15話◆腹黒癒やしの司祭様と討伐デート。
討伐デートの約束をした正午、僕は自室の内側から鍵をかけ窓から飛んで大聖堂に向かった。
大聖堂の敷地内に降り立った僕は、地下研究所までステルスという名の隠密魔法で姿を隠して歩いて行った。
日中だという事もあり、地下研究所には人が多い。
何だか人がたくさん居てごちゃごちゃしている上に、至る所から興奮気味の声が飛びかう。
「何だこのアイテムは!初めて現物を見たぞ!」
「こちらの素材も、以前あった物より質が段違いに良い!」
「誰が一体、こんな物を置いて行った!」
━━ボクでーす。それ全部ボクが置きましたー。━━
って名乗れないので、姿を隠したまま黙ってリュースを探すが研究所には居ない。
この時間は参拝者も多いから、祭壇の所かも知れない。
僕は姿を消したまま、お祭り騒ぎ状態の研究所を出て階段を上り、礼拝堂の方に向かった。
リュースは長い水色の髪が目立つ美形なので、遠目でもすぐ見つかった。
もう一人の赤い髪が目立つ美少年と一緒に居るので余計に目立つ。
つか、お前ら目立ちまくりだ。注目の的じゃないか。
「リュース!イワンはどこに居る!!」
赤い髪の少年ニコラウスは、礼拝堂の隅でリュースの法衣の肩のあたりを掴み、リュースを睨む様にして詰め寄っていた。
「落ち着いて下さいニコラウス。
なぜ、私にイワン君の事を聞くんです?
イワン君はニコラウスが洞窟で会った少年でしょう?
会った事も無い私が彼を知るワケ無いじゃないですか。」
困った様な柔らかい表情で、ニコラウスをなだめる様に平然と嘘をつくリュースの優しい顔が、僕にはもう偽善者ツラにしか見えない。
ゲーム設定に描いてあった癒やし担当ってのは、外ヅラだけだったんだな。
「嘘をつくな!いっつも都合の悪い事はそうやってはぐらかして!毒気の無い笑顔を振り撒いて誤魔化しやがって!
シェンカー大司教様とリュースは、イワンを知っている筈だ!
なぜ隠す!研究所のアイテムはイワンが揃えたんだろう!
彼以外に、そんな事を出来る者は居ない!」
さすがは長年の相方、ニコラウス。
リュースに裏の顔がある事を知っている様だね。
でも、毎回まんまとはぐらかされている様子。
つかニコラウス、イワンイワンて……どんだけ僕を意識してんの。
「はぁぁ……ニコラウス。仮に…そうだったとして、貴方がそこまで彼に会いたいと、こだわる理由は何ですか?
洞窟で助けて貰ったお礼がしたい?
彼の強さに憧れ弟子入りでもしたくなりました?
そうは見えませんよ。」
「そっ…それは…イワンが……」
溜め息混じりにリュースに問われたニコラウスは言い淀み、都合の良い答えを探して目線が泳ぐ。
リュースは口元を手の平で隠し、手の平の内側で口角を上げ笑った。
「貴方のそのイワン君への態度は…独占欲。そして強い執着心。
恋でもしましたか?男性の貴方が、幼い少年に。
だとしたら…滑稽な話しですよねぇ?フフフ…。
ああ、貴方は人が人に好意を寄せる事を馬鹿にしてましたね。
では、彼の能力を独り占めして利用したいだけとか?」
「リュース!!お前、俺を馬鹿にして…!!……ッチッ!」
一度はリュースの胸ぐらを掴みかけたニコラウスだったが、多くの野次馬の視線を集めてしまい我に返った。
あからさまに苛立ちをあらわにしたニコラウスは舌打ちをし、肩辺りを掴んだ法衣から手を離すとリュースから離れて行った。
姿を隠したまま二人の修羅場的なやり取りを見ていた僕は、前世ヒロインだった時のニコラウスの攻略イベントを思い出していた。
「そういやニコラウス…自分の時間も労力も費やして、誰かを想うなんて馬鹿馬鹿しいって捻くれたヤツだったな……。」
幼い頃に、自分に向けられた人の好意が全てまやかしだと気付いた時のトラウマだか何だったか……。
その一方で、人の愛に飢えていた彼は恋に落ちたらベタ甘になる。
そんなニコラウスが、顔も素性も分からない怪しい少年に執心するなんて不思議だ。
