13話◆かつては女神の狂信者。
今日はとても良い天気。
僕が大好きなシャルロット姉様は、母上のご友人の方々と中庭にて薔薇を愛でながら優雅にお茶を楽しんでいる。
僕も一緒にお茶を、とお呼ばれしていた。
美味しいお茶と高級なお菓子、庭に咲く花に負けない位に可愛くてキレイな姉様を見ながらのお茶会。
お天気もいいし、凄く楽しみにしていた。のに。
花もほころぶ姉様の笑顔のかわりに、応接室の長椅子に座る僕の周りにあるのは……
穏やかな笑みを浮かべながら、僕に無言の圧を飛ばしてくる隣に座る父上の氷の微笑。
そして向かいの席には、穏やかな笑みを浮かべながら僕を舐める様に見つめるシェンカー大司教様の黒い微笑。
僕は父の隣の席で、冷や汗をダラダラかきながら強張った作り笑いを浮かべていた。
━━なんで、こんな事になってるんですかね!━━
父上と僕の向かい側の席に座ったシェンカー大司教様が柔らかな笑みを浮かべ、口を開いた。
「ローズウッド侯爵閣下。急な訪問、大変申し訳御座いません。
先日、王城にて陛下より王立魔法学園に新しく中等部を設立なさるとのお話を聞きまして。
よくよく話を聞きました所、閣下のご子息のアヴニール君の類稀なる才能を目の当たりにした王太子殿下が、それをお決めになったと。」
「ははは、確かに我が息子は年齢の割には少々、魔法の才能に長けておりますが、王太子殿下が中等部を設立しましたのは国の若い才能を燻らせたくないとの思いからです。
我が息子の事は全く関係ありませんので。」
クリストファー殿下が国王陛下に魔法学園の中等部設立をねだった理由が、学園でも僕と一緒に居たいからだなんて…そんな事言えないよね。うん。
それに、父上としても国王陛下や、その側近の方々以外には僕の力は隠しておきたいらしいし。
父上は、やんわりとはぐらかす様にシェンカー大司教様の興味を僕から逸らそうとする。
「ですが、この国で一番、女神ヴィヴィリーニア様をお近くで感じる事が出来、加護を受け愛されていると言われておりますシェンカー大司教様に、我が息子アヴニールの事を知って頂けたのは誠に光栄な話でございます。」
父上……僕の事を普通の子どもですよってアピールしてくれてる所、申し訳無いのだけれど。
ごめん…シェンカー大司教様には、もう色々バレてる…。
「…女神ですか。…そんなの別にもう、どうでもいいですがね…。」
小さな小さな声で、シェンカー大司教様が僕を見ながら呟いた。
こっわ……!
女神を妄信していた人が、女神のかわりに僕を妄信するようになったって事?
妄信ってゆーか思い込み激しいと言うか、ストーカー気質だよ、この人。
「ははは、ご謙遜を。
閣下、わたくしはアヴニール君のように幼い内から才能ある者に、我が教会で神聖魔法を学んで欲しいのです。
回復や浄化を促す魔法である神聖魔法は、より女神に祈りを捧げ寵愛を受けた者が習得しやすい。
来年の学園入学までの約一年だけでも、わたくしに彼を預けてはくれませんか?」
逆……だよね。僕を教会に居させて、その間に僕からエクストラヒールを学びたいって事?
この魔法はヒロイン限定魔法で、教えたって覚えられるモノじゃない。
それとも、魔法関係なく僕を側に置いておきたいって申し出なの?
だったら却下だよ。
「父上、僕は姉様と離れたくありませんし、来年には邸を出るのですから、それまでは父上や母上の側に居て、邸を離れたくありません。
シェンカー大司教様………ご理解頂けないでしょうか。」
僕は、子どもらしくウルッと不安そうな表情で隣の父上に訴えかけてから、強い威圧を向かい側のシェンカー大司教様に向け放った。
━━僕を怒らせたいの?余計なコト、しないでくれる!?━━
シエルブルーの瞳でシェンカー大司教様を、強く睨み付ける。
━━何をしたいの?僕を教会に縛り付けたいの?
そんな事が可能だと思っているんなら、そんな考えが起きなくなる様にしてあげるけど?━━
「……ッああ……そうですね……ああ……」
僕に睨み付けられ、強い威圧を受けたシェンカー大司教様の頬が、たった今、恋に落ちましたとでも言うかの様にブワッと紅潮した。
隣の父上が、ドン引きしている。
威圧されて頬を染めるって、シェンカー大司教様はドMか?
