14話◆癒やし担当の司祭様は腹黒。
シェンカー大司教様がお帰りになった後、僕は父上に何があったのかと尋ねられた。
どこまで話して良いものだろう…深淵のへさきの洞窟内にまで行ってレッサーキマイラを倒した事を言っていいものか……
いいや、言っちゃえ。
「たいした事じゃ無いんです。深淵のへさきの洞窟で魔導師さんを助けたら、大司教様のお知り合いだったみたいで。
で、そのツテで大聖堂に見学に行きましたら魔物が暴れていまして大司教様がお怪我をなさったので、ちょい強ヒールで回復してあげました。」
レッサーどころか上位種のエンペラーキマイラだって、ワンパンは出来ないけどソロで倒せちゃうもん。
極弱者だと偽るのもシンドい。
僕は、エクストラヒールの事だけを隠して、深淵のへさきでの事、大聖堂の地下での事を父上に全て話した。
一応、神託を受けたって事にしてはあるので、この異様な才能に関しては深く追及されなかったけど…。
「アヴニール、お前の力は……この世界を脅かす者が現れた時に、この世界を救う力の一端となるやも知れん。
国王陛下と、その側近の方々にはお前の事をある程度報告させて貰ったが、シェンカー大司教に知れたのは…あまり好ましくない。」
「はい、僕もそう感じました。」
強い力は神の御業であり人の手に余ると考える教会の者達は、人々の幸福を願う一方で、その力は教会が管理するべきだと思っている。
建国の歴史書でも、奇跡に近い事象の起こった部分は、女神の為した業だと本来王城にあるべき歴史書の一部を大聖堂が所有し保管していたりする。
「ですが父上、そのような危機が訪れるならば先日話してくださいましたレクイエムの乙女とやらも現れるのではないでしょうか?
その方が現れたら、僕なんて役立たずですよ!」
「役立たずなワケ無いだろう。レッサーキマイラを一人で倒せるだけで、王城の兵士数人分の攻撃力じゃないか。
乙女が現れたら……お前もそこに集う勇者の一人なのかも知れないな。」
━━それは絶対無いよ父上。
僕、今世は男として生きていくつもりではあるけれど、あんな苺の駄菓子みたいな女子を好きになる事は絶対に無いから!━━
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シェンカー大司教様が邸に来た次の日の深夜、僕は大聖堂の地下に来た。
前回同様にイワンに黒装束に変化して貰い、闇に紛れる様にして研究所に入る。
広いドーム状の地下には、魔石や植物、武器や魔術書、魔物の部位等がズラッと並べられている。
所々すき間があるのは、利用したから現物が無いのか、まだ入手出来てないのか……。
少し入手しにくいアイテムの空きスペースに、自分の持っているアイテムを置いて補充していく。
状態もクォリティも断然上だと思う。
「さて、魔法武器を造る鍛冶場を借りよう。」
僕は先日入手した蘭鉱石をインベントリから取り出し、炉に入れた。
武器鍛造は高レベルになったヒロインが取得出来るスキルだ。
今更だが、前世でヒロインをやっていた僕はレベルMAXになるまでよくまぁ頑張ったもんだ。
乙女ゲーム側のユーザーの為に、低レベルでクリア出来てしまうこのゲームは中盤辺りから強い敵が減り、倒しても倒してもレベルが上がりにくくなる。
そんな中で、よくまぁMAXまで頑張ったな。自分。
あんなにウザい男達に纏わりつかれながら。
「分かってる…アイテム図鑑とか、スキルとか、埋めていく事に幸せ感じるタイプだからね。僕…。」
コンプリート目指して、ネチネチやっていた結果だよね。
炉から出した蘭鉱石を叩いてのばしてを繰り返していく。
魔法の力も練り込みつつなんだけど、この世界の仕様だから本当の鍛冶とはやり方が違うんだろうな。
スキルを持って現世に戻れても、刀鍛冶とかにはなれなさそう。
今の僕に必要なのは、小さな僕が持ち易い長さである事と、強度だけ。とりあえず本気で僕が剣を振っても折れなきゃいいや。
「……………蘭鉱石を使った武器って、こんなんだったっけ?」
刀身が透明の水晶みたいになって、傾けると虹色に輝きを放つ。
無意味に派手だし、目立つじゃないか!
よほどの時だけ使う事にして、普段はインベントリに隠しておこう。普段は父上のくれた剣で、力を抑えながら使えば……。
「誰です……?こんな深夜に研究所を利用するなんて。」
光の魔法がフワリと僕を照らす。
顔を隠し、忍者の様な黒装束に身を包み、ド派手な剣を手にした僕は、ハッと声の方を振り向いた。
この、オットリ、やんわりした口調。よく覚えている。
少年司祭のリュースだ。
僕、完全に怪しい侵入者だな!!武器を持つ黒装束の曲者!
人を呼ばれる?何か魔法を使われる!?攻撃される?