そして、大親友の二人がこんな風に揉める姿もゲームでも前世でも見た事が無い。
ニコラウスが立ち去り、遠巻きに見ていた野次馬も散り散りとなり、一人残ったリュースは乱れた法衣を整えて自身の執務室に向かった。
僕は姿を隠したまま後をつけて行き、誰の気配も無い事を確認した後に執務室の前で姿を現した。
「リュース、約束の正午を過ぎてるんだけど。」
急に現れた見知らぬ少年に声を掛けられたリュースは、自身より低い位置にある少年の顔に目を向け、少し驚きの表情をした。
「……イワン君?それが君の素顔なんですか……」
僕は顔を隠さず、普段の貴族少年の普段着姿でリュースの前に立って、空色の目でリュースを見上げていた。
リュースは何かに驚いた顔をしている。
「白々しいよね、リュースは。
どうせ、シェンカー大司教様から聞いているんでしょ?
僕の素性。
シェンカー大司教様とリュースにバレてるのは諦めてるよ。」
「ええ、名前だけは知ってました。顔は初めて見たので……
では二人きりの時はアヴニールと呼んでも?」
二人きりって…周りの目を気にして公言出来ない、隠れた恋人同士みたいな言い回しをやめてもらいたいが……。
つか、顔を初めて見たから何だってんだ。
「いいよ。僕もリュースと呼ばせて貰ってる。
互いに敬称も無しでね。
とにかく時間が勿体ないから行くよ。」
「行くって、どうやって……うわ!」
僕はリュースの執務室に一回彼を押し込んで内側から鍵を掛けた。
僕が邸を抜け出して来たのと同じ方法を使う。
窓を開いて、ステルス魔法で姿を消して飛空魔法を使い、現地へ飛ぶ。
「飛空魔法!ニコラウスが使っているのは見た事がありましたが…!術者自身以外の者も飛ばせるとは…!」
「ニコラウスもレベルが上がれば、2〜3人運べる様になるよ。
あ、先に言っておくけど…僕の能力についての詮索はしないで。
これは女神の力でも無いしね。」
研究所を使う為に、シェンカー大司教様に素性をバラす必要があったのは仕方無い。
だが、後は研究所を使わせて貰う代わりに素材を調達する。
これだけの契約。
今回は特別なサービスって事でリュースを同行させたけど。
情報は与えないし、僕と女神を紐付けられるのも嫌だ。
「飛んで現地に行くと言う事は……
強い魔法使いは転移魔法も使えると聞きましたが、君は使えないのですか?」
「今は使えないみたい。」
アヴニールになってから、転移魔法にロック掛かってるんだよね。
ヒロインの時には行った場所で、まだアヴニールで行った事が無い場所に行けないのは分かるんだけど…。まぁ、特に困ってないしいいやと思っている。
僕はまず、ジャガーンと呼ばれる猛獣の出る山岳地帯に到着した。
名の通り、ジャガーの様なネコ科の魔獣だ。
レッサーキマイラよりは全然弱いけれど、ニコラウスなんか一撃で殺られる。
攻撃手段の無いリュースなんか、抗う術も無い。
「リュース、ニコラウスに渡したモノと同じなんだけど、防御力が上昇する指輪。嵌めれる?」
リュースは渡した指輪をすんなりと指に嵌めた。
おや、ニコラウスと同じくレベル5以下だと思っていたら……
「私のレベルは8ですね。先日、父上がレッサーキマイラを倒した際に上がったようです。」
ああ、シェンカー大司教様とのパーティー扱いでレベル上がったのか。
「だったら、そこまでリュースの防御に気を遣わなくていいね。僕はただただ倒して行くから、リュースは自己防衛に専念しといて。」
僕は現れたジャガーンを父上から貰った剣で倒し、残りのカレーの材料達も順に見つけては剣で倒して行った。
魔女カレアだけは出現場所が違う為に移動し、倒すと言うよりは盗むというスキルを使い、ショールを奪い取った。
二時間程で全てのアイテムが集まり、休憩を取ろうと近場の川原に降り立った。
僕は素足を川に浸して一息つく。
「私のレベルが11に上がってます。
アイテムも全て揃ったし、助かりました。アヴニール。
……攻撃魔法、一切使いませんでしたね。」
「見たかったの?