「まだ、幼い少年を…いきなり親元から引き離すと言うのは…酷な申し出でしたね…。
閣下、申し訳御座いません…。」
閣下と言いながら、シェンカー大司教様の視線は父上にではなく完全に僕に向けられている。
なんて面倒くさい事すんだよ。
あとから父上に根掘り葉掘り聞かれるじゃないか、こんなの。
また人たらしとか言われるじゃないか。
「……分かって下されば良いのです。今日のところは、お引き取りを。」
父上が面倒事が増える前に厄介払いしたいとばかりに、早々に帰るようシェンカー大司教様に促す。
椅子から立ち上がった大司教様は去り際に、優しく微笑みながら僕に声を掛けた。
「ええ、今日のところは帰りましょう。
……来年、わたくしの倅も学園に入学します。
アヴニール君には、仲良くして頂きたいものですな。」
━━うるさいよ、早く帰れ!━━
「大司教様の息子さんですか?お兄さんみたいに優しくしてくれるかなぁ!あはっ」
取ってつけたような台詞を吐いて追い返す。
この人は、ゲームの世界通りに失明して自由に動けなくなっていた方が扱い易かったんじゃないかと思ってしまう。
だが、あの場で彼を放置する事は出来なかったのだから仕方が無い。
この先その事が原因でゲームの世界がどう変わってゆくのか分からないけど……
全身苺菓子みたいなヒロインがちゃんと居たから、世界の平和とクリストファー王太子以外の男共を虜にするのは、彼女に任せたい。
僕は姉様の幸せを見守る役に徹したいので。
▼
▼
▼
「レクイエムを唄う乙女の伝説……父上は以前、私にリコリス男爵家のアカネ嬢が、その乙女ではないかとおっしゃいましたよね?
……だから彼女を無下にはするなと……。」
ローズウッド侯爵邸から帰ったシェンカー大司教は、大聖堂にある大司教の執務室に息子のリュースを呼び、話をした。
「ええ、あわよくば惚れさせろと言ったね。
幸い、彼女はリュースを気に入っているようだし。」
リュースはシェンカー大司教を父親としては尊敬している。
大司教としても尊敬しているが、時折ヴィヴィリーニア女神を崇拝するあまりか、狂信者じみた物言いをする事もあり、その部分にだけは父に対し嫌悪感を抱いた。
「国王陛下ほか、国の中枢の者しか知らない、魔王復活の兆し。
私もそれを聞き及んでおり、だからこそ地下の研究所を預かる身ではあるのだが……魔王復活の際、魔王を倒すために女神の力を宿した聖女が現れる伝説。
こちらの研究に至っては、国は興味も無いようでね。」
「創作の域を越えてないような伝承しか無いからですね。
正直なところ、私も父上がなぜアカネ様を伝説の聖女ではないか等との考えに至ったのか不思議でなりません。
しかも…だからと言って…聖職者でもある私に女性を口説かせようなど……」
今までリュースは不満を口にした事が無かった。
父親に対してと言うよりは大司教の言葉に一司祭の身で意見するなど、あってはならないと考えていた。
だが、この手の平を返したような言い付け。
「理解は出来ませんでしたが、私は大司教様のお考えに添うようにしてきました!
それがいきなり、アカネ嬢は放っといて良いから、学園に入った後にローズウッド侯爵家のご子息と仲良くしろと!?
友人以上の関係を築けと?友人以上の関係とは何ですか!?
おっしゃる意味が分かりません!」
「言葉の通りだ。アカネ嬢のように惚れさせればいい。
リュースから離れたくないと思わせれば良い。」
リュースはシェンカー大司教の言う言葉が理解出来なかった。
会った事もない少年を自分に惚れさせろと?
なんと馬鹿馬鹿しい事を言うのだろうか。
「女性ではなく少年を…ですか?意味が解りかねます!」
「いや、出逢えばきっと解る…そして、私の言い付け等忘れてまでも、リュース自身が彼を求めてやまないだろう。
なぜなら、お前の最初の障壁がニコラウスだからだ。」
ニコラウスの名を聞いたリュースがピクリと眉を上げた。
「なぜニコラウスの名前が、ここで出て来るんです…?」
「ニコラウスは、既にその少年を求め始めている。
尊敬か、畏怖か、憧れか、恋心か……本人も分からない様だが、顔も素性も知らぬ少年を、大司教である私に詰め寄る程、欲しているだろう?」
リュースは、先日の大聖堂地下研究所にて起こった事件を思い出していた。
あの事件は当事者であるリュースとニコラウス、シェンカー大司教と、犯罪者として捕らえられた中年の司祭の四人しか居なかったはずだった。
だが、大司教が受けた死に至る程の怪我を完治させた者がおり、ニコラウスは大司教の衣服に付いた残り香だけで、それをイワンだと疑いもせずに、ここに居たはずだと、逢いたいと大司教に詰め寄った。
「……その、イワンという謎の人物……少年の格好をする小さな大人の変態、イワン…。
それがローズウッド侯爵家、ご子息だと?」
「ああ、これはまだ私しか知らない。
だが、学園に入り互いに顔を合わせれば、ニコラウスはすぐに彼がイワンだと気付くだろう。
そうなればニコラウスは彼を即、自分だけの者としたくなるかも知れん。」
婚姻関係も結べない相手を?と思いはしたが、ニコラウスのイワンに対する態度は、そんな可能性も無いとは言い切れないと思える程だった。
「だから……リュース、お前を地下研究所の夜の管理者として任命する。
夜に研究所に侵入する者が居たら………捕らえなさい。その心を。
ニコラウスに奪われる前に。」
馬鹿馬鹿しい…そう思っても、ニコラウスの名が挙げられるとリュースは引く事が出来ない。
幼い頃からいつも一緒に居て、互いをよく知る大親友。
だが、リュースはニコラウスに対する劣等感に常に苛まれて来た。
いつも何処かで、ニコラウスから何かを奪いたいと漠然と思い続けていた。
ニコラウスのイワンに対する態度は、恋慕以外の何ものでも無い。
だったら、それを奪えば……
「私の望むニコラウスの姿を見れるかも知れない…。」




