるのではなく、外面良く人と上辺だけで付き合い、実は誰にも興味が無い。
だからこそ、興味を持ってしまったらとことん心酔する。
「だけどニコラウスは君を……!」
「あのねぇ!ニコラウスが僕をどうこう出来る位なら、クリストファー王太子殿下がとっくに僕を独占してるよ!」
「………で、殿下が?殿下までもがアヴニールを……そんな殿下を相手になんて…。」
自分で言ってイラッとする。
何でヒロインでなくなった今も、攻略対象どものハート鷲掴み状態なんだ僕は。ウゼ。
しかも男同士だし、僕はまだお子ちゃまです!
そんな目で見るんじゃない!
「みんな、ただのお友達!恋敵みたいな言い方すんな!!
独占するとかされるとか、無いから!!!」
研究所を利用したい僕と、貸し出す側のリュース。
これはシェンカー大司教を含み3人だけの秘密の契約。
秘密の共有を、絆かなんかに置き換えてんのか?
自分は特別なんだと。ウザい。ウザいよ!
「面倒くさいので、ニコラウスにも僕の事を教えます。
言っとくけど、僕は誰かと個人的につるむ気は無いからね!」
そう、僕とニコラウスが同じ日に大聖堂に居たら、もう素性をバラして挨拶して、改めてお友達になりましょうって、そんだけのつもりだった。
何で僕はまた、ニコラウス姫を助けてしまってるんですかね。
なんで、薄暗い廊下から出て来た今も頬を染めたニコラウスに見られてんですかね。僕は。
勘弁して下さいよ。