魔法なら、ニコラウスの父上のサンダナ様の魔法見た事あるでしょ。」
わざわざ魔法使わなくても、剣で簡単に倒せるのばかりだったから使わなかっただけなんだけど。
やはり、神聖系とは言えリュースも魔法を使う者だし、魔法が見たかったのかな。
魔法なら、ステルスと飛空見せたからいいじゃん…。
「攻撃魔法より…父の…ちぎれ掛けていた腕を治した魔法が…あるんですよね?」
エクストラヒールの事か……聖職者ならば、気にならない筈がない。回復系の神聖魔法の最上級魔法。
しかも伝説の中にしか出てこないような、おとぎ話の様な魔法だ。
それを見たいと……。
僕は川に浸した素足を蹴り上げて、リュースに水を飛ばした。
「僕の能力についての詮索は許さないと言ったよ。
知りたいなら、そんな僕とパーティーを組めるような見合った実力を身につけてよ。」
水飛沫を頭から被ったリュースは、髪の先に水滴を滴らせながら微笑む。
水も滴るイイ男……というか美形。
たかだか15歳の小僧が、この色気。なんかムカつくわ。
「確かに……約束を違える訳にはいかないですね。
申し訳ありませんでした。」
リュースは法衣が濡れるのも構わず、川に足を浸した僕の前に来て川の中に跪き、僕の素足を手に乗せると足の甲にキスをした。
少年が、幼い少年の足にキス。
━━変態か!!!━━
「詮索はしません。許して下さい、アヴニール。」
僕は硬直したまま暫く動けなくなった。
ヒロインの時だって、唇で肌に触れられるなんて手の甲以外、こんなキワドい事された事無かったし。
「………真っ赤………ですよ?……アヴニール……。」
赤くなっているらしい僕の顔を見たリュースは、つられたように自身も顔を真っ赤に染め上げた。
何だか女性の扱いに慣れている様な行動を平然とやってのけたリュース自身が、自身も照れる様な事は初めてだったらしく、熱を持った自身の顔に戸惑いを隠せない。
バッと自身の口元を押さえるリュースは、川の中から立ち上がり僕から距離を取り背を向けた。
━━はぁ!?自分であんな、恥ずかしい行為をしといて、照れるとか意味不明なんだけど!━━
「と、とにかく!アイテムは入手したし帰るからね!
僕も午後のティータイムには部屋から出ないと父上に怪しまれるから!」
僕は濡れたままのリュースをフワリと浮かせて帰路についた。
心無しか、帰りは飛行速度が増していた気がする。
大聖堂に到着する頃には、全身濡れていたリュースが乾いていた。
姿を消したまま、窓からリュースの執務室に入る。
床に降り立ったリュースは、自身の指から指輪を抜こうとした。
「アヴニール、先ほどお借りした指輪を返します。」
「返さなくていいよ。ニコラウスにもあげたのだし。
……それよりリュースさぁ、ニコラウスと喧嘩すんなよ。」
僕の中では、二人は仲が良い幼馴染みで大親友。
それがゲームとしての設定上だけの事だったとしても、仲違いしている姿を見るのは、あまり気分の良いものでは無い。
「仲は良いのですがね…。でも、仲が良くても譲れない物は譲れません。」
「譲れない?意見の食い違いの事?
リュースって、ニコニコ優しく微笑んでて女性受けがいい癒やしの人だけど、中身は意外と頑固だったんだね。」
「ええ、……譲りたくありません。」
肯定する様に微笑むリュースの熱い視線が、僕に注がれている事に気付かなかった。