「……小さいですね。お子様の夜遊びは感心しません。
早くお帰りになった方が良いと思いますよ。」
リュースは特にうろたえるでも騒ぎ立てるでもなく、研究所の椅子をひいて座った。
何だか反応が淡白で拍子抜けした気がする。
「……では、お言葉に甘えて……。」
僕はスススっとリュースの横を通り過ぎて階段に向かう。
リュースは僕の存在を気にするでも無く、ただ無気力に無関心にそこに座っている。
僕は、その姿に見覚えがあった。
前前世でのゲーム画面、前世のヒロイン時代。
まだゲームのスタート地点にも到達していない今、その姿を見るのもナゾなんだけど……
※リュースの悩みを聞いてあげよう!
イベントの始まりじゃないか?これ。
いや、彼の悩みって…自分が力不足で父を助けられず、両眼と右腕を失った父に申し訳ないだの何だのだったじゃん。
無事じゃないか、お前さんのセクハラ親父。
ショタ大司教。いや、シェンカー大司教様。
何の悩みか知らないが……これは来年、学園に行ってからヒロインに任せた方がいい。僕の出る幕では無い。
無いんだよ!!でも、気になるじゃん!!
何を悩んでるのさ!!親父、無事なのに!!
まさか、なんで無事なんだ?が悩みとか言うなよ!!
「リュース様!!何を悩んでらっしゃるのですかね!らしくありませんよ!!」
変な勢いがついてちょっとヤサグレ気味だけど、ヒロインの時と同じセリフでリュースに声を掛けてみた。
「………別に、子どもの貴方に心配して頂かなくとも結構です。」
声を掛けられたリュースは、冷めた顔でフイとそっぽを向く。
こんなキャラだったっけ!?万人に優しい笑顔を向ける、女神の寵愛を受けし癒やしの司祭!!
それが素か!無表情、無気力!無関心!
「…そうですか。確かに、らしくないは間違った表現でしたね。
いつもニコニコなリュース様のが、らしくないんですね。きっと。そいじゃ!」
話したくないなら別に話さなくていーや。
リュースの相談イベントはヒロインの物だし、僕はお呼びじゃない。でも、いつものとって付けた様な張り付いた笑顔より、こちらの方がリュースは人間らしくていい。
僕は階段を登り掛けた。
「待ってください!!忘れていました、これを…!!」
急に呼び止められ、何事かとリュースの方に顔を向ける。
リュースは僕の手に、一枚の紙を渡した。
ラブレターとか言わないよね?
━━じゃがいも、人参、玉ねぎ、豚バラ肉、カレーのルゥ━━
って書いてあるのかと思ったわ!お使いメモかよ!!
『ジャガーンの毛皮、人爆ぜ草、玉硬蟲、バーバラブルの肉、魔女カレアのショール』
魔物を倒さないと手に入らない素材ばかりじゃん!!
「出来る範囲で良いそうなので、調達して来て欲しいのです。」
「はぁあ!?僕に!?これを集めて来いと!?」
「研究所を利用する代わりに素材を調達、そういう契約を君から申し出たと聞きました。」
うっ!!た、確かに言った……
それに、僕の前世でのコンプリート図鑑は、アイテムのイラストは出ているが白黒状態になっており、どんなアイテムか記憶にはあるけど入手した事が無い、エラー状態になっている。
あれをフルカラー図鑑にする為には、もう一度入手するしかない。
だからちょうどイイって言えばまぁ、そうなんだけど納得いかん…!
「……わ、分かりましたよ。じゃあ、今週中には揃えます…。」
「いえ、明日揃えて下さい。そして、採取には私も同行致します。」
「はぁあ!?危険な場所に行くんですよ!?足手まといですよ!」
リュースは椅子に座ったまま脚を組み、顔を傾けてニイっと微笑む。
癒やしの優しい水色の瞳のハズが……水色なのに黒い…!
腹黒い!癒やし感が無い!悪どいわ!その表情!
「イワン君は、レッサーキマイラを一人で倒し、戦闘経験の無いニコラウスを無傷でダンジョン踏破させましたよね?
ニコラウス一人、レベルが上がって悔しいんですよね。
私も学園入学前に少しは強くなっておきたいので、お願いしますよ。新しい武器も手に入ったのでしょう?
何だかキラキラな、お祭りの飾りみたいな剣が。」
見られていたー!!恥ずかしいモノを!!
多分、今、この世界で最強の剣!インパクトと恥ずかしさも最強の剣ンン!!
嘲笑の笑みを浮かべながらリュースが僕に顔を近付け、間近で囁いた。
「明日の正午に、ここに来て下さい。
イワン君とのデート、楽しみにしています。」
な、な、ナンッだ、このキャラ!!
リュースって、こんな性格していたっけ!?
前世の場合は、女が相手だから紳士的な態度だっただけ?
素はこんなんか!?それとも、重傷者の父親に対する負い目から、あんなに控え目なキャラに、なってたのか!?
「……はぁあ……この先も研究所は使わせて貰わなきゃだし、少しは言う事聞いておくか。」
僕は邸に戻り、ベッドに入った。
明日は腹黒リュースと討伐か。
シェンカー大司教様とリュース、腹黒い所そっくりだわ。




